第32話 ジュグリ
「さて、じゃあ早速だけど本題に入ろうか」
ルノの部下の騎士に案内された客室に入ってすぐ、アルストロメリアが切り出した。
客室を探す最中、アルストロメリアが船体に開けた穴を必死に塞いでいる騎士を見つけ、半ば無理矢理に案内させたのだ。
「私がここに来た理由は君がどんな人間かを見定めるためだ」
「俺が、どんな人間か…」
「私はこれでも人を見る目には自信があるつもりだ。そして直感したよ。君は「良い人」だ」
「はぁ」
「それを踏まえた上で君に伝えるべき事がある」
アルストロメリアは居住まいを正すと続けた。
「断っておくと、出会ってすぐの人間にこんなことを言うのは私も本望ではないんだが、アルフくん」
「……」
「このまま事が進めば、君は間違いなく死罪だ」
「……そうですか」
「あまり、驚いてはいないんだね」
「はい。俺がやったことを考えれば妥当だと思います」
「その通りだ。君は東部経済の要所を焼き尽くし、多くの人を殺した。ルノの報告によれば商店に置いてあった食料や魔道具、魔石も消え去っていたそうだ。君が東部、特にアーティス底国とアスト王国、それにアーリン帝国に与えた損失は計り知れない」
「はい」
「君がもたらした混乱と悲しみを考えれば死罪は当然だろうね。実際、ついさっきまで一緒にいた帝国の皇帝なんかは怒りで顔を真っ赤にしていたよ。ルノもよく自分の感情を抑えている。君が生け捕りで済んだのは、単に彼の優しさのお陰だね」
「……はい」
「だけど」
そこでふっと雰囲気を変えたアルストロメリアが微笑みと共に告げた。
「先程も言ったけど、君は「良い人」だ。そして、私は君を気に入った」
「…え?」
「私はね、出来ることならば君を救ってあげたいんだ。なにせ、私が気に入った人間だからね」
「………」
アルフは思わず訝しげな視線を向けてしまう。目の前の男の思考が全く読めない。アルストロメリアはいったい何を考えている?
「ふふ、信用できないかい? まあ、会ったばかりの仲だし仕方ないか。うん、用心深いのは良いことだ」
などとアルストロメリアは一人で納得している。
「では、私が君を助けたいと思う打算的な理由を挙げようか。それなら一応は納得してくれるだろう?」
アルフが僅かに顎を引くのを満足げに眺めた後、言葉を続けた。
「自覚している様子はないけれど、君は貴重な存在なんだ。ゲーティスから聞いたが君の故郷、エメラダ王国は滅びてしまった。その唯一と思われる生き残りで、緋の王具の保有者。今死んでしまうには非常に惜しいんだよ」
アルフの目をじっと見据えたまま熱を湛えた声音で続ける。
「報告を聞いた限り、君の国は燃やされたわけでも凍らされて砕かれたわけでもない。たった一晩のうちに王城を除く全てのものが消え去ってしまったそうだね」
アルフは黙ったまま頷く。
「私はね、連合の盟主としてほんの少しでも情報がほしいんだ。大陸の平和を維持するためにね。だから君には生き残ってもらわなければならないんだ。少なくともエメラダ王国に関する全てを聞き出すまでは、ね」
そこで不意に雰囲気を弛緩させたアルストロメリアが続ける。
「さて、私が君を助けたいと思った理由は概ね話した。我が国の王都─ジュグリまでもうあまり時間も残されていない。手短に済ませようか。アルフくん、君がこれからかけられるであろう裁判の際にするべきことはたった1つだ。それを教えよう」
ほんの少しの間をとって言葉を紡ぐ。
「もし君が生きたいのなら──」
◆
話を終え、艦橋に戻ってきたアルフたちを出迎えたのはルノの悪態だった。
「おせぇぞ。もうジュグリに着いちまったじゃねぇか」
「じゃあちょうど良いタイミングだったじゃあないか」
「あんたは本当に口が減らねぇな」
「はは、口の巧さは心の強さってね」
「ハア………」
ルノは疲れ果てたように額に手を置いている。
そしてアルフの方を向き直り、鋭い視線を投げ掛けてくる。
「で? お前は何を吹き込まれたんだ?」
「それは─」
「秘密だよ。後になってのお楽しみさ」
アルフを遮って言葉を発したアルストロメリアは悪戯を仕掛けた子供のようだ。
ルノは再び仏頂面に戻る。
「くだらねぇことだったら許さねぇからな」
「あはは。なんだかんだ言いながらいつも優しいね、ルノは」
「チッ」
2人のやり取りを他所に、アルフは眼下に広がる景色を見る。
色とりどりの屋根や様々な形の建物が立ち並ぶ街並みが目に映える。上空からでもわかるほどに通りは賑わっており、活気が感じられる。
眼下に映る都市、ジュグリはレイト光国の王都だ。光国の北端に位置するこの都市には政治機能が集中しており、大陸連合の本部もここにあるらしい。などと、先程アルストロメリアから直々に教えてもらった情報を反芻していると、アルフたちの目的地が見えてきた。
レイト光国王城だ。元は1つの巨大な岩山だったものを長い年月をかけて掘削し、城を作り上げたのだという。その逸話に偽りはないようで、白亜の城には継ぎ目のようなものが一切見受けられない。滑らかな光沢を帯びており芸術品のようでもあるが、同時に頑健さも感じられる不思議な建築物だ。
「アルフくんが私の自慢の城を気に入ってくれたようで何よりだよ。さあ、急ごう。他の王達をあまり待たせるのもかわいそうだ」
「こっちは最初から全速力だっつーの」
一行を乗せた船は城壁の内、広大な敷地を持つ中庭へと向かうのだった。




