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素敵ね。

 氷壁の割られる音とともに、殺し屋は目の前に戻ってきた。汚れはあるも氷のダメージはないようだ。最奥の部屋にきた殺し屋は顔をきょろきょろさせて、お目当てのものを探す。


「君、一人?」


「見たままんで。」


「愛しい姫を逃がして、一人勇敢に戦うってとこかしら?」


 俺の後ろには洞窟と建物の境界となるドア。部屋の中には氷漬けとなった家具が乱立し、床は水浸しとなっている。そのため部屋には殺気とはちがうヒンヤリ感に包まれている。氷漬けとなった家具は曲刀の妨げになればいいと思って設置している。


「あー違うんで。愛しい魔女を逃がして、1人無謀に戦うってとこなんで。」


 殺し屋の顔は笑っている。俺の発言を全てを信じていないな。その通りだよ。どうせ殺し屋は気づいてるんだろ、2人とも逃げずに隠れているってことには。


「その恰好は決意の表れってこと?」


「その曲刀に胸当てや鎖帷子なんて意味なさそうだったので。」


 俺は寒さ対策の常春のマントを羽織っているだけであとはナイフ1本。殺し屋の剣さばきに対して胸当てや鎖帷子の意味を感じない。とりあえずは曲刀を全力で避けるのみ。ふっ。避けれる気は全くしない。


「ふふ。本当に無謀ねえ。でもまだ2人ほどでもないけどね。」


「それ!そこなんですよ。あの2人は昔からそうなんだよ。本当にあの2人は危機回避能力がないんですよ。誰が考えても危険なことに、たいして考えもせずに行ってしまう。俺より賢いのに。それで危険なことに巻き込まれるのに、最終的に能力の高さから突破して、ケロっとしている。危機管理能力の高さに反比例して危機回避能力が低すぎるんだよ。見てるしかできないことや巻き込まれる身になってくれってんだよ。能力の高さは理解してるけど、ハラハラするし、心臓に悪いし、とにかく心配なんだよ。」


 殺し屋の感想につい共感して興奮気味にしゃっべてしまう。


「あらあら。あの2人も相当君に入れ込んでいるけど、君も君ね。」


 あっけにとられている殺し屋。


「はあはあ。そりゃま。」


「・・・・・ちなみにどっちが本命なのかしら?」


 にやりとして指さしてくる。女子か!


「・・・・・才華が彼女で婚約者で将来の嫁。愛音が恋人で許嫁で将来の妻。」


 2人の言葉をそのまま告げると目を丸くする殺し屋。


「・・・意外と強欲ね。」


「・・・・俺も男ですし、彼女や恋人ほしいですし、2人以外にできる気がしないし。と言うか、それ以外に色々と機会が回ってくる気がしないし。あの2人以外に異性として見られたこないし。いや、きっと知らないところで、チャンスもあったかもしれないけど、2人が間違いなくしらみつぶしにしている気もするし。あの2人以外のところに行こうとしたら、手足もぎとられそうな気がしたし。それらを考えると結局あの2人しかいない気もするし。はーーー。」


 自分の発言に悲しくなってきて、しゃがみこんでしまう。殺し屋はそのスキを責めることがない。ほぼ初対面なのに同情されているのか?ええい。どっちにしろ俺の気持ちに迷いはない。


「と言うことで、おたくのものにはなりません。心も体も俺のものなんで。」


 立ち上がり決意を見せる。


「あら、童貞のわりには言うわね。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 


 何故わかる。


「あはは。顔に出しすぎよ。」


 殺し屋が腹を抱えて笑っている。童貞を笑うな。ちくしょう。負けるか。


「でも、ま。それも今日までなんで。」


「へえ。自分で何を言ってるのか、わかってる?」


 分かってるっての。


「あんたを倒して、帰宅して、あとは想像におまかせで。」


 一瞬、肌色のみの2人が脳裏に浮かぶもそれを振り払い、俺はマントを投げ捨てる。談話もここまで。


「ふふ。いい表情ね。ただ・・・・・・」


「ただ?」


「体の震えはなんとかならないかしら。台無しよ。」


「ふっ。・・・・・・・・・・・無理だ!」


 そりゃ無理。震えているは自覚している。寒さのせいじゃないのも分かっている。実力差はわかっている。1人で戦っても結果はわかっている。一瞬で殺されるのは分かっている。そりゃあ体は震えるわ。あの2人すら恐怖した状況。この会話だって気まぐれでしてくれてるだけかもしれない。それがなければもう死んでいてもおかしくはない。とりあえず現状、俺に都合よく状況は進んでいるが。


「ふふ。なかなか楽しかったわよ、君。2人が入れこむ理由も少し分かった気もするし。」


 本当?女性にしかわからないところなのか?


