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誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第ニ幕 冒険の行方
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第33話 束の間の雑談

 中庭に降り立ったアルフたちを出迎えたのは、それぞれが異なる武装に身を包んだ10人ほどの兵と侍女達だった。武装だけではなく、種族も多様であることに気付く。人間だけではない。エルフもいれば、獣人などの亜人もいる。アルフは少しだけ、エメラダ王国の在りし日の姿を思い出し、懐かしい気持ちに駆られた。


「遠路はるばるようこそおいでくださいました、ルノ様」


 先頭に立つ軽鎧を身に纏った少女が恭しく声をかけてくる。後方に居並ぶ者達と違い装甲が薄く、その鎧は急所となる部位と腕を守っているだけだ。武器となるものを所持している気配もない。

 更に目を引くことに、人間の頭がすっぽり入りそうなほどの大きさの何らかの入れ物を両の手で大事そうに抱えている。


「毎度のことだが、わざわざ出迎えてもらって悪いな。こんなガキに礼を尽くすことなんてなくていいんだぞ?」

「何を仰いますか。ルノ様はアスト王国が国王。国賓に礼を尽くすのは当然のことです。それにひきかえ──」


 ルノに向かって朗らかに微笑んでいた少女は、キッと鋭い視線を自らの王─アルストロメリアへ向ける。人を殺せそうなほどの圧が込められた視線だ。


「どうして貴方はいつもいつもルノ様に無礼な態度をとるのですか! いくら友好国とはいえ、限度というものがあるでしょう!」

「いやぁ、かわいい弟分が来てくれたとあってはどうしても待ちきれなくてね。つい」

「『つい』ではありません! 我が国の品位が疑われるでしょう! 他の国の方々もお見えになっているのですから、もう少し考えて動いてください!」

「おいおい、リン。客人の前でそんなに怒鳴っては、それこそ品位を疑われかねないよ?」

「うっ……」


 リンと呼ばれた少女は痛いところを突かれたとばかりに言葉に詰まった。後ろに控える他の兵や侍女達は微笑ましいものを見るような目で眺めており、誰もリンに加勢しようとはしない。


「で、ですが、御一人で出歩かれるのは我々近衛としても精神衛生上よろしくないので、あまり勝手な行動は慎んでいただきたく……」

「私は殺されたりしないさ。だって、強いからね。それは知っているだろう?」

「うぅ……」

「陛下。副長とのお戯れはそのくらいにして、そろそろ議場へお向かいください。他の王の方々がお待ちです」


 話が進まないのを見かねたのか、ようやく助け船が出された。後ろに居並ぶ兵達の中の、細長い棒のようなものを背負った非常に真面目そうな壮年の男だ。


「ああ、そうだね。リンはからかい甲斐があるからつい興が乗ってしまった。意地悪を言ってすまなかったね、リン」

「そう思われるのでしたら次からは勝手な行動は控えてください」

「はは、悪いけどそれは約束できないかな。さあ、ルノ、行こうか。リン、アルフくんを頼んだよ」


 アルストロメリアは不貞腐れているリンを尻目にすたすたと歩いていく。その後ろを数人の侍女と兵、そしてルノがリンに同情の眼差しを送りながら続いていく。

 


 ややあって、大きな溜め息をついたリンが気を取り直して言う。


「貴方がアルフ様ですね?ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はリンと申します。レイト光国王直属近衛兵隊副隊長兼国王秘書を務めています。今回、貴方が議場へ召喚されるまでの護衛と監視を命じられました。短い間かと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」

「あ…。て、丁寧にありがとうございます。お察しの通り、私がアルフ・ジン・クラインです」


 リンの長い肩書きと、突然に変わった雰囲気に面喰らって一拍反応が遅れてしまった。間抜けな声を出してしまったことを恥じているとリンが続けた。


「どうぞこちらへ。控え室の方へ案内させていただきます」


 先頭をリン、次にアルフ、そしてその後ろを数人の兵が歩く。物腰こそ丁寧だが、やはり警戒されているのだろう。後ろを歩く兵達に弛緩した雰囲気はない。

 しかしリンだけは別なようで、


「道中我が国の王に襲撃を受けたかと思いますが、お怪我などありませんか?もしくは何か失礼な言動などされていましたら遠慮なく仰ってください。後で私の方から注意致しますので」


