終わりと始まりの朝
初めまして。倉科涼と申します。
この度ファンタジー小説『誰ガ為ノ世界』の連載を始めました。
約二ヶ月間は毎日更新、その後は不定期更新の予定です。
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
目を覚ました彼は陽の光に目を細め、そして首をかしげた。
「…………? 」
いつも起きたときは太陽はもっと低い位置にあったはずだ。それが今は見上げるような高さにある。そのせいで窓から入ってくる光が眼を直撃したらしい。
「───」
自分が起きた時、いつも傍らにいる侍女の名を呼ぶ。
─しかし返事はない。
「………………? 」
彼はまたしても首を捻る。
これまでの十余年間、毎朝機械のごとく決まった時間に起こしに来る彼女が今朝はまだ来ていないことを少し不審に思ったのだ。
「……! 」
昨日はめでたい日だった。彼は参加させてもらえなかったが酒の席もあった。
もしかすると、昨夜騒ぎすぎて未だ眠っているのかもしれない。あるいは後片付けで自分を起こしに来る暇がないのだろうか。ひょっとすると別に火急の案件があり、他の場所を駆け回っているのかも。
様々な憶測が脳内を飛び交うが、頭を振ることでそれらを追い払う。理由など後で聞けばいいことだし、普段貪ることの出来ない惰眠を今日は堪能できたというちょっとした充足感のおかげでそのようなことは些細なことのように思えた。
十二分に眠った爽快感を味わいながら寝台から降りる。
いつもは彼女に手伝ってもらう朝の身支度を独りでこなす。
微かに石鹸の香りのする真白な寝間着を脱ぎ、いつも彼女がやっているようにして畳んでみる。
─多少形が崩れてしまったが、彼の目には十分美しく見えた。
下半身につけていた下着が濡れていないことを確認し、思わず一息つく。数年前、やってしまった際に兄や使用人達に冷やかされたことが未だに忘れられないのだ。
ふるふると頭を振り、気を取り直す。
そんなことより今は朝の支度だ。
コワゴワとした動きにくいズボンに脚を通し、白地に金の刺繍の入った重い上着を羽織る。先生はそいうものなのだと言うが、もう少し動きやすいものにしてくれてもいいのにと思う。
最後に何の革で出来ているのかはわからないが一目で上等だとわかる靴を履く。彼はこの靴だけは気に入っていた。足に吸い付くような履き心地で非常に動きやすいからだ。
姿見に映る自身を眺めて満足そうに頷いた。所々よれてしまっていたり、彼は気づいていないがボタンがズレてしまったりしているが、まあ及第点だろう。明日の朝にでもこの様を見せてやったら、全く表情を動かさないあの使用人も目を丸くするに違いない。
しかし、意気も揚々と自室から出て数歩ほど歩いた辺りで違和感に眉をひそめた。朝特有の喧騒が聞こえてこないばかりか、人の気配がしないのだ。
知らず早足になった彼が向かった先は食堂。多少遅い時間とはいえ、自分の起床を待つ給仕や無駄に豪勢な朝食が迎えてくれるだろう。そう信じて無人の廊下を行く。
─しかし、誰もいない。食事が用意されていた形跡すらない。
逸る気持ちを抑えつつ隣接する厨房への扉を乱暴に開け放つ。
─やはり誰もいない。盗み食いを咎めつつも、いつも何かしら用意してくれる気立てのいい料理人達がいない。彼らの活気が失われている厨房からは、ひどく無機質な印象を受けた。漂う空気から、今朝の調理が行われてすらいないことがわかった。
早鐘のように鳴る心臓を服の上から押さえつけ、湧き上がる焦燥感を無理矢理飲み込み、どこかに誰か居ないかと走り回る。
使用人控室。
─いない。
訓練場。
─いない。
講義室。
─いない。
浴場。
─いない。
大会議室
─いない。
居住区
─いない。
─いない。
─いない。
いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。いない。
─どこにも、誰も、いない。
走り回ったせいで出てきたのか─それとも別の理由からか─額に滲んできた気持ちの悪い汗を拭う。荒い息は一向に落ち着く気配がない。
真っ白になってしまった頭でなんとなく考えついた次の行動は、外に出るということだった。
幽鬼のようなおぼつかない足取りで無人の廊下を歩き、誰もいない正面玄関を抜ける。
そして───────
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