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誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第ニ幕 冒険の行方
34/49

第31話 襲撃

昨日はかなり遅めの更新だったので、今日は早めに更新です!


サイミアを焼いたアルフくんの運命や如何に!?

アルフ達を乗せた飛行船は、澄んだ空に散り散りにかかる雲の下を滑るようにして進む。


 眼下には巨大な亀裂のようなものが見える。


 無響渓谷。

 大陸の北東から南西にかけて走るこの対岸が見えないほどに巨大な大地の裂け目は常に濃霧で満たされており、その底を窺い知ることは出来ない。一説では、この亀裂は大昔に起こった地割れによるものだとされており、濃霧に関しては亀裂に流入した海水が地熱によって熱せられて生じた水蒸気だと言われている。

 これまで何度か真相を確かめようと探索班が複数の国から送られたそうだが、未だかつて生きて帰った者はいないらしい。

 曰く、あの霧は生命を貪るものだ。

 曰く、あの霧の向こうには死後の世界が広がっており、生きて帰ることが出来ないのだ。

 曰く、渓谷には底がないため今現在も延々と下り続けているのだ。

 様々な憶測が飛び交い、無響渓谷に対する恐怖心が民衆の中に募っていった。

 そのため、無響渓谷に関して探ろうとするのは暗黙のうちに禁忌とされている。


「……………」


 アルフは眼下に広がる光景をぼんやりと眺めながら、ルノの話を聞き流す。


 真っ白だ。


 気持ちが悪いくらいに真っ白だ。


 眺めていると、それだけで吸い込まれそうになってしまう。


「─フ」


 あそこに飛び込めばすべてを無かったことに出来るだろうか。


「─ルフ」


 守るべきものを失った。

 記憶はないが、無辜(むこ)の人々を大量に殺し、都市を1つ焼き尽くしてしまった。


 今の自分に存在意義は果たしてあるのだろうか。


 いっそ眼下の白に溶けて消えてしまいたい。


「おいアルフ」


 ルノの呼び声で危険な方向へ向かおうとしていた思考が帰ってくる。


「──! え」

「現実を突き付けられて呆けるのもわからんでもないが、気をしっかり持てよ。大変なのはこっからなんだからな」


 艦橋の中央にそびえるやたらと巨大な椅子に腰掛けたルノは、冷めた瞳でアルフを見つめている。

 王具と気力を失ってしまった今も警戒は解かれていないようで、ルノはアルフから決して目を離そうとしない。その様子から殺意こそ感じられないが、何か不審な動きをすればすぐに殺されるだろうという確信があった。


「お前はこれから連合国の王達と元老院のジジイ共の前で生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされるんだ。生きたきゃ言い訳の1つでも考えとけよ」


