第37話 ミスト②
「ふぅむ。なるほどね。なかなか興味深い話だったよ。ありがとう」
「で、あんたの見解はどうなんだ」
一人満足げなアルストロメリアにルノが問う。
「……見解とは?」
「決まってんだろ。犯人の心当たりだとか方法だよ」
「ははは。そんなの考えるまでもないじゃないか。犯人は単独、未確認の王具の所有者もしくは幻遊種である可能性が極めて高い」
「どうして単独犯だと?」
「例えば複数人で儀式魔法なんかを行おうとする場合、下準備がいる。それをエメラダ王国に気取られることなく遂行するのは不可能だろうからね。あの国には常に結界が張られていたわけだし」
「え? 結界?」
「あれ、ミストは知らなかったのかい? ……ふむ」
アルストロメリアはしばし思案する素振りを見せた後、気を取り直すように言う。
「いや、今はこの話はおいておこう。後でルノにでも聞いてくれ。それよりも話の続きをしようか」
「はあ………。では、外的生物の可能性はないんですか?」
「ほぼ、あり得ないと言ってもいいだろうね。彼らは大きくなるほど強大な力を持つ傾向がある。一国を一晩のうちに消してしまうほどの能力を持つとなるとかなりの巨体であることが予想されるけど、その目撃情報が寄せられていないことから外的生物の線は消えるね」
「結局、どっちの可能性が高いと思う?」
「聞いてばかりじゃ成長しないよ、ルノ。君はどう考えているんだい?」
「チッ。……未確認の王具の所有者による襲撃の線が濃厚だろ。実際に幻遊種と戦ったダルジの報告とこれまでに集めた情報じゃ、幻遊種に知性は感じられない。王城だけ残ってるのは不自然だ。何か明確な目的を持った知的生命体の犯行と考えるのが自然だろ」
「その通り。さすがルノだね」
頭を撫でようとするアルストロメリアの手を避け、ルノが不機嫌そうに続ける。
「聞いての通りだ。アル─ミスト、お前の国を襲ったのはおそらく未確認の王具、或いはそれに準ずる力を持つ魔道具を持った存在だ」
「エメラダ王国が消失した直後にアルカナの構成員が現れたことを考えると、彼らの関係者である可能性も有り得るね」
「ということは、アルカナを追えばいつか真相に辿り着く……」
「まあ、そういうことになるかな」
「…………」
再び、黒い感情が湧き上がってくる。
全て、すべてヤツらのせいなのか。
愛する故郷が消えたのも。
そこに住んでいた、アルフが愛し、アルフを愛してくれた民が皆消失したのも。
敬愛する父が死んだのも。
そして、エレナが死んだのも。
スベテアイツラガワルイノカ。
許せない。赦せない。ゆるせない。ユルセナイ。ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ。
地の果てまでも追い掛けて必ず殺す。
最も残酷な方法で、出来る限り苦しませて殺す。
全ての真実を明かした上で、気の済むまで殺し尽くす。
胸の奥底からドロリとした力が溢れてくるのを感じる。サイミアでエレナが殺された時に感じたものと同じ感覚だ。
刹那
灰と化したサイミアの風景を思い出し、我に返った。
慌てて自分が立っている場所を見回してみる。
燃えていない。灰になっていない。
しかし──
「危なかったね。『恩寵』が発現しかけていた。少し煽りすぎたかな」
「あんたはいつもやり過ぎなんだよ。テメェの国も火の海にするつもりだったのか?」
眼前には臨戦態勢に入っているルノと、椅子に座したまま鋭い視線をこちらに向けるアルストロメリアがいた。
「……もしかして、また?」
「あぁ。まただな」
今、胸の内から溢れ出てきた黒い力の奔流は危険なもののようだ。アレに呑まれたせいでサイミアが滅んでしまったらしい。
「次暴走するようなら命の保証はしかねるぞ」
「『恩寵』の制御の仕方も教えていかないといけないね。あはは、大変だね、ルノは」
「光国で訓練してやった方が早いと思うんだがな」
「そうしたいのは山々なんだけどね。ダルジくんが許してくれないだろ。いやあ、残念だなぁ」
「けっ、あんなオッサンの言うことなんて無視しとけばいいのに」
