第14話 旅支度
「うん。まずはアーティス底国に行こうと思う」
「アーティス底国?」
エレナが首をかしげる。初めて聞いた国名に眉根を寄せていた。
「エメラダ王国以外とは国交を開いてないから知名度はないだろうね」
エレナの反応を受けてアルフが補足する。
「アーティス底国は初代様の友人が国王を務めている国なんだ。エメラダ王国から東に行ったところにトルガ湾があるでしょ?あそこにある国だよ」
「トルガ湾は知ってるけど、あそこに国なんてなかったよ? 島影も見えなかったし……」
エレナは依然として頭の上に疑問符を浮かべているが、アルフは悪戯っ子のような笑みを作ると
「ふふ。まあ、そこから先は着いてからのお楽しみってことで」
と言った。
それからはいくらエレナが聞いても微笑むだけで答えようとはしなかった。
◆
ややあって、アルフから情報を聞き出すことを諦めたエレナがぶすっとしながら口を開く。
「出発は明日にしよう。いろいろ準備しなきゃだし、アルフが回復するのも待たなきゃ。それに─」
エレナの視線が部屋の片隅─アルフが横たわるのとは違うベッドへと向けられる。
「─うん。父上を埋葬してあげなきゃ」
エレナの言葉を引き継いでアルフが言う。
今日の未明、アルフとエレナを謎の黒い男達の襲撃から守り抜いた末に息絶えた、元エメラダ王国国王シーク・サー・クラインの遺体は、アルフのすぐ近くに安置されていた。優しげな微笑みを湛える彼の死に顔は、凄絶な最期を遂げたというのにひどく穏やかなものだった。
今にも動き出しそうだ、などと思い微笑みを浮かべてアルフは言葉を続ける。
「庭園に埋めてあげようと思うんだ。父上はあの庭園が好きだったから」
「それがいいよ」
短く答えたエレナの表情には安堵が見えた。亡くなった父を思い出してアルフが取り乱さないか不安だったのだ。
和かな陽が差し込む部屋に沈黙が降りる。穏やかな沈黙だった。
「さて! やることはいっぱいあるんだし、いつまでも寝てられないな」
沈黙を破り、アルフが声をあげる。
「もう平気なの? もうちょっと寝てたら?」
気遣うようにエレナが声をかけてくる。
「平気だよ。怪我をしたわけじゃないし、魔力だってもう回復した」
ベッドから降り、伸びをする。黒い男に蹴られた腹部に鈍痛が走るが、エレナに悟られないようにする。
「はあ。昔から無茶ばっかり。ホント、バカなんだから」
バレていた。
渋い顔をするアルフに、エレナが諦めたように言う。
「いいよ。何からする? どうせ止めたって聞かないんでしょ」
アルフは苦笑する。流石はエレナ、自分のことをよくわかっていると。
「まずは父上の埋葬。次に出発の準備。最後に、何か手がかりが残っているかもしれないから、城の探索」
「旅に持っていく食料なんかは城から持ち出してもいい? あたしが持ってる分だけだとちょっと足りないかな」
「いいよ。王様が許可する」
アルフが冗談めかして言う。
2人の静かな笑い声が部屋に満ちていった。
◆
庭園の花壇、もっとも花々が咲き乱れている場所のすぐ近くにシークの遺体を埋葬した2人は両の手を組み、祈りを捧げる。
「我ら二人を命を賭して守り、闘い、そして散っていった勇敢な彼の者に、冥府においても炎の加護があらんことを」
横にいるエレナをチラリと窺う。彼女は言葉こそ発していないが、真剣に祈りを捧げていた。
その姿に、アルフの胸中に温かなものが込み上げてきた。もう決して泣くまいと思っていたのに、ひとりでに涙が流れ落ちていく。
それに気づいたエレナに抱き締められ、その温もりに、安心感に、また涙を流す。
暖かな日だまりの中、アルフの涙と嗚咽をエレナと咲き誇る花々は、どこまでも優しく包み込んでいた。




