第39話 アスト王国での日々②
「へえぇ。キミがサイミアを焼いたんスか……。通りで城の中が殺気立ってるわけッスね。ようやく理由がわかったッス」
ルノの話を聞き終えたネルの最初の言葉はそのようなものだった。
「あの、ネル……さんは憎いとか思わないんですか?」
「うーん。イー婆達とはそれなりに付き合いがあったッスし、まったく思わないって言ったら嘘になるッス。けど、連合に──ルノくんにキチンと裁いてもらったんスよね?」
「実質的には名前の剥奪だけですけど……」
「それでも、サイミアを滅ぼした『アルフ・ジン・クライン』には死罪が与えられた」
「そう、タダで済んだんだったらジブンもさすがに許せなかったッス。でも、形だけでも犯人に罰が与えられたとなれば、ジブンらは納得するしかないんスよ」
「ま、それでも溜飲を下げられないやつらはいるんだけどな」
ルノは扉の外、城の中にいる騎士や侍女達を思い浮かべる。自分に直接向けられていたわけではないが、ミストに対する恐怖や怒り、憎しみといった感情は痛いほどに感じていたのだ。彼らがそこまで感情的であるからこそ、ルノは逆に冷静でいられるのだ。もしそうでなけば、同胞を殺された憎しみからミストのことを殺していたかもしれない。
「いいか。これからアスト王国を拠点にする以上、あいつらの敵意は絶対になんとかしなけりゃいけねぇ問題の1つだ」
「まあ、すぐには無理ッスね~。城の中のミナサンの様子を見た感じだと、時間をかけて信頼関係を結んでいくか、さもなければ何か劇的なイベントでもないとって感じッス」
「やっぱり、そうですよね」
廊下を歩いていたときに感じた強烈な敵意が一朝一夕で解消される類いのモノではないことはなんとなくわかっていたが、改めて言葉にされると少し心に堪える。
「あ、ところでルノくん。サイミアを焼いた犯人がアルフ・ジン・クラインだっていうのはどの程度広まってるんスか?」
不意に話題を変えたネルだったが、その疑問はミストも抱いていたものだ。情報の広まり具合によっては、今後の活動に影響を及ぼすだろう。
「あぁ。まずは、サイミアの後始末をした騎士達だな。あと、そいつらから伝え聞いたやつ」
「後始末って……?」
「生存者や死体、闇商人達が隠し持ってた違法魔道具なんかが残ってねぇかの確認だよ。……サイミアを囲んでる河にゃ、ビックリするほどの死体があったぜ。生焼けのな」
「それで、何か残ってたッスか?」
「いいや。河の死体以外は灰しかなかった。恐らく地下室だったと思われるとこにも何にもありゃしなかった。ありゃあたぶん──」
ルノが何かを言いかけたところで扉が叩かれる音がした。コンコン、コンコンと軽い音が鳴り響く。音だけだが、扉の外の人物の品の良さを感じた。
「ルノ様、エルグでございます。入ってもよろしいですか?」
「入れ」
「失礼します」
短い返答の後、老執事エルグはゆっくりと扉を押し開けて入ってきた。
部屋に入ってすぐ、その鋭い視線がネルを捉え、一瞬緩んだ気がした。
「おや、ネル。帰っていたのですか」
「うん。ただいまッス」
「おかえりなさい。それで、何の話をしていたのですか?」
「ちょうどいい時に来たな。座れ。サイミアの闇商人が扱ってた品についてだ。お前から話せ」
「畏まりました」
ルノに促され、ミストの右側に置いてある椅子に腰かける。これで四角いテーブルの3辺が埋まった。
「闇商人達が隠し持っていたアイテムを捜索し、隠し部屋と思われる地下室等も発見したのですが、中はもぬけの殻でした。おそらく、何者かが持ち去ったのだと思われます」
「ルノくんから聞いただけッスけど、かなり火の回りが速かったらしいじゃないッスか。そんなこと可能だったんスか?」
「えぇ、その周囲だけ他の場所と燃え方、といいますか、燃えカスの質が違ったのです。別の炎で後から焼いたような、そのような印象を受けました。あの日、サイミアで2つの強い気配を感じましたので、そのどちらかかと」
「うーーん。となると闇商人も生き残っちゃってる可能性が高いッスね。闇商人を一網打尽に出来てれば、不幸中の幸いだって言えたんスけど」
