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PERFECT GOLDEN BLOOD  作者: 月宮永遠
1章:十七歳の誕生日
9/42

7

 小夜子はなかなか眠れずにいた。

 目を閉じていても、逃げるようにして消えたルイのことを考えてしまう。あの時、彼は何を考えていたのだろう? 言葉もなく去っていったことに、小夜子は戸惑い、深く傷ついていた。

(私がいけなかったのかな……嫌がったりしたから……)

 自己嫌悪と煩悶は、やがていつもの偏頭痛に変わり、睡眠を妨げていた。空気が希薄になり、手足が冷たく凍えていく。

(嫌だなぁ、家にはこないでよぉ……)

 布団を頭まで被って、身体を丸める。最近は家にでることはなかったので、油断していた。唯一の聖域を奪われたら、小夜子の気が休まる場所が無くなってしまう。

 部屋の重苦しい気配は、なかなか消えてくれなかった。すすり泣きながら恐怖に耐えていると、

(あれ……?)

 恐る恐るベッドから起きあがった。部屋の隅を見ると、どこにも瘴気は溜まっていなかった。ようやく去ってくれた……ほっとしたあまり、涙が頬を伝った。安堵のあとに、途方もない虚しさに襲われた。

 この苦しみは、死ぬまで続くのだろうか? このまま年をとって、三十、四十……六十になる頃になっても、小夜子は脅かされ続けるのだろうか? 棺の底に横たわる時にならねば、安寧は訪れないのだとしたら……なんのために生きているのだろう?

「ふ、ぅ……っ」

 いつになく後ろ向きな思考が止まらず、喉の奥から消え入りそうな嗚咽が漏れた。

 泣けば頭痛は増すと判っているのに、涙を止められそうにない。頭痛は酷くなる一方で、眼がしらの奥が燃えるように熱い。

 重苦しい沈黙のなか、突然、スマホが震えだした。液晶に浮かびあがった名前を見て、息が止まりそうになった。三秒ほど逡巡してから、通話ボタンを押して端末を耳に押し当てた。

<小夜子?>

 ルイの声を聴いただけで、不安が和らいだ。小夜子は濡れた目を手でこすり、こっそり鼻をすすった。

<こんな時間にごめんね。少し、話せるかな?>

「……はい」

 声が少し震えてしまったせいか、ルイが息をのむ気配がした。

<どうしたの?>

「いえ、なんでもありません」

<……泣いていたの?>

「違います」

 小夜子は否定したが、ルイはかける言葉に迷っているのか、沈黙している。

「あの、ルイさんはどうしたんですか? こんな時間に……」

<ん……失礼な態度を謝りたかったんだ。さっきはごめんね、びっくりしたよね>

「……少し」

<ごめん。いきなりキスをして、驚かせたことも……もう無理に迫ったりしないから、僕のことを嫌いにならないで。お願い……>

 小夜子は息をのんだ。胸がきゅーんとして、甘く痺れる。さっきまで人生に落胆して泣いていたくせに、一瞬で復活してしまった。

「そんな、嫌いになるなんて……っ」

 ありえない――力いっぱい口走りそうになり、慌てて踏み留まった。端末の向こうで、ルイが安堵したように微笑している。鼓動が高鳴りすぎて、彼に聞こえてしまうんじゃないかと心配になった。

「……私の方こそ、嫌われたかと思いました。ルイさん、何もいわずに消えちゃうし」

<君を嫌いになるなんて、ありえないよ。さっきは、ごめん。自分でも抑えがきかなくて、ああするしかなかったんだ。次のデートは、ちゃんとお行儀よくするよ>

 小夜子は幸福感に酔いしれた。ふわふわと浮ついた心で、微笑を洩らした。

<明日、会えるかな?>

 一瞬、小夜子は歓喜に駆られたが、すぐに思わず舌打ちしたい気持ちになった。

「すみません、明日はアルバイトがあって……」

 思った以上に惜しむ声がでた。身勝手な感情だが、アルバイト先を恨みそうになる。

<じゃあ……再来週の土曜日はどう?>

「はい、空いています! 夏休みが始まるから、いつでも大丈夫です」

<良かった。好きな作家の個展があるんだ。夜に開かれる、光る鉱石のジオラマ展なんだけど、一緒にいかない?>

「ジオラマ……誰の個展ですか?」

<RAVEN。知っているかな?>

 小夜子は目を輝かせた。

「知っています! わぁ、いきたい! 私、彼の大ファンなんです。彼の作品が本当に好きで好きで」

 RAVENは幻想的な油絵と、鉱石ジオラマを作成している若き天才だ。日本人の祖父と英国人の両親の血が流れており、赤銅色の髪に猫のような青碧せいへきの瞳を持つ、美貌でも知られている。

<良かった。僕もファンなんだよ>

 小夜子は笑顔になり、電話越しに頷いた。

「うわぁ、すごい。その個展にいきたいと思っていたんです。SNSでジオラマを見る度に、もう欲しくて欲しくて……っ」

 小夜子の食いつきの良さに、端末の向こうでルイがくすくすと笑っている。彼の甘やかな吐息が耳に触れたように感じられて、小夜子は赤面した。

<小夜子がそんなに好きとは知らなかったよ。でも、判る。彼の作品はいいよね>

「ルイさんこそ! RAVENを好きとは知りませんでした」

「割と最近知ったんだ。インスタグラムで作品を見てから、ファンになったんだよ」

 小夜子はほほえんだ。さっきまで霊が怖くて震えていたのに、今は手足の先どころか、心のなかまでも、ぽかぽかと暖かい。わくわくとした幸福感に包まれて、頭痛まで消えている。

「また一つ、共通点が見つかりましたね」

 小夜子は浮かれ気味にいった。端末越しに、柔らかな微笑が伝わってくる。嗚呼……この通話を永遠に切りたくない。

<それじゃあ……再来週の土曜日、十七時に渋谷のタワーレコード前にこれる?>

「はい! 楽しみにしています」

<僕も……お休み、小夜子>

「お休みなさい、ルイさん」

 通話を終えたあとも、小夜子は笑みを抑えきれずにいた。スマホを握りしめてにやにやしていると、LINEのプッシュ通知が液晶に表示された。

“今日はありがとう。また会えるのを、楽しみにしています”

 小夜子は口元を手で覆い、液晶をじっと見つめた。ときめきすぎて、胸が苦しい。

 またルイに会える。RAVENの個展にいけるのだと思うと、今度はわくわくしすぎて眠れそうになかった。

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