などと、アルフを気遣うような素振りを見せてくる。


「いえ、失礼な言動だなんてそんな。寧ろアルストロメリア様にはとても親切にしていただきました。簡単にではありますが、この国のことも教えてもらいましたし」

「それならよかったです。陛下はあの通り非常に自由な方ですので、我々としてはいつも何か失礼なことをするのではないかと肝が冷える思いなのです」


 そんなことを話すうちに控え室と思われる場所にたどり着いた。


「こちらでお待ちいただきます。どうぞ中へ」


 リンに誘われるまま入った部屋は輝いていた。

 天井には巨大な照明器具が釣り下がっており、天井には一面に絵画が描かれている。壁や机上には見るからに高価そうな調度品の数々が並んでいる。部屋には茶の香りだろうか、心地よい匂いが充満している。

 エメラダ王国の王城のそれが霞んで見えるほど豪奢な部屋だった。

 またしても面食らったアルフはリンに尋ねる。


「あの、ここが控え室なんですか? 私はてっきり牢獄のようなところを想像していたのですが……」

「ここで間違いありませんよ。それに、陛下からは議場にて判決が下るまでは客人として扱うようにと言われておりますので、牢屋に入れるようなことは決していたしません。ただし、やはり安全上私共が監視として傍に居ることにはなりますが」

「なる、ほど」

「侍女の皆さんはお茶の準備をお願いします。残りの者は扉の外で待機していてください」

「「「「はっ!」」」」


 リンの号令でそれぞれが行動を開始する。見たところアルフやルノとそんなに年が変わらないように見えるが、大国の近衛兵の副長にまで上り詰めているということはかなりの実力者なのだろうか。指示に従う他の者達からは迷いや不満のようなものは感じられない。


「さあ、お掛けください。議場の準備が整うまでまだ少し時間があるでしょう。それまでは不肖このリンが、話し相手を務めさせていただきます」


 リンに勧められた椅子に腰かけると、あまりにも柔らかで、ズフリと身体が沈んだ。

 その座り心地に驚いていると、微笑んだリンが向かいに座った。


「突然この様なところに連れてこられて色々とわからないこともあるでしょう。何か質問などございましたら遠慮なくどうぞ」

「えと、では遠慮なく。先程からリンさんが抱えている()()は?」

()()は本来陛下の持ち物なのですが、今は私が預かっているものです」

「リンさんのものではないのですか?」

「まさか。これはこの国の至宝、『黄金の王具』です。本当は私なぞが持っていて良いものではないのですが」

「王具………」


 アルフは思わず今はない自分の右腕、その中指へと視線を落とす。


「陛下は片手が塞がるのが嫌だからとお持ちにならないので、仕方がないから秘書の私がこうして管理している次第です」

「なるほど。では、リンさんは拳闘士なのですか? 見たところ剣の類いは装備していないようですが」

「ふふ、いいえ。私は剣士ですよ。私の愛刀は今もしっかりと持っています」

「え? では不可視化の魔法を常時発動されているんですか?」

「いいえ。そのような魔力は私は持ち合わせていません。……そうですね、このくらいならお教えしても構わないでしょう」


 そう言ってリンは左手──人差し指には魔道具と思われる指輪を嵌めている──を中空へと翳した。


「おいで、『断風(たちかぜ)』」


 その声に呼応するように指輪が光り、次の瞬間にはリンの手に変わった形状をした剣が握られていた。

 刀身が湾曲しており、アルフの知る剣よりもかなり長い。柄や鞘には細やかな装飾が施されており、芸術的な価値も高そうだ。


「この指輪は、指定した物体を別の場所から瞬時に取り出すことが出来る魔道具なんです。1つにつき一個の物体しか指定できませんが、私の場合は断風(これ)一択なのでそんなに困りはしませんね」

