戦闘終了
才華からふりほどかれた蜘蛛女は力なく地面にずり落ち動かない。こっちも死んだか。
あとは子蜘蛛。コアと子供の三つ目犬は全て蹴散らしている。だが数は減らない。むしろ、増えてきている。アラクネルが死んだから撤退すると思ったのだが、どうやら最後まで戦うつもりだ。厄介な忠義心で。
「全員、下がってきて。」
千歳が声を上げながら、従業員の位置まで下がってくる。コア、才華も後退し、三つ目犬、火吹き鳥たちが続く。
子蜘蛛たちはアラクネルの死体周辺を囲み。こちらへじりじり近づいてくる。
「やったね。あとはどう脱出するかだけど。なんかあるチトセ、サイカ?」
「ん。もう大丈夫だよ。」
あっさり答える才華。
「なんで大丈夫なの。」
「私たちの粘り勝ちってことよ。」
コアの質問に千歳が天上を指さす。コアと俺は天上を見る。
!!!! 上空に1匹のドラゴンがいた。いやドラゴンって言っていいのかわかんないけど。漫画やゲームなんかで見る外見の生物が。翼の生えた真紅のトカゲが。そして、その背中から飛び降りる人影が2つ。
うーん?あ、イナルタさんとガーゼットさんだ。ということはドラゴン様の生物はやっぱりドラゴンで、ターロホさんか。
これって救助、応援がきた、ってことだよな。つまり、俺らは助かった?
「ね?大丈夫そうでしょ?」
千歳がコアに答える。2人は魔法を使って、それぞれフワっと着地。突然の来訪者に蜘蛛は警戒したのか、動きが止まる。
「皆、無事そうね。」
真っ白な杖を手にもつイナルタさんはいつもと装いが違う。戦闘スタイルか?スリットの際どい黒色ローブ。ローブのうえは黒色ケープ。ケープの端にところどころ、ひし形の宝石?が装飾されている。腰にはウエストポーチ。真っ黒な衣装のなか、両手の長手袋だけが赤くて目立つ。
「あのどうしてここに?あ、助けに来てくれたってのはわかるんですけど、なんでイナルタさんたちなのかなって。」
「あなたたちが帰ってこないって、シクが私のところに来たのよ。それで、魔力感知した私が、救援信号に気づいて、ガーゼットに知らせたの。街の登録者は街の防衛で精一杯だから、一番手っ取り早い手段と移動方法として、私たちが来たってこと。シクに感謝しなさい。」
ですか。シク、本当に助かったよ。
「状況は?」
周囲を確認するガーゼットさん。こちらも戦闘スタイルのようだ。白カットソー、緑色胸当て、オレンジアームカバー。緑色短パン、オレンジ色レギンス。ベルトには小道具入れ、十数本の投擲ナイフと2本の細剣。胸当ての両端には小さな巻物がついている。
「蜘蛛女は倒した。あれが影武者じゃない限り、あとは子蜘蛛だけなはず。ボトムズは内通者。ボトムズの従業員は全員確保。」
アラクネルの依代、本体を指さす才華。
「なるほどね。」
倒れている依代の死体を見て、一瞬目を丸くするガーゼットさん。
「なら下がって休んでなさい。さっさと終わらせるわよイナルタ。」
「そうね。」
イナルタさん、ガーゼットさんが俺らの前に並び立つ。
「当てないでよ。」
「邪魔な位置にいないでよ。」
顔見合わせず、言い合った後、剣を抜いて、ガーゼットさんが走り出す。疾っ!狙われた子蜘蛛が糸、溶解液を出そうとしたときには斬り捨てられている。
イナルタさんは杖で地面を突く。すると地面に魔法陣が浮き上がる。その魔法陣から炎が浮き上がり、何らかの動物をかたどっていく。うーん。象、ライオン、鷹、チーターかな?
「マンモス、ライオン、豹、鷲。へー。」
目を輝かせて、イナルタさんの魔法を見ている才華。
イナルタさんを残し炎の動物は子蜘蛛に襲いかかる。糸や溶解液が多少あたっても物ともせず攻撃していく。豹、ライオンは前足で切り裂く、嚙み付く、マンモスは鼻で打ち払い、踏みつぶす。鷲は子蜘蛛へ体当たりだ。
炎の動物に目が行くけど、イナルタさんもこちらへ抜けてくるも子蜘蛛を炎で的確に打ち抜いていく。糸や溶解液を放てもしない。ガーゼットさんもスパスパ剣で切り裂いていく。一方的だ。つえー。それしか思いつかん。
ガーゼットさんは定期的に剣を入れ替えて戦っている。なんでだ?
