第34話 裁
「ここが議場です」
そう言って示されたのは重苦しい存在感を放つ石扉だった。
高さは三メートルほどもあり、アルフが緊張しているせいかもしれないが見るものを威圧するような迫力を持っているようにも見える。
「議場へ入ると私は何のお力添えも出来ません。心の準備はよろしいですか?」
先程よりやや硬い声音でリンが最後通告を発する。
後戻りはできない。
自分がしてしまったことにケジメをつけるためにもこれは避けては通れない道なのだ。
まだ、己の気持ちが生と死、どちらに傾いているのか自分でもわからないが、進むしかない。
きっと、答えはこの扉の先にあるのだ。
「はい」
「では、幸運を祈ります」
リンが呟き、侍女が扉に手をかける。
ゴリゴリと重い音を立てながら、白石の扉がゆっくりと開いていく。
「レイト光国王直属近衛兵隊副隊長リン、被告人アルフ・ジン・クラインを連れて参りました!」
シンと静まり返った議場に凛とした声が響く。
「ご苦労、リン。下がっていいよ」
彼女の主が答える。
リンは恭しく頭を垂れ、議場を後にする。
背後で扉の閉まる音が聞こえる。アルフの最後の逃げ道が閉ざされていく音。いやがうえにも緊張が高まっていく。自分の心臓の鼓動がひどく身近に感じられる。
議場にいる人影は全部で7つ。
うち4つは議場の中央に設置された円卓─席は5つあるのだが、そのうちの1つは空席─についている。アルストロメリアやルノがその中に確認できた。残る2人は見たことがないが、おそらく連合所属国の王だろう。一人は額から左目にかけて大きな傷跡があり、その目を閉じているのが特徴的な厳めしい人間の男だ。もう一人はどうやら獣人のようで、柔らかそうな体毛に覆われた身体と頭頂部にぴょこんと出ている丸い耳が特徴的だ。
議場の最奥、各国の国旗が掲げられている高座に座る影が3つ。それぞれが意匠の異なるヴェールで顔を覆い、純白のゆったりとした服を着ているため、表情はおろか、種族も判別できない。
皆一様にアルフを注視している。
背中に冷たい汗が落ちる。
これから自分の命を左右する議論が始まるのだ。
「繰り返しの質問になるが、貴様がアルフ・ジン・クラインで相違ないな?」
高座に座る3人のうちの1人が問い掛ける。年老いた男性の声だ。
「はい。間違いございません」
自分の声が遠いところから聞こえてくるようだ。とても、緊張している固い声音。まるで他人の声のようでさえある。
まだ一言しか発してはいないのに、ひどく喉が乾く。
唾をゴクリと嚥下する。ほんの少しだが気持ちが落ち着くのを感じた。
「座りたまえ」
老人は高座と円卓の間に置かれた椅子を示す。
アルフは円卓の横を抜け、椅子へ向かう。
途中、左目を閉じた王と目が合い、鋭く睨み付けられた。その眼差しからは明確な殺意が見てとれた。先程のリンと同程度の気配を漂わせているところを見ると、彼もかなりの実力者なのかもしれない。
「ダルジ、ここは議論を交わす場だよ。物騒な気配を出すのはやめたまえ」
アルストロメリアが隻眼の王を窘める。彼はダルジという名前らしい。
「我が国が被った損害を考えればこの程度は許容していただきたいもんですな」
ダルジと呼ばれた隻眼の王の言葉には明らかに険がある。余程アルフに恨みがあるらしい。『我が国が被った損害』と発言していたことを考えると、彼がアーリン帝国の皇帝なのだろうか。
「今回は見逃すけれど、あまり被告人を威圧するのは控えた方がいい。君の、ひいては帝国の信用に関わるからね」
「…………」
やはり隻眼の男は帝国の皇帝だったようだ。彼は明らかに不機嫌そうに黙りこむ。向けられていた殺気はとりあえずは鳴りを潜めた。