「ミストの話じゃ、あの日サイミアにはアルカナの構成員と思われる奴等が少なくとも3人来てたそうだ。が、死ぬのを確認したのは1人だけだ。あの火の中でも、連中がおとなしく帰るとは思えねぇ。残りの2人の行方が気になる」
「その残りの2人が闇商人と結託して持ち去ったってことッスか?」
「その可能性が高いと思われます」
「はあぁぁぁ。そりゃあ最悪ッスね」
「……アルカナに強い魔道具が渡ってしまってことですか?」
「ええ、端的に言うとそういうことになりますね」
室内に重たい沈黙が降りる。
ミストが何か話題を提供した方がよいかと思案していると、ルノが口を開いた。
「更に困ったことに、それを運搬する連中の目撃情報が全く無い」
「え、けっこうな大荷物のはずッスよね?」
「えぇ。地下室の規模はそれなりのものでした。全て持ち出すことを前提にしますと、人目につかず運搬することはほぼ不可能だと思われます」
「んもう! わっかんないッス!」
「結局、連合でも答えは出なかった。この話についてはこのへんにしとこう。ただ、アルカナに対する警戒レベルは引き上げる必要があるだろうがな」
「うえぇ。さっさとアジトを見つけ出して叩き潰したいッス……」
ネルが疲れからか何やら物騒なことを口走っている。
「俺も同じ気持ちだよ。それが出来りゃあ手っ取り早いんだけどな」
はぁ、と、幾度目とも知れないため息をこぼすルノだったが、ふと雰囲気を変えた。
「いつまでも暗い話ばかりしててもしょうがねぇ。少し先の話をしようか」
「私をお呼びになったのはそのためですか?」
「あぁ。ミストのこれからについてだ」
急に話題に出され、無意識に背筋が伸びるのを感じる。このところ、こうやって話題に出されることがあるとすれば悪い話ばかりだったせいかもしれない。
「そんなに緊張することじゃねぇよ。別にお前を殺す算段をつける話じゃねぇ」
「そ、そうか」
「光国でアルストロメリアが話した通り、お前には今後、大陸中を旅してもらう」
「……あぁ」
「が、今のお前には知識はおろか、常識も足りてねぇ」
「う……」
「え! ミストってバカなんスか!?」
「……ネル、もう少し言葉を選びなさい」
「あっ、それもそうッスね。あはは~、ごめんッス」
謝ってくるネルだったが、少しも悪びれた様子はない。本当に本心から馬鹿だと思われているらしい。自覚はあったのだが、こうも真正面から言われるとさすがに傷つく。
「はぁ。ミスト、お前にはこれからしばらくの間一般常識を中心とした教育を受けてもらう。それで、このアホからバカ呼ばわりされなくなったらいよいよ旅に出てもらう」
「……私はその間の教育係ということでしょうか?」
「理解が早くて助かる。その通りだ。お前にはミストに常識を叩き込んでもらいたい。頼めるか?」
「お任せください」
「俺もたまに顔を出す。サボってたらブッ殺すからな」
ルノの目が笑っておらず、幼少期のように抜け出そうものなら本当に殺されてしまうのではないかと思えた。しかし、それ以前に目の前の老執事から逃げ出せる気が全くしない。エメラダ王国でアルフ達の教育係だったゾーラは普段から隙だらけだったが、この老人からは隙を感じないのだ。
だが
「あぁ。今度こそ頑張るよ」
ミストはルノの目を見て答える。
ヤツらに少しでも近づく為なら、口惜しいが少しの回り道くらいは覚悟しなければなるまい。
全ては真実に辿り着くために。
「……よし。話は纏まったな。エルグ、ミストを部屋に案内してやってくれ」
「畏まりました。ミスト様、参りましょう」
「あ、はい」
「ジブンもついていっていいッスか? ミストのお部屋見てみたいッス!」
「ダメだ。お前はここに残れ。まだ話がある。エルグも案内が終わったら戻ってこい」
「ええぇぇぇぇ。ちょっとくらいいいじゃないッスか~」
「畏まりました」
賑やかに言い合うルノとネルの声を聞きながら部屋を後にする。
眼前にはエルグの見た目の年齢に不相応にたくましい背中があった。
◆
「アスト王国滞在中はこちらで過ごしていただくことになります」
そう言ってエルグに示されたのは、城から少し離れたところにある掘っ建て小屋のような場所だった。見るからに急造されたことが伝わってくるそれは、屋根と壁、窓はあるものの、所々隙間があり、雨季や冬季は地獄を見ることになりそうである。