ミストが我に返ったことで室内に弛緩した雰囲気が戻る。
それにしても、またしても知らない単語が出てきた。
「あの、『恩寵』って、なんですか……?」
「は?」
「…………ふむ」
ミストの問いに、2人は信じられないものを見るような視線を向けてくる。
「『恩寵』は初耳だったかな?」
「えぇ、はい」
「お前の国の教育はいったいどうなってたんだ? いや、教育以前の一般常識じゃねぇか」
「王室の座学では何を学んでいたんだい?」
「恥ずかしながら、座学は嫌いだったのでほとんど抜け出していました。真面目に習っていたのは剣技と魔道具の基礎知識くらいです……」
「……ハァ」
「…………」
ルノは呆れるような、アルストロメリアはまたも考え込むような素振りを見せる。
確かに、アルフだった頃は国の外に出ることはほとんどなく、常識というものに疎いということはなんとなく自覚していたのだが、ここに至ってその現実を突きつけられるとは思いもしなかった。
「……ふむ。ルノ、教え甲斐のある生徒ができて良かったね」
「ふざけんな。常識から叩き込めってのか?」
「大陸を渡り歩くには必要だろうからね。頑張ってね」
「はぁ。もう後悔してきたぜ」
「さて、ミスト。ルノの負担を少しでも軽くするために『恩寵』について私の方から軽く説明しよう。生物の体内には『魔力』が存在し、これと魔道具を用いることによって魔法を扱うことが出来る。ここまでは知っているね?」
「はい」
「『恩寵』というのはね、魔法とはまた違った力なんだ。まだ詳しいことは解明されていないんだけど、この能力を使う時、使用者の体表には血管が浮き出たような紋様が表れる。このことから一部の学者達は、血液に神の力が宿った結果、そのような能力が発現するのだという。『神の力─恩寵─が宿った子』。だから『恩寵』を持つ者達は『宿り子』なんて呼ばれるわけだね」
「実際、『恩寵』を使い過ぎると貧血になるしな。サイミアでお前の右腕を斬り飛ばしたのは王具を使わせないようにするのはもちろん、失血させて『恩寵』を強制的に止める目的もあったんだよ」
「なる……ほど?」
「ふふ、まあ詳しいことは追々ルノにでも聞くといい。今一度に聞いてもあまり意味はないだろうからね」
そう言ってアルストロメリアは立ち上がる。
「さて、聞きたいことも聞けたし、なかなか面白いことも知れた。今日のところはお開きにしよう」
「えと、俺はこれからどうすれば……」
「ああ、私としたことが肝心なことを言い忘れていたね。すまない」
アルストロメリアはルノを指しながら言葉を続けた。
「君のこれからの動向についてはアスト王国──ルノに一任することになっている。以降の指示はルノに仰ぐといい。では、また会おう」
それだけ言うと、さっさと去っていってしまった。
「はぁ。ホントに勝手なヤツだな……。言うだけ言ってあとは丸投げかよ」
ルノは心底疲れたような様子を浮かべている。
「まあいい。行くぞ、ミスト」
「え、どこに?」
「あ? アスト王国に決まってんだろ。これからお前に教えるべきことが山ほどあるんだ。一刻も無駄にできん」
「あ、ああ」
ルノはミストを振り返ることなく、先を歩いていく。その背中は齢に似合わず、草臥れたものに感じられた。
◆
飛行船の中、既に定位置と化してきている巨大な椅子のすく横で遠ざかっていく光国王城を眺める。
「あまり派手な歓迎も見送りも好きじゃない」というルノの言葉のもと、ミストたちを乗せた飛行船はひっそりと飛び立っていた。
急な出発だったにも関わらず、ルノの部下の騎士達は嫌な顔ひとつせず従っている。
今艦橋にいる数人の騎士達にも弛緩した雰囲気はなく、与えられた任を忠実にこなしている風だ。何が彼らをそうまでさせるのだろうか。ルノの王としての一面に少し、興味が湧く。
視線を戻し、再び白亜の城を見やる。
あそこで、アルフ・ジン・クラインは罪を償うために死んだ。
もうその名を名乗ることは出来ない。
これからはミストとして、エレナの仇の黒い男達─『アルカナ』なる組織を追うのだ。
もちろんヤツらは憎いし、この手を血で汚す覚悟もある。
だが、と、自らの右手の指に嵌まる魔道具を見やる。
