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埋葬

 うだうだ、ぐだぐだ、だらだら、した女子会から2日。


 天候は晴れており、風が心地よい。上空を飛んでいるエルージュも気持ちよさそうに見える。天気が晴れているのは良かった。作業的にも心情的にも。


 ・・・これから行うことに対して、こう思うのは良くないか?どうなんだ?俺には分からん。


 今日は、シクの家族を埋葬を行う日。


 南門にて4人と2匹でクザインさんを待っている。


「お待たせしました。」


 喪服を思わせる全身真っ黒クザインさんが荷馬車を引いた馬とともに現れた。1頭の大型馬に引かれる荷馬車には何かを布で覆っている。棺桶なんだろう。クザインさんは大小のスコップを側面に掲げた大きなリュックを背負っている。


「よろしくお願いします。」


 愛音が頭を下げる。


「そちらの子が、シクさんですね。」


「はい。よろしくお願いします。」


 クザインさん、シクが互いに頭を下げる。


「こちらこそ。それではシクさん。お辛いところもあると思いますが、ご案内のほうをお願いします。時間はありますので、ゆっくりでもかまいません。」


「は、はい。」


 シクは形見のペンダントを握りながら答える。


「辛くなったら言ってね。無理はしないでね。」


 優しい声で愛音がシクの肩に手をのせる。


「大丈夫です。ただ・・・その。」


 顔が俯くシク。この様子にクロスティもシクの顔を覗いている。


「はい。これでいい?」


 才華がシクの右手を握る。クロスティも無言でシクに寄り沿う。



「うん。」


 肯くシク。


「そ、なら、行こう。」


 才華の言葉に応じるようにシクは歩き出す。シクにとっては家族と死に別れたトラウマの場所へ。アラクネルの恐怖が残る場所へ。苦痛の日々が始まった場所へ。

 

 当初、愛音や才華の考えでは家族の眠る場所を教えてもらって、火葬場でシクと合流するつもりだった。7歳の子にはキツイだろうと考えてだ。だが、この話をしたときシクは断固として自分も行くと言った。体を震わせながら、声を震わせながら、涙を浮かべながら。その後も何度か意思確認するも変わることなく今日に至る。


「お願いします。」


 俺は改めてクザインさんにあいさつをする。



 

 南門を出て街道を進む。シクは言葉こそないが、止まることなく、淡々と進んでいる。


 違った。才華の手を握るその手はときおり震えている。それでも止まることなく歩いているんだ。無理してないか心配。才華がシクの様子を見て、歩くペースをコントロールしているとは思うし、辛そうなら止まるとは思うが。


 ちょっとした登り坂の頂上まで歩いたところで、シクが止まった。着いたのか?周囲を見渡すが、何もない。


「シク?」


 愛音が声をかける。


「こ。この。」


 シクの顔が蒼白だ。左手はペンダントを、右手は才華の手を今まで以上に力強く握っている。


「この先を降りたところにあるのね。家族のお墓が。」


 才華が静かに尋ねる。


「・・・・。」


 シクは無言で頷く。 降った先には林道があり、西側には湖が見える。

 

「そう。どうする?少し休もうか?」


「行きます。」


 シクは歩き出した。ゆっくりとゆっくりと。1歩1歩。力強くも見え、か弱くも見える足取りで。


林道を進むと湖に向かう分かれ道があり、シクは湖の方へ進む。


 5分後、目的地に到着したようだ。


 道の脇に生える樹木の根元に3つのバレーボール大の石が並ばれている。


「ここでいい?」


 才華の質問に肯くシク。その目からは涙が浮かび、そのまま頬を流れた。


「こ、ここ。湖を見たいって。わ、わたしが言って。それで、寄り道したら、アラク、アラクネルに。」


 シクが絞るように声を出す。


 っつ。才華、愛音の顔を見るが2人とも首を横に振る。この事を俺達は知らなかった。


 シクはこの事をずっと胸に秘めていたのか。なんでここにいたのか。いずれ誰かに聞かれることだとは思う。言わなくちゃと思っても言えない。これを言えば、シクのせいだって言われる、思われると。それを否定できないと。


