怒り
迫りくるアラクネルに対して、千歳が立ちはだかる。アラクネルが右前脚で突いてくる。その突きをスッテプで回避した千歳は脚の関節へ斬りかかる。だがアラクネルも脚を引っ込め回避。
今度は両手から糸を出してくる。千歳は炎で相殺しつつアラクネルの右側へ移動する。アラクネルは口から弾丸撃ちの溶解液で追撃。アラクネルはそのまま体の向きを変える。それに併せてコアがアラクネルの左側面から回り込む。そのコアに対して、アラクネルは一瞬視線を送るも、すぐさま千歳のほうを視線を向ける。対して気にとめていない。
それもそのはず。コアの後方と上空から糸が迫ってくる。子蜘蛛の援護だ。才華が炎でコアへの炎を相殺。だが、手数が多いので全てに対応できていない。コアは振り向かえり、糸を回避する。左腕に糸があたるもナイフですぐさま切り、地面に落ちた炎にあて糸を溶かす。
千歳はアラクネルの攻撃の回避し続けるも、攻めに転じれないでいる。才華の魔法での援護があるとはいえ、子蜘蛛の援護は邪魔で攻めにくいようだ。かといって無理に攻めて、糸なり溶解液によって動けなくなったら終了となる。なにもできないでいるのが歯がゆい。
今のところ、我慢くらべ状態だ。こちらは無理には攻めれないが回避はできる。向こうは戦力を減らしたくないのか、アラクネルのみが攻撃してくる。他の子蜘蛛は糸で援護するか、俺らを逃がさないための壁。突撃などはしてこない。
ただ、我慢くらべといってもこっちは連戦状態に数も少ない。このままでは詰む。考えろ考えろ。この状況を打破するアイディアを。戦闘を見てるだけなんだから頭は回さなければ。2人よりも劣る頭だが。それでも。
よく見ろ、よく考えろ。そして今気付いたことが1つ。子蜘蛛は足場を確保するためなのか、先ほど倒された子蜘蛛の死骸を食べていた。うげ。だから、子蜘蛛の動きはスムーズなのか?でも今は関係ないか。
だが状況はすぐさま悪化する。いつものごとく。
アラクネルは基本的に千歳に向かって攻撃を繰り返し、その合間、コアや才華にむかって弾丸撃ちの溶解液を足元へ打ち出す。それに続いて子蜘蛛の糸がくるため、コアは間合いを詰めれず、才華も糸を相殺するため反撃ができないでいた。
そして、何度かの攻防のうち、アラクネルは弾丸撃ちの溶解液を撃ってきた。千歳、才華が重なったタイミングで。その溶解液は足元でなく腹部を狙ったものであった。アラクネルはこれを狙っていたみたいだ。最初からなのか、攻防のうちに思いついたのかは分らないが。
千歳は左にステップして回避。才華は右にスッテプして回避しようとしたが、なぜか動きが止まり溶解液を左腹部に喰らった。
「つううううう。」
才華は口を噛み締め、なぎなたで体を支える。
なんで?なんで?なぜ動きが止まった?
「才華!」
「サイカ!」
千歳とコアが才華を見る。その一瞬をアラクネルは逃さなかった。アラクネルは右前脚で千歳を蹴り飛ばす。
「きゃっ。」
千歳の体が飛ばされ、才華と衝突する。2人とも俺の前まで体がバウンドしてくる。
「チトセ!サイカ!」
コアが2人のもとへ移動しようするが、アラクネルは左手から糸を放ちそれを阻止。そのままコアは子蜘蛛に囲まれる。
千歳と才華は相当なダメージを喰らったみたいで、まだ立てずにいる。そこへアラクネルがゆっくり近づいてくる。
だがアラクネルの歩みが止まる。右脇腹、前脚の数か所に切り傷があり、出血している。風で切り裂いたのか?アラクネルは千歳を一瞥したあと、糸で止血を始める。どうやら千歳は飛ばされる際に魔法で反撃したみたいだ。とりあえず、少し時間ができる。
「はーはー。あいつ、在人狙いやがった。」
才華が四つん這いになりながら顔をあげる。それでか。それで才華は動かなかったのか。いやバカか。俺なんか庇うなよ。
「才華、ごめん。」
「仕方ないよ。あの場所なら。」
千歳は刀で体を支えながら立ち上がる。千歳も狙いに気付いてたけど、アラクネルの直近だから回避したってこと?。そんなことより。
「2人とも大丈夫?いや大丈夫じゃないと思うけどさ。立てる?」
俺に声を掛けられ、2人は笑みを浮かべる。
「私は大丈夫よ。」
「問題ないさー。」
嘘をつくなって。才華は左腹部から、千歳は蹴りを腕でガードしたのか両腕から、それぞれ血が流れている。額に汗もにじんでいる。
「えーと、とりあえず、俺をかばうなんてバカなことすんなよ。そうゆうのは俺がしなきゃいかんのだから。2人が戦えないと俺も死ぬんだから。いやアラクネルが俺を狙ったのに俺は気づかなかったよ。でもね。うん。俺がケガしても2人に治療してもらうだけなんだから。いや確かにそれもしんどいかもしんないけど。」
