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誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第ニ幕 冒険の行方
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第27話 業火②

「この場を借りて近況報告します」みたいなこと言っておきながら全然やってないなぁと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。倉科は(たぶん)元気です。


サイミア動乱編はいよいよ佳境といったところです。

アルフとエレナ、黒い男達、そして大陸連合。3勢力それぞれの思惑がサイミアを舞台に交錯します。

引き続きお楽しみいただけたらと思います。

 ルノの捜索のために連れてきていた近衛兵達への伝令を済ませたエルグは、止まり木亭へ向かう。

 逃げ惑う人々の流れに逆らうように移動することになるのだが、エルグの歩調はまるで変わらない。まるで周囲に人などいないかのように滑らかな動きだ。

 スルリスルリと人々の間を縫い、目的地へと急ぐ。

 

 その時


「……?」


 視界の端で黒い影が動いたような気がした。同時に、別の場所から吐き気を催すような邪悪な気配を感じる。


 一瞬、そちらの対処に向かおうかという考えが浮上するが、すぐさま否定する。今の自分に課せられた任はエレナという少女の救出だ。主の命は絶対だし、幸い今はどちらも暴れだす気配はない。多少の無茶は許可されているが、現状は人命の救助を優先すべきだ。


 迷いを断ち切り、止まり木亭へ向かう歩みを速めた。


 ◆


 ルノは屋根の上を走る。

 眼下にはまさにこの世の地獄のような光景が広がっていた。


 巨大な炎柱の余波たる黒い炎が路地という路地を迸り、露天を、建物を、逃げ遅れた人々を呑み込んでいく。

 屋根の上にいるルノの下まで肉の焦げる不快な匂いが立ち込めてくる。


「チッ」


 ルノは己の無力さに思わず舌打ちする。

 目に映るもの全てを救うことができたならどれだけいいだろうか。

 しかし、そんな理想はただのエゴだということもわかっている。多を救うためには少を切り捨てなければならないときがあるということも理解している。今がまさにその時であることも。

 黒炎の元凶だと思われるアルフを止めねば被害は拡大していく一方だ。それに、これだけの規模の魔法を行使しているアルフの身体が無事であるとは考えにくい。最悪の場合、魔力を使い果たして死ぬかもしれない。


 事態は一刻を争う。1秒でも早くアルフを止め、1つでも多くの命を救う。その為に多少の犠牲には目をつむる。

 それが、アスト王国国王ルノに今できる最善の行動だった。


「あの野郎、いったい何してやがる……!」


 理性では理解しているが、感情を殺しきれない。

 苛立ちだけが募っていく。


 ようやくルノが炎柱の下に到着したとき、既に都市の至るところで火の手が上がっていた。

 しかし、幸運なことに上空には、まるでサイミアだけを覆うように分厚い黒雲がのしかかっている。


 そして、ポツリポツリと、救済の雨が降り始めた。


「これで少しは凌げるといいんだがな」


 ルノは誰にともなく独りごちる。


 見やると、天を焼き焦がさんとしていた炎柱は徐々にその勢いをなくし、やがて掻き消えた。


 果たして、そこには黒炎に包まれた2つの影があった。


 ◆


「これは……」


 止まり木亭に到着したエルグを待っていたのは濃密な死の香りだった。

 エルグとも面識のある受付嬢達は見るも無惨に切り刻まれ、床に血の海を作っている。


 エルグは一瞬だけ渋面を作った後、血の海を迷いなく越え、受付に置いてあった宿の帳簿を手に取った。エレナの部屋を調べるためだ。

 受付がこの惨状では望みは薄いが、どうなっていたかを報告する義務がある。


 エレナの部屋を調べ終え、まっすぐにその部屋へと向かう。


 その道中にも多くの死体が転がっていた。


 が、


「む」


 先程の受付嬢と廊下に転がっている死体では明らかな差異がある。


「……複数犯ですか」


 受付嬢達の死体は、無邪気な子供が悪戯に切り刻んだかのような酷い有り様だった。

 しかし、廊下に転がっている死体はどれも背後から心臓を一突き、もしくは首元を掻き切られているだけだ。


 エルグが抱いた印象としては、前者は殺戮を愉しむ狂人。後者は暗殺に慣れた手練れ。というものだった。

 大方、狂人の殺し方を見るに見かねた暗殺者が時間短縮のためにその後の殺しを請け負ったと言うところだろう。


「問題は、その者達の狙いが何なのか、ですね」


 しかし今はそれを考える時ではない。

 ここもいつ炎に呑まれるかわからない。早くエレナの安否を確認して離脱しなければならない。

 最大限警戒しながら最速でエレナのいるはずの部屋を目指す。


 だが、その部屋はもぬけの殻だった。

 一瞬、誘拐されたのかという考えが浮上するが、瞬時に違うという判断を下す。

 争った痕跡がない上に、部屋の窓が開いているのだ。

 宿中の者達を皆殺しにするような存在がわざわざ窓から逃走するとは考えにくい。

 ならば、これは十中八九、エレナの逃走経路だろう。


 問題は行き先だが、これはすぐに見当がついた。


 窓から見下ろした先に血痕があったのだ。そしてそれは、炎柱のある方向へと続いていた。


「なるほど。そういうことですか」


 少女を助けることはできなかったが、取り敢えず任は果たした。後はルノ次第だ。


 エルグは止まり木亭を後にした。命令に従い、一人でも多くの命を救うために。

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