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PERFECT GOLDEN BLOOD  作者: 月宮永遠
1章:十七歳の誕生日
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5

「それで……学校はどう?」

 ルイはリラックスした表情で訊ねた。彼から話題を振ってくれたことに安堵しながら、小夜子はほほえんだ。

「はい、課題が増えてきて、ちょっと大変です」

「忙しいんだ」

「少し。いきたい専門学校があるんですけど、プレスクールの選考が近くて、提出課題に追われています」

「へぇ、どこの専門?」

「デジ・リュリュの総合WEBクリエイター科です」

「どんなことを勉強するの?」

 ルイが本当に興味深そうに訊ねてくれるので、小夜子は嬉しかった。

「サイト制作のデザインから、プログラムまで学べる学科で、卒業制作もしっかりしていて、面白そうだな、って……」

 ちょうど飲み物が運ばれてきて、会話が途絶えた。ルイの前には自家製の赤ワイン、小夜子の前にはノンアルコールの、真っ赤なクランベリー・カクテルのグラスが置かれた。

「小夜子の十七歳の誕生日に、乾杯」

 ルイがグラスを傾けるのにあわせて、小夜子もグラスを軽くぶつけた。

「ありがとうございます」

「プレゼントがあるんだ」

 そういってルイは掌を閃かせ、まるで手品みたいに、リボンで包装された箱を目を丸くする小夜子の前にさしだした。

「わ~……なんだか、すみません。気をつかわせてしまって」

「Non. 僕があげたかったんだ。喜んでもらえるといいんだけど」

 小夜子はリボンを丁寧に解き、白い箱を開けた。月と星の形を模した、金鎖のかわいらしいペンダントだ。

「うわぁ、かわいい!」

 大小のきらきらした石がはめこまれている。鎖は長さが調節可能で、一番内側で留めればチョーカーになりそうだ。全てが小夜子の好みと完璧に一致している。

「ありがとうございます、ルイさん」

 小夜子は弾んだ声でいった。ルイは嬉しそうに目を細めて、にっこりした。

「どういたしまして、小夜子」

「嬉しい。すごく素敵。大切にします」

「僕も嬉しいよ。喜んでもらえて良かった」

 ルイがドキッとするほど優しい笑顔でいうので、小夜子は途端に赤くなった。視線を落として、ペンダントを丁寧に箱にしまい、鞄にしまった。緊張を紛らわせようとジュースを口に含むが、ルイの眼差しに唇を愛撫されるのを感じ、思わず身を震わせた。落ち着くどころか、ますます頬が熱くなってしまう。

「……課題ってどんなもの?」

「えっ?」

 小夜子は目を瞬いた。

「デジ・リュリュの課題」

「あ、ああ! ……ポートフォリオを制作しています」

「へぇ、小夜子の?」

「はい。デザインとか内容は自由なんですけれど、私は就活の練習のつもりで、自分のポートフォリオを作ろうと思って……」

 とその時、泉が料理を運んできた。彼女は零れるような笑みを浮かべている。ルイは礼儀正しく接したが、すぐに視線を小夜子に戻した。

「完成したら、ぜひ見せてほしいな」

「判りました。ネットに公開する予定なので、URLを教えますね」

「ありがとう」

 ルイは上品にステーキを切り分け、フォークで口元に運んだ。じっと見つめていることに気がついて、小夜子も目の前に料理に集中した。

「作業している時は、音楽を聴くの?」

 ルイが訊ねた。

「えっと、はい」

「どんな音楽?」

「邦楽でも洋楽でも、歌詞のある歌だと集中できなくて、メロディだけの楽曲とか、海の音とか聴いています」

「いいね」

「ルイさんは、どんな音楽を聴くんですか?」

「最近は、Stromaeをよく聴くよ。EDMも好き、AviciiとかClean Banditとか」

「あ、知ってる! Rather be? すごく好き」

「そうそう、小夜子も好きなんだ?」

 ルイの視線が甘くなる。小夜子は頬が熱くなるのを感じながら、視線を彷徨わせた。彼の傍にいて、平常心を保つことは極めて難しい。あと何分くらい耐えられるだろう?