俺は思ったまま口にする。何を言ってんだ俺?焦ってる。
「うん。ごめん。」
「言いたいことは分かるけどね。」
顔を下げる2人は少しシュンとする。怒ってんじゃないからね。
「怒っているわけじゃないよ。ただ状況は本当に悪いと思う。・・・・だから。」
「「だから?」」
顔を上げる2人。俺は意を決めて言葉を続ける。
「もう魔法でカタをつけよう。2人の話からするとできるんだろ。もうそれしかないと思う。」
2人は黙っている。アラクネルの後ろにいる従業員を無視して広範囲の魔法で全て蹴散らす。2人はそれができるとアラクネルに言っていた。ただ、そうなれば従業員の命の安全は保障できない。人を助けに行って、結局自分の命大事さに見捨てる。「軽率だ。」「浅はかだ。」「最低だ。」そんな言葉で第三者からの非難は免れないだろう。世の中そんなもんだ。それでも。
「誰かが決断しないといけないなら、俺がするよ。俺が命令するよ。責任は俺がとるよ。だからさ。生きて帰ろう。2人が死ぬのは俺が嫌だ。いや誰だって死ぬのは嫌だけどさ。」
戦力にならんから、責任ぐらい取る。どう取ればいいのかわからんけど。死刑とか懲役何百年とか国外追放なら、この世界とおさらばしよう。シクだって連れて行こう。うん。
俺の覚悟が伝わったのか?2人は無言のまま。だが時間もない。コアを見るがまだ囲まれたままだ。
「ありがと、在人。心配してくれて。でも。もう少しだけ待って。」
「そうね。不安かもしれないけど信じて。お願い。」
2人がほほ笑む。待つ?信じる?なにか勝算があるのか?2人に焦りや不安はないように見える。
「なら少なくとも才華は自分の治療して。千歳はつらいかもしんないけど、才華の治療時間をかせいで。見た感じだと才華がそのまま戦うのは無理だと思う。」
時間がないので2人を信じることにする。いつものごとくピンチになり、それを2人は突破する。うん。2人を信じる。
「ん。治療はさせてもらうよ。痛いからね。千歳は私に遠慮しないアラクネル倒してもいいよ。」
才華は座り込み両手を当て、治療を開始した。
「ええ。」
千歳は立ち上がり左手で刀を持ち直す。右手でつかもうとすると痛いのか顔がゆがむ。
「千歳。右腕の痛みひどい?」
「うーん。少し力が入らない感じかな。少し時間が経てば大丈夫だと思うわ。」
俺は右腕をまじまじと見る。俺の上着の袖が破けて千歳の血の付いた腕が見える。千歳は一瞬腕を見る。
だが意を決して、アラクネルの前に立つ。
「在人は少しのあいだ、才華を守って。お願いね。」
見返りながらお願いをする千歳。俺はうなずき、従業員をおろす。そしてハンマーを構えて、才華の前に立つ。あ、足が震えている気がする。ビビるけどビビるな俺。少しだけでいいから。頑張れ千歳。相変わらずの人任せな自分に嫌気がさす。
先ほど傷ついた箇所に糸を巻き付けているアラクネル。対して、両腕を負傷し、そのままの千歳。
「お別れはすんだかしら?」
「済んでなかったら、時間をくれるのかしら?」
「それはないわね。私も時間がおしくなってきたから、一人一人確実に殺すわ。」
「一人一人殺すんじゃなくて、一人ずつしか殺せないんじゃないのかしら。人より優れている種族で、その中でも優秀な血統の個体のはずなのに。たかが人間3人をまとめて殺すこともできないのね。」
呆れた顔し、挑発する千歳。あんまり見ない光景だ。大抵挑発は才華がしているのに。千歳はなにかに怒っている気もする。冷静じゃない?まずいか?
「口は元気そうね。」
その一言を最後に、アラクネルは両手から糸を放つ。荒々しく激しく。怒ってるね。
「ええ。この服の袖をダメにされたことを考えると自然と力が出てくるわ。」
アラクネルの負けず劣らずで怒っている千歳。その理由も判明した。ですか。少しほんの少しだけ力が抜ける。
アラクネルの猛攻は続くが千歳は全て躱したり、相殺したりして直撃は避けている。ただ。それらはかなり際どい。疲れと痛みのせいか?幸いなのは子蜘蛛の援護がないこと。アラクネルも先ほどの千歳の挑発で怒っているのかも。それを狙ったのか?
この間に才華の様子を確認する。才華は治療は続けているが、その目はアラクネルに集中している。
「心配して観てくれるのはうれしいけど、今は前を見て、千歳を見て。コアも。アラクネルも。」
俺の方に目線も向けない才華。はい。すいません。指示に従いコアを見るが、飛び掛かる子蜘蛛をすべて切り伏せている。アラクネルは怒りで指示を忘れているのか、天上からの子蜘蛛の援護がない。これを狙って挑発したのか千歳は?




