これで終わり。
・・・・・シクの魂は解放された。あとはシクの肉体のもとに行けば死亡直後の状態に戻る。そうなれば2人の医療技術で蘇生させれる。記憶も改善される。
これでハッピーエンド。そうなるはずだった。そうなる可能性があった。そうなってほしかった。そう願った。
今、魂は解放された。だがシクの肉体は見当たらない。ただただ、赤い血と、ちょっとだけの肉と骨の欠片しか右目に映らない。
この肉片がシクなのか。これをシクと誰が思うのか?これが死後直前の状態に戻るのか?
戻るなら戻ってほしい。今すぐ戻れ。ゼフォン、さっさと戻せ。
早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・戻らない。
あいつらはシクの肉片をシクの肉体とは考えていない。この状態になったらもう肉体ではないと判断しているのか。
これで可能性はなくなった。
2人は俺よりそれを察したのだろう。呆然としている。エルージュとクロスティだけがドラゴンの相手をしている。この2人が2人の異変を察してくれたのだろうか。
「あーーーーっははっはははっは。いいざまだ。いいざまだ。いいざまだ。」
ネクロマンサーの高笑いだけが聞こえる。癪な声だ。
こいつはシクを殺した。シクの魂をもてあそんだ。シクの肉体を消し去った。
目の前に敵がいる。
それなのに俺の体は動かない。立ってくれない。力が入らない。負傷によるもだけではない。
俺はシクのためになにもできないのか?絶望感で体が重い、動かない。
「さて。さて。さて。次は誰かな?」
ネクロマンサーが俺達を見渡す。そして、俺と目が合い口が歪んだ。
「楽しみだな。楽しみだな。楽しみだな。爆発でこの表情。切り刻まれた男を見たら、どんな表情をするのか。」
弟の意趣返しかよ。迫りくるドラゴンの爪が光って見えた。
ドラゴンが才華たちの上を通りすぎようとしたところで、氷山がドラゴンの首、胸、腹を貫く。ドラゴンは叫びをあげ、もがいている。胸や首ともかく腹を貫く氷山はドラゴンの腕では届かない。
「きさまあああ!!!」
叫ぶネクロマンサーの下半身も氷漬けとなっている。
「そこでしばらくもがいてろ。」
才華が冷たく言い放ち、ネクロマンサーは全身を氷漬けにされた。
「愛音立って。」
「才華・・・・・・・・。」
愛音は立ち上がり、小声で話している。愛音は驚き、才華は頷いた後、2人は俺の元へ。
「在人。大丈夫?」
「まあ。シクはもう・・・・・・。」
俺も死にそうだけど、それよりもシクのほうが。・・・・・・そうか、俺が死ねばまたあのゼフォン。
「死んでみればなんて考えないでね。」
俺の思考を読んだ才華。治癒の術式を展開させた右手を俺の体に当てた才華。一瞬で痛みが治まる。本当に回復の魔法には助けられる。・・・・?なんかおかしいような。体が動かない。
「在人。今は痛みを麻痺させただけ。」
?愛音が俺の体を支える。
「クロスティ、エルージュはドラゴンを見張ってて。」
愛音の言葉に従いドラゴンに向きを変えるクロスティとエルージュ。
「好きなタイプが黒髪乙女、大和撫子な在人だけど、黒髪乙女の私が黒髪じゃなくなっても平気?」
「・・・・・へ?」
「在人。思ったままに答えてあげて。」
愛音は質問の意味を理解しているのか?
「・・・・好きなタイプと好きな人は別だろ。」
「私たちの関係に影響する隠し事をしていたら、どう思う。」
「・・・・・それは今までにいっぱいあるだろ。できたらないほうが良いけど、無理なんだろう。言える状況になったら言えばいい。ただそのことが気になってしつこく聞くし、言ったあとにも小言や愚痴は言う。」
少しだけ笑みのこぼれた才華。
「誰かを助けるために、方法や手段は問わない?」
「俺だって2人を助けるためなら、なんでもするさ。」
・・・・・本題をはぐらしている気がする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・もし、私が人間じゃなくなったら、在人は私のことをどう思う?」
?意味が分からない。答えに窮する俺を見つめる才華。
「・・・・・・今となにも変わらない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
珍しく不安な表情をしている才華。説明が足りないか?
「俺はダメな人間で、ありきたりな人間で、変化に対応できない人間で、異質を偏見で観る人間だから最初は驚くし戸惑うし、変わった目で見るかもしれない。」
才華の顔は晴れない。
「でも、それでも才華は才華だって結論に至るよ。少なくとも嫌いになることだけは絶対にない。」
俺は思いつくまま言った。才華にしろ愛音にしろ、仮に実の能力者になったり、仮面をかぶって吸血鬼になったり、改造人間になったり、最終兵器になったり、デッビールと叫んで変身したり、超人ロードを突破したりしても俺達の関係は変わらない。どう想定してもその結果に落ち着く。
「ん。わかった。じゃあ。人間才華の最後を目に焼き付けて。ううん。魔女才華の誕生を祝福しろ。」
不安が薄らぎ決意を決めた表情の才華。人間最後?どう意味だ?魔女?