「あの、ルイさんは、おいくつなんですか?」

 思い切って訊いてみた。

「十八歳だよ。さんはいらない、ルイって呼んで」

 小夜子は驚いて目を瞠った。平然とワインを飲んでいるし、落ち着いた物腰から、二十歳くらいだろうと思っていたのだ。

「ルイさ……ルイは、どこの学校に通っているんですか?」

「通っていないよ。仕事してる」

「そうなんですか? お仕事ってどんな?」

「うーん、或る権威者の秘書……かな?」

 なぜ疑問形なのだろう。具体的にどのような仕事か気になるが、ルイの表情から深堀することは躊躇われた。話題を変えようと思い、

「あの……ご家族は、日本にいらっしゃるんですか?」

「残念ながら、両親はいないんだ。けど、家族も同然の仲間たちと気ままに暮らしているよ」

 こみいった事情に触れてしまい、小夜子は表情を強張らせた。

「不躾なことを訊いて、すみませんでした」

「Non. 毎日楽しくやっているから、気にしないで。遠慮なく何でも訊いて?」

 柔らかな眼差しに励まされ、小夜子は小さく頷いた。

「えっと……仲間たちって、ルームシェアしているんですか?」

「ん、そんなところ。結構広いよ。六人くらいで住んでる」

「へぇ、楽しそうですね……ルイさん、出身はどちらなんですか?」

「パリ」

「わぁ、いいなぁ、私も一度はいってみたい」

 小夜子が憧れの滲んだ声でいうと、ルイはほほえんだ。

「うん、いい街だよ。セーヌ川沿いの街並みは、僕も気に入っているんだ」

「いいところに住んでいたんですね」

「東京に比べると不自由が多いけれど、パリには赴きがある。美しさを損なわずにいる精神スピリッツが好きなんだ」

精神スピリッツかぁ……なんだか素敵ですね」

「僕の住んでいた家の窓から、シテ島とサン・ルイ島が見えてね、毎日ノートルダム寺院を眺めていたよ」

「いいなぁ……どれくらい住んでいたんですか?」

「十年くらいかな? そのあと世界各地を転々として、今年に入って日本にきたんだ」

「へぇ~、そうなんですか。日本語も完璧だし……ルームシェアをしている人は、どこの国の人ですか?」

「うん。フランス人もいれば、アメリカ人や日本人もいるよ」

「グローバルですね」

 会話は主にルイが喋っているにも関わらず、彼の大皿は既に空いている。結構ボリュームのあるステーキに見えたが、流石は十八歳の男子。余裕で腹におさまったようだ。

「……食事はそれだけ?」

「え? はい」

 パスタをフォークに巻きつけて食べる小夜子を、ルイは頬杖をついて見つめていた。

「もっと食べた方がいいよ」

「そうですか? すみません。これくらいが、ちょうどいいです」

 ルイはくすっと笑い、

「小夜子はすぐ謝るね。少しも悪いことをしていないのに」

 優しい眼差しに見つめられ、小夜子は赤面した。

「癖なんです、謝るのが」

「かわいいね、小夜子」

「いえ、そんな……」

 小夜子はさらに赤くなって俯いた。彼の言葉に、いちいち心をかき乱される。パスタの味が急に判らなくなってしまった。

「和食は好き?」

 唐突な質問に、小夜子は少し考え、頷いた。

「僕も白いお米が大好きなんだ」

 外見を裏切る、日本人らしいコメントに小夜子は少し笑った。

 間が持たないと心配したが、会話は弾み、あっという間に時間が流れた。ルイは博識で、WEB制作業界にも通暁していた。彼の話は面白く、好奇心を刺激され、小夜子は時間が経つのも忘れて聞きいった。

 気がつけば食後のデザートと珈琲が運ばれてきて、充足感に包まれながら、穏やかな時間をルイと共有していた。口数の少ない小夜子が、出会って間もない人と、これほど短期間で打ち解けるのは初めてのことである。

「美味しかったぁ。ごちそうさまでした」

 小夜子は満足そうに、素晴らしい時間の終わりを惜しむようにいった。ルイも同じ気持ちだったようで、ゆったりとした笑みを口元に浮かべた。

「またこようね。今度は、和食がいいかな?」

 さりげなく次の約束を仄めかされ、小夜子は嬉しくなった。たとえ社交辞令であったとしても嬉しい。

 彼は慣れた仕草で店員を呼び、小夜子に財布をだす隙を与えずに、会計を済ませた。

 席を立つ時、いそいそと泉がやってきて、ルイの方に身を屈めた。媚をふくんだ、恩着せがましい笑みを浮かべ、

「知り合いがきてくれたから、特別に少しまけてあるんですよ」

 ルイは感じのいい笑みで、ありがとう、と礼をいった。泉がメモ用紙を渡そうとしているのを見て、小夜子は視線を伏せた。ルイに媚びを売る泉が、自分でも驚くほど不愉快に感じられた。

