黙って聞け!
どれくらい時間がすぎたのだろうか。愛音も才華も泣き止んではいるが、床に座り込み、まだ呆然としている。
俺はのっそりと立ち上がる。体が重い疲れじゃない気持ちの問題だ。2人の目線は俺を追うが、声を掛ける気力もないようだ。
「外に行くけど、2人はシクの隣にいて。」
返答がないので聞こえているか、理解しているか分からない。だがそのまま俺は部屋を出る。
家を出ると帰宅していたクロスティとエルージュが俺の方へ近づいてくる。家の空気に気付いたのか、不安そうな眼で俺を見てくる。
「2人とも、留守番を頼むよ。」
そう伝えると、2人は無言でそれぞれ自分の陣地へ戻っていく。
俺はナファフへ足を向ける。埋葬の手続きをとるためだ、シクをあのままにしておく訳にもいかない。
アパート管理人のハツばあさんの夫、譲二じいさんと両親。俺が葬儀に関わったのはこれくらい。ただ両親のときは愛音の両親が、譲二じいさんのときは息子夫婦や孫の良子さんがそれぞれ手続きをしていた。だから、なにをせばいいか分からないのが実情だ。
ましてや、今いるのは異世界パヴォロス。シクの家族を埋葬したが、街に住民登録もしていないパターン。?。ナファフだけでいいのか?ギルドにもいかんきゃならんか?
シクの家族埋葬から5日しか経っていない。そう考えるとシクと出会ってまだ1か月も経っていない、それとももうすぐ1か月と考えるべきか?
この街で出会った友人、妹、家族、メイドともうお別れ。
シクは家族の件で1つの区切りをつけた。夢もできた。友達もできた。俺達がいなくなってもこの街でやってけそうな感じになったのに。先にいなくなるなんて。
なんでだ。若すぎる。早すぎる。どうしてこうなった?
そもそも死因は?全然わからない。なんの前触れもなく、才華や愛音が気づかず、クロスティやエルージュも気付かないうちに死んだ。俺が気づかないとしてもあの4人なら、いやそれもないか。
異世界にいるから、物語、夢、空想みたいに考えていたけど、今いるのは異世界だけど現実。現実は非常。ここは魔法があって、魔物がいて、顔見知りが明日にでも死ぬ可能性が高い世界。こんなこともあるんだろう。
違う。シクは昨日の夜、疲れた顔をしていた。そのとき、もうちょっと気をつければよかったのかも。2人をシクと一緒に寝かせれば、異変に気付いて助かったかも。
あれ。俺が助かった可能性をもみ消したのか。俺がシクを死なせた?
新たな絶望感、罪悪感が俺を襲い、足が重くなり、ついには止まる。動かない。
俺のせい?「せい?」じゃない。俺のせいだ。
ドサッ。
立ち止まったところ、右肩に衝撃が走る。だがそんなことを気にしている場合ではない。なんとか足を進める俺。行かなきゃ。
「○○や!」
前へ進み始めたところで、その場に転んでしまう。
なんで転んだのかよくわからん。シクが死んだのは俺のせいか?
