第11話 炎②
「この城の中で一番武器や魔道具が置いてある場所はどこ!?」
城内を駆けながらエレナが聞いてくる。
彼女は逃げ切れないと判断したらしい。ならばせめて武装を整えて闘おうと。
その意図を即座に汲み取ったアルフは答える。
「訓練場だと思う! あそこには武器庫があるから!」
「わかった。行こう!」
無人の廊下に2人の足音だけがやけに大きく響いた。
アルフの案内で訓練場に着いた2人は一目散に武器庫を目指す。
エメラダ王国王城屋内訓練場は、訓練場と言うよりは闘技場と表現した方が近い造りをしている。円形にくり抜かれた中央部には砂が敷かれており、外周部には他国の外交官などが訪れた際に見学するための座席がグルリと囲むように設置されている。中央部と外周部を隔てる壁には無数の武器が備え付けられていた。
訓練場の片隅─武器庫を目指した2人だったが、危険な魔道具などが納められたそこには鍵がかかっていて開けることが出来なかった。
焦燥感と絶望感に苛まれた2人は、壁にかけてあった武器─アルフはブロードソード、エレナはショートソード─をとることでどうにか平静を取り戻そうとする。
そうしているうちに、訓練場の入口─2人にとっての唯一の退路─から死が追い掛けてきた。
「鬼ごっこはぁ、終わりでいいのかなあ?」
先頭に立つ男はフードをとっていた。眼窩に揺らめく濁った輝きからは、殊更不吉な印象を受けた。
足が震える。歯の根が合わずガチガチと音が鳴る。血の気は完全に引けており、顔面は蒼白、武器を持つ手に力が入らない。
そんなアルフを男は嗤う。
「いひひひひひひ。お前、いいなあ。そのビビってる姿、最高におもしろいや」
ひとしきり嗤った後、男は問う。
「おじさんはぁ、この国の王具と国王を探してるんだよぉ。知らないかなぁ?」
「……なぜ、兄上を探している?」
ようやく絞り出した声は恐怖に震えていた。王具を求めるのはわかる。あれは現代の技術では作り出すことが出来ないとされる、大陸に数個しか存在しない伝説級の魔道具だから。しかし、兄の身柄を求める理由はわからない。
「んん? 兄上……? もしかしてお前さん、王族なのかい?」
アルフの質問には答えず、逆に聞き返してきた。しかし、アルフの答えを待つ気配はなく、なにやらブツブツと独りで喋っている。
「じゃあ連れ帰るのはあの小僧でもいいのかなぁ? でもどうせ王具は国王が持ってるだろうしなぁ……」
ややあって聞こえてきた結論にアルフは戦慄した。
「……めんどくさ。王具の在処も知らないみたいだし、殺すか」
そしてニタリと口元をいびつに歪めた男は言葉を続けた。
「しかし、900年続いた国も終わるときは呆気ないねぇ。当代の…おっと、もう継承式は終わってるんだっけ? じゃああれだぁ、先代の国王がゴミだったのかなぁ?国民を守ることも出来ずにぃ、王城しか残せなかった、哀れで無能なクソ国王」
──瞬間。アルフの中の何かが弾けた。
あからさますぎるほどの挑発だったが、それを考える理性はアルフには残っていなかった。
恐怖を超克し、アルフを突き動かした感情は怒りだった。愛する国を、父を、侮辱されたことがどうしても許せなかったのだ。
男に突貫する。エレナの制止の声は最早聞こえない。
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる男目掛けて大上段から渾身の力で斬りつける。
肉を切り裂き骨を断つ嫌な手応えがあった。アルフが振り下ろした剣が突き立ったままの傷口から溢れ出る血液は、男の絶命へのカウントダウンだ。
しかし
「満足したかなぁ?」
腹部に強烈な衝撃が走る。アルフは、何が起こったのか認識する前に後方に吹き飛ばされた。エレナが駆け寄ってくる。
激しい鈍痛に顔を歪める。目の前がチカチカする。
それでもなんとか男の方を見た。
そして、痛みが吹き飛ぶほどの驚くべき光景を見る。
アルフを蹴り飛ばした姿勢─右足を上げている─の男の足元にある血溜まりが生き物のように蠢いていた。それは男の足を這い上がると、左肩から右脇腹にかけて走る大きな傷口にニュルリと入っていった。そして、それを待っていたかのように、ありえないようなスピードで傷口が塞がっていったのだ。
アルフはまたしても頭の中が真っ白になった。
魔道具を使った気配はない。あんなスピードで傷が治る種族など知らない。目の前の男は何者なのか、全くわからない。
「あぁあ、やっぱりいいねぇその間抜けな顔ぉ。たまらないや」
男は腰に提げていた短剣を抜き放つ。何か塗ってあるのか、その刀身はヌラヌラと光を反射していた。
「ちょおっと勿体ない気もするけどぉ、能力を見せた以上生かしとくのもなんだし、死んでくれるかなぁ?」
ゆったりと、一歩一歩を愉しむように、男が─死が─近付いてくる。
アルフは動けなかった。ただ黙って最期の時を待つことしか出来なかった。
そして、彼我の距離があと5歩ほどに迫ったとき、突如として目の前に炎の壁が出現した。
飛び退いた男は炎の発生源を見て、にんまりと笑った。
「やぁっと出てきた。さっき石ころを投げてきたのもあんただろぉ?」
つられてそちらを見たアルフは思わず声をあげた。
「父上!」
そこに立っていたのは消えたはずの父、シークだった。
「私が時間を稼ぐ。お前たちは外へ逃げろ。私もすぐに追いかける。ここでは王具を満足に使えない」
近付いてきたシークはアルフたちに言った。
今までどこにいたのか。いったいこの国で何があったのか。他の者はどこへ消えたのか。目の前の男たちは何なのか。
聞きたいことは山のようにあったはずだが、すべて吹き飛んでいた。シークの腹部から血が出ていたためだ。
隣を見るとエレナも驚愕に目を見開いている。当たり前だ。血が出ているのは急所、明らかに致命傷だ。今こうして動けているのが不思議なくらいだ。
「気にするな。傷口は焼いて潰した」
2人の視線に気づいたシークはそう言うが、顔は青白く、今にも倒れそうだ。
「いいから行け!」
動こうとしない2人に焦れたシークは怒鳴った。
アルフとエレナは弾かれたように立ち上がり、訓練場の入口に向けて走り出した。横を通り抜けるとき、黒い男達は何もしてこなかった。
「さて、ああ言った手前、なにがなんでも後を追わねばならないのだが、見逃してはくれないかね?」
シークは男に問う。
「そいつぁ無理な相談ですねぇ。今回の上からの命令は『エメラダ王国の王具とその保有者の奪取』なんですわぁ」
男は答える。口調こそさっきと変わらないが、その目に油断の色はない。
「そうか。ならば強行手段をとらせてもらおう」
シークは駆け出した。訓練場の入口とは反対方向─壁に向かって。




