第12話 炎③
シークの指示通り、王城の外に出たアルフとエレナは先程まで自分達がいた場所─訓練場の方を振り返る。もうすっかり辺りは夜の闇に呑まれており、静寂に包まれた城はひどく不気味なものに見えた。
あの傷で黒い男達を相手に逃げおおせられるとはとても思えなかった。シークが時間を稼いでいる間に自分達だけでも遠くへ逃げるべきなのか。
アルフが迷っていると、突然爆音が聞こえてきた。
慌てて音がした方向を見ると、訓練場のある場所の壁から炎が噴き出していた。
そしてそこから転がり出るように飛び出してくる影がひとつ。シークだった。彼は王具の力で頑強な城壁をぶち抜いて脱出したのだ。
彼は2人の姿を認めると駆け寄ってきた。
「奴等もすぐに追ってくる。早く広い場所へ」
とだけ言うと先頭に立って走り出した。ふらふらと危なげな足取りだったが意思の強さを感じさせる不思議な走り方だった。
街─だった場所─に着いたとき、すでに黒い男達はそこに佇んでいた。
「待ってたよぉ。追いかけるのも面倒なのでここで終わらせましょうかぁ」
不吉な男はこちらを嘲笑うように言う。
「あぁ。こちらもそうしようと思っていたところだ」
シークは2人を背後に庇いながら答える。
アルフはその姿に、いつもの父─シーク─とは違う人物を見た気がした。春の日差しのように穏やかな普段の彼からは考えられないような鬼気を感じたのだ。
「この国の王として! 1人の家族として!! 貴様等を討ち滅ぼす!!!」
そしてシークは王具を装着した右手を手刀の形にして大きく振り上げた。
「──壁」
シークの所作を見ていた黒い男が短く言う。
その声に合わせて、後ろに控えていた4人のうちの1人が他の者を庇うように前方に躍り出た。
シークの右手が振り下ろされると、そこから黒い男達に向けて一直線に炎が迸った。
壁と呼ばれた者に着弾した炎はその場で爆ぜ、巨大な火柱を作った。夜闇を切り裂き、天を焼かんと立ち昇る赤炎は周囲に凄まじい熱波をもたらした。確かに、これを屋内で使用していたら巻き添えを食らったに違いない。
魔道具は通常D~Aでランクを付けられる。例えば生活必需品のランプや火起こし用の簡単な魔道具だとDランク、それより少し性能がいいものや質の低い量産型魔道兵器などはCランク、大量生産はできないものの強力な力を持つ魔道兵器はBランク、「逸話持ち」と呼ばれる魔道具に代表されるような世界に数点、もしくは一点しか存在しない非常に強力なものはAランクという具合に。
しかし、現在シークが所持しているような王具と呼ばれる魔道具だけは上記の規格に当てはまらない。現存する技術では再現も解析も不可能なそれらは、あまりにも強大な力を持ち、しかもまるで意志を持っているかのように持ち主を選ぶ特性を持つことから、特例的にSランクというランク付けがされている。
やがて火柱が消え去った。その場に残っていたのは炭化した焼死体と未だ冷めやらぬ熱だけだった。
「いやぁ、すごい火力ですねぇ。流石は王具だぁ。彼は耐久力だけは高いはずだから連れてきてたんですが、一撃ですか……」
若干わざとらしくそういった男は、焼死体に近付くとそれを無造作に蹴り飛ばした。炭化した焼死体がボロリと崩れる。
「役立たずが! てめぇの長所は耐久性能だけだろうが! それが! 一撃で殺されやがって! クソが!! ゴミ!! とっとと消えろ!!!」
何度も、何度も、蹴る。蹴られる度にバラバラに崩れていく死体だったものは、ついには風に運ばれどこかに飛んでいってしまった。
唖然とするシーク達に、今だ興奮が収まらず肩で息をしている男が話しかける。
「いやぁ、お見苦しいところをお見せしました。さあ、続きを始めましょうか」
異常だ。
仲間が死んだと言うのに、それに対して何の感情も抱いていないようだった。否、男は確かに感情を抱いていた。死んだ者の無力に対する怒りという感情を。
アルフは吐き気が込み上げてくるのを堪えるので精一杯だった。
「来ないのなら、こちらから行きますよぉ!?」
短剣を抜き放った男が駆けてくる。
我に返ったシークは慌てて火炎弾を放ち迎撃する。
しかし男は歩を緩めずに左手を盾にしながら突っ込んできた。
炎を抜けたとき、男の左腕は見るも無惨に焼け爛れていたが、傷を治そうとしているのか、火傷した箇所全体がウジュウジュと蠢いていた。
そして──
──凶刃がシークを捉えた。
毒がたっぷりと塗り込まれた短剣が深々とシークの腹に突き刺さっていた。
「父上!!!」
アルフの悲痛な叫びが夜闇に木霊した。
◆
シークはヨロヨロと後退する。突き刺さった短剣が抜けたあたりで力が抜けたようにその場に尻餅をついた。
「ずいぶん苦しそうですねぇ。今楽にして差し上げますよぉ」
男が近付いてくる。
「──はは、それには……及ばんよ。」
シークは不敵な笑みを浮かべると右手を勢いよく地面に叩きつけた。
すると、シークを中心に炎の渦が発生した。
男は泡を食ったように慌てて飛び退いた。
しかし、動くことの出来なかったアルフとエレナはそのまま炎の渦に呑まれてしまう。
ところが、焼かれるような苦しさはなかった。むしろ安心感すら覚えるような温もりを感じる炎だった。
炎の渦の中でアルフはシークに駆け寄る。
「父上! 父上!!」
すでに土気色になりつつある顔を笑みに歪め、シークは口を開く。
「アル……ガフッ! アルフ。お、まえにこれを、はぁはぁ……託す」
そう言って、シークは自らの右手人差し指に嵌まっている指輪─緋の王具─をゆっくりと外すと、震える手でそれをアルフに差し出してきた。
アルフは溢れる涙を拭うこともせずにそれを受け取る。
「はぁ……お、まえが、エメラダ王国、第18代国王だ。……護るべきもの、を遺してやれなかったのは…………心のこりだが、最後に残った国民をしっかり護ってやってくれ。……お前に、炎の神の加護があらん、こと、を…………」
最期にアルフの手を握り、確かな温もりを残してシーク・サー・クラインは力尽きた。
「…………はい。父上。エレナは必ず私が護り通じてみぜまず!!」
涙で顔をグシャグシャにしながらも、力強く返事をする。
そして、ゆっくりと右手中指に王具を嵌めた。
瞬間、温かなものが身体の中を駆け巡り、力が湧き上がってくるように感じた。同時に、ぼんやりとだが、王具の使い方も頭の中に流れ込んできた。
アルフはエレナを背に庇い、覚悟を決めて前だけを見据える。
ゆっくりと炎の渦が虚空に溶けていく。
決戦の時だ。




