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誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第一幕 始まりの冒険
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第19話 遭遇

 ゲーティスが作り出した海底からの一本道をトゥルケーに引かれ、驚くほど簡単に地上に到着した。

 太陽はまだ浅い角度にあり、浜辺は涼しい。


「では、我々はここで別れるとしよう。カーヅ達を村に帰し、その足で王国の調査に向かうとする」


 ゲーティスが言った。


 この場にいるのはアルフ、エレナ、ゲーティス、カーヅ、ゲエルの5人のみである。ゲーティスの護衛の姿はない。


「おっちゃん、本当に護衛なしで行くの?」


 地上に至るまでの道中、何度も繰り返した問いを投げ掛ける。


「くどいぞアルフ。確かに、護衛をつけないのは軽率かも知れんが、蒼の王具の力を見ただろう?これは広範囲に影響を及ぼす力だ」


 ゲーティスが着用している鎧─蒼の王具─を指しながら言う。


「もしも戦闘になった場合、他の者まで巻き込んでしまう恐れがある。だから今回私は単独で赴くのだ。安全が確認されれば、改めて大人数での調査を行う。それに──」


 ゲーティスは何か言いかけるが、首を横に振る。


「──いや、なんでもない。忘れてくれ」


 アルフはその様子に疑問を覚えたが、ゲーティスの言に素直に従うことにする。聞いても教えてはくれないだろう。


「わかった。気を付けて」

「ふふ。誰にものを言っておる。お前こそ、これからの旅路に何が待ち受けているかわからんのだ。心して掛かれよ?」

「はい!」


 アルフとゲーティスはお互いの無事を祈り固く握手をする。


「あぁそうだ。アルフよ、これを持って行け」


 ゲーティスが小さな布袋を放る。

 チャリンと音を立てアルフの手に収まったそれは、軽い音を立てた割にはずっしりと重かった。


「交易都市─商人の都市へ行くのに、路銀がないと何かと不便だろう。受け取れ。どうせ持ち合わせもないのだろう?」


 何か言いそうになるアルフだったが、喉元まで上がってきた言葉を飲み込み、頭を下げた。


「何から何まで、本当にありがとうございます」


 ゲーティスは穏やかに微笑んでいた。


 ◆


 ゲーティス達と別れたアルフとエレナは一路サイミアを目指す。


「さあ、行こうか!」


 交易都市サイミアの周辺はカルスト地形に囲まれており、見通しはあまりよろしくない。周辺国家に通じる主要な経路は平坦に均され舗装までされているが、その道は細く、道から少し横に目線を移すだけで死角となる場所が山のようにあることがわかる。


 2人はそのうちの道の1つ、サイミアと底国─の最寄りの砂浜─を結ぶ道を歩いていた。


「しかしこうも死角が多いと落ち着かないな」


 地面を突き破るようにして飛び出ている岩々を見回しながらアルフが言う。


「あはは。たぶん大丈夫だよ。この辺の盗賊とかならず者なんかはサイミアと関係を持ってる国々が叩き潰したらしいし。それに─」


 若干声のトーンを落としたエレナが続ける。


「それに、渓谷より東側にはほとんど外的生物(アウター)はいないはずだしね」


 エレナが少し自信なさげに言うのは、底国に向かう道中の森で獣型外的生物(アウター)を見てしまったからだろう。

 それを察したアルフは改めて周囲を見渡す。

 地面から突き出した岩や、デコボコと続く丘のせいで見通しは利かないが、のどかだなと思った。突き出した岩と岩の隙間を埋めるように生えている草花は青々と活気付いており、それを野生の草食動物が食みに来ている。臆病な草食動物達に警戒した様子がないことから、取り敢えずは近くに危険の影がないことがわかった。


「とりあえず近くには居ないみたいだし、気楽にいこう! それに、もし外的生物(アウター)に遭遇してもやっつければいいだけだし」


 アルフが自らの指に輝く王具を示しながら、努めて明るい声で言う。しかし実際、森で遭遇したもの程度ならなんとかなるという自信もあった。あの時はあまりの異形に驚き、動くことが出来なかったが、その覚悟さえできていれば対処は可能だと感じたのだ。

