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誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第一幕 始まりの冒険
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第3話 幼き日の記憶③

本日2話目の投稿です!

ここで話すことが特に思い付かないので本編をどうぞ↓↓↓

 翌日、アルフはケッツの言いつけを守り、ゾーラの講義を受けていた。ゾーラは涙を流すほど大層喜んでいた。もっとも、アルフの思考は遥か彼方、孤児院のことを考えているのだが。

 だいたい、ゾーラもゾーラだ。浮かれているのか予定なのかは知らないが、アルフにとって最も退屈なこの国の歴史の講義を延々と続けているのだから。


「─このように、初代国王ジェード・クライン様は外的生物から民をお守りになり……アルフ様? アルフ様?」


 ようやくアルフが真面目に講義を受けていないことに気づいたのか、ゾーラが声をかけてくる。


「うん? あ、ごめん。聞いてなかった」

「アルフ様ぁ……」

「ごめんって。今度はちゃんと聞くからさ、ね?」

「……本当ですか?」

「ほんとほんと!」

「はぁ……。では─」


 襟を正し、ため息とも咳払いともとれる息を吐き出し、気持ちを入れ換えたらしいゾーラが再び話し始める。


「そうして緋の王具の力で民をお守りになり、エメラダ王国を建国なさったジェード様は、外敵からの進行を防ぐために第一に防壁の建設を始められました。」

「知ってるよ。あの壁のことでしょ?」


 アルフは窓から遠くに見える防壁を指差す。


「ええ。その通りです。付け加えて申しますと、完成したのは約100年後──第4代国王様の時代ですので非常に長期的な事業でした。それ故に反対意見も多かったのですが、当時の王たちはそれを徹底して退けてこられました。その揺るぎない信念のお陰で今日の平和が守られているというわけです」

「へえ」

「そうして第1に民の安全を確保しようとされた初代国王様ですが、2番目にしたことはなんだと思われますか?」

「え? うーん……。兵隊を集めたとか?」

「いいえ、違います」

「……敵を倒すための魔道具の研究を始めた!」

「違います。軍事関係ではありません」

「えー、わかんないよ」

「ふふ。ここが初代国王様のすごいところで、なんと内政もまだ整っていない時期に他国の王を招いたのです」

「へぇ……」


 興が乗ってきたのか、ゾーラはアルフに背を向けて拳を強く握り、声高に熱弁し出した。


「建国された時、王は既に老齢でした。いつ果てるとも知れぬ命で、最初になさったのは自国の民の安全の確保。そして次に、建国前に大変お世話になったという友を国賓として招いたのです!」

「友を招く……」


 引っ掛かりを覚えたそのフレーズを、無意識に反芻する。なにか、もう少しで何か閃きそうだ。


「国内の情勢が落ち着いていない時期にそのようなことをしたことについては賛否両論ありますが、私は断然賛成の立場なのです。自らの命のあるうちに恩人に少しでも報いようとした、その義の心を高く評価しています!」

「友を……招く…………」

「現国王様も歴代の国王様も義に厚く情に深い方々ですが、初代様─ジェード様は格別だと思います。ジェード様のお陰で現在も彼の国─アーテイス底国と友好関係が続いているといっても過言ではないと思いますね!」

「招く……。あっ!」


 ついに『いいこと』を思い付いたアルフは、天啓を得たとばかりに勢いよく立ち上がった。


「そうです! 建国前─今から900年も昔から続く交遊関係が今日(こんにち)も続いているのです! これを奇跡と言わずしてなんと言うのでしょうか!!」


 未だアルフに背を向け熱弁を奮うゾーラを尻目に、立ち上がった勢いそのままに机を飛び越えて講義室を飛び出す。

 

「アルフ様もいずれ赴かれることもあるでしょう。その時に彼の国の幻想的な姿に驚かれるお顔が、このゾーラ、今から楽しみでなりません! その時が来たら詳しくお教えいたしますが、彼の国と我が国の強い結び付きも感じることができるでしょう。なんと言っても彼の国を照らし出す光源は──」


 狂ったように力説するゾーラが、アルフがいなくなったことに気づいたのはそれから30分も後のことだった。




 ゾーラは泣いた。



 

 ◆


 『いいこと』を思い付いたアルフは、息を切らしながら長い廊下を駆ける。すれ違うメイドや使用人達から「廊下を走ってはいけませんよ」と言われる─誰もゾーラの講義のことには触れてこない─のだが、アルフの耳には届かない。


 これならきっとエレナ達も喜んでくれるし父上も反対しない……!


