覚悟はあるか?
「はーはー。ボ、ボトムスさん、あ、あの洞穴の先はどうなってるんです?はーはー。」
従業員を運び終えた俺は息も絶え絶え。いくらコアが持っていた傭兵団特性の活力剤を飲んだとはいえ、血が足りないのはどうにもならんか。ボトムスさんも従業員運びで汗だくだ。しゃーないよな、ガタイいいやつばっかりだし。重い、大きいってやつだしよ。
「あー、洞穴の中は1本道で、すぐアラクネルの巣につく。巣の場所はここみたく空が見える開けた場所。巣の中央にアラクネルは構えている。」
右腕で汗をぬぐいながら答えるボトムスさん。なるほど、じゃあ、あちらも決戦の準備中かな。あーやだやだ。アラクネルとの戦闘か。撤退した蜘蛛から戦力情報も伝わっているんだろう。油断してくんないかな。2小隊壊滅させた戦力に実質3人で挑むのか。
「アラクネルは何をしてるんですか?」
千歳が尋ねる。
「あー、と兵隊の蜘蛛生んで、次世代女王を生む準備をしていた。わしら2日前に襲われて、その餌集めの協力させられてた。」
さいですか。なら本人はいわゆる妊婦。それとも産卵直後か?どっちにしろ無茶な戦闘はできないはず、全力もだせないか?いやそれとも、親、獣の本能で普段以上の力を発揮するのかも。手負いの獣は手ごわい、母は強し。あーやだやだ。あー帰りたい。
「次世代を生むにしろ生んだにしろ、ここを離れなくなったってところかな。」
ボトムスさんの回答を聞き、なぎなたを左肩に担ぎ考える才華。だろうね。
「じゃあ、残された従業員は人質兼世話係ってところですか。」
「あーそうだ。」
ならその従業員は生きているってことか。
「うーん。このあとどう動く?どう考えても罠とかありそうだし、蜘蛛の数も多いんじゃない。考えなしは危ないんじゃない。」
無謀なことはしない。この世界にいる条件の1つだ。2人の強さがあるからクエストなんかをやったりするが、これを判断基準から外してはいけない。蜘蛛が街を襲ったときは帰るべきかとも考えたが、カタム傭兵団がいることから保留している。
敵は2小隊を壊滅させた化け物。先のコアの件、ボトムスさんの件といい、本能任せの行動だけではないと思う。ケリをつけると言った才華もで分かっているはずだから、なにか考えはあるのだろう少なくとも俺が納得する作戦を。ないなら撤退も考えないといけない。
「速攻。」
才華がシンプルな2文字を答える。わかりやすっ!で詳細は?・・・・・先ほどの言葉は行動方針だと思って、続く言葉を待つ。が。静寂が続いただけだった。
「?え。それだけ?」
俺はガクっとする。無謀すぎない?いくらなんでも。いや確かに2人ならできるかもだけど。人質いるんだよ。
「正しくは速攻でアラクネル倒して指揮系統が混乱しているうちに脱出。多少の小細工、罠は力技で突破。先手必勝。短期決戦。」
さらりと説明する才華。脳筋の発想にしか思えん。これは脳筋キャラに失礼か?それとも俺が詳細を読み取れないだけか?
「アラクネルに時間を与えると、従業員がまさに人質にされるわ。その時間をあたえないってことでしょ。最初から刃物とかで抑えられていても、交渉に入る前に行動して、救出するってことね。」
俺の表情を見て、千歳の補足。あ、そうゆうことか。俺が読み取れないだけでした。
「なーる。って。それって人質が危険なんじゃないの。」
俺は一層不安になる。あれもしかして、アラクネル退治がメインで従業員は無視?
