第25話 認識
機密保持の為と目隠しされたアルフはルノに手を引かれて歩みを進める。
右腕を失っているからか、それとも目隠しをされているせいか、少し身体のバランスがとりづらい。
階段を上がり、平地に出る。
目隠しをしていて周囲の様子は窺えないものの、多くの視線が向けられているのを感じる。同時に、小さく囁き合う声が多く聞こえた。
聴覚に集中してみると、どうやらそれらはアルフに対する敵愾心のようなものや、あるいはもっと単純に恐れに彩られているものだとわかった。
憮然としつつも、これからルノが見せてくれるらしい『アルフが特一級危険生物に認定された理由』を知れば納得できるのだろうと思うようにする。そうでもしなければ周りの敵意に押し潰されてしまいそうだ。
「アルフ。もう感じてると思うが、これがお前のやったことに対する周囲の評価だ」
「待ってくれよルノ。俺は本当に記憶がないんだ」
記憶がないと言った瞬間、周囲のさざめきが一際大きくなるのを感じた。
「なあ、俺はいったい何をしたんだ?」
「……見ればわかる。今はただ、ついてくればいい」
ルノは固い声で返す。ここで答える気はないらしい。
アルフは耳に入る囁き合いを出来るだけ聞かないようにしながら歩みを進める。
やがて、頬を撫でる空気の質が変わった。外に出たのだろうか。
「着いたぞ」
目隠しを解かれたアルフは久し振りの光に目を細める。
徐々に慣れてきた眼が捉えたのは巨大な倉庫のような施設だった。
高さ30メートルほどの天井は鉄製の骨組みが剥き出しになっており、無骨な印象を与える。地面は石畳できれいに舗装されていて整然としていた。
そして、その倉庫の中に格納されていたのは巨大な弾丸のようなものだった。
弾丸の先頭、上部、左右に伸びる翼のような部分にはプロペラがついており、最後部には魚の尾ひれのようなものがある。
下部には複数の窓のついたゴンドラがぶら下がっていることから、その弾丸が乗り物であることがわかる。
弾丸状の乗り物の前には十余人の騎士が整列していた。中には見覚えのある顔もある。
「お待ちしておりました、ルノ様!」
先頭に立つ隊長らしき男が敬礼をする。握り締めた右拳で胸を叩く独特の所作だ。
後ろに並ぶ騎士達もそれに続くように胸を叩く。
一糸乱れぬ動きで鎧を叩いたため、ガシャンという音がいくつも重なって聞こえる。たった十余人だというのに、その様は壮観だった。
「ご苦労」
ルノはそんな騎士達に軽く手を上げることで応える。
居並ぶ騎士達よりも明らかに年若いルノが偉そうにしているのには少々違和感のようなものを覚えるが、その所作は自信に満ち、堂に入っていた。
「さてアルフ。お前には今からこの飛行船に乗ってもらい、ある場所に行ってもらう。もちろん俺も同行する。異論はないな?」
「その場所が見せたいものなのか?」
「あぁ、そうだ。そこに行けば、きっとお前は全て思い出すだろうさ」
「じゃあ異論を挟む余地はない。連れていってくれ」
「いいだろう。皆、出発の準備を!」
「「「はっ!!」」」
覇気のこもった声を上げ、騎士達が散開し、各自持ち場につく。
飛行船に乗り込んでいく者、機体に不備がないか確認をする者、飛行船の進路上に危険物や障害物がないか確認をする者。皆、自分の役割をしっかりとこなしている。
その様子からは、自らの王に対する敬意が感じられた。
「慕われてるんだな。王として」
「まあな。こんなガキに従ってくれるいい奴等だよ」
ルノの口調は柔らかい。
「俺達も行くぞ。エルグ、留守を頼む」
エルグと呼ばれた老執事は、深く腰を折って応えた。
飛行船内部は思っていたよりも広く、各所に見慣れない照明器具が吊り下げてあった。
「ここにある照明やこの飛行船自体、電気というもので稼働するんだ」
アルフの視線に気づいたルノが言う。
「電気?」
「魔力に代わる動力源として俺達が注目してる代物だよ。雷属性の魔法があるだろ? あれも電気だ」
「へえ。でも、魔力でよくないか? なんでわざわざ代替品なんか」
「魔力が枯渇してるとき、魔道具が動かせねぇだろうが。人間族はどこかのデタラメ種族達と違って先天的な魔力量が少ねぇからな。次の策を用意しておくべきだろ」
「……なるほど」
アルフの胸中は驚きで満たされていた。自分とそんなに年の変わらない、まだ少年と呼ばれるような齢のルノが種族単位で物事を考え、誰も考えてこなかったような計画を動かしている。軽い尊敬の念さえ覚えてしまう。