 エレナは相貌を崩して言う。


「そうだね。たぶんあれくらいの外的生物(アウター)にならなんとか勝てると思う。その時は一緒に戦おう」


 そして小さく


「ありがと」


と続けた。


 2人が笑い合いながら歩を進めていると、案外早く『その時』はやってきた。


「たあぁすけてくださあああああああい!!!!」


 2人が進む先から若い男の情けない叫びが聞こえてきた。

 周りを見るやと草食動物達の姿が消えていた。この先に危険な何かがあるのは間違いない。


 2人は瞬時に目配せをすると、道を外れて岩の影に隠れるようにしながら声がした方向を目指した。


 声がした場所、その近くの丘の上に到着した2人が見たものは1台の幌馬車と、それを囲むようにして低い唸り声を上げる4頭の化物だった。叫びを上げたとおぼしき人物は幌馬車の屋根の上で小さくなってガタガタと震えている。

 目を凝らしてみると、化物の正体は森でアルフ達が遭遇した獣型外的生物(アウター)であることがわかった。


「どうしたらいい? エレナ」


 アルフは静かに問う。


「獣型の攻撃方法は基本的に野生の生物と変わらないよ。あいつらだと、たぶん突進と蹴りだけ。異様な見た目を除けばただのものすごく狂暴なヤギってところだね」


 エレナは続ける。


「だからあたし達なら正面から行っても、攻撃さえ躱せれば勝てると思うよ」

「なるほど。じゃあこうしよう」


 アルフは簡単に作戦を説明した。


「あいつらが獣と変わらないならこれでイケると思うんだ」

「うん、大丈夫だと思う。それでいこう!」


 頷き合った2人は幌馬車に向かって走り出した。

 走りながらアルフは長剣、エレナは短剣をそれぞれ抜き放つ。


「ギイィィィィイイイイイイ!!!!!」


 2人の接近に気づいた外的生物(アウター)が耳障りな雄叫びを上げ、突進してくる。


 それを予期していたようにアルフは外的生物達の足元目掛けて火炎弾を放つ。地面に着弾した火球は炎の壁を作った。

 外的生物達は怯んだように急停止した。停止が間に合わなかった1頭が炎に突っ込み、身を焼かれながら躍り狂う。やがて真っ黒な灰となって消えた。


 思った通りだとアルフは会心の笑みを浮かべる。


 獣型は野性動物と大差ないと聞いて、炎に対する恐怖心を利用できないかと思ったのだ。突進してくる先に炎の壁を築き怯ませる。そして─


「とりゃあ!」


 炎の壁を回り込むようにして後ろをとったエレナが、外的生物のうちの1頭に飛び掛かりその首に短剣を突き立てる。

 刺された首からドクドクとどす黒い血を流し、断末魔の叫びを上げながら暴れ狂う。エレナは必死に外的生物の体にしがみつき振り落とされないように耐える。

 やがて血を流し尽くしたのか、首を刺された外的生物は糸が切れた人形のように倒れ込む。


 これであと2頭。


 炎の壁が掻き消え、アルフの姿が露になる。


 仲間を殺されたからだろうか、残った2頭の目は血走っており、先程よりも強い敵意を感じる。


「ガアアアアアアアア!!!!!!」


 上げられた咆哮からは、はっきりと激しい怒気が感じられる。

 獣と言えど、同じ手は2度も通用しないだろう。

 つまり─


「ここからが本番だ」


 剣を構えて呟く。


 外的生物が突進してくる。

 アルフは再び火炎弾を放つ。しかし、やはり怯む様子はなく、火炎弾が爆ぜるよりも早くその炸裂範囲を踏破しアルフに肉迫する。

 1頭目の突進を避ける。2頭目は剣を使っていなし、返す刀で胴を切りつける。よろめく外的生物に火炎弾を放ち、追い撃ちをかける。硝子が砕けるような奇声を上げ炎の中でのたうち、やがて事切れる。


