死んだ、じゃなく。
時間がどれくらいたったのか、わからない。でもさっきよりは短いはず。
「すいません。ご迷惑をかけました。」
気恥ずかしい思いで、顔を上げる。年上の女性の胸に顔をうずめて泣く。しかも人通りのあるところで気恥ずかしいってものじゃない。
「いえ、こちらこそ、アルトアがすいません。」
同じく気恥ずかしそうにしているクルンさん。謝る必要ないのに。
「行きましょう。才華と愛音も気になるんで。」
「はい。すいません。」
2人で家へ歩き出す。ここで周囲を見渡す、いつの間にやらもう夕方だ。
家へ入り、居間やキッチンを見るが才華と愛音の姿はない。まだ、シクの部屋なんだろう。譲二じいさんが亡くなったときも2人はそうだった。あのときは俺の部屋で落ち込んだ2人を抱えて何時間もしていた。
「2人とも帰ったよ。」
「すいません、失礼します。」
俺が部屋を出たときと同じ場所、体勢で2人はいた。顔に大分疲れが見える。クルンさんが来たことに気付くも特段、反応を示さない。
「とりあえず、2人とも立とうか。立てる?」
手を差し伸べる。
「うん。」
「ごめん。」
俺の手を握る2人の手に力がない。か弱い。声も少し枯れて、目が赤い。
「どこいってたの。・・・・怪我もしてる。」
手を伸ばし、俺の右頬に触れる才華。
「ナファフに行くつもりだった。」
「だった?」
「結局、からまれてクルンさんたちに助けられてね。事情を説明したら、俺の代わりに行ってくれた。」
「だから、クルンさんが来てるのね。すいません、お忙しいところを。」
頭を下げる愛音。焦燥している2人をみてクルンさんの表情も重いものになる。
「いえ。こちらこそ、すいません。それよりも下で落ち着きませんか。なにかをするとしてもそれは、ナファフの従業員が来てからにしましょう。」
「はい。」
「うん。」
2人は頷く。
クルンさんはシクのもとへ移動する。
「失礼します。」
クルンさんはシクのパジャマを整える。だがその手が止まる。
「クルンさん?」
俺が声をかけると、ハッとして頭を下げるクルンさん。
「あ、すいません。その、寝ているようにしか見えなくて。」
クルンさんはシクには肌蹴ていた布団をかける。本当にシクは寝ているようにしか見えない。
「いえ。すいません。」
カーテンの隙間からこぼれる夕日の光がシクの顔を照らしていた。
クルンさんとお茶を用意し、居間の才華、愛音一緒に飲む。無言だった。
そこへ玄関の呼び鈴とともに
「すいません。」
女性の声が聞こえる。アルトアさんとは別だから、ナファフの人かな?
4人で玄関に向かい、ドアを開けると、目の前にはアルトアさんと黒ずくめのワンピース姿女性・・・女子?その女性は才華よりさらに小さく、おでこが全開の短いポニーテール。目つきもややきつい。
「ナファフのニヒトと申します。まずはお悔やみ申し上げます。」
頭を下げるニヒトさん。
「いえ、お願いします。」
俺も頭をさげる。
「その前にですが、代理人をお店に向かわせたのはあなたですか?」
俺を見上げながらにこっりとするニヒトさん。目つきだけがきついのかな?物腰は柔らかそうだ。
「は!がはつつううう????」
俺が返事を言い終わる前に左頬に衝撃が走り、壁に飛ばされる。
「てめえなぁ。なんで代理人を寄越したんだ。ああぁ?」
こつこつと足音を立て近づいてくる。頭がふらついているが怒りの形相、腕を組んで仁王立ちで俺を見下ろしているのがわかる。
「なんか、言えやあ!!!」
顎を蹴上げられた。口の中が痛い。切ってる。
いつもなら、殴られる前に才華、愛音が助けてくれるが、今日はそんな精神的余裕がなく、2人もお互いに手を取り合った体制で驚いた表情で止まっている。アルトアさん、クルンさんもニヒトさんのプレッシャーでか動けないでいる。
しゃがみ込んで、俺の首根っこをつかむニヒトさん。苦しい。
