狂気
1匹目の大型ゴーレムと俺は目が合う。引きつった笑顔であいさつ。どうも、よろしく。できたらお手柔らかに。そして、俺に向かってごっつい左腕を薙ぎ払ってくる。はい。全力ですな。これ。俺はヘッドスライディングで回避する。ブオンと風圧が頭の上をよぎる。そのまま四つん這いで前へ進む。1匹目クリア。止まるな。止まるな。横目でクルンさんを確認する。よし、とりあえずはついてきている。
2匹目の大型ゴーレムと俺は対峙する。こちらとも目が合う。はい、よろしく。お前の相手は俺だ、とか言ってみたいけどそんな余裕はない。こんなこと考えてる場合でもない。びびって現実逃避している。うん。落ち着け。一呼吸とれ。その間にクルンさんは通路前のゴーレムまで行った。そしてその攻撃も避け通路に消えていった。やった。イメージ以上の結果だ。
スドン
体の左側から衝撃が。あ、れ。左腕からバキボキ折れる音。やっちまった。俺は思いっきりは吹っ飛ばされ、地面をバウンドする。たっか。
「かっ・・・はっ。はーはー。」
全身の痛みで声もでない。左半身が熱い。熱い熱い熱い。左腕はプランとしている。頭から出血しているのか左目の視界が赤い。ん?ありゃ口も切ったかな。あー頭がぼーとしている。まずいまずい。俺は立ち上がりながら頭を振る。ふー。深呼吸深呼吸。あー呼吸がつらいとなると、あー左脇腹もイッてるか。ダメージで足がブルブル震えている。たった1撃なのにこのダメージ。よくこんなのを真正面から受け止めてたなアルトアさん。思い出すと、千歳、才華はこの攻撃を止めれないから回避していたのか。今後のことを考えて俺が止めれるようになりたいところ。今後があればだけど。
弱った様子を確認したのか。ゴーレムたちはゆっくり俺を囲ってくる。うーん。まじい。非常にまずい。
食ってもまずいよ。脆いからサンドバックにもならないよ。さてどうしよう。足は多少血が出ているが動かせるので、ゆっくり壁際に下がっていく。左腕は使えない。右腕は使えるが、ふっ飛ばされたときハンマーを手放している。そのハンマーはゴーレムに踏まれたのか、柄が折れている状況が視界に入った。うーん、ハンマーをとって振り回して時間稼ぎたかったけどもうできない。時間の稼ぎ方が思いつかない。詰んでいるか。これ。はー。とりあえず、逃げるか。
壁際についたところで、ゴーレム7体に囲まれる。「よりどりみどり」とか才華なら言いそうな状況だ。俺じゃあ言えないのが口惜しい。現実は非情だ。俺を吹き飛ばしたゴーレムが俺の目前に出てくる。右手を掲げ俺を潰すべく振り下ろしてくる。俺は右側に横っ飛びし回避すぐ立ち上がる。うーん。くらくらする。助けて才華、千歳。本当にお願い。
避けた先のゴーレムが両手を組んで振り下ろしてくる。俺は思い切ってゴーレムの股下を潜る。こいつを抜けても、もう1体ゴーレムがいる。しかし、そいつをやりすごせば、通路までの障害はない。片腕での四つん這いなので進みが遅い。だがなんとか股下を潜り抜けるのは成功する。ラッキークッキー。そのまま勢いで次のゴーレムと相対する。あと1体。
ゴーレムは右手を斜めに振り下ろしてくる。これに対して俺はゴーレムの左側にまたヘッドスライディング。紙一重で回避が成功する。やった。これで通路まで逃げれる。あとひと踏ん張りだ。体の痛みはあれだ。アドレナリンが出ているのか、気にはならない。そのまま駆け抜けれる。
が、そこで終わらないから俺。あっさり、地面のでっぱりに足を取られ転倒する。やばい。やばい。そして不運は続く。目の前にゴーレムが追加された。また1体大型が飛び降りてきたのだ。あらららら。どんだけ俺は神に嫌われてんだか。いや分かっていたけど。
「ははっ。」
絶望的な状況に笑いがでるって本当だったんだ。クルンさんが通路に入って、当たり前だが3分も経ってない。まいったまいった。ゴーレムと目が合う俺。はい、こんにちわ。散々同胞がやられ、恨み辛みのこもった目に見えた。「俺は1体もやってないよ。」と目で訴えかけるけど通じてないだろう。右ストーレートが俺に向かってくる。うん。避けれない。息を吸って全身に力を籠める。耐えろ俺。死ななければどうってことない。たぶん。
ゴーレムの拳が俺の頭の上でピタっと止まった。拳からひんやりした空気、いや冷気を感じた。何故?何故?