「申し訳ございません。ルノ様から『おそらくアルフはアスト王国預かりになるだろうから滞在用の部屋を用意しておけ』と申し付けられ、部下の者に用意させたのですが、まさかこのような粗末なものになるとは……」
エルグは遺憾の意を示すように言うが、果たしてどこまでが本心なのか。この小屋からは王国の者のミストに対する心証がいかなものかがありありと伝わってくる。エルグはおそらくそれをわかっていて造り直させていないのだ。もしかせずとも、エルグからもかなりの不興を買っている可能性がある。
これがミストのスタートラインかと思うと少し、心が折れそうになるが、この程度でめげていてはアルカナには辿り着けないと自分を奮い立たせる。
ルノやネルも言っていたではないか、これはミストが解決していくべき問題なのだ。
自らの頬を軽く張り、気合いを入れる。
「いえ、十分です。ありがとうございます」
「左様ですか」
エルグの顔には老紳士然とした微笑みが貼り付けられたままだ。何を考えているのか読み取ることは容易ではない。たが、今は安堵のようなものを浮かべているように感じた。
小屋の戸に手をかける。
ギシリという耳障りな音を立てながら開く。中は手狭ではあるが案外清潔で、寝る分には困ることはなさそうだ。寝具は床に直敷きするもののようで、小屋の一角に畳まれておいてある。小屋の隅の明かり取りの窓の下には机が設置されており、そこで勉強することになるのかと予測してみる。
「ミスト様の本日のご予定はもうございません。このような場所で本当に申し訳なく思いますが、どうかごゆっくりお休みください」
「はい。何から何までありがとうございます」
「いえ、それでは」
と、小屋を離れていこうとしたエルグだったがふと足を止め、小声でこんなことを言ってきた。
「そうそう。1つだけ親切心から忠告申し上げますと、この小屋の鍵は必ずお掛けになり、ルノ様や私以外が訪問してきた際にはお開けにならない方がよろしいかと」
「……そこまで、俺の心証は悪いんですか?」
「率直に申し上げますと、『最悪』でございます。我が国の民はとある事情から他所よりも互いの仲間意識が強いのです。そんな国に、同胞を多数殺した者が滞在しようとすれば……」
「この待遇にも納得せざるを得ないですね」
「ご理解いただけたようで何よりです。ただ、私とルノ様、ネルやその他にあと数名ほどは信用していただいて大丈夫です。感情より理性を優先させる者達ですので」
それは暗に『感情の部分では許してなどいない』と言っているのだろうか。
「わかりました。忠告、感謝します」
エルグは一礼すると、今度こそ城へと戻っていった。
「さてと……」
エルグの忠告通り、小屋の唯一の出入口である戸に錠をかける。ここだけ不自然なほどにしっかりした造りになっており、余程荒っぽい手段をとらなければ無理矢理侵入することはできなさそうだ。
鍵がしっかりかかったことを確認し、部屋の隅に畳んである寝具に勢いよく座り込む。ボフリとほこりが舞うが、ミストは気にしない。
「暴れた時の記憶がないっていうのはツラいな」
どうやって謝ったらいいのか、どうすれば心を開いてくれるのか検討もつかない。それに、サイミアの死んだ風景を自分が作り出したということに対し未だに現実感が湧かないのだ。正直、罪悪感を抱きようもない。
「それでも、認めてもらうためには向き合うしかない、か」
城内で向けられた視線の数々を思い出す。怒り、怯え、憎しみ、不安、恐怖、殺意……………。あれらと向き合い、そして『ミスト』を認めてもらうことが当面の課題だ。
「ふぅ。本当に……難しい、な……」
精神的に負荷のかかることの連続で、思っていたよりも疲れていたのかもしれない。段々と意識に靄がかかりだす。
まだ考えなければならないことは山程あるはずなのだが、頭がうまく回ってくれない。
次、目が覚めたらまた考えよう。うん。そうだ。それがいい。そうしよう。今は、ただ、休みたい……。
そうして、ミストの意識は微睡みの向こう側へと消えていった。




