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無事を祈る

「とりあえず、ご飯を食べよう。そのあと明日の準備して、早めに寝ようか。」


「うん。」


「その前にシクの部屋のカーテン閉めましょう。」


 愛音が2階へ上がっていく。


「そうだね。」


 才華も続いていく。もう日は暮れている、時間経過


 部屋のカーテンを閉めと、愛音はシクの頬に手を添えた。


「もう少しだけ待っててね。」


 静かに決意を伝えている。


「必ず家族とゆっくり休めるようにするから。そして、もう誰も・・・・・・。」


 シクの頭をなでる才華の言葉がか弱く消えていった。


「行こうか。」


「うん。」


「ええ。」


 ドアを閉めた際、シクの顔が目に入る。穏やかな表情は変わっていなかった。


 エルージュやクロスティにも食事を与え、俺達もバインさんの用意してくれた飯をテーブルに並べる。


「あ・・・・・。」


 愛音が皿とコップを1つ多く用意したことに気付く。そのことに俺も才華も、何も言えなかった。


 食事もあっさり終えてしまった。

 

 もともと3人で始まった生活に戻っただけなのに。それだけなのに。・・・・・・・・・。


 食事、お風呂、装備準備を終え、俺の部屋で明日に向けて打ち合わせをする。淡々と淡々と進んでいく。横道にそれることも、脱線することもなく。普段はもっと騒がしい、普段どれだけ、無駄が多いことか、反省しなきゃな。


 ・・・・違うな、きっちりする必要もなかったし、シクも加わっていたので会話は楽しかった。そう楽しかった。それを否定はできない。



「それでいいと思うし、クエストはこんなところじゃない。」


「そうだね。」


「あとは・・・・ルンカちゃんたちね。」


 愛音の顔がうつむく。イナルタさんにもだが、シクの友達になんて説明する?ただただ辛い。


「イナルタさんにはありのまま。ルンカたちには風邪で寝込んでいるって私が説明するよ。教えるのは全て解決してからだね。」


 才華が立ち上がる。


「大丈夫?」


 愛音が心配そうに見つめる。


「今にも泣きそうな愛音や嘘が下手な在人よりはましだよ。それに嘘をつくのは得意だからね。ちゃんとあわせてね。」


 右手でVサインを出す才華、その左手はかすかに震えている。


「才華・・・・・。」


 愛音も才華の震えに気づいてる。それでも才華の言っていることは当たっているので才華に頼るしかない。


「ごめん、頼むよ。」


「うん。まかせて。」


「それじゃあ明日のために寝ようか。」


 俺が2人はベットから立ち上がり


「うん。じゃあ、おやすみ。」


「おやすみなさい。」


 部屋を出ていこうとする。


「あ。」


 落ち込んだ背中に声をかけてしまう。


「なに?」


「どうしたの?」


 驚きもなく2人が振り向く。


「あ、いや、2人とも平気?1人で寝れる?」


 シクが殺された。今も平常とは遠い。明日は平常にいられるのか?


 シクを利用した2人組が死んだ際、2人なりに思うところはあった。そのときは1区切りつける名目で一緒に寝た。それで解決したのかはわからないけど、翌日2人は平常だった。


 今は大丈夫なのか?シクだよ。


 俺はまだ、気持ちが浮ついている。それにいろいろ不安もある。


 明日のゴブリン退治、失敗して、今までとは違う女性としての被害にあったら?シクはネクロマンサーじゃなく別の存在に魂を取られていたなら?それなら今夜、俺たちが被害にあうかもしれない。ネクロマンサーと対峙して、負けたら?