 最後の1頭はアルフには勝てないと悟ったのか、エレナ目掛けて走り出す。


「なんか、なめられてるみたいで嫌な感じ」


 エレナは不機嫌そうに言うと、向かってくる外的生物をひらりと躱す。

 気炎を吐き追い縋る外的生物を軽い身のこなしで何度も躱す。

 そして、外的生物が疲れ、動きが鈍って来た頃合いを見計らってエレナが攻撃に転じる。

 素早い動きで外的生物に肉迫し、短剣で目を潰す。


「グゴアアアアアア!!!!」


 悲鳴を上げる外的生物の頭部をメイスで殴る。ヨロヨロと数歩後退したあと、ドサリと音を立てて大地にくずおれた。


「ふう。魔道具を持ってないからってなめないでよね!」


 倒れ伏した外的生物に背を向け、攻撃を躱すうちにずいぶんと離れてしまったアルフのもとへ歩き出す。

 自分の戦いぶりをアルフは褒めてくれるか、などと考えながら。

 しかし、アルフは何事か必死な顔で叫んでいた。


「エレナ! 後ろ!」


 ようやく届いたアルフの声で慌てて後ろを振り返ると、倒したはずの外的生物がこちらに突進して来ていた。潰したはずのその目には昏い憎悪の炎が揺らめいているようだった。


 しっかり止めを刺しておけばよかった。などと後悔するがもう遅い。

 

 目の前に迫る外的生物を、振り返った体勢から無理矢理横に転がるようにして間一髪避ける。


「痛っ!」


 しかし、無理な動きをしたせいで足を痛めてしまったらしい。立つことが出来ない。マズイ。このままではやられてしまう。


 視覚を潰された外的生物は嗅覚でエレナの位置を探っているのだろう。ヒクヒクと鼻が動く。

 やがて、動けないエレナの位置を突き止めた外的生物が頭を下げ、その歪な角をエレナに向けて突進の構えをとる。


 そして、外的生物が駆け出そうとしたその時、巨大な火球が飛来し、無防備だった横っ腹に着弾した。火球は外的生物を呑み込み、巨大な火柱を作り上げる。

 この火球を撃ち出した張本人─アルフは余程焦っていたのだろう、威力の調整が全くされていないそれは周囲に強烈な熱風をもたらした。

 激しく叩きつけられる熱波にエレナは顔をしかめる。吹き飛ばされないように片方の足で踏ん張るのがやっとだ。


 やがて火柱が消え、周囲に静寂が戻った。


 動けないエレナのもとにアルフが走り寄ってくる。


「ごめんエレナ! 大丈夫?」

「危うく串刺しになるとこだったよ。ありがと」


 冗談めかしながらアルフに礼を言って立ち上がろうとするが


「っ!」


痛みに耐えかねその場に崩れてしまう。


「足を怪我したの?」

「へ、平気よ。このくらい……っ」


 再度立ち上がろうと試みるが、やはり立てない。


「はぁ。いつまでも強がってないで。ほら」


 アルフは呆れたように小さく溜め息をつくと背を向け、膝をついた。


「おぶってあげるから、首に手回して」


 エレナは逡巡し、やがて諦めたように手を伸ばしアルフの首に絡めた。


「よっ、と」


 アルフはエレナの足をしっかりと抱えて立ち上がる。

 3年間のうちにすっかり大きくなったアルフの背中に安心感を覚えたエレナはポツリとこぼす。


「カッコ悪いとこばっか見せちゃってるなぁ…」


 王国で黒い男達に襲われたときはただ見ていることしか出来なかった。トゥルケーを見たときはみっともなく慌てていたし、ゲーティスに出会ったときなんかただただ呆然とすることしか出来なかった。そして今、止めを刺し損ねた外的生物に危うく殺されるところをアルフに助けられてしまった。

 本当なら冒険の経験者である自分がアルフを先導してあげないといけないのに、これでは完全にお荷物だ。

 そんな思いが涙となって溢れ出す。


「そんなことないよ。俺が王国でひとりぼっちになってどうしようもなくなってた時に、エレナが来てくれた」


 アルフは穏やかに笑っている。


「あれだけで俺は救われたんだ。真っ暗な世界に光が差し込んだみたいだった。あの黒いやつらと闘えたのだってエレナが後ろにいたからだよ。森でだって、外的生物(アウター)にいち早く気付いて守ってくれた」