ふと、アルストロメリアの横を通るとき、目配せをされたような気がした。もしかすると、ダルジ帝の殺気から救ってくれたのだろうか。だとしたら感謝の言葉もない。実際、先程の殺意のせいでアルフの中にあった活力の炎は消えかかってしまっている。
示された椅子に座る。
円卓につく王達に背を向け、高座に座す3人を正面に捉える形だ。
「アスト王国のルノ。今一度サイミアでの出来事を話せ」
先程の老人が言葉を発する。ダルジ帝とは逆で、そこには一片の感情も乗っていない。人間的な温かみが感じられず、不気味な印象を抱く。
「はい」
アルフか議場に入ってからずっと押し黙っていたルノが短く答える。
「アーティス底国の王、ゲーティスの保護要請を受けてサイミアへ向かった私は身分を偽りながら被告人と合流。1日をかけて人格の査定を行いました。翌日、私が目を離した隙に何者かの襲撃を受け、連れ合いを殺されたことにより『恩寵』と思われる力と王具の力が暴走。駆けつけた私が右腕ごと王具を切り離し、失血させることで沈静化を行いました」
「アルフ・ジン・クライン、相違ないか?」
老人が厳かに問い掛けてくるがアルフは答えることができない。
「答えよ。今の報告に間違いはないか?」
「お待ちください、キュノス老」
老人の再度の問いかけに答えたのはアルストロメリアだった。
「報告によれば彼は事件前後の記憶が曖昧なそうです。その彼に事の真偽を問うのは少々無理があるかと思います」
「ルノよ、記憶が曖昧だというのは真か?」
「はい。事件直後、目を覚ました本人の様子を見るに間違いありません」
「そうか。ならば報告の真偽を確かめる術はなし。仮にこれを真として次の議論に移ることとする。次の議題は『罪の所在について』だ。先程のルノの報告によればアルフ・ジン・クラインは何者かの襲撃を受けた末に力が暴走したとされている。ルノよ、その『何者か』の特定は出来ているのか?」
「残念ながら特定はできておりません」
「おいおい、一番現場に近いところにいたお前がそんなザマじゃあこっちとしてはたまんねぇぞ。やっぱりお前みたいなガキ──」
「──が、」
ヤジを飛ばすダルジの言葉を遮り、ルノが続ける。
ルノの表情は見えないが、声には明らかに苛立ちが滲んでいた。
「現場に落ちていたモノから、被告人を襲撃した犯人がある組織の一員である可能性が高いと考えております」
「ヤツらか……」
「恐らくは」
ルノとキュノスは重苦しい声音で言葉を交わす。
ヴェールで表情を読み取ることはできないが、なんとなく、ひどく渋い顔をしているのではないかと思った。
「その現場に落ちていた証拠品を提出せよ」
アルフの前方に座る3人のうちのキュノスとは別の一人が声をかける。キュノスと比べて若い女の声だ。
「畏まりました」
席を立ったルノがアルフの横を抜け、高座へと向かう。
「こちらです」
そう言ってルノが提示したのは、1枚のカードのようなものだった。何か絵が描かれているようだが、ここからでは見ることができない。
「これは……」
「間違い無さそうですな」
「またヤツらか。頭の痛い話だ」
前方に座る三人は口々に『何者か』への悪態をついている。
「それは暴走した被告人が真っ先に殺した者から出てきたものです。その時の尋常ではない殺意から考えるに、それの持ち主が襲撃者と見て間違いないかと思います」
「目的は緋の王具か?」
「おそらく」
前方の三人は顔を見合わせ何やら話し出す。
その間にルノはもといた席へと戻っていった。背後で座席につく音が聞こえる。
「襲撃犯を彼の組織の者として議論を進める。よいな?」
「今はアルフを襲った犯人なんかどうでもいいだろう。肝心なのはサイミアを焼いたのがそいつで、それに対してどんな罰を与えるかだろうが」
