第38話 アスト王国での日々①
「あ? おいおいどうした? 鳩が豆鉄砲を食ったようなツラしやがって」
ルノと全く同じ姿形と声をした少年は喋る。ミストの隣にいるルノよりもかなり饒舌に。
「サイミアが燃えたって情報を聞いて急いで仕事を終わらせて飛んで帰ってきたってのに、肝心のお前がいねぇんじゃ話になんねぇよなぁ」
「……」
「いやぁ、でも案外早く帰ってきてくれてよかったぜ。連合の奴等もやっと効率的に仕事を進められるようになったんだな」
「……おい」
「ところでお前の隣にいるのは誰だよ。見ねぇ顔だな。もしかしてまた拾ってきたのか? おいおいダメだぜ。うちにそんな余裕がないのはお前が一番よく知ってるだろ。元の場所に返してこいって」
「おい」
「というわけでわりぃな、君。うちじゃあ養ってあげらんないから元の場所に帰ってくゲベァッ!!」
よく喋るルノ(?)は額に青筋を浮かべたルノの飛び蹴りで部屋の隅の方へ吹き飛んでいった。
勢いよく飛んだ先で派手な音を立てながら積み重ねてあった本の山に激突し、雪崩を起こしたそれらによって下敷きにされてしまった。
「おい。ずいぶん愉快な出迎えじゃねぇか。俺に化けるとは本当にいい度胸してやがるぜ。なあ、ネル」
顔に笑みを貼り付けたルノの言葉に合わせるように、崩れた本の山がモゾモゾと動き、やがて一人の少女が這い出してきた。
「いったたたた……。んもう、ヒドいッスよルノくん! 愛する弟の帰りをちょっとしたイタズラで迎えたお姉ちゃんに対して飛び蹴りだなんて……」
少女は未だ床に座り込んだまま、「オヨヨ」などとわざとらしく言っている。
ミストは混乱していた。
先程までルノと全く同じ姿をしていた者が吹き飛ばされた先から、ルノとは似ても似つかない少女が這い出してきたのだから。顔も違えば声も違う。更には服装まで先程とは全く違っているのだ。
本の山から這い出て来た少女は、肩口をくすぐるくらいの長さの髪を持っており、中性的な顔立ちをしていた。眉にかかる程度の長さに切り揃えられた前髪の下の目はパチリと開いており、血色もいいため快活な印象を受ける。
現在の服装はミストも見たことがあるような、ごく一般的な女性用のものだ。しかし、右手にはめられた奇妙な形状の手袋だけが異質だった。あれは、魔道具……だろうか?
「お前の弟になったつもりはねぇよ。もっと普通に迎えられねぇのか」
「うーん……。ムリッスね! ルノくんはいっつもいい反応をしてくれるからこっちとしてはやりがいしかないッス!」
「はぁ…………」
ルノは今日だけでも何度目かわからないため息をこぼす。ただ、今のため息には、どこか安堵の色が見えた気がした。
「もういいや。で? 『仕事を終わらせてきた』って言ったな? 本当か?」
「本当ッスよ。あ、でも、その話の前にさっきから呆けてるその子を紹介して欲しいッス。あと、サイミアの件も」
「ん。ああ、すまん。それもそうだな」
「ほら、キミもこっちに来て座るッスよ」
「……あ、はい」
目の前で起こった不可解な現象に呆けていたミストは、少女に促されるままに部屋に設えられた座り心地の良さそうな長椅子に腰かける。隣にはルノ、向かいに少女が座る形だ。
「まずは自己紹介からッスね! ジブンはネル。ただのネルッスよ。アスト王国の住人で、好きな食べ物は辛いもの。嫌いな食べ物は苦いもの。趣味と特技は誰かの真似で、それを利用したイタズラが大好きッス。さっきのルノくんの真似も良い出来だったんじゃないッスか? ジブン的には100点満点だと思うんスけど、御本人サマはお気に召さなかったみたいで残念ッス。みんな、特にシオン姉からは「喋りすぎだー」なんて言われるんスけど、全然そんなことないッスよね? ジブンはむしろ寡黙な方だと思ってるッス。ほら、やっぱり『沈黙は金』って言うッスからね。あ、そうそう。話は変わるんスけど、実はジブンいろんな国を旅して回ってて、その国の風景を見たり、人と触れ合ったりするのが好きなんス。やっぱり国によって建物が違ったり、住んでる人の性格が偏ったりしてるんスよ。『お国柄』ってヤツが出てる気がしてなかなか面白いんスよねぇ、これが。まあ、たまには嫌な思いをしたりもするんスけど、まずは良い方の話をするとするッス。今まで行ったことのある国で一番景観がキレイだなーと思ったのは、緑樹国も捨てがたいッスけど、なんと言ってもアーティス底国ッスね!キミは行ったことあるッスか? あの海の底に沈んだ国の幻想的な風景は他所じゃあ絶対見られないッスよ。あの特徴的な街灯に照らされた蒼い街並みは見事の一言ッスね。