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誰ガ為ノ世界  作者: 倉科涼
第一幕 始まりの冒険
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第16話 旅立ち

 2人は王国の東側─国土をグルリと囲む防壁の東門から外へ出た。


 アルフにとって国外へ出るのは2度目の経験である。

 1度目はアルフが10歳のとき。兄が外交の練習として、これから向かうアーティス底国へ行くのに同行して以来だ。


 アルフは逸る気持ちを必死に抑え、国外への第一歩を踏み締めた。

 アルフの視界を短い、若草色をした生気溢れる草が生い茂った一面の草原が占領する。頬を撫でるように吹いてゆく風が心地良い。ずっと遠くの方に森が広がっているのが見えた。

 たった一歩。たった一歩外に出ただけなのに、まるでまったく別の世界に来てしまったかのような錯覚を覚えるほど、アルフにとっては新鮮な景色だった。


 そんな思いが顔に出ていたのだろう。エレナはクスリと笑うと


「目的地までそんなに離れてもないし、ゆっくり歩いていこ?」


と言った。


 エメラダ王国は防壁の外を一面の草原に囲まれている。そのため見通しが良く、外敵の察知が容易だ。

 草原を抜け、東部には森林、西部には小さな山脈、南部には海、そして北部には友好国であるトーズ王国が、それぞれ位置している。


 今回アルフが同じ友好国でも、アーティス底国を訪れようと思った理由は、行ったことがあるから。そして、底国の国王が自分に親しくしてくれているからである。


 2人は一歩一歩を噛み締めるように草原を東へ歩く。ザフザフと草を踏みしめる感触が心地よい。風に運ばれてくる空気はどこまでも爽やかで、ただ息をしているだけで清々しい気分になる。まだ角度の浅い太陽の光は穏やかで、このままここでもう一眠りしてしまいたいくらいだ。


 そうして一時間ほど草原を歩いたアルフ達は森の入口に到着した。

 森とは言っても、背の高い木は少なく、木々の間隔が広く見通しも利くためさほど危険な場所ではない。この森を抜けた先に今日の目的地である漁村がある。


 2人は先程までと変わらない、ゆったりとした歩調で森を進む。

 しかし、少し行ったところで後ろから小さく声がかけられる。


「アルフ待って。こっちに来て」


 頭に疑問符を浮かべながらもアルフは経験者(エレナ)の指示に従う。


「向こうから変な気配がする。この木に上って様子を見よう」


 エレナが指した木は周囲のものの中で一番立派で、幹もガッシリとしていた。


「いいけど……。そんなに警戒することなの?」

「外にはどんな危険があるかわからないの。警戒しておいて損はないよ」


 そう言って慣れた様子で木を上っていく。そしてロープを垂らして


「アルフも早く」


と促した。


 2人が木の上に身を潜めてしばらく経つと、ザクザクと複数の足音が聞こえてきた。

 好奇心に駆られ、足音の主を見たアルフは思わず声をあげそうになる。しかし、それを予期していたエレナに口を押さえられることで事なきを得た。


 それは山羊のような生物だった。ただし、その角は異常に発達しており、禍々しく歪曲している。体毛は一切なく、剥き出しの表皮は固まった血のように赤黒く、ところどころ血管が浮かんでいた。そんなおぞましい姿をした化物が5頭、群れをなして歩んでいた。


「獣型の外的生物(アウター)だね。戦闘になったらちょっと面倒だからこのままやり過ごそう」


 エレナの言葉にアルフは黙って頷くことしか出来なかった。


 やがて足音が遠ざかり、聞こえなくなると2人は静かに木から降りた。


「おかしいな。渓谷を挟んで東南側(こっち)には外的生物(アウター)はほとんどいないはずなんだけど」


 サミレア大陸の大地には北東から南西に大きな裂け目─無響渓谷が走っている。彼女の言う「渓谷」とはそのことだろう。


「エレナはあの化物を見てよく冷静でいられるね」

「うーん。たぶんあたしも初めてだったら声をあげてたと思うよ。平気でいられたのは今みたいなのを何回も経験したからだね。あたしの3年間の冒険は伊達じゃないってことだよ!」