「ルノ」
定位置の巨大な椅子に座るルノに向き直る。
「……なんだ?」
肘掛けに肘を置き、退屈そうに頬杖をついていたルノが応じる。
応えるまでに一瞬の間があった。もしかすると目を合わせた瞬間にミストの内心を読み取っていたのかもしれない。
ならば
「王具、しばらくの間預かってもらえないか?」
ヤツらと渡り合うためにはコレの力が必ず必要になることはわかっている。わかっているが、それ以上に──
「──恐いか」
灰と化した都市のどこまでも殺風景な光景が脳裏を掠める。
未だにアレを自分がやったとは信じられないが、それでも、心の奥底では納得してしまっている自分もいるのだ。
またあのような光景を、死の風景を生み出してしまうのが、たまらなく──
「……あぁ」
──恐ろしいのだ。
「………………」
ルノは数瞬、考えるような素振りを見せたあとはっきりと言った。
「断る。そいつはお前が持ってろ。これから必ずそれが必要な場面が出てくる。その時に俺が傍にいてやれる保証もねぇ。それに、どうせそれを扱えるのはお前だけだろうしな」
「え……?」
今、何か聞き逃せないことを言っていた気がする。
この王具を使えるのがミストだけとはいったいどういうことだろうか。
「そのうちわかる。なんにせよ、それを預かるのは断る。入れ物はやるからテメェで管理しろ。必要な時にすぐに使えるようにな」
「……そう、か」
「そう遠くないうちに使う機会もあるだろ。それまでにその恐怖を克服しておけよ」
「…………」
ミストは明言することが出来ない。
自らの内で渦巻く、憎悪と恐怖がない交ぜになった感情を、ひどく醜い色をした感情を御せる自信が湧かなかったのだ。
「それに、戦場で生き残るのはいつも恐怖を、感情を飼い慣らした者だけだからな」
己の内面と向き合っていたミストには、ルノの零した呟きが届くことはなかった。
◆
道中、どこぞの王の襲撃を受けることもなく無事にアスト王国に到着した。
サイミアへ出発するときは見れなかったが、アスト王国王城は「城」というよりも貴族の別邸と呼んだ方が正しいような、そんな外観をしていた。
光国の城を見た後だから余計に見劣りするのかもしれないが、2階までしかなく、汚れの目立つ外壁がどこか草臥れた感じを出している。その横に無理矢理くっ付けられたかのような飛行船の格納庫だけが真新しく、浮いた印象を受ける。
「驚いただろ。王国っつってもまだまだできてから日の浅い弱小国家なんだよ。譲り受けた城を新調する余裕もない。アルストロメリアの城と比べちまうとどうしても、な……」
飛行船を降りるとき、ルノが自嘲気味にそんなことを言ってくる。珍しく弱気な発言だ。
「……はあ。らしくねぇこと言ったな。忘れろ」
小さく吐き捨てるように言うと、さっさと艦橋から出ていってしまう。
慌てて後について飛行船を降りると数人の人影があった。騎士が2人と侍女が2人、そして─
「お帰りなさいませ、ルノ様。予定よりかなり早いお戻りですが、何かございましたか?」
─先頭に立つのはエルグと呼ばれていた老執事だ。
老人とは思えない覇気のある表情や高い身長、そして胸元の銀色に輝くペンダントが印象的だ。
自国の王の帰還に際し、出迎える人数が少ないのはルノの意向なのかもしれない。自国の者にも徹底させるとは、余程派手な歓迎が苦手なのだろうか。
「いや、逆だ。順調過ぎる程に事がうまく運んだせいで早く帰ることになった」
「それは重畳。アルフ様もご無事なようで何よりで──」
「エルグ」
エルグの言葉を遮るようにしてルノが少し大きな声を出す。
「何かございましたか?」
「アルフは処刑され、死んだ。今ここにいるのは『ミスト』という名前の全くの別人だ」
「………………ふむ、なるほど。畏まりました。皆にもその様に伝えておきます」
「頼む」
「ミスト様、失礼いたしました」
「あ、いえ……」
エルグはミストの名前を間違えたと、腰を折って謝罪の意を示してくるがミストはうまく言葉を返すことが出来ない。まだミストとしての心構えができていないせいだろうか。自分の中にいる「アルフ」がそうさせているのかもしれない。