魚人の皆さんも最初こそジブンのことを怖がってる風だったッスけど、打ち解けると優しくて面白い方々なんス。ご飯も、ちょっと辛味が足りなかったッスけど、美味しかったし、あそこには何回でも行ってみたいッスねぇ。ゲーティス王も気さくな方で話しやすかったッス。逆に一番印象が悪いのはアーリン帝国ッスね。あそこはダメッス。景観は整ってるし治安も悪くはないんスけど、街を歩いてる人達はみんな死人みたいで生気を感じなくて不気味ッス。心なしか食事も味がしないような気がして気分が悪かったッス……。ダルジも感じ悪いし、出来れば二度と行きたくない国ッスね。え? そんなことより一番好きな国のことが聞きたい?んもーーしょーがないッスねえぇ。ジブンが一番好きなのはやっぱりココ、アスト王国ッス! 次点で光国なんスけど、今はアスト王国の話ッスね。あ、ルノくんが顔を真っ赤にして俯いてるッス! んもう、自分の国が褒められたからってそんなに照れなくてもいいじゃないッスか~。かわいいなぁルノくんは。あ、いけないいけない。話が脱線したッスね。知ってるかもしれないッスけど、この国は光国から領土の一部を割譲してもらう形で建国されたんス。誕生してからまだ5年くらいしか経ってない若い国なんスけど、『電気』っていう新しいエネルギーに唯一注目している技術先進国でもあるんス。魔道具の生産技術もそれなりに高いッスし、北の共和国とならもうタメを張れるレベルだと踏んでるッス。まあ、そんな難しい話はどうでもいいんスよ。肝心なのはこの国に暮らす民に笑顔があることッス! まあ、まだちょっっっと貧しいッスけど、ルノくんのお陰でみんな穏やかに日々の生活を営んでるんスよ。見た通りめちゃめちゃ若くてまだまだ遊びたい盛りだと思うんスけど、王としてすごくしっかりしてるんス。『電気』の研究をしようと提案したのもルノくんなんス。いやあ、ジブンより年下なのにこんなにすごいと年上の面目丸潰れってヤツッスね! アハハ…`はあ。まあ、なんにせよジブンらの王サマ、ルノくんはスゴいってことッスよ!そしてそして、ジブンはそんなルノくんのお姉ちゃんッス!」
長い。
与えられた情報量があまりにも多すぎて頭がくらくらする。脳の処理か全くもって追いつかない。
完全に固まってしまっているミストに代わり、ルノが呆れたように口を開いた。
「はぁ。お前に任せたのが間違いだったな。おい、ミスト。戻ってこい。おい!」
「…………はっ!」
「俺の方から紹介する。今までのは忘れろ。いいな?」
「あ、ああ」
ミストは内心ほっとする。先程までの長い長い話をすべて噛み砕いて理解するには時間も、ミストの知識も足りない。
「こいつはネル。確かに俺より1つ年上だが、決して俺の姉じゃない。ただの腐れ縁だ」
「えぇーー。ヒドいッスよ! ルノくん、お姉ちゃんのこと嫌いなんスか!?」
「……。んで、こっちがミストだ。こいつを拾った経緯についてだが──」
再び額に青筋を立てながらも必死に話を続けようとするルノだったが……
「無視されたッス……」
「…………」
「むーしーさーれーたーッス!!!」
「……………………」
「むーーーしーーーさーーれ──」
「──だああもう!! 話が進まねぇな! 別に嫌いじゃねぇよ!」
「やったーーーー!!! お姉ちゃんも愛してるッスよ!」
「黙って話を聞け!!!」
「はーい」
羞恥か、さもなくば怒りで顔を赤く染めたルノは肩で息をしている。
「はあはあ。クソ。なんだってこんなことに体力使わなきゃいけねぇんだ……」
「…………」
「はぁ。どこまで話したっけ……あぁ、ミストを拾った経緯だったな。ついでだからサイミアで起こったことと連合での結論もまとめて話すぞ」
「………………」
「返事くらいしろよ」
「『黙ってろ』って言ったのはルノくんじゃないッスか」
「……」
「あぁ、悪かったッスよ。マジメに聞くからその振り上げた拳を下ろしてほしいッス」
「本当に真面目に聞くか?」
「シオン姉にかけて誓うッス!」
「…………はぁ。一応納得しといてやる」
既に疲れきった様子のルノは話し始めた。
サイミアで起こった惨劇について。死傷者6万人超の歴史的大事件の知りうる限りの真相を。
暴れ回った末に捕らえられたアルフという名の少年が連合の決定によって処刑されたことについて。そこで新たな命が生まれることになったことを。
最後に、その新しく生まれてきた者─ミストがアスト王国預かりとなったこと。
先程の誓いの甲斐あってか、ルノが話している間はネルは案外おとなしく聞いていた。




