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PERFECT GOLDEN BLOOD  作者: 月宮永遠
3章:Au revoir
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26

 Vたちは、空間を超越するウルティマスの祭壇を通じて、メキシコシティの路地裏に立っていた。

 十日前。ウルティマスの予見により、霊的エネルギーの密集地域――食屍鬼グールの巣を見つけた。

 それから毎晩、世界中に点在する巣穴を片づけていき、残すは、メキシコシティのみ。とりわけ巨大な巣穴だ。Vたちは、今夜、決着をつけるつもりでいた。

 不吉な風が吹いていて、頭上の空は曇り、淀んでいる。日常世界から道路一本を挟んで、そこは闇の別世界だった。

 封鎖された地下鉄道への入り口を前に、Vたちは、吐き気にも似た不快感を覚えた。

 立っているだけで、魑魅魍魎どもによる精神的な攻撃を全身に感じる。殺気、毒気、不老の肉体をも腐敗せしめんとする、嫌らしい気が充満している。人間であれば、即刻、深層意識を支配され、精神に異常をきたすことだろう。

「今夜は長丁場だ。よろしく頼む」

 ルイの言葉に、全員が頷いた。

 この巣穴を放置すれば、間もなくおびただしい数の食屍鬼グールが地上に吹きだし、世界を永劫の恐怖に突き落とすだろう。巨大な巣穴だが、陽が昇る前に殲滅しなければならない。ウルティマスがいうには、今夜中に片をつけねば、女王の召喚詠唱を完成させてしまう恐れがあるというのだ。

「いこう」

 ルイは覚悟を決めて足を踏み入れた。

 作戦は単純明快。正面から突入し、魔窟を殲滅すればVの勝ちだ。

「先にいくぜ」

 アラスターはショットガンを構えて、黒い洞へ吸いこまれるようにして飛びこんでいった。

 先陣を切った彼に続いて、ルイたちも侵入した。

 暗闇のなかから、発砲音が聴こえてくる。猛々しく吠えるアラスターは、地獄の裂け目からやってきた悪魔のようだった。

 彼を含め、ルイたちは普段は温厚なVたちであるが、神に創られし戦闘種族である。戦いともなれば攻撃性と残虐性が増すのは必然だった。

 可憐な少女、千尋も優美な聖鉄扇を拡げて、舞うようにして巣穴に飛びこんだ。

 ぐびゅッと肉の重吹しぶく音と共に、千尋の聖鉄扇が悪鬼の後頭部にめりこんだ。おぞましい断末魔が迸る。黒々とした瘴気をまき散らしながら、食屍鬼グールは地面に焦げついた。

 酷い匂いだ。

 腐臭たちこめる下水に、蜂の巣状の食屍鬼グールの巣が展開されており、ルイたちを辟易させた。

 戦うほどに疲労は蓄積されていったが、彼等の集中力が途切れることはなかった。

 予測不可能な異界の穴から、火山の噴射の如く新たな食屍鬼グールが飛びだしてきて、Vたちは吹き飛ばされた。巨岩が砕けるほどの衝撃であっても、強靭な肉体をもつVが傷を負うことはないが、汚水と食屍鬼グールの肉に塗れて、潔癖なアンブローズはもちろん、千尋までもが珍しく口汚く罵った。