 ルノはそう言ってくるが、アルフは迷ってしまう。


 果たして自分は生きたいのだろうか。生きていてもいいのだろうか。

 最後に残った守るべきもの─最愛の幼馴染みエレナ─を目の前で喪い、あまつさえ何の罪もない人々を数万人単位で殺し、大きな十字架を背負うことになってしまった。

 今の自分に生きる意味はあるのだろうか。やはり眼下に広がるあの白に、溶けて消え去ってしまった方がいいのではないだろうか。


「お前が今何を考えているのかは知らんし、興味もねぇが、自殺しようってんなら全力で止めるぞ。今の俺の仕事はお前を連合の本拠地に無事に送り届けることだからな」


 ルノには全て見透かされていたらしい。暗にアルフの考えが稚拙なものであると指摘されたような気がして恥ずかしくなる。


「ま、暴れようってんなら話は別だがな。その時は一瞬で殺してやる」


 冗談めかして言うルノだが、その目は一切笑っていない。「殺す」と言ったからには、その時が来れば本当に殺すのだろう。


 アルフはルノの優しさに思わず口元が緩んでしまう。


 言い方こそ厳しいが、ルノは言外に「楽に死にたいなら今この場で暴れろ」と選択肢を提示してくれているのだ。


「なんだよ急にニヤつきやがって。気持ち悪い」


 ルノの好意に甘え、ここで殺されるべきか。

 それとも、連合に裁いてもらうのを待つべきか。

 再び思考がぐるぐると回り始める。が、


「残念。時間切れだな」


 またしてもルノの言葉で現実に引き戻される。

 葛藤を呑み込み前方を見ると、対岸と建築物のものと思われる影がうっすらと見え始めていた。


「対岸に着けばすぐに光国の領土だ。まあ、俺たちが目指す都市はもう少し離れているんだがな」


 そこまで言ってルノは若干くたびれたような声音を作り続きを告げた。


「もっとも、いつも通りなら()()()は領土に入った瞬間に文字通り飛んでくるわけなんだがな。衝撃に備えて何かに掴まっておいた方がいいぞ」


 ()()()が誰のことを指すのかわからない上に謎の助言をされ、アルフの頭の中は疑問符で満ちていた。

 ルノの冗談かと思い、周囲の様子を窺ってみるが、ルノをはじめとしたアスト王国の面々は光国の領土が近づくにつれて段々とその表情に緊張が滲んでいっているようだ。

 どうやらルノがこの場の空気を変えようと適当に発した冗談の類いではないらしい。


 いったい何が来ると言うのか。アルフが前方に視線を向けようとした瞬間、船体に何か硬質なものが激突したようなゴガンという轟音と共に艦橋が大きく揺れた。


「はあ。やっぱり来やがった」


 巨大な椅子に座ったまま、先程の衝撃にも微動だにしていないルノが呆れたような調子で言う。よく見ると周囲の騎士達も「ああ、またか」といった表情を浮かべている。


「いったい何が?」

「あぁ、ま、すぐにわかるさ」


 ちょうどその時、艦橋の外─廊下の方─からこちらへ近づいてくる足音が聞こえてきた。かなりの速度で歩いているようで、音はあっという間に艦橋の前の扉へと到達した。

 そして


「やあ、ルノ! 元気だったかい? 私はとても元気だよ!」


 勢いよく扉を勢いよく開けて艦橋に入ってきたのは、身長が2メートル以上もあると思われる偉丈夫だった。

 美しい金色の髪と翡翠色の瞳、人間のものよりも長い耳はエルフの持つ特徴だが、現れた男には竜のような翼と尾、たくましい腕には鱗もあった。

 全身を華美な装飾品や魔道具で着飾ってはいるが、決して下品ではない。もっとも、配管などが丸見えの無骨な飛行船内においてはひどく浮いているが。


「誰もあんたの体調なんか聞いてねぇし、何度も言ってるが船の入り口を壊して入ってくんな。大人しくジュグリで待ってろ」


 ルノは不機嫌そうに吐き捨てる。

 が、男はそれに構う様子はなく


「むむ、君がアルフくんかな? 話は聞いているよ。短い付き合いになるかもしれないがよろしく頼むよ」


 などと言ってアルフの左手を掴み、ブンブンと振り回す。

 助けを求めるように男の肩越しに見たルノの額には青筋が浮き出ている。


 正直、わけがわからない。

 ついさっき自分が大量殺人の元凶だと聞かされ、エレナが死んだことを思い出し、連合で裁かれることを伝えられ、そしてこの謎の男の闖入(ちんにゅう)。アルフの頭の中はパニック状態だった。

 言葉になっているかすら怪しい喘ぎのような声しか出すことができない。


「え、えと……」

「うん? …………ああ!! 私としたことがうっかりしていた。まずは自己紹介しなくてはならないね」


 男はアルフの左手を離すと、自分の胸に置いて話し始めた。


「私の名前はアルストロメリア・E・ドラクニフという。レイト光国の国王、並びに大陸連合連合評議会最高議長を務めている。そこにいるルノの兄のような存在だと思ってくれれば間違いはないかな」

「間違いありまくりだ。誰がお前の弟だよ」

「それで、改めて聞くけど君がアルフ・ジン・クラインくんで間違いないかな?」

「……え、あ、はい」

「よしよし、よろしくね。私のことは気軽に『アル』と呼んでくれ」


 アルストロメリア・E・ドラクニフ。

 この名前は、常識に疎く座学をサボっていたアルフでも知っているほどに有名だ。

 サミレア大陸最大国のレイト光国の国王にして大陸連合の盟主。黄金の王具の保有者(ホルダー)で、『太陽』の二つ名がつくほどの実力者でもある。また、竜とエルフのハーフという非常に稀有な存在だ。


「貴方が、あの『太陽』の……」

「はは、その呼び方はやめてくれ。なんだかこそばゆい気分になる」

「談笑も結構だが、アルストロメリア。何の用もなくうちの飛行船を破損させたわけじゃねぇよな?」

「『弟の船を見かけたから遊びに来た』ではダメかな?」

「………」

「おいおいルノ、そんな怖い顔をするなよ。冗談だ。いやなに、ジュグリで待っている皆よりも一足早く件のアルフくんを見ておこうと思ってね」


 そう言ってアルストロメリアはずいっとアルフに近寄ってくる。


「うんうん。実にいい目をしている」

「え?」

「現実を直視することを恐れる、実に空虚で空っぽな瞳だ」


 心臓が跳ねた。

 出会って数分も経たない男に自らの意識の深層を見透かされたような、気味の悪い感触がある。

 先程自分が死のうと思ったのは現実から逃避するためだったのか?自分では向き合っているつもりだったが、結局それは「逃げ」だったのだろうか?


 アルフが己に問いかけるのを他所に、アルストロメリアはスッと離れる。


「ふふ、そこまで深く考えなくてもいいよ。ルノ、しばらくアルフくんを借りてもいいかな?」

「ダメだな。ここで話せ」

「なぜかな?」

「そいつはまだ俺の護送対象で、少しの危険も冒すべきではないからだ」

「私は殺されたりしないよ?」

「誰もあんたの心配なんかしてねぇよ」

「大丈夫だよ。悪いようにはしないって」

「………」


 二人は無言で睨み合う。

 もっとも、睨んでいるのはルノだけで、アルストロメリアは涼やかに微笑みを浮かべている。


 ややあって、先に折れたのはルノだった。


「……空いてる客室を好きに使え」

「流石ルノ、話がわかるね!」

アルフ(そいつ)に変なこと吹き込むんじゃねぇぞ」

「わかってるって。さ、アルフくん。場所を変えよう。ついてきてくれ」


 アルストロメリアは上機嫌に、まるで自分の家の庭を行くかのごとく軽快な足取りで進んでいく。

 先程から気圧され続けているアルフはフラフラとその後に従う。背後にはルノの視線が突き刺さっていた。

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