「如何されました?」
言葉をうまく紡げないミストにエルグが訝しげな視線を投げてくる。
「旅の疲れが抜けてねぇんだろ。気にすんな」
ミストの代わりに答えたのはルノだった。
「……左様でございますか。では、お休みいただく『お部屋』へご案内した方がよろしいでしょうか?」
「いや、少し話したいことがある。エルグ、お前も交えてな」
「畏まりました。まだ本日の雑務が少々残っておりますので、後程お伺いするということでよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん。仕事が終わったら俺の部屋に来てくれ」
「はっ」
「ミスト。お前には今すぐついてきてもらう。いいな?」
「え、あぁ」
ミストの返事を背中で聞きながらルノは城の中へと向かっていく。
格納庫に残った侍女や騎士達は、飛行船から降りてくる騎士を迎えたり飛行船の整備を行ったりしている。
「ミスト様、ルノ様の後を追われた方がよろしいかと。小さな城とは言え、初めての場所では迷うこともありましょう」
騎士達の動きを眺めているとエルグに声をかけられた。
「あ、そ、そうですね」
近くで見て初めてわかったが、エルグの身体は見た目の年齢とは裏腹に非常にたくましい。執事服の上からでもわかるほど筋肉がついている。いったい何をすればこの年でこれほどの肉体を維持できるのだろう。
「あの、エルグさん」
「何でしょうか?」
「……エルグさんもあの日、サイミアにいましたよね?」
「……ミスト様、その話は後程いたしましょう。今はルノ様を追ってください」
エルグに促され、格納庫の出口──王城への入口──に目を向けると、ルノが不機嫌そうな表情で佇んでいた。
「あの通り、ルノ様がお待ちです。さ、早く」
「……?はい」
妙に急かされることを不思議に思いつつ、足早にルノの下へと向かった。
「おせぇ」
「わ、わるい」
開口一番、不機嫌そうな表情そのままにルノが悪態をついてくる。
「わりぃと思うならもう離れるな。小さい城とはいえ、今のお前にはぐれられると面倒だ」
「……?」
「はぁ。すぐわかるさ。行くぞ」
◆
ルノの言っていた言葉の意味はすぐにわかった。というよりも、知っているはずだった。あれだけの印象深い経験をなぜ今まで忘れていたのだろうか。
視線が、敵意が、ミストの身体を貫いてくる。
サイミアへの出発前に、目隠しをされた状態で感じていたそれらを今はよりはっきりと感じる。
ルノと、彼らの王と共に歩んでいる今でさえこれだけの敵意を向けられるのだ。もしもはぐれたりなどしたら、不慮の事故が起こる可能性だってあるだろう。
光国で出会ったリン達が異常だったのだろうか。アルフを殺せるほどに強いから?アルストロメリアが守ってくれるという安心感があるから?
ミストがそんなことを考えていると前方のルノがその疑問に答えてくれるかのように口を開いた。
「前にも言ったと思うが、サイミアでは俺の部下、つまりアイツらの同僚もお前に焼かれてるんだ。サイミアへ行商に行っていた家族を焼かれた者もいる。実際にそういった被害にあっていない者も、伝え聞いた話と正義感でお前への敵意や憎しみを抱いてる」
「……」
「一応箝口令は敷いたんだがな。残念だが、人の口に戸は立てられんかったようだな」
そんなことを聞かされるうちに目的の部屋の前に着いたらしい。ルノがはたと足を止める。
「ここだ」
王城の2階、廊下の最奥に位置するこの部屋がルノの部屋らしい。
扉を見る限りだと他の部屋と何ら変わらない、ごく普通の間取りのように思われる。
「別にオウサマの部屋が他より豪華じゃねぇといけねぇっつう法なんざねぇだろうが」
ミストの内心を読んだのか、ルノが若干不貞腐れたように言う。ルノ自身、かなり気にしているのかもしれない。
「はぁ。こんなこと話しててもしょうがねえか。とっとと入るぞ」
一際大きいため息をつき、扉に手をかける。
ルノと共に部屋に入ると─
「よお。待ってたぜ」
─そこには、ルノと全く同じ顔立ち、全く同じ声をした少年が立っていた。




