第13話 炎④
炎の渦から出てきたアルフを出迎えたのは、男の挑発だった。
「お父上とのお別れは済みましたかぁ? 自分の子供すら守れずに死んでいったお父上はつくづく無能ですねぇ。同情しますよぉ」
「黙れ。父上は確かに俺達を護って逝った。それ以上の侮辱は許さん」
一瞬ポカンとした男は突然壊れたように笑いだした。
「いひひひひひひ! あっひゃひゃひゃひゃ!! 『許さん』!! 『許さん』ねぇ! ついさっき何も出来なかった小僧が! この俺を! 許さない!! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!」
激情に駆られそうになるが、後ろにいる護るべき存在を想うと不思議と冷静になれた。
右手の中指に紅く輝く王具に魔力を流し込む。
右手をポワリと温かな感触が包んだ。見やると、煌々と揺らめく赤炎が宿っていた。意思を持っているかのように踊る炎は、アルフを鼓舞しているかのようだ。
大丈夫。扱えている。さっきの感覚は間違いではなかったのだ。自分はきっとこれの使い方を識っている。
炎に覆われた右の掌を固く結び、一層強く魔力を流し込む。それに呼応し、赫然たる焔はその輝きを増す。
アルフが淡々と確認をしていた最中、哄笑を響かせていた黒衣の男だったが、一転して不気味なほどに静かになる。
そして、ボソリと呟いた。
「はぁ、もういいや。今回は保有者は諦めよう。お前も死ね」
そう言うと男はアルフに向かって駆け出した。
アルフは右手に溜めていた赤炎を、火球として放つ。
しかし男は先程と同じように左腕で頭部を庇いながら突っ込んでくる。
構わずアルフは火球を乱射する。しかし、10発ほど撃って男に命中したのはたったの2発だけだった。他は横に逸れたり、地面に当たったりしていた。
「やっぱり威勢が良いのは口だけだなぁ! 全然当たってないぞ?」
距離を詰めつつ男が嘲笑う。
このままではシークの二の舞だ。
だが、アルフは笑った。
「お前こそ、相手を侮るから足元を掬われるんだぞ?」
「あ?」
黒衣の男が怪訝な表情を浮かべた瞬間、その足元から炎が噴出した。
「な!!??」
アルフは火炎弾をわざと外していたのだ。男の油断を誘うために。そして地面に向けて撃った火球を地中で爆発させ、足元から攻撃したのだ。
「あ"あ"あ"ああああああ!!!!!!!! あぢいいいいいいいい!!! クソが!! クソガキがあああああ!!!!!!」
炎にその身を包まれながら男が躍り狂う。
灼け落ちていく皮膚の奥がウソウゾと蠢いているように見えるのはきっと気のせいではないだろう。あの得体の知れない回復能力を今も、炎に焼かれながら行使しているのだ。
だが──
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あぁ゛あア゛!!!!!!」
如何に優れた回復能力を持っていようが、それを上回る速度で焼いてしまえばどうにもならないはずだ。
その目を狙ってほとんどの魔力を使ったアルフの賭けは、しかしうまくいったようだ。男からは先程のような余裕は感じられない。
「何してやがる!!! 早く! 早く水魔法を寄越せ!!!!!!!」
男が振り返って叫ぶ──と同時に凍り付いた。
他の黒い影がいた場所には焼死体が2つと、なんとか耐えきった1人しかいなかったのだ。
先程乱射した火球は、はなから男を狙ったものではなかった。横にそれた火炎弾は後ろの影を狙ってのものだったのだ。自分のところに飛んでくるとは思っていなかったのか、後の影達は呆気なく炎に包まれていた。
「チクショウ!!!!! チクショウガア!!!!!!!! ナメヤガッテェェエエエエ!!!!!!」
喉が焼けたのか、男の声が耳障りなものへと変わる。
怨嗟の絶叫を上げる男は、地面を狂ったようにのたうち回ることでなんとか鎮火させた。
黒衣が燃え、所々露になった肌は焼け爛れている。その焼け跡が、ウジュウジュと気味の悪い音を立てながらあり得べからざる速度で新たな細胞を作り出し、傷を癒していっている。それは、男の回復能力が尽きていないことを──このままではアルフの攻撃が無意味に終わってしまうことを示していた。
「ゼエ……ゼエ…………クソガキガアアア。コロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!!!!!!」
アルフの背中を冷たい汗が流れる。
男の憎悪に恐怖を覚えたせいでもあるが、それ以上に焦燥感を覚えたからだ。