「家族が亡くなって悲しいのは分かる、つらいのも分かる。苦しいのも分かる。だけどなあ。それでもなあ。その家族のために最後まで自分たちでできることしろよ。別に埋葬を一から十やれとは言わねえし、そのために私たちがいるんだけどよぉ。それでもまずはお前が来いよ。それが礼儀ってもんだろうが。」
「す、すいません。」
反論等できるはずもなく、謝ることしかできない。
「分かればよろしい。では始めます。」
手を放して立ち上がったニヒトさんが才華たちの方へ向き直り頭を下げる。形相も緩やかになっていた。
「これから私が衛生処置などを行います。あなたたち2人も手伝ってください。」
ニヒトさんが才華、愛音へ目を配り、2人も頷く。
「火葬は明後日のお昼から、それまでは追悼になります。お昼に弊社から棺を持って訪れますので、そこから火葬場へ向かう流れになります。詳細等はその都度説明します。よろしいですか。」
「お願いします。」
「承ります。」
互いに頭を下げる。
「では、まずご遺体のところへお願いできますか。」
「こちらです。」
愛音がニヒトさんをシクの部屋へ先導する。
「怪我、大丈夫?」
才華が左頬に手を当てる。
「ん、大丈夫だよ。後で手当するよ。」
「ごめんね、在人。私たちは在人以上になにもしてなかったのに。」
しおらしい才華。
「別にいいよ。いつもは俺がなにもできてないんだからさ。それより手伝いのほうは頼むよ。」
「うん。」
才華は手を放して階段を昇っていく。愛音、才華も見てて心苦しい。この状況で元気にはなれないし、なれよとも言えないけど。
「あーすまんな、お前も連れていけばよかったな。」
アルトアさんが右手を頭をかきながら謝ってくる。バツが悪そうだ。
「あ、いえ、言われた通りなので」
殴られたばかりなのもあるが、も左頬がどこよりも痛む。
「在人、部屋に来て。クルンさんも。」
愛音の声だ。
「私もですか。なんですかね。あ、すいません。」
クルンさんが謝る。謝る必要はないのに。なんだろう?着替えの手助けならクルンさん。運ぶなら俺だけでいいはずだが。いい予感はしない。
「お呼びでない私はリビングで待ってるよ。バインやスリッターが来たら、上がらせるから。」
アルトアさんがリビングへ向かう。
部屋に入るとシクは布団をはがされている。手を口にやり考え事をしているニヒトさんの目つきは険しい。
「ニヒトさん、2人を呼びましたが。」
愛音の言葉で俺達に気づくニヒトさん。
「ああ。確認したいことがあってさ。」
「はあ。」
「結論から言うけど、この子、殺されているわ。」
空気が凍り付く。才華は目を見開き、愛音は両手で口をふさぐ。クルンさんは目を伏せる。鳥肌がたつ。体の中になんとも言えない感覚ができる。
「殺された?」
「ええ。間違いなく。」
俺の問いに頷くニヒトさん。
「そんな。」
愛音はその場に崩れ堕ちる。
「シクが殺された?誰に?なんで?どうやって?なんのため?」
思ったことが口にでる。
「いや、でも、外傷があったら、才華や愛音が気づくし。魔法?いやそれだって2人なら気づ。」
「少し落ち着こう。ね?」
俺の右手を握り言葉を才華が遮る。文章的には優しいが、その口調、表情はこの冷酷だった。俺も否応なしに冷静になった。この才華を見るのは久しぶりだ。才華の手が震えているのが伝わってくる。
「分かってること、教えて。」
「まず、この子には魂を抜かれた形跡があるの。」
魂が抜かれた?初っ端から理解ができない。
「やっぱり。そうなりますか。」
ニヒトさんの言葉に同意したのはクルンさん。
「気づいてたの?」
「専門外なので、確証はありませんでした。なので黙っていました。すいません。」
才華に謝るクルンさん。
「私も色々見てきているんでね。」
クザインさんと同じ理由を述べるニヒトさん。
「で、確認したいことがあるんだけど。昨日はこの子、なにをしていたの?」
「私たちとその子の友達3人とで南の湖にピクニックに行ってます。」
「この子に異変とかはあった?」
「いいえ。強いて言うなら、寝る前に顔を見たときはいつもより疲れた顔をしていました。ただ、そのときは遊びつかれたものと思って。・・・・・こんなことになるなんて思ってもいなくて。」