 店をでたあと、小夜子はルイに向き合って、礼儀正しく頭をさげた。

「あの、今夜はありがとうございました」

「お礼をいうのは僕の方だよ。すごく楽しかった」

「こちらこそ、とても楽しかったです。私、喋るの苦手で、普段はあんまり話せないんですけど、今日はルイさんおかげで本当に楽しかったです」

「嬉しいな。本当に、今夜はとても楽しかったよ。もっと小夜子のことを知りたい。また会ってくれたら嬉しいな」

 嬉しい。だが、どう答えればいいか判らず、小夜子は真っ赤になって俯いた。

「……また連絡してもいいかな?」

 慎重にうかがうような口調で、ルイが訊ねた。

「は、はい」

「本当? 困らせてない?」

 小夜子はぱっと顔をあげた。

「違います! ……私もまた、ルイさんに会いたい」

「良かった」

 ルイは綻ぶように笑った。その眩い笑みときたら。小夜子はすっかり舞いあがってしまって、赤面すると共に、今すぐ何かしゃべらなくてはという正体不明の強迫観念に駆られた。

「あ、あのっ、今日はすみませんでした。家近いのに、約束に遅刻しちゃって! もう本当に、最悪。転んで着替えようと思ったら、お洋服がなかなか決められなくて、時間になっちゃうし。おどおどして、どもっちゃうし、ご馳走までしてもらって、もう自分の駄目さ加減が嫌になる……って、あぁもう、何をいってるんだろう……」

 喋るほどに自滅していく。両手に赤面を沈める小夜子の耳に、くすくす、優しい微笑が聴こえた。恐る恐る顔をあげると、ルイは思い遣りに満ちた瞳で小夜子を見ていた。

「お洋服が決められなくて? かわいいなぁ、もう。そんなことで、怒ったりしないよ」

 恥ずかしそうに俯く小夜子を、ルイは愛おしそうに見つめている。

「小夜子は駄目っていうけど、何でも一生懸命で、僕はすごくかわいいと思うよ。怪我してるのに、息を切らして走ってきちゃったり、失敗談も黙っていればいいのに、素直なんだから」

「ぅ……」

 全くその通りで、小夜子は何もいえなくなってしまった。

「僕に対して、焦ったり、謝らなくていいんだよ。急がないで、ゆっくりでいいよ」

「……ありがとうございます」

 この人は、どうしてこんなにも親切なのだろう? 完璧な容姿だけでなく、素晴らしい人柄の良さを兼ね備えている。周囲を惹きつけずにはいられない、特別な人。

 どうやら、すっかり彼の虜になってしまったようだ。急速にルイに惹かれていく自分を意識しながら、小夜子は空気を変えるように、控えめに咳ばらいをした。

「……ええと、それじゃ帰りましょうか。ルイさんは、駅はどちらでしたっけ?」

「小夜子は?」

「私は近いから、歩いて帰ります」

 絡んだ視線をほどいで、小夜子はごまかすようにいった。

「送らせてくれる?」

「えっ?」

「もう遅いよ。心配だから、僕に送らせて?」

 小夜子は驚きに目を瞠った。送らせて? そんな台詞を男性にいわれたのは、生まれて初めてである。

「いえ、そんな……すぐ近くですから」

「心配なんだ。この辺りで怖い事件が起きたばかりだし」

 そういわれて、小夜子もどきっとした。昨夜、世田谷区の閑静な住宅街で、野犬に襲われて人が死んだとニュースになっていた。狂犬は捕まったそうだが、警察は夜間の出歩きなど、近隣住民に注意を呼びかけている。

「走って帰るから大丈夫です」

 小夜子は笑みかけたが、ルイは不服そうにじっと見つめてくる。熱の灯った眼差しから逃げるように、小夜子は視線を足元に落とした。

「それじゃぁ、また」

 切羽詰まった謎の衝動に駆られ、返事も待たずに踵を返した。が、人の波を抜けたところで、思わず悲鳴をあげそうになった。正面にルイが立っていたのだ。

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