恐怖
通路を進むと地下へ進みそのまま奥は洞窟となっているようだ。洞窟手前の最後の部屋で逃走は止める。決戦の場所だ。というより、洞窟という時点で、危険信号が働いたので断念した。途中何度か分かれ道もあるが、その都度氷を張っていた。部屋の入口に氷を張り、部屋を見渡す。それなりに広く棚やら机やらが散乱としている。この建物はなんの施設が気になるがそれどころではない。
3人とも地べたに座り込んだ。さてどうする。才華、愛音の2人がかりで勝てない相手なんて、今までいない。どうする。どうする。今までにない危機、ピンチ。いや落ち着け落ち着け。2人ならなんとかしてくれる。今までみたく。ここまできて人任せなのはあれだが。
淡い希望を持ち2人に目をやる。俺の目に想定外のものが映った、2人の表情は絶望していた。あれ、こんな顔見たことない。
「2人とも大丈夫?」
「「・・・・・」」
俺の問いに返事がない。
「大丈夫?ケガは?」
才華と愛音の肩を叩くと、2人はビクっとして俺のほうを見る。
「あっ。ごめん。考え事していた。」
才華はぎこちない笑顔でこちらを見る。
「私も大丈夫、安心して。」
愛音もこちらに微笑みをむける。でも無理しているのが俺にはわかる。とういうか2人とも微かに震えている。まさか、いや間違いない。
「2人とも、怖いの?」
この質問に2人は一瞬凍り付く。
「ううん、全然。」
「怖くないわ。」
2人とも顔を横に振る。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘だ。この表情は無理やり作っている。必死で笑顔を作っている。俺を安心させるために。
ほんの少し前まで2人は命懸けのやりとりをしていた。今も戦闘状況は続いているが、そのときでも2人の顔から恐怖は見えなかった。焦りはあったが、それでも冷静に見えた、淡々と見えた。
なんで急に。
違う。思い出せば才華は俺の声に気付いていなかった。愛音もだんだん動きが悪くなっていると殺し屋に言われていた。それは2人が恐怖を死を実感してきたからなんじゃないのか。それしか考えられない。
才華は策を考えることで、愛音は直接のやりとりで、勝てないことを悟ってしまったんじゃないのか。それでも、愛音のピンチにはまだ体と頭が動いていた。それは考える余裕のない咄嗟の判断だからできたものかも知れない。
でも今は考える猶予ができた。それでも勝つ策が思い浮かばない。それが一層の恐怖を2人に感じさせているのか。
俺は2人の内面に気づいてなかった。正直、2人ならなんとかできると思っていた。でもそうではないこれは物語じゃない、非情な現実。どうしよう、どうする、どうする。考えろ、考えろ。今できることを。このままじゃ、俺は死ぬ。それから2人は死ぬか、あの殺し屋のものになってしまうのか。・・・・いやだな、それ。
こんな状況だが、2人があの殺し屋のものになることがどうしても嫌だった。俺が死ぬことよりもだ。2人が生きのこれることは良いことなんだけど。なんだけど。背中がざわつく。シクに続いて2人がいなくなるのがどうしても嫌だ。
違う違う、違わないけど違う。今はそれを阻止する方法を。2人を落ち着かせる方法を。安心させる方法を考えないと。・・・・・・・これしかいかな。
俺は2人を抱きよせた。2人は思いもしかったのか、驚いた顔をしている。
「無理しなくていいよ。誰もいないし、誰にも言わないから、正直に言って。怖いんでしょ。俺は怖いよ。」
2人に聞こえる程度の小声で呟く。2人が俺に抱き着く。
「うん。怖い。」
「私も怖いの。」
2人が目に涙を浮かせ白状する。
「震えが止まらない。こんなの初めて。それに、私じゃ、私達2人じゃ。」
才華が言葉に詰まる。
「このままじゃ在人を守れない。在人が死んじゃう。そんなのいや。」
愛音が声を出さずに、泣き出す。才華もだ。「ごめんなさい。」となんども口に出しながら2人が泣いている。
この状況でも俺の命かい。たっく本当にこの2人は。俺なんかのことより自分の命を考えてくれよ。いや俺が無力だからか。うん。わかってたけど俺は情けないな。助けられてばかりで。俺は目を瞑り覚悟を奮い立たせる。
「2人ともそのまま聞いて。男の俺が2人を守らなきゃいかんのに。守ってもらって、助けてもらってばかりで。それに甘えていて。2人ならなんとかできると思ってなにもしなくて。今までありがとうね。」
この発言に2人は取り乱す。言葉をまちがったかな?
「いやだ。在人。」
「ここで最後は嫌。」
うん、間違ったな。
「あー落ち着いて。俺の言いたいことはここから、今度は俺が守るから。俺が戦うから2人は見ていて。俺に任せろってやつ。」
2人が涙をながしたまま、こっちをぽかんと見る。あれ、そんなに変?俺が戦うのは?