 エレナは途中から茶化して言う。アルフの緊張を解くための配慮だろう。アルフは彼女の優しさに破顔した。


「ありがとう」


 そう言って、先程とは打って変わって、油断なく辺りの気配を窺いながら歩みを再開した。


 幸い、その後は何事もなかったおかげでほぼ予定通り漁村に到着した。


 国という単位に属することを拒んだはぐれ者達が集まって細々と暮らす小さな村だが、力強い賑わいを見せていた。5年前に1度訪れたきりだが、アルフはこの村を気に入っていた。


「おう兄ちゃん! あんたぁ森を抜けてきたのかい? ってこたぁエメラダ王国の人か! 歓迎するぜぇ! あそこの王様はうちの魚をいい値で買ってくれるんだ!」


 村に入ってすぐ、まだ昼間だというのに酒の臭いがする中年の男に絡まれるが、不思議と悪い気はしなかった。


「ありがとうございます。カーヅさんに用があるんですが、案内してもらえませんか?」

「おう、いいぜ! ついてきな!」


 特に考える様子もなく快諾した男は、村の中をずんずん歩いていく。すれ違う村人皆から気持ちのいい挨拶が飛んでくる。


「おう! ボーズ! うちの魚買ってかねえか!」

「そっちの魚は高いし不味いぞー。うちの買ってけ!」

「あんだとてめぇ! やんのかコラ!!」

「ホントのことだろうがよ! それともなんだ!? 図星突かれて焦ってんのか? あ?」

「おう、今日はカラカラが上がってんだ! そこで喧嘩してるバカはほっといてうちで買ってけや、な!」


それらに応えながら──ほとんどはアルフの言葉など聞いていないが──進んでいるとすぐに目的の場所に到着した。


 案内された家は周りに見える他の家よりも若干大きかった。満潮時の浸水対策だろう、床は地面から離れており、太い木の骨組みがむき出しになっている。同じく木で作られた半球状の屋根と壁は木の葉で覆われている。

 入口には大きな紋様入りの布がかけてある。


「村長! お客さんが来てるぜえ! エメラダ王国からだ!」


 それだけ言うと男は「じゃあな」と手を振って去っていった。


 ややあって、入口の布が捲られる。


「なんじゃあ。王国からの使いぃ? 魚の値下げ交渉なら応じん……ぞ…………」


 出てきたしゃがれた声の男──この漁村の村長、カーヅはアルフの姿を認めると絶句した。

 そして


「あ、あ、アルフ様!? どうしてこの様なところに!?」


裏返った声で叫んだ。


 その姿にアルフは苦笑しながら答える。


「実はカーヅさんに、折り入って頼みたいことがあってきたんだ」

「え、ええ、ええ。わしに出来ることならなんなりと。ですがまずは上がってください。みすぼらしい家ですが、どうかくつろいでくだされ」


 カーヅの家の中に入ったアルフとエレナは出された茶を飲んだ。塩漬けにした海草を湯戻しした際に出る湯を使って淹れたそうで、少ししょっぱくて磯の香りがする、なんとも不思議な味わいだった。

 その様をカーヅは「すっかり大きくなられた……」などと呟きながら好好爺のように眺めていた。


「それで、どのようなご用件でしょうか? 第二王子たる御身がわざわざ」


 アルフ達が人心地ついたタイミングでカーヅが切り出す。


「あぁ、いえ! 実は用件の見当はついております。ついておりますが、失礼を承知でお聞かせください」


 カーヅはこれでかなり頭の切れる人間だ。だからこそ、荒くれ者が集うこの村をまとめあげられているのだろう。


「うん。実はアーティス底国に火急の用事があるんだ。5年前の時みたいに船を用意してほしいんだけど、お願いできるかな? 悪いけど、理由は聞かないでもらえるとありがたいな」


