挿入話 業火(裏)
燃えている。
眼に映る凡そ全てのものが黒炎に包まれている。
厚く、重い雨雲が天を覆い、薄暗闇が支配する中にあってその都市だけは黒々と燃え盛っていた。
家屋が灰と消えてゆく。
人が断末魔の悲鳴を上げながら躍り狂う。
都市を囲む河の水は沸騰し、一縷の望みをかけて飛び込んだ者の命を奪う。
大気には火の粉と肉の焦げる不快な臭いが充満し、呼吸をすることさえ許されない。
降りしきる雨さえ燃やし尽くさんとする黒炎の勢いは異様なほどに猛々しい。
交易都市サイミアは、たった数時間前の様子が嘘だったかのように、この世の地獄と成り果ててしまった。
その様を周囲の丘の上から見下ろす者がいる。紫色の魔石が埋め込まれた黒い本を抱える人物だ。
「いやはや、これは。凄まじいですね」
男は目深に被った黒いローブの奥の目を興味深げに細める。
その時、黒炎に包まれる都市の北西部で一際大きく炎が爆ぜた。どうやらこの黒炎の元凶となっている者─アルフと闘っている者がいるらしい。
黒炎が届かないここにさえ戦闘の余波たる熱波が吹き付け、肌を焦がすようだ。
「本当に素晴らしいです。まさかここまでとは。あなたが望んでいたモノはこれなのですか?」
男は虚空に問いかけるが、答えが返ってくることはない。
頭を振って気を取り直す。居ない者に問いかけても仕方がない。
「しかし、これだけの規模となると報告を上げないわけにはいきませんね。出来ることなら私の胸のうちに秘めておきたいものですが」
脳裏には彼の同僚達の顔が浮かぶ。一癖も二癖もある者ばかりだ。
「ふふ。ズール君あたりの反応が楽しみです。……おや」
同僚達のオモシロイ反応に思いを馳せていた男は、自分の下に近づいてくる影に気付いた。しかしそれは人影でもなければ物影でもない。何かに日光が当たってできたものではない。ただ影が単体で存在しているのだ。
「無事なようで安心しましたよ、ディードくん」
影は男に近づくと急速に形を変えた。より正確に言うならば、地面に落ちた影からズルリと人型が盛り上がったような変態だった。
「シララくんと彼女は?」
男の問いに影は首を横に振る。
「そうですか。残念です」
「……回収に向かいますか?」
「いえ、その必要はありません」
男は先程一際大きく黒炎が爆ぜた地点を指しながら続ける。
そこからは激しい衝突音が鳴り響き、この場所に地の獄を作り出した黒炎が吹き荒れていた。
「今アルフくんはどうやら戦闘中らしいですね。あれだけの力を持ったアルフくんと戦闘が出来、且つこれだけ迅速な対応が出来るのは、まあ恐らくはアスト王国かアーリン帝国の精鋭、若しくはその王くらいでしょう。そんな闘いの激震地に赴いてまで回収する必要はありませんよ。アレはしばらく連合に預けておくとしましょう」
「……承知しました」
「それに、今彼らにちょっかいを出すと少々面倒なことになりそうですしね」
男はフードの奥の眼で都市内部と外部にそれぞれ1つずつ存在する尋常ならざる気配を睨む。
返ってきたのは身を震わすほどの殺気だった。
「ふふ。あぁ、恐い恐い。やはり回収は諦めましょう。それよりも人手が増えたことで、やりたいことができました。ついてきてください」
「何処へ?」
フードの奥で男は口の端を上げてこう答えた。
「なに、ちょっとした慈善活動ですよ。恐い方々を怒らせない程度に、ね」
2つの人影は未だ炎上する都市へ向かっていくのだった。