アルフの魔力はもうほとんど空だ。初めての命を懸けた実戦への緊張、慣れない魔道具、敵の未知の回復能力……。ペース配分がわからなかったアルフはすべての火球を全力で撃ち出していたのだ。残った魔力では、あと一撃繰り出せれば良い方だろう。
先程の攻撃で仕留められなかった時点でアルフの敗けはほぼ確定的になってしまった。
それでもアルフは声を張り上げる。黒衣の男を罵り返してやる。
「自分よりも圧倒的に下だと思っていた者に蹂躙される気分はどうだ! お前には虫けらのように地を這う姿がお似合いだ!!」
その言葉に、男の眼窩に宿る憎悪の炎が更に激しく燃え上がる。
「クソガキガアアアアアアア!!!!!」
激昂した男がアルフに襲いかかろうとしたその時、男の肩を叩く者がいた。最後に残っていた影だ。
ぐりん、と異様な動きで首を回した男はその影を睨む。今にも仲間内で殺し合いが始まりそうな雰囲気だった。
しかし、影に何事か耳元で囁かれると男は急に大人しくなった。
そして
「クソガキィ。オマエぇ、いつか絶対に殺してやるからな。それも、最大の絶望を味わわせた後でだ」
未だに憎悪の炎が揺らめく眼でそう宣言すると、踵を返して歩いていってしまった。
最後に残った影は、アルフとエレナに向かって場違いなほど優雅に一礼すると男を追っていった。そして、男に向かって右手を伸ばした。
その右手が男に届いた瞬間──
──男の姿が、まるで幻だったかのように掻き消えた。
「なっ……」
驚くアルフ達を他所に、今度は影が自分へと右手を伸ばす。
「待……っ!」
アルフが制止するよりも早く、影も虚空へと消えてしまった。
「…………なんなんだよ。……クソッ!」
あまりに唐突な幕引きだった。あのまま戦っていれば、負けたのは間違いなくアルフだっただろう。しかし、それでも釈然としない終わり方だった。
アルフが漏らした言葉は、全てが消失したエメラダ王国に空々しく消えた。
闇を湛えていた空が白み始めていた。
◆
あの後、魔力不足と極度の緊張状態からの解放によって倒れてしまったアルフは、エレナに担がれて王城へと戻ってきた。
「かっこわりぃ…」
ベッドの中で独りごちる。
「そんなことないよ。あたしなんて怖くて動けなかったんだもん。アルフはかっこいいよ」
アルフの独り言に返答したエレナは、ベッドの横で厨房から見つけてきたリンゴを剥いていた。
「それに、あたしを守ろうとしてくれたんでしょ? あたしとしては、カッコ悪いなんてまったく思わないけどなぁ。はい、あーん」
剥き終わったリンゴを切り分け、エレナが差し出してくる。
「いいよ。自分で食べれる」
「い・い・か・ら。はい! あーん!」
半ば無理矢理リンゴを口にねじ込まれる。
若干涙目になりながら
「あいあお」
と言った。
「どういたしまして」
エレナは無邪気な笑顔を浮かべて言った。
それだけで救われた気持ちになるのだから自分は単純だなと、アルフも笑みをこぼした。
「アルフはさ、これからどうするの?」
ややあってエレナが問いかける。
「俺は、この国がこんな風になった原因を探りたい。きっとあの黒いやつらが関わってるってことぐらいしかまだわからないけど、それでも無いよりはマシな情報だし」
そこで少し間をとって、続けた。
「だから、旅に出ようと思う。他の国へ行って、情報を集める。まずは国交のあった国から回ろうかな」
「それさ、あたしも一緒に行ったらダメかな?」
予期していたエレナの問いに質問で返す。
「なんで? またあの黒いやつらに教われるかも知れないぞ?」
「危険なのは承知の上だよ! でも、もうこれ以上あたしの知ってる人がいなくなるのはイヤなの。孤児院のみんなも消えて、アルフまでどこかに行っちゃったら、あたしまたひとりぼっちになっちゃう! そんなのはイヤ!」
その言葉にアルフは相貌を崩した。
「実は俺の方からも誘おうと思ってたんだよ。俺はこの国の外のことをほとんど知らない。たぶんエレナに比べて常識も無いし、ゾーラの講義を真面目に受けてなかったせいで知識も全然ない。だからそれを補ってくれる人が必要なんだ」
アルフはエレナの目をまっすぐに見て言った。
「アルフ……」
それから少し照れ臭そうに
「それに……独りだと、寂しいからね。」
そう言った。
「……わかった! あたしに任せて! アルフの知らないこと、何でも教えてあげる!」
エレナは心底嬉しそうに言った。
「それで、どの国から行くの?」
「うん。まずは─」




