第10話 炎
いよいよ本格的に物語が動き出しまた。
これからどうなっていくのか、楽しんでいただけましたら幸いです。
落ち着きを取り戻したアルフに、エレナは自らがここに来た経緯を話し始めた。
「そろそろアルフのお兄ちゃんが王様になるでしょ? だから一緒にお祝いしたいなぁって、ついさっき戻ってきたの。でも、門には誰もいないし、覗いてみたら街も全部無くなっちゃってたからびっくりしちゃったよ。それで何かないかなーって見回したら誰かが座り込んでるのが見えて、近付いてみたらアルフだったからまたびっくりしちゃった。しかもいくら呼び掛けても反応しないんだもん。いったい何があったの?」
それに対してアルフはまず一言
「兄上の王位継承式は昨日終わったよ」
と言った。
エレナは「え゛っ」と間の抜けた声を出した。継承式の日を調べずに、祝いに戻ってきたらしい。
その昔から変わらないどこか抜けているところに救われたような気がして、アルフは笑みをもらした。
その様子にエレナもほっとしたように笑みをこぼした。
「何があったかは俺にもわからないんだ。朝起きたら誰もいなくなってて、街も消えてた。昨夜までは確かにあったのに」
「なるほど。王族のアルフが知らないってことは、夜中のうちに第三者が何かしたって考えるのが普通だね」
こんな異常事態の中に突然放り込まれたというのに、エレナは落ち着いているようだった。冒険家としての経験のなせる技だろう。アルフは少しだけ、自分が置いていかれているような悔しさと一抹の寂しさを覚えた。
アルフがそんなことを考えている間もエレナは「儀式魔法…? いや、規模が大きすぎる。まさか幻遊種じゃないだろうし…となると……」などと思考を続けていた。
その中で聞きなれない単語を耳にしたアルフはエレナに尋ねる。
「幻遊種?」
「ん? ああ、つい最近確認されたらしい新しい種族だよ。まだ1体しか発見されてないんだけど、あんまりにも強い力を持ってて、外的生物とも違うから種族として認定したんだって。すごいよね」
アルフが知っている限り、サミレア大陸には竜族、天魔族、エルフ族、妖精族、人型機械族、鬼族、亜人族、そしてアルフたち人間族がいる。その他には外的生物と呼ばれる異形がいると聞いたことがある。
エメラダ王国には、竜族と天魔族以外─以前は住んでいたらしい─の全ての種族が住んでいた。これは大陸中の国々を見渡してもかなり珍しいことだった。
アルフはまだ見ぬ新種族に興味をそそられる一方で不安を感じる。
「その幻遊種がこれをやったの?」
辺り─何もない大地─を見回しながら尋ねる。
「うーん。可能性はあるだろうけど、今は手がかりがなんにもないからわからないね。あるとすれば─」
2人の視線は唯一残った建物へと向けられた。
◆
日が傾き出した頃、2人は王城に着いた。
「何か残ってるとしたらここだよね」
「うん。でも2人で探すにはちょっと広すぎるかな……」
「とりあえず父上の部屋に行ってみよう。父上なら何か残してるはずだ」
正門を抜け、正面玄関を前にした辺りで話し合っていると
「あのぉ~君たち、ちょぉっといいかなぁ?」
やけに気の抜けた声が背後から聞こえてきた。
誰もいなかったはずの場所からかけられた声に2人は慌てて振り返った。
そこには5つの影があった。皆一様に真っ黒なローブを着用している。フードを目深に被っているため、表情や性別は読み取れない。
声をかけてきた者のみ、かろうじて男だと判別できた。
「んあぁ。まあ、そんなに警戒しなさんな。おじさんは君たちにちょっとばかし聞きたいことがあるだけだよぉ」
あくび混じりに、いかにも気が抜けたように言ってくるが、アルフは怖気から鳥肌が立つのを止められなかった。
アルフは剣技の修練は積んでいたものの、実戦に立ったことはない。王子であるから以前に、そもそもエメラダ王国が他国と戦争をしないためだ。命の危険に晒されたことがないのだ。だから戦場で培われるような危機感知能力などは発達していないはずだった。
しかし、アルフは目の前の男から圧倒的なまでの死の気配を感じた。理性よりも本能が叫んでいた。「逃げろ」「目の前の男はヤバい」と。
隣に立つエレナを見ると、彼女の顔は青ざめていた。冒険家として経験を積んでいる彼女には死の気配が殊更強く感じられたのだろう。
「んん…。べつに威圧するつもりはなかったんだけどなあ」
男が少し困ったように言う。
「逃げるよ」
エレナが男に聞こえないよう小さな声で言ってきた。
「う、うん」
アルフも小さな声で返す。
目の前の男達から逃げ切れるか疑問ではあったが、それ以上にこのまま対峙し続けていても生きていられる気がしなかった。
「ま、いいや。そのままでいいから答えておくれぇ。おじさんが聞きたいのは──」
男がそこまで言ったとき、庭の茂みがガサリと音を立てた。
それを合図に2人は城の中へと駆け込んでいった。
「はあ…………」
取り残された男は深い溜め息をつき、フードを取った。伸び放題の髪や無精髭、こけた頬からは不潔な印象を受ける。眠たげに細められた目は濁っており、死人のようだ。
そして、表情は邪悪に歪めながらも、口調だけは面倒くさそうに呟いた。
「人の話を聞かない悪い子には、お仕置きしてやらないとねぇ……」
音を立てた茂みの側には石ころが転がっていた。