「お、おい。待てって」
俺が制止しようと声をかけるも才華は笑みを浮かべてそのまま振り返る。
「愛音」
「なに?」
「私の未練も愛音と同じで小さいことだったよ。魔女になっても、『千歳』から『愛音』になっても、在人にはなんも関係ないんだね。」
「そうね。」
2人はなにを共感しあっている?なんだ?なにが起きるんだ?魔女も分かってないのに『千歳』から『愛音』もなんのことだ?『千歳』って名前なんだろうけど、愛音との繋がりが全く分からない?
「よーし。エルージュあいつに炎。上半身を焦がしてやれ。」
エルージュの火炎がネクロマンサーの上半身の氷を解かす。
「がほっ。くそが。くそが。くそが。なんのつもり。」
炎で焦げ爛れた肌が治癒されていく状態のネクロマンサー。
「腹いせ、嫌がらせ、報復、復讐。あんたの全てを終わらせてやる。」
「はっ。余裕こきやがって。これで終わりだと思うか?」
ドラゴンの体を術式が覆い、氷山を弾き飛ばしてドラゴンが復活する。
「はっ。簡単に挑発されやがって。ここで終わりだよ。」
才華は復活したドラゴンに素早く飛び乗り、術式に触れる。一瞬でネクロマンサーの術式が消え去った。
「なにをしたん」
「食べた。」
驚愕するネクロマンサーに答える才華。食べた?なにを?とっくについていけない状況なのにさらに状況は変化する。
「な。え?」
俺も言葉が出ない。
才華の胸元まであった髪が腰元まで伸び、その色も赤くなっていた。赤くなったのは髪だけじゃない。眉毛やまつ毛もだ。
・・・・・・たしかに魔女のイナルタさんと同じだ。この世界の魔女は赤毛が目印なのか?
人間を辞めるってこういうことなのか。
才華が術式を展開するとドラゴンの体が融解し、元々の骨だけとなり地面に落下した。
「くそが。くそが。くそが。・・・・・なんでだ。なんで術式」
ネクロマンサーにもなんらかの異変が起きたようだが、才華は気にも留めず俺のもとへ
「才華、どうな」
「全部終わってから説明するよ。」
質問する間もなく、才華は俺の胴体に手をそえ、術式が展開される。
「うん。よし。傷は治したから立てるよ。もう終わらせるから見ていて。」
あ、体が動く。・・・・・こんな素早く治療できたか?
才華はネクロマンサーのほうへ向き直っている。
「もう終わらせるから。」
「なにをした。なにをした。なにをした。なんで術式が展開しない。」
ネクロマンサーは才華を睨みつける。魔法が使えないのか?
「食べたって言ったでしょ。この髪を見たら理解できない?」
「・・・・・・ま、魔女だったのか。!まさか!まさか!まさか!『七色』なのか。こんな芸当ができるのはそいつらだけのはずだ。」
今になって才華の変化に気づくネクロマンサー。魔女が相手というだけで納得できる理由になるのか。
あと『ななしょく』ってまた新しいワードが生まれた。もう謎だらけだ。
「残念、どっちも外れ。今、魔女になった。そして、これからの出来事を腐った目でよく見てな。」
才華は地面に落ちたドラゴンの骨に新たな術式が展開され、光が覆う。
「あ。」
光が弱まるとそこにはシクが横わたって眠っていた。胸が上下にうごいているってことは呼吸をしている。生きている。
「・・・・シク。」
愛音が口を押え涙を流している。
「ほらほら。見てないで。なにか羽織ってあげて。」
「うん。そうね。在人は目つぶって。」
愛音はマントを外して、シクのもとへ。俺は言われた通り目を閉じる。まあ、裸だしね。
「馬鹿な。馬鹿な。馬鹿な。死者蘇らせたのか。」
「在人、いいよ。」
「眠っているから起こさないように抱えていて。」
マントの巻かれたシクを俺は抱える。クロスティはシクの顔を舐め、エルージュもシクの顔を覗き込んでいる。
「ありえない。ありえない。ありえない。肉体は消し飛んだ。魔法でも復活はできない。俺の魔法でも無理なのに。魔女にしたって無理なはずだ。」
「全てうまくいったね。」
「うん。あとは帰るだけね。」
「なんなんだ。なんなんだ。なんなんだ。なんなんだ、お前は。」
2人はシクを優しく見つめていた。
「答えろやああああああああああ!!!!!!!!!」
2人はようやくネクロマンサーのほうへ振り替える。
「じゃあ、終わらせますか。」
「ええ。お願い。」
才華はネクロマンサーの前へ。
「シクの遺体を消し去って、私たちを絶望の淵に追い込みたかったんだろうけど、計画は失敗。自分は下半身氷漬け、魔法も使えない。いいざまね。」
「なんなんだ、お前は。おま」
「ん。」
才華が質問に答える前にネクロマンサーの遺体は肉体が融解し、残ったのは数本の骨。その骨を才華は空間ごと消し去った。
「これで終わり。」
才華の言葉には確信がこもっていた。