「在人じゃ1秒もたないよ。考え直して」
才華が涙を拭いて、俺の肩に両手を置き説得してくる。うん。俺もそう思う。
「うん。私たち2人でも無理なのに。無理にもほどがあるわ。やめて、本当にやめて。それなら私たち2人のほうがまだ可能性があるから。私が戦うから。」
愛音が全力で顔を横に振る。
「じゃあ3人でやろうか。俺もまだ死にたくないし。」
俺がにっこり笑う。もうというかそれだけだよ。こっちが現状有利なのは人数なんだから。とりあえず2人も落ち着いた、俺が戦うことで冷静になるのは複雑だけど。複雑だけど。
時間がない中、作戦会議。戦うといったが、精神面の問題で、具体的な策は俺にはない。正面から戦っても勝つみこみはない。ここでなにかきっかけを見つけ出さないと。
「確認するけど、戦ってわかったことは。」
「身体能力はそこまで負けてない気がする。でも対人戦での実力とか経験の差なのかな。攻撃が読まれていて、攻撃したくてもできなかった。でも防御だけに専念するなら、まだ防げると思う。」
殺意がない、胸と首への攻撃がない。これだけで、こうも攻め手を失うものなのか。格闘戦は決めてにならないと。
「才華、魔法で攻撃はできないの?」
「点は避けるか防がれるだけね。で面で放とうとすると、愛音との距離を詰めるんだよね。そうすると、愛音まで巻き込んじゃうから簡単には撃てないの。さっきのは咄嗟の割には上手くいっただけ、次が上手くいくとは思えない。」
「あれにしても、あの人は当たる直前に自分から飛びのいたし、あの剣を盾替わりにしてたわ。」
「えーっと。それって。つまり、回避はできないと判断したから、ダメージを減らす方を選んだと。」
「ってことだね。それで、入り口のある部屋まで飛んで行ったと。」
魔法を決め手にするには自爆覚悟の大きさか。どっちにしろ、正面からは厳しい。じゃあ、奇襲、不意打ちか。
「奇襲、不意打ちといってもなあ。」
顔を上げて愚痴る。油断してくれる相手でもない。アラクネルとは違って人間。いい情報がない。だめだ。顔を上げてもいい案は浮かぶことはない。顔を下すと、2人がじいーと俺を見ていた。?なんかしたっけ?
「どったの?」
「ん。いや。意外で。」
「意外?なにが?」
「死ぬかもしれないのに冷静。」
「冷静?」
愛音の言っている意味が分からない。俺はずっとビビってるし、テンパっているよ。
「うんうん。取り乱した私たちとは違ってずっと冷静で。」
「いやいや。俺はもういっぱいいっぱいだよ。考えてるようでなにも思いついてないんだから。」
「それはいつもだと思うけど。」
「なんでだろ。在人なのに。」
状況が状況だからなんだけど、2人は無意識に俺にトゲをさしている。落ち着いて見えるか。俺からしたら2人の方が普段は冷静なんだけどさ。・・・・・・それか?
俺にとってはこの世界に来た段階、三つ目犬の戦いの時点で、もういっぱいいっぱいの状況。この状況も同じで、ある意味慣れ切ったことだ。でも2人にとっては三つ目犬、蜘蛛襲撃戦、アラクネル戦どれも対処できる範囲だった。だが初めて2人の許容範囲を超えた。
俺にとってはなにも変わらないが2人には初めての体験。その差だろう。自慢にはならんが。
「俺にとってはいつもと変わらない状況だからね。各上、実力差のある相手との対峙。相手になめられているのも。相手にされないことも。無力差を感じるのも。それに珍しいものを見たからより冷静になったとお思う。」
「「珍しいもの?」」
「2人の怯えた表情。」
わざとニヤリとする。俺の顔に愛音は恥ずかしそうにし、才華はぷうと頬を膨らませた。でも本当に珍しいことだし、それにそれを見たから俺がやると思った。
「性格わるいぞー。」
才華は胸倉をつかみゆすってくる。
「もう。恥ずかしから誰にも言わないでね。」
上目遣いをする愛音。こんな状況だけど、可愛い。かわいいもんはかわいい。それに見惚れたのを才華は察したのだろう。才華も上目遣いをして俺ののぞく。
「お願いね。じゃないと私が殺しちゃうよ。」
・・・・可愛いいよ。その言葉がなければもっといいんだけど。
「言わねえよ。俺だけの秘密にしとよく。それにビビッている俺をいつも見てるだろ。だから怯えたりするのは普通だよ。」
「だね。」
「うん。」
2人の表情が柔らかくなる。と、今はそうじゃない。
「と、いつも通りになったから、考えようか。いつもと違って俺を最大限利用した作戦を。」
利用。俺はそれくらいでいい。戦力にならんのはわかっている、だから、壁でも囮でもなんでも使ってくれ。