「アラクネルだってそう簡単に従業員を殺せないよ。もしアラクネルが従業員を殺したら、私たちと正面切っての戦闘になるだけからね。いきなり殺すことはしないと思うよ。」
うーん。そういう考え方もあるか。
「でもさ、そうなっても困らない実力はあるんじゃない?」
俺の不安はそこ。2人がいくら世界を壊す実力をもっているとしても。今その実力があるとは思わない。それに加え、巣を作って地の理、子蜘蛛を従えての数の理があるアラクネル。それに対して流れでここまできた俺達4人。不利な点ばかり不安しかない。
「それなら、従業員の扱いはそこまで重視しないんじゃないかしら。従業員への注意が薄いうちに、速攻で従業員を救出するってことね。」
「万が一ケガをしても治す。首を刎ねられない限り即死なんて早々ない。そこは運かな。」
「そうなるわね。そうなる前になんとかしたいけど。」
死ぬことに対して、あっさりしている2人。おいおい。
「運って。」
「情報が少ないから、どうしても運頼みのところはでちゃうよ。だからって情報を集めることはできないし、100パーセントの安全を考えてたらなにもできないよ。」
「私も才華も無事助けたいとは考えているわ。」
「コアはどう思う。」
不安を拭えない俺は一番の経験者に確認する。今まで黙って聞いていたコアは腕を組み考え込む。
「うーん。このメンバーならそれしかないと思うよ。向こうは私たちが来ることを把握してる。ここより子蜘蛛もいる。蜘蛛の糸もきっと隙間なくある。それらを考えると人質の安全を考えて、私たちが動けない状況になったら、応援がない以上そこで終わり。それなら、正面から堂々と行って、対面と同時に問答無用で攻撃のほうがいいかも。少なくとも先手は打てる。あとは2人の魔法の使い方しだいかな。」
コアは千歳、才華を見て答える。動けなくなるのが一番やばいという考え方か。ふむ。
「そこは、私が対応するよ。アラクネルと対峙したら、千歳は即座にアラクネルに攻撃。アラクネルの意識を千歳に向けつつ従業員との距離を作って。私が人質の解放と蜘蛛の糸を溶かして行動範囲を広げる。在人は人質を運んで、コアはその護衛をしつつ、退路の確保。私と千歳がしんがり。アラクネル自体は退治できるならそれが理想だけど、倒せそうにないなら、機動力を奪うことで。」
才華が少しまともな作戦を言ってくれる。
「あと、ここまで出てこれたら、洞窟を全てを凍らす。それでどう?」
千歳が洞穴を見る。うーん凍らすのはできるだろうけど。才華の作戦といい上手くいくのか?
「あえて提案するけど、一旦撤退して、カタムさんたちにお願いした方がいいんじゃないの。」
俺はコアの方を見る。カタムさんたちの戦力経験なら確実だと思うが。
「アラクネルがいつまでもここにいる保証もないよ。また雲隠れするかもよ。それに時間が経てばたつほど従業員の安全はないと思うよ。」
才華の反論。従業員の安全はない?どうゆうことだ?
「ボトムスさんの話からして、安全かつ確実に栄養をとる手段として従業員を人質にしたのは分かるよね。もし子供が生まれたら、ボトムスさんたちは必要なくなると思うの。そうなったら、その従業員は餌にされてもおかしくないわ。登録者だったら戦力として生かしておくかもしれないけど。」
千歳の補足。俺はそこまで考えが至ってない。
「そうかもね。従業員を救う可能性は今が一番高いかも。仮に今ここに、カタム傭兵団がいたところで、絶対従業員を救えるとは言えないよ。むしろ追手として来てるのはもうばれているから、相当警戒すると思う。それこそ従業員は最初から人質扱いされると思う。それに対して私たちは偶然、こうなったって状況なんだから、警戒事態は緩いかもよ。」
コアは俺を見る。なるほど。そうゆう考え方もあるか。
「それにこっちには在人がいるしね。」
才華はコアに見せるように俺の右腕に絡んでくる?コアも俺も意味が分かっていない。あとなぜ腕に絡んでくる。
「まー従業員を運ぶのは俺が一番向いてるかもしんないけど。」
4人の中では一番体格はいいし、単純な力なら3人よりもある。といっても一般人並み程度だけど。それでも従業員の運ぶのは俺だよね。わざわざ言うほどでもない。
「そうじゃなくて在人の特性ならアラクネルは確実に油断すると思うの。それで先手は取れると思うわ。」
千歳も左腕に絡んでくる。ここで俺のなめられる特性かよ。なめられているので油断してくる。ついでに魔物も俺を狙う。千歳の言うとおりかもしんないけど、そんなにうまくいくのか?俺この特性にそこまで確信はもてんよ。2人は最初からこの特性を含めて話していたのか。だから先手は取れると考えていたのか。
「あーなるほど。ならザイトを先頭にその後ろから私たちは飛び出そうか。」
コアは納得し、うんうん首を縦に振る。
「いいね。」
「そうね。」