のらりと立ち上がると、
「人にぶつかっ※※※れだけーよ!」
「※△□ってるんじゃねえよ。※ケが。」
「※○◎てるのかぁ。なああ。」
帽子男、グラサン男、無精ひげが何か言いながら俺を囲んでいる。なんだ?いやそれよりも、ナファフに行かなきゃ。
「あ、すいませんでした。考えことをしてたもんで。それじゃあ。」
そう言ってその場を離れる。
その瞬間、右頬に痛みが走り、さらに引っ張られ仰向けに倒れる。そのまま腹部に衝撃が何度も入る。
「おい。▽▲。」
「◇□か!」
「○ねや!」
先ほどの男たちがなにかを叫んでいる。そして、俺は全身に痛みが走る。なにが起きている?いやそれより、シクのことを。
「もう、そこら辺でいいだろう。なあ、若いの。」
聞き覚えのある声が耳に入ると、衝撃と怒号が止まる。俺は顔をあげると
「よ、坊主、大丈夫か?」
「あ、バインさん。」
目の前にはバインさんをはじめ、ガンソドの面々がそろっていた。
「すいません。大丈夫ですか。」
クルンさんが俺を起こし、顔をまじまじと見る。
「なんだよ。お前らには関係ない。」
グラサンが叫んでいる。こいつは一体なんなんだ。
「関係ないとしても、ここまでやっていたら誰だって止めに入るな。あと、うちのお客ってことで関係もあるなぁ。しかも、売り上げに貢献してくれるお得意様。」
スリッターさんが俺の前に立つ。
「ああん。こいつがぶつかってきたんだぞ。」
ひげがスリッターさんに睨みをきかす。
「うるせえんだよ。」
その隣で帽子がナイフを突き出してくる。
だがその後ろか手が伸びてきて、2人の頭を押さえる。次の瞬間
「街中で危ないだろうが。」
グシャリ。
アルトアさんがひげと帽子の頭をぶつけあう。ぶつかる音ではなく砕ける音が聞こえ、ひげと帽子はその場で倒れる。クルンさんは困った表情をするが、アルトアさんは気にも留めていない。
「ひいいいいいい。」
グラサンは逃げ出す。だが、スリッターさんが腕を掴み、逃走を阻止。
「逃げる前に、こいつら連れていけ。道の邪魔だろ。」
グラサンは2人を肩で支え、こちらを睨む。
「おぼえ」
「憶えとけよって言うならこの剣を喰らわすぞ。」
グラサンの顔の前を剣が横切る。アルトアさんだ。
「さっさと行け。」
アルトアさんに睨み返され、グラサンは逃げ去った。
「災難だったのう。」
バインさんが手を伸ばしてきたので、その手をつかみ俺は立ち上がる。
「あ、大丈夫です。皆さんはどうしてここに?」
「俺たちは材料集めを終えてギルドから帰ってきたところ。そしたら、見慣れた客の災難をクルンが見つけた訳。」
スリッターさんが質問に答えてくれたが
「災難って?」
俺には災難ってのが分からなかった?
「おいおい。大丈夫か、ザイト?お前があいつらに、なんか因縁つけられ、蹴られてたんだろ。頭でも打ったか?記憶あるか?」
アルトアさんが俺の顔をのぞきこむ。
「あー別のことを考えていたから、全く周囲を気にしていなかったんです。あーそっか、それで体が痛むのか。」
俺の発言にガンソドの面々は怪訝な表情をする。
「すいません。大丈夫ですか?」
クルンさんが心配な声を出す。謝る必要はないのに。
「あ、ま、大丈夫です。」
「それにしても1人なんて珍しいのー。嬢ちゃんたちは?」
バインさんが周囲を見渡す。
「あ、えーと。その。」
「なにかあったんです?顔色もよくないですし、その落ち込んでいるようにも見えますが。あ、すいません。ズケズケと。」
クルンさんが頭を下げる。
「えーと、葬儀屋のナファフに行くところだったんで。」
この発言にガンソドの面々の表情は深刻になる。
「ザイト、お前、大丈夫じゃないな。とりあえず、落ち着け。な?」
アルトアさんが肩をたたく。なんで?