しばらく歩くと飛行船の最前─艦橋に到着した。
そこは驚くほどにこざっぱりとしていた。広い空間には不釣り合いなほどに物が少ない。飛行船の指針を決めるための舵、幾つかの計器、船内外の様子を映す画面、そして中央に巨大な椅子があるだけだ。
今はそこに幾人かの騎士が詰めていた。
「各所の最終点検、完了しております。すぐにでも出発出来ます」
「よし。では向かうとしよう。アルフ、お前はそこに立ってろ」
ルノに言われるまま、巨大な椅子の斜め後方に立つ。
そして、ルノが椅子に腰かける。
それを見計らっていたかのようにグオォンという低い駆動音が鳴り響き、艦橋に微かな振動が走る。
「中間目標はサイミア。その後、最終目標地点──ジュグリへ向かう! いいな?」
「はっ!!」
その時、なんの前触れもなくアルフの脳にノイズが走る。何かを思い出しそうな気がする。思い出さなければいけない気がする。
けれど同時に、思い出してはいけないと叫ぶ自分がいる。それを思い出してしまってはいけないと、そう必死に訴えかけてくる。
嫌な汗が吹き出る。
気持ちの悪い自己矛盾の渦に捕らわれてしまった。
呼吸が荒れる。ゼーヒューと、自分の呼吸がやたら大きく聞こえる。
思い出すべきなのか、思い出さざるべきなのか、わからない。
「アルフ。今は何も考えるな。サイミアに着けば全て教えてやる。今はただ、景色でも眺めていればいい」
「え、あ、あぁ…」
ルノの言葉に救われた。
ルノがそう言うのならば、今はまだ何も考えない方が良いのだろう。そう自分に言い聞かせる。
気を取り直して窓辺に寄る。
格納庫を出た飛行船がいよいよ離陸するところだった。
一瞬だけ、臓腑が浮くような不快感に襲われる。
地上がどんどん遠ざかっていく。15年生きてきたが、空を飛ぶのは初めての経験だ。少々の恐怖感はあるが、今は好奇心の方が勝っている。
眼下にはアスト王国の街並みがある。町の中央を幅の広い河が流れており、街が東西に分断されているようだ。
建物はそれほど密集しておらず、河の水を利用しているのだろう田畑が目立つ。
「『王国』とは言ってもまだまだ青い新興国だからな。あまり街が発展してねぇんだよ。エメラダ王国の王子様からしたらつまらんかもしれんな」
「いや、そんなことはない。これも1つの国の形だ。それに、エメラダ王国は街が発展していた分、田畑が少なく食料の自給率が低かった。それを考えればこの光景はむしろ羨ましいくらいだよ」
「はっ。世辞にしちゃ上出来だな」
「お世辞なんかじゃないさ。のどかで、いい風景だ」
嘘偽りのない心からの感想だった。
実際、エメラダ王国の食料事情はあまり芳しくはなかった。魔道具の交易で手に入れた外貨を、ほぼそのまま食糧の獲得に使っていたようなものなのだ。国外からどのように見られていたかは知らないが、実情は自転車操業のようなものだった。
それでも国内の情勢が安定していたのは、民の努力と、友好国やカーヅが治める漁村の協力のおかげだったのだろう。
◆
飛行船は進む。
揺れはほとんどなく、海の上を行くよりも心地がいいくらいだ。
やがて右手に巨大な山が見えてきた。
エメラダ王国の東に広がる森の北方。霊峰ソラフと呼ばれるその山は、まるで北の大山脈から切り出してきたかのようで、周りの景色─周囲には平地と森が広がるばかりだ─とは余りにも不釣り合いなほどに高く、異様な存在感を纏っている。山の中腹ほどまでは緑に染まっているが、樹木はほとんどない。岩肌に苔がびっしりと生えているために遠目に見ると鮮やかな緑に映るのだ。
飛行船はかなりの高度を飛行しているのだが、それでも頂上には届いていない。
そして、前方には見覚えのあるカルスト地形が広がっている。
「サイミアまであと少しだ。各員着陸の準備を!」
前方に立つ騎士の一人が声を上げる。船内がにわかに慌ただしくなる。
そんな中、静かにアルフに語りかける者がいた。ルノだ。
「アルフ。もうすぐ見えてくる光景をしっかりその目に刻み付けろ。絶対に忘れないように」
前だけを見据え発されたその声は固い。
アルフは真剣な面持ちで前方を見つめることで返答とする。
そして─
見えてきたものは──
──薄汚い色の河に囲まれた灰色と黒の大地だった。
「あれが、お前の『罪』だ」
静かなルノの言葉がやけに大きく聞こえた。