 アラクネルのときとは違って、シクの件に積極的に関わっていく以上、不安がつきない。


 2人だってそうだ。口数も少ないし、明るさもない。


 一夜で平常心になるとは思わないけど、少しでも心を落ち着かせてほしい。俺も落ち着かせたい。


 それとも俺がおかしいのか?そうだよな。おかしいよな。こんなときなのに一緒に寝ようって言うのが。


 ダメだ。俺も冷静ではない。


「ごめん、忘れて。俺がどうかしている。」


 2人の返事を聞く前に答える。今更ながら、少し恥ずかしい。動揺しすぎか。俺が反省したところ、才華が抱き着いてきた。そして、


「ざいと。なんで、なんでよ。なんでシクなの。うううううううああああああああ。」


 俺の胸元で大声で泣き出した。ニヒトさんからシクが魂を抜かされた件を聞いてから才華はずっと、怖いくらい冷静だった。ショックで崩れた愛音とは異なり、現状を把握するため一字一句を聞き逃さないようにしていた。悲しみ怒りを抑え込んで。それが今崩壊した。俺のせいか。


「才華。」


 俺も優しく抱き抱える。愛音も俺にもたれかかってきた。


「ごめんなさい。もう大丈夫って思ったけど、私もちょっと。」


「いいよ。俺もクルンさんに泣きついたから。」


 そのまま2人は泣いていた。そして、3人で一緒に寝た。

 

 悲しみは尽きないけど。明日に向けて少しでも心を前に向けてほしい。向けなければならない



 翌日、塾が始まる時間より30分ほど早く、イナルタさんの塾へ行き、シクのことを説明する。


「そう。」


 シクが死んだことを聞いたときこそ、言葉を失っていたが、その後すべての返事がそれだけだった。表情は冷静で、感情の起伏は感じられない。冷静を保つようにしているみたいだった。


 塾の外に出てルンカたちを待つ。これからイナルタさんはいつもどおり塾の講義。説明は昨日のうちにしていたほうがよかったのかも。失敗したかな。


「イナルタさんも辛そうだったね。」


「うん。」


「あと何人同じ表情をみることになるのかな。私たち。」


「さあ。」


 ルンカたちにコア、ジーファさん、ターロホさんくらいかな?1か月ちょいだからこんなもんかな。少ないのか多いのか。他の塾生の子もか。


「あ、サイカねーちゃん、イトネねーちゃん。」


 ルンカが手を振って駆け寄ってくる。そして、俺達の前で止まり深々と頭を下げる。


「おはようござます。」


「「おはよう。」」


 ルンカは頭を上げたあと今度は、クロスティに抱き着く。


「おはよう、クロスティ。エルージュ。」


 クロスティ、エルージュは吠えて答える。ルンカはいつもと変わらず元気いっぱいだ。笑顔がまぶしい。


「おはようございます。」


「ございます。」


 ライジー、サウラも俺たちの前にきて頭を下げる。


「「おはよう。」」


 才華と愛音も笑顔で答える。ちょっとだけ影がある、たぶん俺にしか判らないけど。


「あれ?シクは?もう中?」


 クロスティから離れたルンカがきょろきょろと周囲を見渡す。


「ん。シクね。風邪ひいちゃったの。」


 才華が屈んでルンカたちと目線を合わせる。


「ええー。」


「大丈夫なんですか?」


「しんぱい。」


 愛音も屈んでライジー、サウラの頭をなでる。


「心配してくれてありがとうね。シクは治るまでのあいだ、お休み。それをイナルタ先生に伝えにきたところなの。」


「じゃあ、今日、お見舞いに行くー。」


「あ、私もー。」


「同じく。」


 ルンカが手を挙げるとライジー、サウラもそれに続く。


「ありがとう、皆。でも移しちゃ悪いからね。気持ちだけ伝えとくよ。」


 このことを想定していたのだろう才華が笑顔のまま答える。


「ええー。」


「うーん。」


「むうう。」


 残念がる3人。


「シクもね、皆に会いたいって言ってたけど、このことを言うと皆に移したくないって言って我慢したよ。だから・・・・。」


 愛音が3人に顔を寄せる。


「「「だから?」」」


「早く無事になるよう祈ってて。」


 見上げてくる3人に微笑む愛音。


「わかった。」


「はーい。」


「任せて。」


「お願いね。3人とも。」


 愛音は立ち上がる。


 ルンカたちは気にしていない。「元気」じゃなく「無事」になることをお願いされたことに。


 そして、ルンカたちは知らずに祈るだろう。魂を抜かれ死んでいるシクにこれ以上悪いことが起こらず、なにごともない平穏であることを。死後の世界、転生先の世界で元気であることを。


 俺達はこれから行動することになる。この純粋な祈りのために、シクのために。








 



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