ニヒトさんの質問に答える愛音。愛音は俺のズボンを掴んできた。
「そう。」
「君たち、魔法って使える?」
愛音に代わって俺が答える。
「この街に来てから魔法について才華と愛音が習いました。ただ覚え始て1か月経ってないです。俺はできません。」
「初心者ってことね。」
ニヒトさんが振り返り、
「今日、この子のことを最初に気づいたのは?」
「愛音と才華が昼前に起こしにいったときです。」
「そう。」
シクの髪をとくニヒトさん。
「この子、君たちが寝る前に見たときには自分の異変に気付いていたはず。」
そんな。じゃあ、なんで何も教えてくれなかったんだ。
「なんで教えてくれなかったの。」
愛音が泣き出す。
「君たちの言うとおり、自分でも疲れているだけで死ぬとは思わなかったか。それか助からないってことを直感したのよ。この子は狼人でしょ。人間やエルフ、ドワーフより、狼人や猫人たちのほうがそういう直感や予感が優れているのよ。」
「っ。それでも言ってよ。」
ボソリとつぶやく才華。
「他に分かることは?」
「確かこの子の母親の遺体が盗まれているのよね。」
「うん。」
このことを知らなかったクルンさんは更に驚いた表情をする。
「ネクロマンサーの中に、近しい親族の魂を使用して遺体を操作するタイプがいるわ。」
「遺体を盗んだ奴とシクの魂を抜き取った奴は同一人物、若しくは同じグループってこと。」
「別々の犯人による偶然。よりは可能性が高いわね。」
「狙いは?」
「分からない。ただ、ろくなことにはならないわ。」
「犯人が同一だとして、ネクロマンサーが遺体を盗んでから、シクの魂を取るまで時間が空いているけど、その理由は?」
「術の発動要件の可能性もあるけど、なんとも言えない。」
「魂を抜かれた状態って、誰でも見抜けるもの?」
「知識とその才がある程度必要ね。」
「犯人は気づかれないと思ったのかな?」
「でしょうね。実際、あなたたちは気づかなかったし、弊社の従業員全員が全員気づくとは思わない。正直、私が来たから露見したと思って。それか気づかれても大して困らないか。」
「魂を抜く魔法って気づかれないものなの?」
「使い手のレベル、魔法の効果の内容、魔力感知のレベルによるわ。それにあなただって、日常生活じゃあ、人の魔力をおおよそで感知しているだけで、発動した魔法を感知しているわけではないんでしょ。日常生活ならそれで充分だからね。」
この回答に才華の手に入る力が一瞬ました。感知していれば気づいたかもとやるせない思い故か。
「犯人はまだこの街の付近にいる?」
「他の質問の回答より可能性は高い。」
「私たちが気付いたことを犯人は気づいている?」
「分からない。」
互いに淡々と話を進める才華とニヒトさん。
「あ。」
俺は思いつく。
「そのネクロマンサーを倒したら、シクの魂は戻ってよみがえったり」
「しない。ですよね。ニヒトさん。」
才華が冷静に遮る。
「なんで、才華が答えれるのさ?だって。」
「最初に「殺された」ってニヒトさんが言ってたでしょ。」
声を荒げる俺に対して才華は冷静。死んでないなら、「抜かれている」と告げればいい。でも実際は「殺された」と告げた。あくまで冷静に答えているが右手はより強く握られる。痛い。
「もし、抜かれて間もない状況だったらその可能性はあった。ただ時間がね。」
経ちすぎてるのか。
「ごめん。」
「ううん。それよりも、ニヒトさん。ネクロマンサーを倒せば魂は行くべきところに行くの?」
「ええ。」
「そ。」
才華が目を閉じ一呼吸。そして、目を開く。
「愛音立って。」
「ええ。」
涙を拭いて、立ち上がる愛音。表情には決意が見える。
「ニヒトさん。埋葬はこの件が終わってからでも大丈夫?」
「魂、肉体の両方を還らせるが私たちの仕事よ。」
愛音はシクの顔に触れる。
「シクはもう少しだけここに。」
「この子の体の維持は魔法でこれから行うわ。2人とも手伝って。」
ニヒトさんの言葉に2人はうなずく。