 アルフの言葉にカーヅは小さく「やはり」と呟いた。第二王子が先触れもなく、ろくに護衛もつけずに来たことに最初からなんらかの緊急性を感じていたのだろう。


「底国へ行くための船は、常に一隻は用意してございます。ですが、今から向かうとなると、海の状況によってはかなり危険かと……」


 カーヅはやんわりと忠告する。

 だが、


「うん。それでもなるべく早く行きたいんだ。好意を無下にして悪いけど、頼むよ」

「かしこまりました。すぐに準備をいたします。ここで少々お待ちください」


 と言って、家を出かけてはたと止まる。


「ところでアルフ様、そちらの女性は……?」

「あぁ、エレナ。俺の幼馴染みだよ」

「なるほど。なるほど……」


 しばらくアルフとエレナを見比べていたカーヅは、やがてこれ以上ないほどの笑みを浮かべた。


「大至急用意させてきます。お二方はどうぞごゆっくり」


 それだけ言い残しそそくさと出ていってしまった。


 後に残されたのは首をかしげるアルフと、頬を紅く染めたエレナだけだった。


 ◆


 「大至急」という言葉に相応しく、船の用意はすぐに出来た。

 案内されて向かった先には奇妙な物体があった。木製の手漕ぎボートに、子どもがふざけてくっつけたような不細工な泥団子が乗っかっていた。


「え、これでどうやって海を渡るの?」


 たまらずエレナが尋ねる。


「海を、渡る……? アルフ様、エレナ様には何もお教えしていないので……?」

「…………?」

「うーん。そろそろ教えておいてもいいかな。あのね、エレナ」


 カーヅとアルフのやりとりに首をかしげるエレナに、アルフは1拍置いて続ける。


「アーティス底国はトルガ湾の底にあるんだ。俺達が今から行くのはつまり、海の底なんだよ」


 エメラダ王国の東の森を抜けた先にはトルガ湾がある。大陸の南東を神が気まぐれにくりぬいたようなキレイな円形をした深い湾だ。


「トルガ湾の水深は深いところで5000メートルにもなる。そこに潜るためには全方位に対して耐久性の高い船が必要なんですじゃ」


 カーヅが泥団子を指しながら補足する。


「この船は土属性の魔道具の力で硬化されていて、見てくれよりもずっと頑丈なんじゃ」


 あの泥団子の中に魔道具が仕込んであり、人が乗り込むためのスペースもあるのだろう。合点がいったエレナにカーヅがさらに補足する。


「今回はこの船の漕ぎ手と魔道具への魔力供給係、そしてお二方の合計四人でアーティス底国へ向かうことになりますの。魔力供給係はわしが。そして漕ぎ手はこの者が担当します」

「よお! また会ったな、兄ちゃん! 俺の名前はゲエルってんだ。よろしくな!」


 先程アルフ達をカーヅの家まで案内した男だ。

 ゲエルの言葉を聞いたカーヅは、慌てた様子でその脛を思いきり蹴り飛ばす。


「『アルフ様』じゃ! 馴れ馴れしいにも程があろう!」

「いいよ、カーヅさん。俺は気にしないから。こちらこそよろしく、ゲエル」


 脛を蹴られ悶絶するゲエルにアルフは右手を差し出す。

 涙目のゲエルはそれを力強く握り返した。


 日が傾き始めた頃、一行は出航した。


 カーヅの心配とは裏腹に、海の状態は非常によく波は静かだった。


 泥団子の中は以外と広く、不思議と息苦しい感じはしなかった。ただ、目の前で必死にオールを漕ぐゲエルの姿が暑苦しかった。


 しばらく順調に進んでいたが、唐突にその異変は起きた。船がひどく不規則で奇妙な波に揺られているのだ。

 危機感を覚えたエレナが泥団子から這い出て、周囲を見回す。

 船首が向いている方向─進行方向上に海が隆起しているのが見えた。


 そして─


 ─水飛沫を上げ現れたのは、巨大な怪物だった。

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