蜘蛛の巣の中で
2人の準備が終わったのは3時すぎだった。今回も荷物がいっぱい。俺がいる分、前回以上の量だ。うーん重いなー。何を入れたんだか。・・・夜のコスプレ衣装か?それだけじゃない重み。
「ではお気をつけて。」
良子さんがドアの向こうで頭を下げ、ドアを閉める。そしてドアが消えていく。相変わらずどこでもドアだ。
「じゃあ。戻ろうか。」
俺は2人を促す。が、2人はドアをくぐる前と違って、鋭い目つきで周囲を気にしている。あきらかに警戒態勢に入ってる。俺も周囲を見るが、いつもどおりの森にしか思えん。?
「どったの?」
「囲まれている。それも数匹じゃすまないくらい。たぶん子蜘蛛。」
才華はなぎなたを両手に持つ。子蜘蛛ってことは数百って数だよな。周囲を見渡すが魔物に姿はない。つまり視覚ではなく、気配なのだろう。
「このポイント周辺にはいないけど、どの方向にいってもすぐ遭遇するわ。やり過ごすのは厳しいわね。」
千歳も刀を鞘から取り出した。2人の様子から相当悪い状況なのが分かる。ただこの状況でも2人が冷静でいられるのが凄い。どっちにしろとりあえず、逃げよう。
「一旦戻ろ。」
「それは駄目。私たちが戻っている間にここが巣になるかも。そうなったら、次にドアを開けた際、数百の蜘蛛が私たちの世界に来ちゃう可能がある。それは絶対に阻止。」
俺の提案に才華が冷静にかぶって即答する。なるほど。それはやばい。多数の子蜘蛛に良子さん、真ちゃん、屋敷の住人が襲われ、悲惨な状況が脳裏に浮かぶ。・・・あ、良子さん、真ちゃんは反撃した。
「装置が壊される可能性もあるわ。」
千歳の言うこともやばい。壊れて帰れなくならまだましかもしんいが、装置の故障からの2次被害が怖い。正直なにが起こるのか想像もつかない。ちょっとした爆発、火事で済まないよな。
逃げないことは決まったというか決まっていたが、これからどうするべきか?街道までの最短距離を突っ切るべきか、それとも蜘蛛を回避して遠回りで進むべきか。とりあえず、判断材料が少ない。
「あのさ、俺は全く状況が分かんないだけど。魔力感知で街や森の詳細分かる?あ、あと西の森も」
まずは情報収集。この蜘蛛はここだけか?それともここから蜘蛛は町を襲っているのか?この森の状況を街が把握しているのか。それも知りたい。
「私はこの森を確認するから。千歳は街と西の森の方を確かめて。」
「距離あるから、大雑把になるのは許してね在人。」
2人が目をつぶる。広範囲の森と、距離のある場所への感知だ、2人でも集中しなければならないのだろう。文句なんてない。本当は俺もできたらスムーズなんだろうけど、出来んもんは出来ん。
「また蜘蛛が出ているわ。街と西の森の間、街の東門前で集団が蜘蛛と戦っているみたい。」
まず、目を開き、千歳が答える。西の森、東の森両方からも出ているのか。どっちにしろ応援は期待できないか。街の方は傭兵団がいるから大丈夫だと思うが。
「この森はもう蜘蛛の巣ね。ここ見たいな穴はあるけど、基本いたるところ蜘蛛だらけ。大雑把に言うと蜘蛛が7分に森が3分ってとこね。」
才華は目をつぶったまま答える。ですか。たった6時間ほどで東の森が蜘蛛の巣になる。数百じゃすなまいか、数千?だとすると戦いは避けられない。アラクネルにはこんなに繁殖力があるのか。ワンランク上の強さじゃないよなこれ。さてどうしよう。
「・・・千歳。ここから南東の方をちょっと調べてみて。」
才華の声に深刻さが増す。どうした?地図だと南東はこの森の最奥だったはず。才華の催促に千歳が再度目をつぶり、感知を始める。
「・・・コアちゃん?」
全く想定していないの名前が出てくる。そして不吉な予感も。背中がぞわっとした。
「だよね。」
2人が目を開ける。2人が言うのだから間違いないだろう。なぜこの森に?