 家族が死んだ原因は自分のせい。ここに来なければ。自分が湖を見たいなんて言わなければ。


 『それは違う。』


 『シクのせいじゃない。』


 と言うのは簡単だが。それで解決するとは思えない。


 シクは懺悔として説明したのか。どう言葉を掛ければいいのか、分からない。才華も愛音も無言だった。

 

 愛音がそっと抱きしめると、シクはその胸に顔を押し当て泣き出した。クロスティもシクの足に寄り添っている。才華は俺の袖をつかみ寄り添い、その様子を黙って見ていた。着地したエルージュもザインさんも静観している。


 家族との別れの地。静かな別れではない、血と叫び声に包まれた別れを体験した地。


 湖のほとりなので、草木を含め、良い風景だ。また、動物の鳴き声や、風に揺れる草木の音が聞こえ、草木の香りがする。俺の目に、俺の耳に、俺の鼻には。


 だが、シクはどうだろうか?心安らぐこの音はシクに届いてるのだろうか? 草木の香りは?風景は?


 シクの体は泣いてるせいもあるだろうが、今まで一番震えている。シクには飛び散る真っ赤な血と肉体が見えているのだろうか?家族の恐怖の叫び声、アラクネルの狂気の声が聞こえているのだろうか?生臭い臭いが鼻を覆っているのだろうか?


 俺が最後に見た両親は眠っているように両目を閉じた姿で棺桶の中。シクが最後に見た姿はバラバラで血だまりの中。


 こんな世界だから、このようなこともある。人を襲う魔物がいて、たまたま襲われた。運悪く遭遇した。現実は非常。


 生きてる世界が違う。


 極端に言えばそれだけ。それだけで、家族との別れもこんなに違う。俺らの世界でも悲惨な別れはあるけど、その中でも俺はまだマシなほうだろう。


 シクに比べれば天と地の差だろう。



 シクが落ち着いてきたところで、


「始めてもよろしいですか。」


 クザインさんが声をかけてくる。愛音から離れ、シクは涙をふき肯く。その様子を見て愛音が頭を下げる。


「お願いします。」


「承りました。」


 クザインさんはエルドラの花かんむりを3つの墓石の前に置き、黙とうを捧げる。それにシクも続き俺達もも応じる。この世界の死者に対する礼作法なのだろう。


「では、始めますが。シクさんは湖のほうで、違う花かんむりを作ってください。お願いできますか?」


「はい。」


 黙祷を終え、クザインさんのお願いにシクは頷く。


「この当たりに魔物はいないはずですが、どなたか念のため付き添いでお願いします。」


「愛音、お願い。」


「ええ。行きましょう、シク。」


 愛音がシクの手を取り、湖へ。


「クロスティとエルージュもあっち。なにかあったら、呼んでね。」


 才華の指示に従い、クロスティ、エルージュも2人の後を追う。




 シクたちの姿が見えなくなったところで、クザインさんの表情が険しくなる。


「1つお伝えししたいことがありまして。・・・・結論から言いますと、ここ2、3日の間に、このお墓は掘り返されています。」


「掘り返されている?」


 才華が聞き返す。正直、聞き返すこと事態が珍しい。才華も理解してないのか。


「何者かが、シクさんのご家族のお墓を掘り返しているってことです。その痕跡が残らないようにされているので、注意しなければ分からないんですが。仕事上、このようなことを何度か見たことがるので。」


「誰が?なんのため?」


「・・・・どういったケースが考えられます?」


 理解が及ばず間抜けな面をしているであろう俺とは違い、才華は至って冷静で真剣な表情となっている。


「泥棒が単に埋葬物を狙う。死霊使い(ネクロマンサー)が死体の一部または全部を狙う。魔物使いが人を食う魔物の餌として狙う。というのが考えられます。はっきり言えるのは痕跡を消しているので魔物によるものとは考えにくいです。」