 そんな思いだけが胸中を支配していた。


 巨大な階段を数階分駆け上がり、さすがに体力の限界を迎える。目的の階に着いたところで膝に手をつき、肩で息をする。

 目的の部屋─父の私室─まではあと少しだ。この時間、いつもならシークは私室で何かの研究をしているはずだ。


「善は急げ、だよね……っ!」


 ようやく整ってきた息を再び乱し、父の私室を目指す。

 そして、ようやくその部屋を視界に捉えたとき、調度扉が開いた。中から姿を現したのは

「ん? どうしたアルフ。そんなに急いで」

兄のケッツだった。

「あ、えっと……はぁはぁ……父上に、お話があって……」

「そんなに急ぐ用件なのか? ……というかお前、今はゾーラの講義の時間じゃなかったか?」

「あっ……」


 ケッツに指摘され、ようやく我に返る。同時に昨日ケッツに注意されていたことを思い出し、一気に血の気が引く。運動した直後であることが嘘であるかのように全身が冷たくなったように感じる。


「えっと……その……」

「はあ。まったく、昨日の今日でお前は……。まあいい。ゾーラのフォローはしといてやるから、さっさと父上と『お話』とやらをしてこい。説教はその後だ」


 アルフのその萎縮しきった様を憐れんだのか、ケッツはそう言うだけにとどめて扉の前を譲ってくれた。


「あっ、ありがとうございます……」


 尻すぼみなアルフの言葉に、ケッツは背を向けたまま手を振って応えた。


 ケッツとの不意の邂逅ですっかり冷えた頭で扉に向き直る。

 今も、胸中にあるこの考えは『いいこと』だとは思うが、父が賛成してくれるか不安になってきた。もしかすると父が賛成しても貴族達の反対に押しきられてしまうかもしれない。それ以前にエレナ達にとっては迷惑になってしまうかも……。

 胸中でぐるぐると渦を巻き始めた不安は加速していき、一歩前に踏み出す勇気をくじく。


 アルフがなかなか扉をノック出来ずにいると、再び目の前で扉が開いた。


「先程ケッツの話し声が聞こえたと思ったら、アルフ、お前も来ていたのか。どうしたのだ? 扉の前で呆けていたようだが」

「あ、あの、父上……に、お話があって……」


 アルフの必要以上に恐縮した態度に何か感じるところがあったのか、ケッツは相貌を崩した。


「よい。話は中でしよう。ゾーラの講義を抜け出してきたことはケッツに叱られたのだろう? ならば私からは何も言わん。安心するといい」

「は、はい」


 シークの私室は壁一面を本棚が埋め尽くしている、どこを見ても書物や資料がある部屋だ。中にはアルフの見知らぬ言語で書かれた書物もある。父いわく「執務室の本棚に入りきらなかった分」らしいが、この部屋にある分だけでも読みきるのには年単位の時間を要しそうだ。もっとも、アルフは書物を読むと途端に眠くなってしまうので更に時間が必要になるだろうが。

 唯一本棚の無い面には大きな窓がついており、そこからは父が好きだという城の庭園が一望できるようになっている。


「さて」


 部屋の中央に設えられた応対用の椅子に腰を下ろし、シークが口を開く。


「さあアルフ、座りなさい」

「はい……」


 未だ恐縮しきった様子のアルフは、恐る恐るといった感じでようやく腰を下ろす。


「『話がある』と言ったな。お前が何をそんなに恐れているのかは知らないが話してみるがいい。私はこれでも、我が子の『話』にいちいち目くじらを立てるほど狭量な男ではないつもりだ」


 シークの言動からは、アルフを安心させようとしているのが伝わってくる。アルフはそれが素直に嬉しくて胸中の不安が少し薄らぐのを感じた。


「はい。えっと、孤児院のことなんですが……」 


 『孤児院』という単語を出した瞬間、シークが少し驚いた顔をしたのをアルフは不思議に思った。


「……やれやれ。お前達は本当に兄弟だな」

「……? 父上?」

「ふふ。いや、なんでもない。気にするな。続けなさい」

「? はい。……孤児院の子ども達を城に招くことはできませんか?」

「ほお、理由は?」

「正直に言うと単なる思いつきなんですが、僕の大切な友人達を自分の家に招待したいと思いまして……」


 アルフが理由を言った数瞬後、シークは突然破顔し気持ち良さそうに笑いだした。


「はははは! なるほど、なるほど。さてはアルフ、今日の講義の内容はアーティス底国についてだったな?」

「は、はい。そうです」


 突如として笑いだした父に面食らいつつも返答する。


「ふふふ、なるほどな。やはり似るものなのだな」

「ち、父上……?」

「ああ、すまない。うむ、よかろう。孤児院の皆を──我が息子アルフの友を城に招こうではないか」

「ほ、本当ですか!?」


 頭の中でイメージしたよりもずっとあっさりと話が通ってしまったことに、アルフは驚きを隠せない。


「ああ、本当だとも。私はな、アルフ、嬉しいのだよ」

「うれしい……?」

「あぁ、嬉しいとも。お前がこの国の民のことを『友』と呼び、親しんでくれていることがな。私や貴族達のように、城に籠っていては決して得られぬ価値観をお前が持っていてくれていることが、私はたまらなく嬉しいのだ」

「はあ……?」

「ふふ、今はわからずともよい。さて、頭の固い貴族達へは私から話をつけておこう。他に何か『話』はあるか?」

「い、いいえ! ありません。急な願いを聞き届けてくださってありがとうございます!」

「よい、よい。気にすることはない」


 勢いよく頭を下げるアルフに、シークは朗らかな笑みを浮かべる。


「時期は早い方がよかろう。お前は孤児院へ行ってイラカに話をつけてきなさい。私もすぐに動こう」

「はい! 失礼します!」


 入室したときとは打って変わって、血色の良くなったアルフは勢いよく飛び出していく。


 その後ろ姿をしばし眺め

「ふふふ、私も久方ぶりに『友』に会いたいものだな……」

アルフが去った室内で、シークは独り誰にともなく呟くのだった。


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