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PERFECT GOLDEN BLOOD  作者: 月宮永遠
1章:十七歳の誕生日
8/42

6

「えっ!? な、どうして」

「驚かせてごめん。やっぱり、送ろうと思って」

 ルイは微笑を浮かべていった。

 小夜子は衝撃のあまり、すぐに言葉がでてこなかった。彼が正面に現れるはずがないのだ。現実の物理的法則を飛び超えて、瞬間移動したとしか思えない。

「……そんな、気にしないでください」

 やっとの思いで小夜子はいったが、手を握られ、頭のなかが真っ白になった。

「怖がらないで」

「いえ、あの……」

「小夜子が送らせてくれるなら、離してあげる」

「えっ」

「この先の道は昏いでしょう? 危ないよ」

 小夜子は訝しんだ。どういうわけか、この先にある公園で、とても怖い思いをしたような気がする。真っ黒な葉茂みが不気味に揺れる様が思いだされ、背筋がぞくりと震えた。

「大丈夫、怖くないよ」

 ルイは小夜子の肩をぎゅっと抱きしめた。

 不思議なことに、その温もりに小夜子は安堵を覚えた。ほんのさっきまではルイが怖ったのに、今は彼のそばにいれば安全という気がしている。

「ほら、いこう」

 手を引かれるがまま、小夜子は歩き始めた。繋いだ手に意識が集中する。掌が汗で湿ってしまいそうで、気を紛らわせようと視線を彷徨わせたが、少し後悔した。

 ぼんやりとした白いもやが視界の端に映ったが、目をあわせることはしなかった。

「きっと君は、人よりも感受性が豊かなんだね」

「え?」

 小夜子が顔をあげると、銀色の瞳と遭った。

「気配を読むことに、君はとても敏感だから」

「え……」

「いきなり変なことをいって、ごめん。人には誰だって、秘密の一つや二つあるものだよね」

「……」

「僕にも、人にはいえない秘密があるんだ」

 ルイは謎めいた笑みを浮かべた。

「あの、ルイさんは」

「ルイでいいよ」

「でも、」

「ルイって呼んでみて、ほら」

「……ルイ?」

「なぁに?」

 ルイは花が綻ぶような笑みを浮かべた。あまりの美しさに、小夜子はくらりと倒れこみそうになった。

「今何かいいかけたでしょう?」

「……あの、どうして、私を誘ってくれたんですか?」

「さっきいった通りだよ。財布を拾ってくれたお礼、っていうのは口実で、小夜子ともっと話してみたいと思ったから」

 その説明は、食事をしている時にも聞いたが、小夜子にはどうしても不思議だった。目立つタイプではないのに、一体小夜子の何が、ルイをそう思わせたのだろう?

「そんなに見つめられると、照れるな」

「ご、ごめんなさい」

「謝ることはないよ。俯かないで」

 しどろもどろになる小夜子を見て、ルイは綺麗な笑みを浮かべた。

「ね、家族はどうしているの?」

「静岡にいます。私は東京の高校に通うために、一人暮らしをしているんです」

「そう。一人暮らしは大変じゃない?」

「最初は少し……でも、もう慣れましたから」

 小夜子はそれ以上の説明はしたくなくて、曖昧にほほえんでごまかした。

「普段、友達とはどんなことをして遊ぶの?」

「え、なんだろう……週末は皆バイトや予定が入っているから、学校帰りに遊ぶことが多いです。カラオケにいったり、お茶したり」

 小夜子は少々見栄を張った。本当は友達らしい友達は一人もいないのだ。子供の頃から内向的な性格をしており、こみいった事情を抱えていることから、誰かとプライベートな約束をすることは滅多になかった。決して他人とのコミュニケ―ションを疎んじているわけではないのだが、自分から声をかけて仲良くなることが極めて稀であり、苦手だった。

「それじゃ、今度は僕とカラオケにいこう」

 にこやかに提案するルイに、小夜子は本心からの笑みを顔に浮かべた。社交辞令と判っていても嬉しい。

 アパートが見えてくると、小夜子は落ち着かない気持ちになった。ルイのような美しい人に対して、自意識過剰と思われそうだが、出会って間もない人に、家に入るところを見られたくなかった。

「あの、もうすぐですから、ここで……」

 急によそよそしい態度をとられても、ルイは穏やかな表情を崩さなかった。

「ん、判った。気をつけてね」

「はい、それじゃ……」

 小夜子はほっとして、背を向けた。

「小夜子」

 振り向くよりも先に、背中から抱きしめられた。首に吐息が触れる。深々と息を吸いこむ気配を感じて、小夜子は身震いした。心臓が壊れそうなほど音を立てて鳴っている。

「小夜子……」

「はいっ」

 上擦った声で返事をすると、大きな手が宥めるように小夜子の髪を撫でた。

「やっぱり、お休みのキスをしてもいい?」

「えっ?」

 両肩を大きな手に包まれて、振り向かされる。通行止めの細い路地に引っ張りこまれ、背を壁に押しけられた。端正な顔が驚くほど近くにある。覆い被さるようなルイの肢体に、小夜子は圧倒された。

「だ、だめです」

 彼にとってキスは挨拶かもしれないが、小夜子にとっては一大事だ。どう考えても友達の範疇を越えているし、親密すぎる。

「だめ?」

「だめ」

 小夜子は視線を泳がせながら拒んだ。

「……でも、どうしてもしたい」

 両頬を掌に包まれて、上向かされる。月光の陰影で彼の表情はよく見えない。それなのに、銀色の瞳は仄かな光彩を放っているようだった。

 柔らかくも、恐ろしく強固な拘束を、小夜子には振りほどくことができなかった。

「ルイさん……っ」

 端正な顔が降りてくる。吐息が触れた瞬間、首をすくめてぎゅっと目を閉じた。触れた唇はとても優しくて、暖かった。胸を甘く締めつけられる。

 唇が離れていき、小夜子がうっとり瞼をもちあげた時、ルイは恐れをなしたようにあとずさり、茫然とした表情で小夜子を見つめていた。

「……ルイさん?」

 彼は一言も口をきかなかった。銀色の瞳を驚きに見開いたまま、二歩、三歩とあとずさり、黒い永劫の羽を広げる闇夜に消えた。

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