コアのアイディアに千歳、才華は頷く。この作戦ありと考えているのか。ですか。
ここまで話して、俺にはまだ1つ懸念がある。俺で浮かぶんだから2人にもあるはずなんだが、あえて口にしないのか?両腕から2人を離して2人を見る。
「あのさ、考えたくないけどさ、万が一目の前で従業員が殺されたり、俺らが死んだりしたら、大丈夫?俺はそこが心配なんだけど。俺は自信ないよ。」
近しい人の死は経験しているが、目の前で人が殺される、そんな経験はない。そんな場面に遭遇して冷静でいられるか。心強く保てるか?俺達はケンカはあっても紛争や争いなどから程遠い平穏な生活をしていたんだ。人が殺されることは俺らの世界でもあるけど、俺らの生活していた範囲ではその可能性にあうことは少ない。そんな場面を想像してみるが、はっきり言って出来ない。絶対動揺するなんかじゃすまない。恐怖で泣け叫ぶ。体が動かない。漏らす。そんな状況になると思う。そうなったら、俺達も間違いなく死ぬ。
そうなるくらいなら、従業員には悪いけど、俺はここを去るべきだと思う。俺には従業員の命、コアの使命感、装置を守ることよりは2人の命のほうが大切だ。そこは譲れない。良子さんとの条件を盾にしてもいい。今後この件で「最低」と言われようが知るか。その場にいないやつの言葉なんて知るか。2人が死ぬほうが俺は絶対にやだ。あ、コアもそうだけど。・・・もは失礼か。
「そうだね。」
「・・・。」
才華は回答に困った顔をし、千歳は無言だ。考えていないわけではなさそうだ。むしろ考えないようにしてたみたいだ。言っちゃた感な空気があたりを包む。この空気は良くない。でも避けれない問題だと思う。ここは物語みたいな世界だが現実だ。今まで、俺が重症負うくらいで済んでいるが、次もそうとは限らない。実際、カタムさんたち、クルンさんがいなかったら俺はとっくに死んでいる。そう考えると運Eの割には生き延びているな俺。今更だが、背筋が凍る。それともそこに運を全ぶりしているのか。沈黙が続いた。2人も何も言わない。
「そのときは私に任せて。3人が動けなくなったり、ビビったりしても私が守るから。このコア先輩に任せなさいって。」
コアが千歳と才華の間に立ち、2人の肩に腕をまわす。声は大げさにわざとらしく明るい。午前中にシクのところへ向かったときと同じ明るさだ。不安を吹き飛ばすように、経験が一番ある先輩として振る舞っている。
「そうだね。そのときは頼るよ。コア。」
コアの手に右手を添えコアを見る才華。コアの明るさに釣られるように才華の顔も綻んでいる。空気が和らいでいく気がする。
「在人。私も才華も動揺するし、震えるしダメになると思う。でもそれを恐れてなにもしないわけにはいかないでしょ。今までも油断や慢心はしたつもりはないけど、そこまでに至らないって思ってきた。でも今、在人がそのことと正面から向かい合わせてくれたから、覚悟はしたわ。」
千歳も同じくコアの手に左手を添え、芯の通った声で俺に微笑む。この状況絵になる。
「覚悟?」
コアは千歳に質問する。
「この状況で誰かが死ぬ可能性も否定できないからね。そうなることも考えて挑むよ。無論そんな状況にするつもりはないけど。想定、想像しとくってこと。前もって考えに入れとけば影響は減ると思うしね。まー口だけに聞こえるかもしんないけど。言った以上は有言実行よ。」
「そうね。それでも影響はあると思うから、そのときはコアちゃんに発破かけてもらうわ。あとは在人、声をかけて。それだけで・・・・。うん。それだけで頑張れるから。」
誰かの死を想定のうちにいれて動く。たしかに覚悟がいる。これ以上問答はやめた方がいいだろう。2人がそう覚悟した。ここまできたら、俺もいつも通り覚悟を決めてできることをしよう。うん。
「まっかせなさい。助けてくれた借りはここで返すよ。」
コアは胸をはる。
「それなら、行こうか。」
俺が立ち上がる。覚悟がぶれないうちに行動しよう。一番ぶれるのは俺だけど。
「ボトムズさんはここに残って。はっきり言って邪魔。ここは当分子蜘蛛もこないでしょ。」
才華はボトムスさんを見る。有無も言わせない目つきだ。
「あ、ああ」
ここまでバテて黙っていた座りこんでいたボトムスさん。気圧され首を縦に振る。
「ではボス戦にいくよ。」
才華がなぎなたを肩に担ぎ、右手の親指を立てこちらを一瞥する。
「ええ。行きましょう。」
千歳はうなずき刀を抜く。そして、すこしだけ先ほどの三つ目犬が去ったほうを見る。心配か?「大丈夫だよ」なんて気軽には言えない。実際どこも蜘蛛だらけのはず。ここにいた方が安全だったかも。だが人間といたら同族からも何か言われそう。どっちにしろあとはあの本人次第だろ。
「おー。」
コアはナイフを取り出し右手を掲げる。
「りょーかい。」
力を抜いて答える。そして4人で洞穴に突入する。作戦どおり正面から堂々と。あとは出たとこ勝負か。




