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PERFECT GOLDEN BLOOD  作者: 月宮永遠
3章:Au revoir
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28

 シャワー室をでたあと、ルイは地下室へ降りていった。

 諸悪の根源ともいえる彼に助言を求めるのは癪に障るが、今は藁にもすがりたい気持ちだった。

 ルイの訪いを知っていたかのように上位次元の扉が現れた。

 なかへ入ると、数知れぬ星が天蓋で煌めいていた。

 不可視の威容と知が、乾いた砂に振る雨のように、皮膚の奥に浸透していく。

 ここへやってくるたびに、幻視に囚われる。現実と非現実のどちらの領域に自分がいるのか判らなくなる。

 今、自分がいるところは、何なのか?

 始めもなく終わりもない、永遠のなかに放りこまれたような気分で足を踏みだすと、祭壇へ続く道の左右に、浮遊する蝋燭の炎がぱっと燃えあがった。

 神の顕現だ。

 ルイは、無言で祭壇前に跪いた。ウルティマス、と呼びかけると、聖なる光は未来を示すように明滅した。

 この瞬間を、彼の熱心な信徒のように僥倖と思うことはできない。神の言葉はいつも過酷だから。

“迷っているようですね、ルイ”

「僕はもう、限界です」

“彼女を伴侶だと思うのなら、秘蹟を与えなさい。彼女と血の婚姻を結ぶのです”

 ルイは茫然となり、神よ、と乾いた声で呟いた。時間が、世界が、動きを止めたように感じられた。

“お前の戸惑いは判ります。ですが、伴侶の存在は、かつてないほどにその身を昂らせるでしょう。心身が安定すれば、魔獣が暴走することもありませんよ”

「だからといって、小夜子の血を飲むのは嫌です。彼女は、か弱い人間なんですよ?」

“承知しています。ですが、お前には血族の王としての債務があります”

 神は水晶のような声で、厳かに告げた。ルイは表情を強張らせ、

「小夜子は、我々とは違うのです。僕が牙を立てて、無事ですまされるとは思えません」

“避けては通れぬ道です。必要なのは、そなたの覚悟です”

 急にルイは、喧嘩を売られたように感じた。

 神とは思えぬ、なんと無慈悲な言葉であることか!

 小夜子に降りかかる難を引き受けることができるというのなら、いかような拒絶にも苦しみにも黙って耐えてみせるが、同じことを彼女に求めることはできないのだ。

 だから助けを求めているというのに、この神は、救済を与えることは知らないのだろうか?

“お前が血を流すのは小夜子のため、彼女もお前のために血を流すのです。互いを養いなさい”

 ルイの内側で、怒りが渦巻いた。銀色の瞳を燃えあがらせ、

「小夜子を巻きこむために、ここへ連れてきたわけではありません! 彼女を守るためだッ!」

“定められたことです”

 怒りで目が眩みそうだった。ルイのなかには、強大な力を秘めた魔獣がいる。神に植えつけられた、厄介な存在。何時爆発するとも知れぬ地雷を抱えているようなものだ。

 戦闘に身を投じている時以外は、比較的おとなしくしているが、小夜子に出会ってからというもの、外にだせとしきりに訴えてくる。

 今はまだ、ルイの理性が勝っているが、ぎりぎりの縁を歩いている状態だ。彼女の血を口に含めば、形成が逆転してしまう恐れがある。奴が表に現れた時、小夜子に何をしでかすか、ルイにも想像がつかなかった。

「……血を飲まずとも、僕が魔獣を制御できれば、小夜子のことをお許しいただけますか?」

“そうして意地を張ったところで、お前も小夜子も、余計に苦しむことになりますよ”

 神は諫めたが、ルイには納得がいかなかった。

「ウルティマス、この身にはかつえる悪魔が潜んでいます。小夜子に牙をたてれば、僕はきっと獣を抑えることができなくなる」

 ルイは胸のあたりを押さえた。心の中枢に巣食う、黒洞々(こくとうとう)たる闇の中から、奴が咆哮をあげている――小夜子を求めて。

 魔獣を自由にするわけにはいかない――内なる闇も、小夜子を欲しているのだ。

 ルイの自我が緩んだ時、奴がどんな振る舞いをするのか、どう考えても、最悪の想像しかできない。奴は、鋭い牙を喉につきたて、したたる血を啜りあげるだろう。

“信じるのです。小夜子なら、そなたの渇望を鎮められる”

「彼女を危険な目にあわせることはできません!」

“天命です”

「貴方が僕に負わせた十字架だ! 小夜子を傷つける力など欲しくなかった! この身から悪魔を引き剥がしてください!」

“なりません”

 ルイはけぶるまつげのしたから、増悪に満ちた目で神を睨みつけた。

「……それほどまでに僕が憎いのですか」

“それは違います、息子よ”

「こうも苦しめて、父のおつもりか」

 挑発的にいうと、祭壇の両脇の焔がばっと燃えあがった。

 神秘の存在を苛立たせことで、ルイの溜飲は幾らかさがったが、満足したかといえばそうではなく、その心には怒りも恐怖もなく、ただただ広漠とした無が拡がるばかりだった。

「なぜ、女王との間に子をもうけようと思ったのですか?」

 永遠の謎だ。

 答えようとしない神に、奇妙なしらじらさを覚えた。

「貴方は偉大な創造神かもしれないが、弱い者を嬲る破壊神でもある。結局、ナーディルニティと表裏一体なのでしょうね」

 責める口調でいったあと、ルイは、ばくとした寂寥感に見舞われた。短くはない沈黙のあとに、こうつけ加えた。

「……僕を息子とお思いなら、真の願いを聴き容れて頂けませんか」

 神の光はかすかに翳ったが、それも束の間、一際強く輝き、ルイの瞳を射る。

“一刻も早く、小夜子の血を飲みなさい。戦いが起きる前に、その身を安定させるのです”

「従うとお思いか」

 とルイは、その命令口調に対するいら立ちを少なからずこめて応えた。

 沈黙の間、挑むように光を睨んでいた。

 静かに神は去った。

 超俗した恬淡てんたんさからではなく、気まずさから逃れるような、感情めいた素振りに見えた。

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