「こんなところ、もうたくさん!」

 と、聖鉄扇を畳み、厳ついショットガンを構えてぶっ放す。華奢な体躯に不釣り合いな凶器から、硝煙と火花が散った。

 全員の一斉射撃により、常人では鼓膜を痛める大音量が轟いた。敵をおびきよせる目的があるため、消音機はつけられていないのだ。

 Vたちはやぶれかぶれに乱射しているように見えても、狙いは的確だった。打った弾の数だけ、次々と食屍鬼グールが倒れていく。

 たとえ、目と鼻の先に食屍鬼グールが迫ろうとも、怯むことなく、正確に引き金を引いた。

 やがて射撃を止めると、最後に薬室から飛びだした薬莢が床に落ちて、妙に澄んだ音色を辺りに響かせた。

「おしまいか?」

 アラスターが訝しげにいった。

「いや、まだだ」

 ルイは慎重にいった。

 視界の先に、凝灰岩を掘ってできた、深淵の穴が口を開けている。異界に続いていると判る、異様な霊気を孕んでいた。

 洞窟内は真っ暗だ。

 だが、Vたちは迷うことなく銃を構えて照準した。洞窟内に銃声が轟く。暗闇のなかを目くらめっぽうに乱射しているように見えても、暗視ナイトビジョンをもつVの射撃は正確無比で、銃弾の一発も無駄にすることはなかった。

 Vたちは、猛然と駆けてくるグールを、次々と屠った。

 泉のように溢れでる悪鬼どもは、黒煙と燐火をのぼらせながら、地に焦げついて消えていった。

 戦闘からしばらく、ついに、最後の一匹を潰し終えた。

「やっと終わった……」

 ヴィエルがくたびれたようにいった。他の面々も、やれやれ、といわんばかりに肩を揉んだり、膝に手をついて荒い呼吸を整えていたりする。

 だがルイは、食屍鬼グールを駆逐し終えた深淵を覗きこみ、こみあげる疑念を払拭できずにいた。

「……これで全部だろうか。この穴を辿っていけば、女王の本拠地へいけるかもしれない」

 アラスターは首を振った。

「一匹残らず狩り尽くしたさ。こんなところ、さっさとでよう」

「だけど――」

「よせ。もう限界だ」

 アラスターは強い口調で遮った。ルイは挑むようにアラスターを振り向いたが、その後ろから案じる眼差しを向けてくる仲間たちを見て、剣を和らげた。

 ルイ自身、リスクを冒していることは判っていた。

 獅子奮迅の活躍を見せたルイは、誰よりも食屍鬼グールを屠ったが、その代償も大きかった。無理をして悪魔の力を解放するしかなかったのだ。瞳孔は獣性を帯びて銀色に輝き、こめかみは極度の緊張と興奮で脈打っている。うちなる悪魔が暴れているのだ。これ以上は自我の限界に触れる危険がある。しかし――

 ルイは、迷うように昏穴に視線を注いだ。

 今にも飛びこんでいきそうな様子を見て、ルイの肩を左からアラスター、右からアンブローズが掴んだ。

「戻りましょう。夜が明けます」

 アンブローズは静かにいった。

「帰って休もう。くたくただ」

 と、アラスター。

 彼の言う通り、Vたちは疲労困憊していた。今夜だけで、いったいどれほどの食屍鬼グールを屠っただろう?

「嫌だわ、夢にでてきそう」

 千尋がいささか蒼褪めた顔で、うんざりしたようにいった。

 その一言が決め手となり、Vたちは踵を返した。ルイもそうしたが、一抹の不安を拭いきれなかった。

 これで終わりだと、本当に信じていいのだろうか?

 自分たちは本当に、女王の陰謀を砕きったのだろうか?

 だが引き返してしまったからには、考えすぎだ、神経質になっているのだろう……そう自分を納得させるしかなかった。


 美しいベル・サーラに戻ると、さしものVたちも深いため息を禁じ得なかった。

 各々が部屋へと戻っていき、ルイも訓練塔のシャワーブースで汗を流してから、三階の部屋に入ると、小夜子が心配そうな顔で起きて待っていた。

「お帰りなさい」

 ほっとしたような、今にも泣きだしそうな、心細そうな表情を見た途端に、ルイは全身から力が抜けていくのを感じた。

「ただいま、小夜子……」

 華奢な躰を抱き寄せ、いたわるように髪を撫でた。

「全部終わったよ。もう君が心配することは、何もないからね」

 慰めを口にしながら、まるで、自分にいい聞かせているようだと、ルイは感じずにはいられなかった。

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