ダルジが言葉を発する。棘のある言葉は確実にアルフを追い込んでいくものだ。
「口を慎めダルジ。ここは議論の場だ。野蛮な発想で結論を焦るべきではない」
「しかし彼奴の言うこともまた真であろうな。どのような理由があれ、アルフ・ジン・クラインがしでかしたことは裁かれるべき事だ」
「然り然り」
「恐れながら申し上げます」
前方三人の会話に割って入ったのはルノだ。
「私が被告人と合流した日、1日をかけて彼の人格を査定したと申し上げたと思います。その際の彼の人格と、暴走時の狂暴性はあまりにもかけ離れており、襲撃者に何らかの精神操作を行われた可能性が高いと具申いたします」
「私もルノの言葉に同意します。彼とは少しの間ですが話す機会がありました。その時の印象と報告の印象は乖離している。精神操作を疑うのは妥当でしょう」
ルノやアルストロメリアの証言を聞きながら、アルフは飛行船内で受けたアルストロメリアの助言を思い返す。
『もし君が生きたいのなら─「黙っている」こと、それだけだよ。君はただ黙っているだけでいい。そうすれば君は助かる。私が助ける。約束しよう。』
「黙っている」ことがこんなに辛いとは思ってもみなかった。
自分の関与しないところで自らの生死が決められることがこんなにも歯痒いこととは思わなかった。
「まさかお前ら、『操られていたから情状酌量の余地あり』なんて言いたい訳じゃねぇだろうな? そいつが東部の情勢をどれだけ混乱させてるかわかってんのか?」
ダルジがヤジを飛ばす。悔しいが正論だ。アルフのしたことは決して許されるべき事ではない。
やはり、自分は死んで然るべき人間なのではないだろうか。アルフは、自らの気持ちが死へ傾き始めるのを感じた。果たして死が償いになるのかはわからないが、それで気が楽になる者がいるのなら死ぬべきなのではないだろうか。
アルフは口を開き──
「誰もそんなことは言っていないさ。彼が焼き潰したのは東部経済の要所だ。燃やされた人的資源や食料、魔道具のことを考えればどれだけ軽く見積もっても極刑が妥当だろう」
──アルストロメリアに遮られた。
「助ける」と言っていたアルストロメリアの今の発言は明らかにアルフを死へ誘う言葉だ。
見捨てられたのか。
言外に「やはり弁護など不可能だった」と言われたのか。
アルフは目の前が暗くなっていくように感じた。足元に闇が広がり、自分を飲み込もうとしているようだ。
「じゃあもう議論することもねぇだろうがよ。こいつは死刑。ヤツらは俺たちで潰す。それでいいだろ」
高座の三人はヴェールに覆われた顔を見合わせる。
「少々強引な結論だがそれもまた真か」
「決まりですかな」
「ええ、それが良いかと」
やがて、中央の一人──キュノスと呼ばれた老人が告げる。
「被告人アルフ・ジン・クラインを斬首刑に処す。ただし、精神操作された可能性があることを鑑みて、当人の名誉を最低限守るため刑は極秘裏に執行することとする。また、回収された緋の王具の行方や民への説明等については後程話し合うこととする。異論ないな?」
誰も、なにも言わない。
ルノも、アルストロメリアも、アルフ自身でさえ、声を発することはない。
「では、これにて審議は終了。刑の執行は1時間後、地下処刑場にて行う。アルストロメリア、それまで死刑囚の扱いは貴様に任せる」
「承知しました。リン、入っておいで」
背後で扉の開く音が聞こえる。重い頭をなんとか振り向かせると、そこには数人の兵がいた。先頭に立っているのはリンだ。
「地下牢までお連れします。ご同行願えますね?」
アルフは指示に従い、のっそりと立ち上がる。
左腕を後ろ手に胴体に縛り付けられた。
議場を出るまで誰とも目を合わせられなかった。
地下牢に着くまでリンはただの一言も喋ることはなかった。