「ですか。」


「じゃあ、いいかしら。十分時間かせぎできたでしょう。」


 はい、正解。氷漬けの家具、水びだしの床、そして、結構肌が見えるドレス。これは寒い、少しは身体能力が下がることを期待したい。俺は常春のマントのおかげでそこまで体は冷えていない。顔がひんやりするのは冷気のせい。そのはず。


「ふふっ。いく」


「いくぜ!」


 殺し屋が動きだす前に俺が叫ぶ。その叫びと同時に、水が凍りついてくる。これで殺し屋の足を凍り付かせたい。はい。だめだね。水びだしの部屋だが散乱した物を足場に殺し屋は俺に向かってくる。意表をついたつもりなのに冷静だ。


 だが、これで策は終わりじゃない。殺し屋が部屋の中央まできたところで、今度は俺が走り出す。守ったら負けるってやつ。これは殺し屋も少し意外のようだ。


「ふふ。次はなにを見せて。」


 ♪~。


 殺し屋は音に反応して左を向く。音源は殺し屋の後方に隠れた才華が投げた携帯電話。左を向いたスキにナイフで突き刺す。狙いは左腹部。

 

 キン!


 殺し屋は曲刀を振り下し、それと同時にナイフの刃が宙を舞う。だが俺は止まらない、これくらい想定している。むしろ腕が斬られる覚悟をしていた。ナイフの残った刃で突き刺す


「はい。さよなら。」


 殺し屋の表情が喜びで歪む。


「させないよ。」


 才華が殺し屋の背中からなぎなたを突き立ててくる。だが殺し屋は体を振り返ることなく、曲刀を背面に回してなぎなたを防ぐ。くそ、この化け物が。


「おしかっ。」


 俺と殺し屋は密着に近い立ち位置。殺し屋は首を回し才華の方に目線をやっていたから俺は刺せたと思った。だがその体勢でも殺し屋は俺の手を掴んでおり、ナイフは届いていない。ここまでやっても届かなかった。俺はどこまで頑張ってもここまでなのか。

 

 「素敵ね。」


 殺し屋は今までで一番の恍惚した表情を見せる。口と胸から血を流しなら。そして、それは俺も同じだった。今、ナイフの代わりに、殺し屋の胸には刀が突き刺さっている。


 殺し屋の胸に突き刺さった刀。それはもちろん愛音の刀。愛音が俺ごと殺し屋に刀を刺したのだ。


 俺が囮となって殺し屋に密着。才華がかく乱。愛音が俺の心臓をそらして、刀を突きたてる。


 これが今回の作戦。


 


 俺と殺し屋の身長はほぼ一緒。これがこの作戦を思いつた理由。


 俺が子蜘蛛に操られたコアに刺されたとき、才華は俺の体を薙刀で押し、心臓狙いのナイフを絶妙にそらした。


「伊達に、長年在人を見たり、体にべたついたり、イチャついてるんじゃないのよ。」


 才華の言葉は愛音にも当てはまる。


 それに子蜘蛛に操られたコアに滅多刺しにされた状況でも、結果的に俺は生きていた。それなら心臓付近に穴が1空いても、すぐさま治療すれば死なないだろう。この考えも作戦を後押しするものとなった。


 俺一人で対峙したのは俺の特性、『誰からもナメられる』で油断させるため。実際は油断してくれればいいなあ程度だけど。

 

 ハンマーでなくナイフを持ったのは密着するのを怪しまれないため。上半身裸なのは心臓の位置を把握しやすいため。


 水びだしの部屋。足元を凍らせる。携帯電話。これらは全部、攪乱。


 ナイフで腹部を狙ったのもできるだけ俺の心臓と殺し屋の心臓が重なるようにするため。


 才華の背後から声をだしての突撃は視線をそらすため。その視線をそらしたわずかなスキに、愛音が最速で突進、刀を俺の体に通す。


「刃を全て俺の背中まで押し込んで。」


 愛音にこれだけを頼み、どんな状況でもただ事務的にこれを行ってもらった。殺し屋は2人に殺気が足りないと言っていた。そこから殺気で攻撃を読まれるかもしれないと思い、その対策として愛音には俺の体に刀を通すことに集中させた。


 刺すじゃなく通す。この考えが上手くいったのかはわからないが、計画通り刀は殺し屋の胸を貫いた。


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