「そんなに慌ててはいないですけど。いや、ま、急いではいたけど。」
「お前の家からナファフは反対だぞ。」
アルトアさんが答える。え?俺は周囲を見回す。ナファフには最近2回も行っているから道は憶えている。
「あれ?」
本当だ。なにをやっているんだ。
「ナファフへってことは、誰か亡くなったんですか?あ。すいません。ずかずかと。」
クルンさんが謝る。謝る必要はないのに。
「・・・・クが。」
言葉に出せない。
「・・・・・シクが死にました。」
アルトアさんとクルンさんの表情が驚きに変わる。
「シクって、ザイトのところの狼人の子だよな。なんでそうなったんだ。」
アルトアさんが両肩をつかむ。
「えーっと、昨日疲れたのか、朝起きてこなくて、それで、起こしにいったら、死んで・・・・死んでいて。」
淡々と話したいが、死んだ事実が受け入れない。
「すいません。サイカさんとイトネさんは?」
「2人ともまだ落ち込んでいて、動けないでいて。」
「そうですか。すいません。」
クルンさんが謝る。謝る必要ないのに。
「2人はまだ動けないにの、俺はもう行動している。・・・・シクに対して冷たいですかね、俺。はは、そうだ。俺が昨日のうちに気づけば助けれたかもしれないのに。」
駄目だな、クルンさんたちに言っても意味ないことなのに。
自暴自棄気味になったところで、後頭部をつかまれる、
「お前、バカか。」
「あん。あ、すいません。」
アルトアさんによって俺はそのままクルンさんの胸に顔を押し付けられる。クルンさんが謝る必要ないのに。
「シクをそのままにしとくのが忍びないから、ナファフに行ってるんだろう。あの2人が動けないから、自分が動くことにしたんだろう。それを冷たいってとらえる奴はいねーよ。状況が状況だけど、物事悪くとらえすぎだ。」
「でも。」
クルンさんの胸に押し付けられたままの俺。首が動かせない。
「黙って聞け!シクが死んでお前もつらいんだろ。だから、こんなところにいるのに気づいていないんだろ。」
「とりあえず、ザイトはクルンと一緒に家に戻れ。私たちがナファフに行くから。」
「みなさんには関係ないですし、迷惑かけ。」
「いいから、年長者の言葉に従うべきだのう。それにアルトアとクルンはそのシクって子のことは知っているんだから関係なくはないのお。」
「バインの言うとおりだ。今のお前さんは危なっかしい。また、からまれるぞ。」
アルトアさんの言葉にバインさん、スリッターさんが同意してくる。
「そういうことです。今は無理しないほうがいいと思います。怪我もありますから、一緒に帰りましょう。あ、すいません。私の家ではないのに。」
クルンさんが謝る。謝る必要ないのに。
「・・・・すいません。」
「よし。私がナファフに行く。バイン、素材を頼むわ。」
アルトアさんがリュックをバインさんに渡す。
「あいよ。わしは一旦荷物を店に置いてくるよ。その後、夕食用の食べ物を買って家によらせてもらうよ。坊主の様子からして、嬢ちゃんたちも余裕はあるまい。」
そのとおりです。
「バイン頼むわ。スリッターはギルドのガーゼットに伝えてきて。クルンはそのままザイトと家に戻ってくれ。」
アルトアさんは指示を出し終えるがまだ手を放してくれない。
「あの、アルトアさん。手を」
「お前はここで、少し落ち着け。じゃあ、頼むよクルン。」
「え、あ、はい。」
アルトアさんの力強い手が離れるが、今度は優しく頭を抱えられる。クルンさんの腕だよな。足音でアルトアさんたちがこの場を離れていったのが分る。
「えーと。」
よく考えなくてもここは街の通り、道行く人々の目線を感じる。気恥ずかしくなる。
「シクさんのこと、つらいですね。」
「・・・・はい。」
「可愛らしい子でしたね。」
「はい。」
「笑顔がすてきな子でしたね。」
「はい。・・・・・・・・・シクは、1か月前にアラクネルに家族殺されて、クズな奴らにいろいろ騙されながら、1人で頑張って生きてて、ちょっとしたきっかけで俺達と知り合って。」
「そうですか。」
「塾で友達できて、やっと心底笑うようなったばかりで。4日前に家族の埋葬をして、1区切りをつけて、昨日も友達たちと遊びにいって。これからもっともっとってとこだっだのに。」
「そうですか。」
「っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
俺は涙を堪えれず、そのまま泣いた。クルンさんは黙って抱えてくれていた。




