いい音♪
「うふふ。いい音だったわねぇ。」
拍手と共に女性の声。才華と愛音は武器を持って構え声の方へ向き直る。入口とは反対方向。奥へと繋がる通路に1人の女性が立っていた。
黒いドレスを来た女性。グラマラス、妖艶な見た目。年齢は千佳さん、良子さんたちくらいか。一つにまとめた腰元まで伸びた髪。その口角はつりあがっている。その腰もとにはむき出しの曲刀が一本。
「あ。」
その女性を見て槍の子は腰を抜かしてしまう。尋常なく怯えて震えている。クロスティも今までで一番深く身構えている。クロスティの構えから危険な相手だとわかる。才華と愛音も同じ考えのようだ。2人の表情が一気に険しくなった。
「あら。そんなに警戒しなくていいわよ。」
女性は心外といった表情だ。
「今すぐ、どうこうするつもりはないから。」
両手を振って争うつもりがないことをアピールしてくる。そして、ゴブリンと触手の残骸の転がったほうへ目線を送る。
「この付近の登録者なのに、ゴブリンイーターを倒せるなんて以外だったわ。」
「ゴブリンイーター?」
「ふふ、名前も知らないの?ま、この付近にはいない魔物だからね。あの触手はね、死んだゴブリンに寄生して成長し、ゴブリンを食べる食性植物の魔物よ。」
愛音の質問に丁寧に答える女性。だから、槍の子も知らないのか。ゴブリンイーターの説明を聞いて才華が何かに気づく。
「だから、アマが狙われたのね。」
「だから?」才華の言葉の意味が俺にはよくわからない。
「ふふっ。正解。その子にはゴブリンからの精液やら汗やらがこびりついているのものね。それでゴブリンと思われたのよ。」
哀れみといより蔑んだ目線を槍の子に送る女性。つられて震えている槍の子に目線を送ってしまう。改めて突き付けられた事実に彼女の顔は真っ白になっている。
「ふふ。良かったわね、あなた。つよーい登録者が来てくれて。ゴブリンイーターはここらの魔物とはランクが違うわ。そうね。中の中くらいかしら。」
このあたりの魔物の強さは下の中。たしかにランクが違う。
「へえ。そうなの。確かに凍りつかなかったけど、愛音の斬撃であっさり倒れたのはどうして。」
「そう、それ。あのときのあなたの音は良い音だったわ。あと、あなたの槍で触手を切った音も素敵よ。はああ。」
その時の光景を思い出し恍惚の表情をする女性。なんだ?こいつ。なんかヤバイ。
「それはどうも。であっさり倒された理由は?」
才華は女性の様子をスルーして話を進める。
「ああ。ごめんなさいね。ついうっとりしちゃって。ゴブリンーイーターにはこれくらいの核があってそれを正確に切ったののね。いい才能だわ。ふふっ。」
女性が右手の親指と人差し指で円を作る。ゴブリンイーターの触手から推測してもブリンイーターはそれなりの大きさがある。その中からゴルフボールくらいの大きさを切った愛音。運がいい。
「たぶんだけど核の魔力を感じて切ったんじゃない。これで倒せるかわからないから、一応2撃加えたと思うんだけど。どうかしら。」
愛音をなまめかしい瞳で見つめる女性。相当愛音を気にいっているようだ。
「確かに最初は魔力の強い箇所を切りました。」
女性の言い分は当たっているようだ。運じゃいのか。愛音も女性どっちもすごい。だがそれより
「んなことより、あんたは誰です?どう見てもゴブリンの被害者じゃないでしゅよね。」
あ、噛んだ。くそ。槍の子の様子からして敵なのは間違いないが、襲ってこないので意図がつかめない。
「そうね。自己紹介がまだだったわね。つい良い音に興奮してたわ。ふふ。テリカ・ヒッス。職業は殺し屋。」
獲物を見つけて歓喜の笑みを浮かべる殺し屋。アラクネルとは異なる殺気を感じ、体が動けない。しかも槍の子は失禁している。瞬間、才華と愛音は俺と槍の子の前に移動してきた。
カッキン! ドスッ!ドスッ!
