第15話 旅支度②
大変お待たせしてしまいました。
本日分の更新でございます。
今回、文末にこのお話の舞台となるサミレア大陸の地図を掲載しました。ご承知くださいませ。
「泣いてなんかないし」
目を真っ赤に充血させたアルフが言う。
「そうねー。泣いてなんかないよねー。あれはただの汗だもんねー」
わざとらしくそう言うエレナは保存食となるものを物色している。
「ほ、ほんとのほんとに泣いてないから!」
「わかったってば。アルフは強い子だもんねー」
「くっ……」
シークの埋葬を終えた2人は旅の準備を整えるべく、まずは食料庫に来ていた。
「……食料まで消えてなぐで良かったよ」
いまだに若干鼻が詰まったような声のアルフが言う。
「うん、ホントに。ふぅ、これだけあれば十分足りそうね」
干し肉やパン、水などを袋に詰め込んだエレナが立ち上がる。
「食糧はこれでいいから、次は装備ね。例の武器庫は開けられそう?」
「鍵がないと厳しいかな。流石に王具の力で吹き飛ばすわけにもいかないし」
「んー。じゃあ、鍵を探すためにも先に探索しない?」
アルフは頷いた。
エメラダ王国の王城はさほど大きくはない。それでもたった2人で調べ尽くすには広すぎた。
そこでアルフ達は重要なものが置いてありそうな場所を絞り込んで探索することにした。
使用人控室。王城に仕えるメイドや執事達が休息を取る場所である。シンプルに、しかし品良く少数の調度品で彩られたその部屋は、城内のあらゆる場所の鍵の保管庫の役割も果たしていた。
「玄関、食堂、俺の部屋、玉座の間………ダメだ。武器庫の鍵はないや」
「他に鍵がありそうなところは?」
「うーん…。国王執務室─父上の部屋くらいしか思い付かないな」
「じゃあこれ以上ここにいてもしょうがないし、そこに行こう」
国王執務室。その名の通り、国王が執務を行う部屋である。使用人控室と同じく最小限の調度品が飾られており、実用性を重視しているのがわかる。一昨日、王位自体は継承されたが、その部屋には未だシークの私物が多く残っていた。
アルフは部屋の中央にドンと置かれた黒檀の机を、エレナは壁一面の本棚を、それぞれ調べることにした。
「アルフー。鍵、ありそう?」
高いところの本を物色しているエレナが梯子の上から尋ねる。
「うーん。引き出しは全部開けてみたんだけど、書類とかペンばっかりだよ。エレナは何か見つけた?」
「あたしの方もなにも……あっ! あああああああ!!!!!」
突然エレナがこえをあげる。最初の『あ!』は発見のため、そしてその後バランスを崩したエレナは悲鳴をあげながら梯子から落ちてくる─
「う"ぇっ!?」
─様子を見に来ていたアルフめがけて。
凄まじい音をたて2人がぶつかり、そして倒れ込む。
エレナはアルフがクッションとなったお陰で無事だったようだが、下敷きになったアルフは完全に目を回していた。
しかしエレナはそんなアルフに興奮冷めやらぬ、といった感じで右から左から平手打ちをして強引に起こす。気のせいか、長い耳がピコピコ動いているようだ。
「アルフ! 起きて! あたしすごいもの見つけちゃったかも!」
やがて両の頬が真っ赤に染まったあたりでアルフが覚醒する。
「んぇ……? えれな…?」
「アルフ! 見て! あそこの本棚の奥、空洞になってて中に何かあるみたいなの!」
未だ意識がはっきりしていないアルフの顔を掴み、強引にそちらの方向に向ける。アルフの首から変な音がした。
その痛みで完全に意識を取り戻したアルフは悲鳴をあげる。
「エレナ! 痛い。痛いから!」
その言葉でようやく我に返ったエレナはアルフの顔を掴んでいた手を離す。
「あ、ごめん。つい興奮しちゃって……。でもアルフ、あれはきっとすごいものだと思うの。取り出してみない?」
エレナの勢いに気圧される形でアルフは首を縦に振った。
エレナが指した本棚に収まっていた書物をすべて取り出し、仕切り板を全て取り外す。
すると確かにその奥には人1人が入れるほどの空間があった。少し埃っぽいその空間の中央には台座が設置されていた。
台座の上に安置されていたのは1冊の本だった。
真っ黒な装丁のその本の表紙の中央には、見る者を魅了するような美しい青紫色をした魔石が埋め込んである。薄暗い隠し部屋で、その本だけが異様な存在感を放っていた。
手に取ってみるとずっしりと重く、かなりの厚みがあり、不思議な手触りがした。どのような材質か見当がつかなかった。
「アルフ、その本ちょっと貸して」
言われるがままにアルフが本を渡すと、エレナは表紙をしばらく眺めた後パラパラと中を見始めた。横からアルフも覗きこんでみるが、見たことの無い言語で書かれており読むことはできない。
「…………アルフ。この本、持ち出してもいいかな?」
「え?」
「アルフも気づいてると思うけど、この本たぶん魔道具だよ。それもかなり強力な。こんな隠し部屋に置いてあるくらいなんだからきっとすごく重要なものだよ。それを誰もいない王城に残していくなんて、あたしは恐くて出来ないな」
