第26話 業火①
灰に覆い尽くされた大地に降り立つ。
サフサフと、軽い感触が足元から伝わる。
「ここが、サイミア…………?」
周囲には何もない。
いや、エメラダ王国の時とは違い、正確には何もないわけではない。ただ、生命の気配が皆無なのだ。あるのは灰と、炭化した何かの燃えカスだけだ。
ぼんやりと思い出しつつある記憶の中のサイミアは人で溢れ、建物が密集しているために見通しが利かなかったはずである。
しかし、今は、都市があったそのほぼ中央に立っているにも関わらず、全方位に見通しが利く。
「正確には、『サイミアだった場所』だな」
同じく飛行船から降りたルノが言う。
「なあ、どうしてサイミアは滅びたんだと思う? どうしてここには灰と炭しか残っていないんだと思う? どうして河の水は汚濁にまみれているんだと思う? ここにいたはずの人々はどこにいったと思う? どうして──」
「──俺はお前に『緋の王具』を返していないんだと思う?」
「ま、さか……」
「まるで何かに燃やされたかのような惨状じゃないか」
ルノは近くにあった炭─歪な形をしたそれは最早原型を留めていないが、辛うじて人間だということがわかる─を見下ろす。その眼差しには悲しみの色が強く滲んでいた。
「これが、俺の罪?」
アルフは膝から崩れ落ちてしまう。
最悪の想像が脳裏を掠める。
歯の根が合わない。
全身から血の気が引いている。
まるで力が入らない。
「これを、俺がやったのか………?」
「さて、約束を果たそうか」
「え?」
「俺の知りうる限りの全てを教えてやる。お前には、何がなんでもここで起こったことを思い出してもらわなきゃなんねぇからな」
そして、ルノは語り始めた。
1つの都市がたった数時間のうちに滅んだ、絶望的な話を。
★
魔石を換金してくると告げてアルフと別れたルノは、人気のない路地へと歩みを進める。
やがて人通りが完全になくなった辺りで足を止めた。
「よし、ここならいいだろ。待たせて悪かったな」
後方に立つ人物──気配と足音を完璧に殺して付いてきていた老執事に声を投げ掛ける。執事服には不似合いな首飾りが印象的だ。
「謝罪をされると言うのであれば、待たせたことよりもまずは黙って国を出たことについて謝っていただきたいですな」
「あー、悪かった悪かった」
「まったく、貴方はいつもいつも黙ってフラりとどこかへ行く。なぜ私どもにお声をかけないのですか」
「はぁ。いつも言ってるだろ。お前達に言うと護衛をつけられるだろうが。動きにくくてかなわん」
「毎回あなたの安否を心配する我々の身にもなってくださいと言っているのです」
「心配する必要がねぇことくらいわかってるだろ。そこら辺の有象無象ごときに後れはとらねぇよ」
「ルノ。いつも言っているだろう。自信を持つことと慢心することは違うと」
老執事─エルグの雰囲気が一変する。
穏やかだった眼差しには硬質な鋭さが宿り、口調も変わる。
「……油断はしてねぇよ。ヤバくなったらすぐに逃げるつもりだ」
「本当にそうならいいのだがな」
「それに、これは釣りでもあるんだよ。お前が──連合が危険視してるヤツらを炙り出すためでもあるんだ。俺を俺とわかって襲ってくるやつなんざどこかの国に雇われた暗殺者かヤツらくらいだろ」
「ふむ。理解はできるが、ならば尚のこと護衛をつけるべきではないか?」
「それじゃあ餌としての機能が落ちるだろうが。餌は無防備じゃないといけないんだよ」
「我々に何も言わず出ていくのは?」
「ん、あぁ、それは──」
言葉を続けようとするルノだったが、遠く、大通りの方から聞こえてくる悲鳴のような絶叫や、何事か訴えかけるような怒号に眉をひそめる。
「なんの騒ぎだ?」
「ここではわかりかねますね。一度大通りに戻りましょう」
執事然とした調子に戻ったエルグが促す。
◆
大通りに戻った2人が目にしたものは大きく分けて2つだった。
1つは何かから逃げるように、狂ったように走る人々。
老若男女問わず、皆その顔には恐怖と焦りの色を張り付けている。
もう1つはある1点─逃げる人々とは逆方向──を見つめ、呆ける人々。
その様子は、あまりの出来事に思考が停止しているようにも、神々しいものに見惚れているようにも見えた。
そして、人の流れの根源──呆ける人々の視線の先──にあったものは
「おいおい、嘘だろ……」
大地を焦がし、天を焼かんと立ち昇る黒炎の柱だった。
透き通るような青空とは対照的なドス黒い炎は、確かに見るものを魅了するような危険な魅力があるようにも見える。
炎柱までは距離があり正確なところはわからないが、その巨大さから既にかなりの規模に被害が及んでいるのは明らかだ。
更に、炎柱が出現したのは都市外周部の闇商人が多くいる区画だ。あそこは建物が特に密集しているため、一度火の手が上がると消火は困難を極める。
「あのバカ、何やってやがる……っ!」
「やはりあれはアルフ殿ですか」
「それ以外考えらんねぇな」
あれだけの規模の火属性魔法を行使する可能性があるものは3つ。
①魔力量が桁外れなデタラメ種族が何らかの魔道具を使用した場合。
─しかし、この都市には竜はおろか、エルフも近づかない。可能性としては皆無に等しい。
②複数人で大規模な儀式魔法を行った場合。
─街中でそんな物騒なものを発動させるメリットがない。そもそもそんな大規模な儀式魔法は開けた場所でなければ使えない。核となる魔方陣が敷けないのだ。
そして
③規格外の力を持つ魔道具の保有者の身に何らかの危険が迫り、その力を行使せざるを得なくなった場合。且つ、その保有者が未熟で力の加減が出来なかった場合。
もう1つ考えられる可能性がないわけではないが、可能性としては恐ろしく低いのでおいておく。
「エルグ!」
「はっ」
「お前は連れてきた近衛団に民の避難誘導をするよう伝えた後、止まり木亭へ向かえ。アルフの連れのエレナって名の少女がいるはずだ。足を怪我してて動けねぇだろうから引きずってでも助け出せ。それが終わったら、逃げ遅れた奴を一人でも多く救え。多少の無茶は許す」
「承知致しました。ルノ様は?」
「俺は──」
視線の先には燃え盛る黒炎。その勢いは衰える気配を見せない。
「アレを止める」
「…………承知致しました。くれぐれも無茶だけはなさらぬよう」
「わかってるよ。時間が惜しい。早く行け」
「はっ」
エルグは短く答えると、走り去っていった。みるみるうちにその背中が遠くなる。
「さて、こっちも始めようか」
ルノは自らに言い聞かせるように呟いた後、おもむろに手首にはめられていたリングを外した。そして跳んだ。いや、飛んだと言った方が正しいような跳躍だった。
一息で手近な建物の屋根に登ったルノは炎柱へ向けて駆け出した。
先程まで雲一つなかった空には、いつの間にか重く、暗い雲がかかり始めていた。