ナイフが床と壁にそれぞれ一本づつ、刺さっている。刺さった音で気付いた。どこから?ゴブリンか?違った、殺し屋が投げたのか。あの笑みに気を取られたがそのときにはナイフを投げていたのか。そしてそれを弾くのに才華と愛音は俺らの前に飛んできたのか。
「ふふ。うん。いいわね、うん。」
2人の挙動に満足して一人でうなずく殺し屋。
「ねえ。私が名乗ったんだから、あなたたちも名乗るのが礼儀じゃなくて。」
異様な状況になってきた。
「才華。」
「愛音。」
油断なく名乗る2人。
「ざい。」
「ふふ。よろしくね。サイカにイトネ。」
完全に2人にしか目に入っていない殺し屋。おい。
「殺し屋ってことは誰かに雇われてここにいるんだよね。」
「ええ。」
「答えてくれないと思うけど、誰に?なんのためにここにいるの?あとゴブリンも。」
「ゴブリンを使役する魔物使いに雇われているわ。目的は長くなるから言えないわね。」
冷静に情報を集めようとしている才華の質問に、それなりの情報をあっさり吐く殺し屋。
「移動途中ってわけではないんだね。それに」
「おしゃべりで時間を稼ぎたいってところかしら。」
「せーいかーい。」
かぶせられた才華がわざとおちゃらけて答える。
「全く動けそうにないその子と戦力外の彼を守りながらは戦えない。だから、外で戦っている囮チームの応援を持っている。」
殺し屋の言い分は当たっているようだ。才華の顔に若干の焦りが見えた。一瞬視線が槍の子に行く。
「うーん。ゴブリン全部にゴブリンイーターは寄生しているし、その内何匹かは大型。さらにプラスもあるから、この辺の登録者なら期待しないほうがいいわね。」
プラスってことは他の戦力があるってことだよな。
「カタム傭兵団でもどうかしら。」
「え。傭兵団来てるの?誰?誰?『閃光断ち』?『白矢』?『大爆斧』?」
愛音が告げた「カタム傭兵団」の言葉を聞き、さらにテンションが上がる殺し屋。その異名がだれのかはさっぱりだ。だがこの殺し屋は異名のある団員と戦える実力を持っているのか。
「そうかー。それなら、助けに来てくれる期待はしていいわね。ただ。」
「ただ?」
「それでも今すぐは無理だけどね。」
殺し屋は曲刀を手に持つ。流石に団員プラスこの2人の相手は厳しいと判断したのだろうか。おしゃべりは終わりのようだ。
「うふう。傭兵団も楽しみだけど。その前にね。」
飛び出した殺し屋の一撃を愛音が刀で受ける。動きが止まったところを間髪入れず、才華がなぎなたで突きを入れる。それを余裕をもってバックスッテプで回避する殺し屋。逃がさないように2人が追撃。だが、ものともせずにさばいている。
「うん。うん。いい。いい。やっぱりいいわね。あの子たちのグループとは大違いね。」
2対1、曲刀1本の状況なのに2人の攻撃が当たる気がしない。物理攻撃は不利と感じたのか、2人とも間合いを広げ、才華は氷、愛音は炎の弾幕を放つ。だがそれも、殺し屋は弾く、避けるで無傷で終える。
「魔法の方もいい音ね。」
殺し屋には余裕がある。
「でもまだまだ、足りないわね。ううん。出し切れないみたいね。どうしようかしら。」
足りない?実力がか?2人を一瞥し、俺らの方をちらりと見た気がした。気のせいではなかった。殺し屋は俺と槍の子に向かってきた。槍の子は駄目だ、動けそうにない。
完全に虚をつかれたのか、才華は魔法を放つも殺し屋の足止めにはならず。なんとか愛音は俺達の前に立つも、そのあとは曲刀を防ぐので精いっぱいになっている。
才華は魔法を放つつもりなのか、その場で殺し屋の隙を探っている。息詰まる状況だ。2人の表情も
・・・・だめだだめだ、落ち着け落ち着け。俺、見てるだけじゃなくてできることを。とりあえずは、槍の子だ。
「ちょっと状況が良くないんだよね。とりあえず、立てるかい。ってより立ってくれ。」
槍の子は震えていて、返事がない。・・・・・許してね。
ペッシ!
とりあえず、左頬に軽くビンタ。こっちに戻ってくきてくれ、頼むから。俺はともかく槍の子がこの場から逃げれば状況も少しよくなる。・・・・はず。
「おーい。聞いてくれよ。悪いけど立ってくれ。」
ビンタをしてから数秒、時間差で気づいたのか。こっちに視線を送ってくれる。
「まず、立って。」
「は、はい。」
槍の子は首を縦にふり、ふらつきながら立ち上がろうとする。だが腰に力がはいらないせいか、少しだけ腰を浮かせたところで、地面に手を付けて振り出しに戻ってしまう。あ!槍の子は自分の足元の液体に手を触れてしまった。手をまじまじと見てそれの正体に気付いた槍の子はこっちを見て赤面する。
「えーと、立ってくれ。」
槍の子はすぐに立ち上がる。
「す、すいません。あ!」
槍の子の表情から、俺は愛音の方へ振り替える。俺の目に映ったのは殺し屋の蹴りで愛音が蹴り飛ばされたところだった。
「愛音!」
俺は声をあげてしまう。まじでか。愛音が人間に蹴り飛ばされるなんて譲二じいさん以外見た記憶がないぞ。
驚いている俺とは異なり才華は蹴り飛ばされた愛音の前に立つ。だが殺し屋は追撃することなく、愛音が立ち上がるのを待っている。




