第21話 交易都市サイミア②
『最高のおもてなし』という言葉に相応しく、あてがわれた部屋─なぜかアルフとエレナは相部屋だった─は広く清潔で、高価そうな調度品によって上品に装飾されていた。室内に風呂─河の水を引いてきて、火属性の魔道具でお湯にしているらしい─までついており、この宿がいかに優れているかを物語っていた。
提供された食事も、都市周辺に生息している草食動物の肉や、大通りで仕入れた野菜などを使った新鮮かつ豪華なもので非常に満足のいくものだった。
『おもてなし』を満喫した2人は部屋に戻り、穏やかな時間を過ごす。
エレナは昼間の戦闘の疲れからかすでに眠ってしまったようだ。
ふかふかのベッドに寝転がりながらアルフは思索に耽る。考えるのはもちろんルノについてだ。
恩人だからと言って、ここまでの厚待遇を受けるのは正直信じられない。ルノと宿がグルになってアルフ達の寝首を掻こうとしているという方がまだ信じられる。
しかし、表に国旗を掲げた宿がそんなことをするだろうか。それに、ルノが襲われていたのもアルフ達がそこに助けに入ったのも完全に偶然だ。更に言えばアルフは身分を明かしていない。つまりルノから見ればアルフはただの旅人だ。そんな人間を襲ったところで旨味はない。
ならば、ルノがサイミアもしくはアスト王国における要人だという線はどうか。それならば都市入口での一件や、宿でのこの厚待遇にも納得がいく。ルノの名前に微かに聞き覚えがあることにも。しかし、それほどの重要人物ならばなぜ護衛も連れずにいたのだろうか。実際、外的生物に囲まれて危ないところだった。
わからない。
それがほとんど眠りかけた頭で出した、アルフの答えだった。
結局、宿の人間にルノについて尋ねてみてもうまくかわされるだけだった。考えるにしても手がかりが少なすぎるのだ。
やはり明日、本人に直接聞いてみよう。またはぐらかされるかもしれないが、むこうが口を割るまでこちらも粘り続ける覚悟で。
そんなことを考えているうちに、アルフはいつの間にか深い眠りに落ちていた。
この都市に来た本来の目的はすっかり忘れてしまったままで。
◆
翌朝、例によってエレナに叩き起こされたアルフは寝惚けた頭で自分達の安全を確認する。どうやらルノ達が寝首を掻こうとしていたという線はなさそうだ。
未だボーッとする頭でモソモソと軽い朝食をとり、エレナに言われるがままに支度をする。
アルフの脳がようやく朝を迎えたあたりで、部屋の扉がノックされる。
「おはようございます。アルフさ─アルフ、エレナ。ルノです」
アルフが扉を開け、ルノを招き入れる。
「お2人ともよく眠れましたか?」
邪気のない笑顔で尋ねてくる。
「ああ。おかげさまでぐっすりだったよ」
視界の端で、アルフを起こし諸々の支度をさせるのに余程苦労したのか、エレナが疲れた笑みを浮かべているがあえて無視する。
「それはよかったです。それで、昨日約束していた都市の案内なんですが、今から行っても構いませんか? この都市は名所も多いのでなるべく早いうちからご案内したいのですが」
「俺は構わないよ。エレナは?」
「あたしは悪いけど遠慮しようかな。まだ足が痛むんだ。これからまた旅に出るんだし、今日は大人しくしとくよ」
「そうですか。残念ですが仕方ありませんね。何かありましたら受付に言ってもらえれば大抵のことはできると思いますので、ゆっくりしていてください」
「うん。ありがと」
「では、早速ですが行きましょうか」
「ああ」
ルノと2人で部屋を出たあたりでアルフが声を潜めて言う。
「ルノ。悪いんだけど──」
「ええ、薬屋さんですね。ご案内しますよ」
『わかっていますとも』と言いたげな笑顔でルノが答える。
その善意に、アルフはルノを疑っていたことを恥じた。
「ああ、頼む。ありがとう」
精一杯の笑顔を浮かべてそう言うのだった。
◆
「この都市の大通りは大きく3つに分類されているんです」
宿を出て、大通りに行く道すがらルノが教えてくれる。
「まず、中央市場。ここではその日とれた新鮮な野菜や肉、魚などが扱われています。軽食がとれる露店なんかもここに集中していますね。次に商店通り。ここには魔道具や武器、保存食に野営道具といった冒険必需品が揃っています。今目指している薬屋さんもその通りにありますね。そして最後が…」
ルノはそこで少し言い淀む。
「最後が?」
「最後が、通称『闇市通り』です。まあ、闇市とは言っても、外周区画とは違って違法なモノを取り扱っているわけではないんですがね。この通りには質屋が多くあるんですが、扱っている商品の中にたまに違法スレスレの商品が混じっていることから名付けられました。ごく稀に物凄い掘り出し物の魔道具なんかがあるので、時間があるときに行ってみるといいかもしれません」
「なるほどな。まずは商店通りに行ってみたいな」
「はい! 任せてください。この都市で一番良い薬屋さんを紹介しますよ!」
などと、2人が話しながら歩いていると
「ルノ様。ようやく見つけましたよ」
と、背後から老人の声が聞こえた。
振り返って見てみると、そこには物々しい装備に身を包んだ一団がいた。兜だけを外した全身甲冑─胸の辺りにアスト王国の紋章が刻まれている─を着用している騎士が10人ほど。ただし、声をかけたと思われる先頭に立つ老人だけは執事服に身を包み手には白い手袋を嵌めており、いかにも執事然としていた。
敵意を感じないので、とりあえずは臨戦態勢を解く。
チラリと横をうかがうと、長い前髪があってもわかるほどルノがあからさまに渋い顔をしていた。
アスト王国の騎士が来ているということは、やはりルノはアスト王国の要人で間違いないようだ。しかしなぜ当のルノは渋い顔をしているのだろうか。
「ルノ様、いったいいつまで遊び歩いているつもりなのですか。貴方がいないせいでどれだけく─」
「アルフ! 助けてください!!」
老執事の言葉に被せるようにルノが声を張り上げ、アルフを盾にするように背後に回り込む。
「えっ?」
唐突に話を振られたアルフは目を白黒させている。
「アルフ……?」
そんなアルフに構う様子は見せず、老紳士がピクリと反応する。
「ルノ様、今、アルフと仰いましたか?」
「あ、ああ」
「……ふむ。なるほど、なるほど」
少し考え込んだ後、老執事は突然態度を変えた。
「そういうことでしたか。わかりました。ここは退きましょう。また改めてお迎えに上がらせていただきます」
老執事は「それでは」と言って、踵を返して去っていってしまった。騎士達はこちらを一瞥した後、老執事を追う。
事情が飲み込めず、話に全くついていけていないアルフはただ呆然とすることしかできなかった。