「うん。この気配はコアちゃんね。なんでこの森にいるのかしら。」
千歳も不思議にしている。森の状況からして、コアは傭兵団と一緒に戦っていると思っていたのだが。
あれシクはどうなんだ?あと1つ疑問。
「コアって魔法使えるの?」
「魔力はあるけど、魔法を覚えれないって前に聞いてる。だからつきあいの多いコアの魔力はもう覚えてるよ。」
俺の質問に答える才華。そうなんだ知らんかった。
「それよりも、コアちゃんのこと。」
千歳の心配する声。ですね。ごめん。
「確認するけど、シクはいない?コアは生きてる?街から森へ来る集団はいる?」
「シクはいない。生きているわ。応援はなし。」
俺の質問に1個1個答える千歳。蜘蛛の対応で街も精いっぱいなんだろう。東の森関係のクエストもなかったから、東の森に人がいるとは思わんか。
「コアや蜘蛛の状況は?」
「蜘蛛に囲まれた状態でゆっくり南東に移動している。蜘蛛と戦いながら道に迷っているのか、捕まってアラクネルの餌として運ばれているのかも。蜘蛛の数は多すぎてわかんない。」
才華が冷静に答える。体力切れで大量の蜘蛛にやられるコア、アラクネルに食べられるコアが脳裏に浮かぶ。どっちにしろヤバい。後者だったら一刻を争うって状況だ。いや、前者でもだけど。街に戻って応援を呼ぶ時間はないか。となるとやることは1つ。
「行くしかないか。」
「うん。」
「ええ。」
2人が肯く。無事でいてくれよコア。すぐ2人が行くから。
方針は決まったけど。勢いまかせにならないように詳細確認。
「確認するけど、コアの救出が第一だからね。アラクネルとは基本、戦わない。コアを救出したら、即森から脱出で。」
「りょーかい。」
才華が答える。禍々しいオーラが見える。背に炎が見える。・・・気がする。
「それ以外は全力、最速、容赦なく。」
「わかったわ。」
千歳が答える。荒々しいオーラが見える。背に氷が見える。・・・気がする。
2人は準備万端だが、俺はまだ準備不足だ。まずこの荷物。
「折角用意したけど、ここに荷物は置いていくよ。ひと段落したら取りに来よう。」
2人は無言で肯く。応急セットなどのあるリュックのみ背負って他は置いていく。あとは街から応援を呼びたい、応援がなくても状況は知らせときたい。
「魔力のモールス信号でさ、街に応援呼べる?というかそれ分かる?」
「前のときで全部覚えたから、やってみる。」
才華がサラリと言い、目をつぶる。ダメ元で言ったつもりだけど、前回の短時間で覚えたのか。相変わらずだ。でも今は頼りになる。
「千歳も覚えた?」
確認すると。
「ええ。」
さも当たり前と言わんばかりに答える千歳。こっちもすげー。
「返信は来ないわね。」
千歳が街の方角を見て答える。ま、それは仕方ない。街も街で蜘蛛対応中だろう。
「仕方ないさ。この先、余裕あったら適宜発信して。それで、どう進んでいく?真っ直ぐ最短距離にコアの元へ?遠回りでもできる限り戦闘回避して行く?」
どっちが早くコアのもとにたどりつける?戦いは2人なら余裕はあるんだろうけど、数がただ多い。
「真っすぐ最短距離に戦闘回避していく。考えはあるよ。」
才華が提案する。
「これが私の考える、全力、最速、容赦なく。」
才華の案を聞き、俺は絶句する。いけるのかその作戦?不安がよぎる。
「それで問題ないわ。」
俺とは対照的に千歳はあっさり承認。
「コアの元に着いたら、千歳は蜘蛛退治に専念、在人はコアの救出、搬送。私は在人のサポートの役割。」
「わかったわ。」
案のところで思考の止まってた俺を置いて、2人は話を進める。
「在人もいい?」
「あ、うん。りょーかい。」
才華に問われ、俺は慌てて答える。この形がベストだと俺も思う。正確には俺には救出しか出来んだけど。
「他になにもない?」
才華はこちらを伺う。そうだなー。少し脳内で状況をイメージする。
「できたら、糸対策で火事にならない程度に火を巻き散らかせてほしいかな。それで糸が絡んでも溶かせるから、多少の火傷は我慢する。どっちにしろ、俺は怪我をしてもコアは助けるよ。」
火傷と言う言葉がでたところで、2人はもう心配そうに俺を見る。俺の無茶します宣言が不安なのだろう。だがここは引かない。言い争うつもりもない。
「先に言っとくけど、コアの状況が分かんない以上、コアを含めて負傷ありきで考えて行動してよ。重症者が出て、動きが止まる。なんてないようにね。俺はそうするから。」
2人より弱く、精神的にもブレブレな俺だが覚悟を見せつける。本当は悪い想定やそれに対応するイメージをしとかないと俺がダメそうだからだ。
「そうね。コアちゃんの元に着く、助ける、森の外まで逃げる。この3工程が終わるまで止まらない、諦めない。そうしましょう。ただ、在人は少し力を抜いて、そのままだと失敗するときのパターンよ。」
千歳が少し肩の力を抜いて答える。・・・りょーかい。俺もそう思う。
「そうだね。仮にに怪我をしても後で治すから。まずはコアの救出ね。」
才華もそれに続く。
「なら作戦開始だ。」