 そして、少し照れたように続ける。


「俺が今、こうしてここにいられるのはエレナのおかげだよ。だから、そんなこと言わないで」


 その言葉に、エレナの涙は勢いを増した。


「アルフの癖に、なまいき」


 しゃくり上げ、涙で霞んだ声を上げながらもその顔には笑みが浮かんでいた。


「これからも守ってあげるからね、お姫様」


 茶化すアルフに


「バーカ」


と、首に絡めた腕に力をいれて強くしがみつきながら答える。


 ◆


「このままあたしをおぶってサイミアまで行くの?」


 泣き止んだエレナがアルフの耳元で問う。


「いや、あの馬車まで戻ってサイミアまで乗せてもらおう」

「あっ、そっか」


 エレナが間抜けな声を出す。どうやら完全に存在を忘れていたらしい。残念そうな色も混じっていた気もするが、気のせいだろう。


「言い方は悪いけど、助けてあげたんだからそれくらいはしてもらわないとね」


 アルフは苦笑しながら言う。


 やがて幌馬車のところまで戻ってきたアルフ達が見たものは──




──未だに幌の上で小さくなって震えている少年だった。




 ◆


「いやあ、助かりました! 本当にありがとうございます!」


 アルフに声をかけられ、ようやく周りに外的生物がいないことを知って幌から降りてきた少年が頭を下げる。


「僕は行商人のルノと言います。危ないところを助けていただき、重ねて感謝申し上げます」


 ルノと名乗った少年は、背格好からアルフと同じくらいか少し低い年齢に見えた。色素の薄い灰色がかった髪は長く、目元まで覆い隠してしまっているため表情がいまいち読み取れない。手首には魔道具とおぼしき腕輪が光っていた。


「お察しの通り、これは護身用の魔道具です。雷属性で、使うと電気ショックを起こせるんですが、的確に急所に当てないと効果が薄いので外的生物(アウター)相手だとどうにも……。それにさっきみたいに囲まれてしまうと僕独りじゃ対処できませんしね」


 アルフの視線に気づいたのかルノが答える。


「お2人はこれからサイミアへ?」

「えぇ。その道中であなたの声が聞こえたもので。それで…」


 アルフは背負ったエレナを見やると言葉を続ける。


外的生物(アウター)との戦闘で連れが負傷してしまいまして。よろしければサイミアまで乗せていってもらえませんか?」

「ええ、ええ! もちろんですとも! このルノ、受けた恩には必ず報います。おまかせください!」


 と、そこで何かを思い出したように


「あ、その前に少し時間をいただいてもいいですか?馬車の方は使っていていただいて構いませんので」


と言葉を続けた。


 アルフが了承すると、ルノは唯一灰になっていない外的生物(アウター)の死骸に近付き、その腹を捌き、手を突っ込んでまさぐり出した。


外的生物(アウター)の体内には魔石があるんだよ。あのサイズの外的生物から採れるのは鉱山で採れるのに比べて小さいし質も悪いだろうけど、それでも売れば多少はお金になるからね」


 呆気にとられるアルフに、幌の中からエレナが解説する。

 そこに右手を血で真っ赤に染め上げたルノが戻ってくる。


「お待たせしました。では、参りましょうか!」


 にこやかに言うが、真っ赤な手が不気味だった。




 幌の中は物がほとんどなく、場所が広く使えるため快適だった。聞けば、荷を受け取りに底国へ向かう最中に外的生物に囲まれてしまったとのことだった。

 来た道を引き帰らせることに罪悪感を覚えるアルフだったが、


「気にしないでください! 恩人に何も返せないようでは商人失格です。等価交換、商人の鉄則です!」


 等価だと儲けが出ないだろう、などと思いながらもルノの厚意をありがたく受けとることにする。




 それからの道中、アルフ達は他愛もない話をしながら過ごした。

 唯一、「お2人はなぜ旅に?」という質問に対してだけは答えをはぐらかしたが。


 日が傾き始める頃に馬車は止まった。


「お2人とも、着きましたよ」


 先程の戦闘の疲れから、微睡んでいた2人にルノの声がかかる。


 馬車を降りて前を見てみると、そこには遠目からでもわかるほど活気に満ち満ちた都市があった。


その都市を背後に、ルノが笑みを浮かべる。


「改めまして、ようこそ! 商人の都市サイミアへ!!」

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