「そう。予定の作業をしたら、もうちょっと詳しく分かるかな?」


「なんとも言えません。そもそも遺体や服等がどれくらい、ここに残っているのかが判明しないので。」


 遺体はアラクネルによりバラバラで一部しか残っていない。装飾品などは2人組が売却している。シクはペンダントがあればいいと言って、他の遺品を探しはしなかった。たぶん、俺達に迷惑をかけないためだと思うが。


「どうします?とりやめますか。」


「いえ、シクには隠しときたいのでこのまま始めてください。何か気づいてら教えてください。」


「分かりました。」

 

 クザインさんが荷馬車から棺桶を下ろし、お墓にお辞儀をする。そして、小さいスコップで掘り出した。


「今後、どうする?」


「今日はこのまま家族の埋葬をする。この件は明日、ギルドに相談しに行こう。」


「犯人は探す?」


 この手の犯人はどれくらい危険なのか?自分達から危険に踏み込むのは避けたいとこだが、シクのことを考えると放置することもできん。2人もしないだろう。


 アラクネルの件で俺は重症というか、死んでいるとういか、帰還条件に合致した状況になっている。2人は魔法で治療できるから問題ないでしょ、と帰還を否定したし、シクの件もあるから、俺も今すぐ帰還する気はないけど。ただ、危険なことが続くようだと、この世界に来ることを良子さんに禁止される。間違いなく、良子さんは俺から情報を絞り出す。俺は嘘もごまかしもできない。だって、そのときの良子さん、怖ええんだよ。


「明らかに遺体を盗まれていた場合はカタム傭兵団にクエストとして依頼する。あとはガーゼットさんやジョーさんの判断に従うよ。」


 てっきり、なにがなんでも自分で探すと思ったのだが、意外だ。


「俺らで探さないの?」


「そうしたいけど。犯人が街にいたら、シクにまで危険が及ぶかもしれないでしょ。少しの間は様子見かな。シクやシクの家族には悪いけど、シクの身の方が大切だからね。」


 犯人が魔物じゃないなら、街にいる可能性は捨てきれないか。


「あと、シクが塾に行くとき、見送りはしようと思う。」


「それはなんで?」


「犯人の狙いが遺体でも装飾品でもなくて、シクの家族ってこともありえるでしょ。探しに来たけど、見つからない、なので墓を調べてみた。とか。」


 考えすぎとは思いたいが、ないと言えない世界か。


「考えすぎかもしれないけど、念のためにね。」


 才華から決意が見える。シクは守ると。シクは悲しませないと。


「そうだね。」


 



「お二人ともよろしいですか?」


 クザインさんが手を止め、こちらへ向き直る。その表情から良くないことは確実。


「また結論から言いますが、父親とお兄さんの遺体は埋まってましたが、母親の遺体はありません。」


 っつ。嫌な報告だ。


「正確に言うと、髪の毛や、指先などの手でつまむくらいにしかない部位は残っていますが、手で持ち上げる大きさのがないんです。他の2人の遺体も損傷が激しいですが、兄、父親と判明するぐらいには残っています。ですが母親に関しては全くないのです。」


 クザインさんも言いにくそうだ。


「これで分かることは?」


「狙いは分かりませんが死霊使い(ネクロマンサー)によるものと考えられます。魔物の餌として扱うなら兄、父親のも無くなっているはずなので。」


「分かりました。そしたら、このまま行程を進めてください。」


 ミタキの街で面倒なことが起こりそうだ。アラクネルの件が済んで1週間しかたってないのに。


 この後、埋葬はつつがなく終わった。この日の夜、この件を聞いた愛音は


「のんびりした日々は続かないものね。」


 と呟いた。





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