「あれってなんのためです?」
同じ疑問を持った千歳が尋ねる。
「ガーゼットの剣には切れ味、強度を保つための魔法が掛かっていて、あの鞘にはその魔法の術式が書かれているの。魔法でも使えば効果が薄まるから、薄まったら、剣を交換して、再度魔法をかけるようにしているってわけ。これで一定の感覚で切り続けれるってこと。」
へー。なーる。魔法で剣をコーティングしてるのか。
「誰でもできるんですか?」
俺は千歳の折れた刀を見る。
「その術式を作れればね。あの鞘の術式はガーゼットオリジナル。2人も分かっていると思うけど、教わったところで必ずできるとは限らないわ。そもそも教えてくれないと思うけど。」
?魔法って魔力あればできるもんじゃないの?教えてくれないのは?2人は分かっているってことは魔法を習った授業のときで教わっているのか。俺は聞いてなかったからか。
「どゆこと?」
「私や才華が使ったり、シクが習っている魔法は、魔力を水や炎に変換するだけの基本的なもの。」
「基本的にこの段階だけでで戦闘できるのは、魔術師としての才ある人だよ。それこそ、ジーファやイナルタさんみたいなね。チトセ、サイカも十分だけど。」
「本を読むだね。」
ほー。
「その1段階上なのが、治療や通訳の魔法。あれは手のひらサイズに収まる術式や詠唱で使えるもの。これらの魔法は世間に広まっているから、魔力があって多少の勉強、努力をすれば誰でも使えるの。」
「魔術師以外で闘いに魔法を取り込んでいくとしたら、基本的にはこの段階だね。団長はこの段階。」
「本を読んで感想を言うだね。」
はー。だとするとその上の段階は?
「でその上になると、自分で術式を作成して、オリジナルの魔法を使うの。自分の魔力の特徴に合わせてた魔法をね。」
「魔術師でやっていくならこのレベルだね。同じ効果でも人それぞれ術式は違うんだよ。」
「本を作るだね。」
才華の説明のおかげで分かりやすい気がする。
「使える使えないのは魔法の向き不向きってことはわかったけど。教えてくれないのはなんでさ?」
「術式が広まれば対策たてられるから。」
「なるほど。」
対人戦を想定しているのか。情報は漏れないにこしたとこはないか。
「ちなみに第3段階で詠唱はないの?」
「波紋と一緒で、声が出せないと使えなくなるでしょ。」
あ、そうか。そこまで考えとくのね。
「魔法についてはそこまでにして、ひどい怪我があるなら、今のうちに治しなさい。」
こちらを見ず、イナルタさんが言う。あ、はい。全員の視線が千歳に行く。
「コアちゃん怪我は?」
自分の服を見るも平気そうにしてコアを見る千歳。いやいや。
「私は大丈夫、私も警戒しとくから、自分の治療をしなよ。チトセ。」
うん。俺もそう思う。アラクネルの2回蹴とばされたんだから。俺が頷くと、千歳は魔法での治療を始める。コアは次に才華を見る。
「サイカは?」
「私は口直し。在人、水。」
「あ、うん。」
コアの心配なんてどこ吹く風な才華。水を口に含むジェスチャーをする。リュックから水筒を取り出し、水を入れた蓋を才華に手渡す。口に蜘蛛だもんな。俺だってそうする。
水を受け取り、何度かうがいをする才華。蓋を俺に返したところで、才華は俺の顔を両手で挟み、引き寄せる。そして、口付けをしてきた。
んんーーーー?
舌が絡んでくる。丹念に丁寧にじっくりと舌が絡んでくる。戦いのうっぷんを晴らすように。
その様子を真っ赤な顔で見ているコア。千歳は羨ましそうにこちらを見ている。これが口直しかい。そうかい。
ガーゼットさんの視線がチラチラこっちを向く。その顔がには呆れが見える。まーそうなるよね。その視線に気づいたイナルタさんも振り返るが、なにも言わず、顔を前に戻す。うーん。恥ずかしくなってきた。
数十秒たったところで口が離れ、両手が離れる。
「ふー。ありがと、在人。」
大満足といった表情になる才華。でありますか。
「あーう。」
「口直し。流石に蜘蛛の味が口に残り続けるは私だって嫌だよ。」
口をパクパク動かし、謎の身振り手振りをするコア。まーそうなるか。コアに対して、あっさり答える才華。
「あーそうだよね。うん。そうだね。」
いまだ、動きがぎこちないコア。
この間に洞穴内の子蜘蛛は残り数体まで減っていた。天上からの子蜘蛛の援護がないのは、外のターロホさんのおかげか。そして、ガーゼットさんがチラチラと上空を見ながら、イナルタさんに向け、天上を指さし、催促してくる。 なんだ?
「あなたたち。そろそろ面倒になったターロホが広範囲のブレスを放つはずよ。一応衝撃に気を付けて。」
イナルタさんは今度、天上に魔法陣を浮かばせる。
最後の一体をガーゼットさんが倒したところで、轟音とともに天上を炎が埋め尽くす。天上には透明な光る壁があるため炎が降りてくことはないが、洞穴内は揺れている。
炎が見えなくなったところで、天上からターロホさんが人型に戻りながら、いや変身しながら降りてくる。そして、魔法を使った様子もなく着地する。
「終わり?」
イナルタさんが地面を杖で突く。炎の動物が消えていった。
「ええ。」
剣を収めてガーゼットさんが戻ってくる。
「そうね。」
戦闘はたった数分で終了した。うーん。『すごい。』これしか思いつかん。