「……なるほど」


 見たことのない魔道具、見たことのない武器に、アルフは強く興味を引かれる。

 そして、簡単に手の内を明かしてしまうリンの実力にも。


「失礼ですが……リンさんは、強いですか?」

「そんなことはありません。私などまだまだ未熟も良いところです。……と、普段なら謙遜するところですが、そうですね、まあそれなりには強いですよ。少なくとも──」


 そこでリンは微笑む。花が咲くような可愛らしい笑顔だ。だが……


「──たとえ貴方が王具を持っていたとしても、すぐに殺して差し上げることが出来る程度には、ね」


 アルフには死神が微笑んでいるようにしか見えなかった。背筋にヒヤリとしたものが流れる。まるで背筋に氷柱を突き立てられたかのような気分だ。エメラダ王国で黒い男達に初めて会ったときに得たものと同じ、いや、それ以上の死の気配を覚えた。

 笑顔を向けられただけだと言うのに、アルフは今の自分では絶対にリンには敵わないとわかってしまった。それほどまでに濃密な鬼気だったのだ。

 ひきつった笑みを浮かべるのが精一杯のアルフは必死に声を絞り出す。


「失礼しました。貴女は、リンさんは、すごく、強い。よくわかりました」

「こちらこそ物騒な気を当ててしまい、すみませんでした。護衛対象に実力を理解していただくにはこれが手っ取り早いので、つい」

「あは、は。十分理解させてもらいました」


 アルフは脳内でリンへの印象を書き換える。折り目正しいが、案外血の気が多いというか短気なのかもしれない。そして、年若くも王を守る近衛兵の副長を務めているのは伊達ではないということが身をもって理解できた。


 その後、先程の殺気を感じた扉の外の兵が突入してくるというアクシデントはあったものの、表面上は穏やかに時間が過ぎていった。


 やがて、控え室の扉がノックされ、一人の侍女が姿を現した。


「アルフ様、アルストロメリア様がお呼びです。至急議場までお越しくださいませ」


 いよいよ審判の時が来た。アルフの表情は知らず、固くなっていく。


「行きましょう、アルフ様。議場までご案内します」


 アルフの緊張を知ってか知らずか、リンが柔らかに声をかけてくる。しかし、先程の殺意を経験したアルフにはそれが死へ誘う黄泉の国の使者の声に聞こえ、さらに緊張を増すことになってしまった。


「アルフ様?」

「あっ、はい。行きます」


 リンの訝しげな声で我に返る。気遣ってくれる彼女に対し、あまりにも失礼なことを考えていたと、恥を感じる。


 廊下に出て、議場へ向かう最中もリンは絶えず話しかけてきてくれる。


「私は貴方のしたことを知っていますし、それは許されるべきではないと思います」

「はい」

「しかし、正直なところ困惑しているのです。私と話す貴方は、とても優しそうな方で、報告書にあるようなことをする人には見えません。はっきり言ってしまえば、私は貴方の人間性に対して好意的な印象を抱いているのです」

「はあ」

「私の立場でこのようなことを言うのはあまり褒められたことではないのですが、貴方が生きて罪を償うことを願っています。それに─」


 そこで一度言葉を切り、アルフの方を向き直って続きを告げた。


「それに、陛下は自由奔放でいつも周りに迷惑をかけるような人ですが、思慮深い方でもあります。飛行船内で何を話されたのかは知りませんが、陛下の言葉は信用に値すると思いますよ」


 アルフは飛行船でのアルストロメリアの話を─その助言を思い出す。拍子抜けするほど単純で、今の今まで信用するか悩んでいた言葉だ。

 リンの言葉で信じてみてもいいかなと思えた。生きてみてもいいかなと、そう思えた。


「わかりました。信じてみようと思います」

「ええ、それがよろしいかと」


 微笑んだリンの顔を、初めて可愛らしいなと思えた。


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