アルフは考え込む。エレナの言うことも一理ある。しかし、その本を持っていることで狙われる可能性もあるのではないかと思ったためだ。
ややあって、アルフは口を開く。
「わかった。持っていこう。管理はエレナに任せてもいい?」
「ありがとう! 任せといて。この魔道具の使い方、絶対解明して見せるから!」
その後もしばらく執務室を探索したが、めぼしいものは見つからなかった。
「武器庫の鍵見つからないねー」
疲れた様子でエレナが言う。
「もう諦めてあの扉吹き飛ばそうかな……」
同じく疲れた様子でアルフが物騒な呟きをする。
「ダメだよ! 中に爆薬なんかがあったらあたし達ごと吹き飛んじゃう!」
「わかってるけど…うーん。どうしよう」
「無い物ねだりしてもしょうがないよ。武器庫は諦めて、外にある武器を持っていこう」
「…………うん。そうだね」
疲れきっていたアルフは思考を放棄し、エレナの意見に従った。
訓練場から武器─アルフは長剣、エレナは短剣とメイス─を取り、出発の準備を整えた二人は夕食をとることにした。
◆
厨房と食糧庫に残っていた食材を使い、エレナが用意した夕食はシチューとサラダ、そして細長いパンだった。
2人には広すぎる食堂で夕食をとる。
再会してから初めて、ようやくゆっくり出来る時間を得た2人の会話は弾む。
「盗賊をやっと撒いたと思ったら、後ろから獣型外的生物が追いかけてきたのよ!」
「エレナはどうやって切り抜けたの?」
「実はね─」
話題は主にお互いが離れていた3年間についてだ。エレナは自らの冒険譚を、アルフは代わり映えのしない王城での日々と孤児院の皆の話を。
「エレナが冒険に出てからも毎日孤児院に行ってたよ」
「先生は元気だった? 先生、そろそろ年だから気がかりだったの」
「元気すぎるくらいだったよ。俺も何回拳骨落とされそうになったか……」
「ふふ。毎日毎日城を抜け出すアルフが悪いんでしょ」
2人だけの夜は和やかに、穏やかに更けて行く。
エレナの作ったシチューは具も少なく素朴なものだったが、アルフには今まで食べた中で1番のご馳走に思えた。
◆
翌朝、まだ日も昇りきっていない早い時間。
エレナは目を覚ました。隣のベッドで眠るアルフは未だ寝息をたてている。
エレナは静かに笑う。何年も共に遊んできた仲であるが、今まで寝食は共にしたことがなかったのだ。昨夜一緒に夕食を食べた時にも感じた温かな気持ちで胸が一杯になる。
こんな日常がずっと続けばいいのにとも思うが、エレナはその考えを頭から追い出す。アルフの望みはこの国を襲ったモノの追求。自分と日常を送ることではないのだ。
ベッドから降りたエレナは部屋に備え付けてある洗面所へ向かう。
昨夜のうちに汲んでおいた水で顔を洗い、眠気を飛ばす。
今日は旅立ちの日だ。年齢的にも経験的にも先輩である自分が、しっかりアルフを守っていかなくては。
そんな思いで自分の頬を両手で張る。パン!と良い音が鳴った。
「よし!!」
そしてエレナはアルフが眠るベッドに向かった。
◆
「なにもあんな起こし方しなくても……」
腹の辺りをさすりながらアルフが不満げに言う。
「いくら声をかけても起きないアルフが悪いんでしょ!? ……まったく。アルフが朝に弱いなんて知らなかった」
今朝、いくら呼び掛けても起きようとしないアルフに業を煮やしたエレナは、アルフの腹めがけて全体重を乗せた跳躍攻撃をおみまいすることによって叩き起こしたのだった。
「それで? もう目は覚めた?」
「おかげさまでバッチリ」
若干嫌味っぽく言うアルフが可笑しくてつい吹き出してしまう。アルフは不機嫌そうな顔をする。小さな声で「絶対いつか仕返ししてやる……」などと言っているが。
「悪かったよ。もうしないから……たぶん」
「そこは約束してくれよ」
腹の痛みを思い出したのかアルフが渋い顔をする。
2人で顔を見合わせ笑い合う。
「……じゃあ、そろそろ行こうか!」
「うん!」
2人は王城の玄関に向けて歩き出した。
─が、数歩も行かないうちに
「あ!! 忘れ物した! ちょっと取りに行ってくるからエレナは待ってて!」
と言ってどこかに駆けていってしまった。
取り残されたエレナは
「まったく。締まらないなあ」
と、独りぼやくのだった。
やがて戻ってきたアルフに何を取りに行ったのか聞いたのだが
「そのうちわかるよ。そのうち、ね」
と、意地の悪い笑顔を浮かべてかわすだけだった。
「じゃあ、今度こそ。行こうか!」
アルフが元気良く歩き出す。
「はぁ。しょうがないなあ」
言葉とは裏腹に笑みを浮かべたエレナも、アルフを追うように歩き出すのだった。
掲載しました地図についてです。
今回載せたのはいろいろと情報の抜けている未完成番ですが、物語が進むにつれて情報が順次開示されていく予定です。そちらの方も楽しみにしていただけたらなと思います。