「大丈夫?在人。」
千歳の声がゴーレムの後ろから聞こえる。心配している声だ。
「邪魔ね。」
千歳の声が恐ろしく冷たい声に代わったその瞬間、ゴーレムの体を斜めになにかが走る。そしてゴーレムの上半身が斜めに滑り堕ち全身が砕けた。よく見ると、ゴーレムは全身凍り付いている。一瞬で凍り付いたから、脆くなっていたのか。
「在人。頑張ったね。」
泣き声で千歳が抱き着く。力いっぱい抱き着かれ、さらに千歳の胸に顔が押しつけられる。いい匂いがし、気持ちいいけど、息ができない、体もいたたたたた。痛い。あとまだゴーレムいる。少し力を入れ顔を上げる。
「ち・・・とせ。い、き、息、あと痛い。あと魔物。」
「あ、ごめん。心配で、心配で。つい。」
千歳がそういって、力を抜いてくれる。目じりに涙が浮かんでいた。千歳は離れゴーレムの前に立ちはだかる。気圧されたのかゴーレムは様子見をしている。
「ゴーレム凍らせたのも千歳?」
「ううん。それは才華。通路から魔法を使ってたわ。」
俺の質問に答える千歳。一瞬で俺には影響を与えずゴーレムだけ凍らせる。そんなことできたんだ。通路の方をみると才華の姿が見えた。ものすごい才華から禍々しいオーラーを感じた。狂気?凶気?恐気?
「在人。在人。在人。在人。在人。在人。在人。在ト在ト在ト在ト在ト在ト。ザイトザイトザイトザイトザイトザイトザイトザイト。ザイトーーーー。」
才華が飛びついてくる。俺の体に悲鳴が走る。
「ゴフッ。」
とつい声が出る。だが才華はそんなことお構いなしに抱きしめてくる。
「生きててよかったー。クルンさんも守ったの偉いねー。」
千歳とは違う匂い、ハリのある胸に俺の顔は押し付けられる。千歳とは違う気持ちよさがあるけど、息ができないし体が痛い。
「ごめん、痛い。あと魔物いるから。」
俺はなんとか顔を上げる。
「ごめんごめん。うれしくて、つい。大丈夫?」
才華が明るい笑顔で離れ、立ち上がる。。いつもどおりの空気になったので俺も落ち着いた気がする。
「大丈夫ではないけど、大丈夫。他の人は?」
「全員合流したよ。ただ合流した地点にゴーレム1体出てきたから、先行して来たの。もう倒したみたいだから、こっち向かってるみたい。」
魔力探知をしたのか、通路側を見る才華。それはそれで一安心だ。
「それより在人。その怪我の原因はどれ?」
先ほどまでの雰囲気から一転、空気が禍々しくなる。
「あっ、はい。えーと位置的に千歳の左前の大型ゴーレムです。」
ビビッて俺は丁寧口調になる。そして才華はまた空気を換え、微笑んで俺に伝える。
「ん、分かった。全部倒すまで、怪我の治療はちょっと待っててね。いい子にして。」
そして、才華は禍々しいオーラをかもし出しゴーレムに向かっていった。
「千歳ー。その左前のが原因だって。でも今回は私に譲って。」
「・・・じゃあ、私は在人の手当を。」
振り返り千歳はゆっくりこちらへ戻ってくる。そして、納刀しながら一言。
「あ、でも1体倒しちゃったから。」
その言葉とともに、一番手前にいた大型ゴーレムがバラバラに崩れちる。ありゃ、格好いい。どうやら俺が千歳に抱き着かれている間に、ぶった切ったみたいだ。
「心臓部は終わったら回収しましょう。」
そう言って、千歳はハイタッチで才華と交代する。
「りょーかい。」
その間もゴーレムは動かなかった。というより動けなかったみたいだ。オーラ怖いよな。うん。
才華は早速、
「今の私は冷血、冷酷、冷徹よ。」
俺の負傷原因のゴーレムと対峙。そのゴーレムは覚悟を決めたのか、グォオオオオオオと声を張り上げ、左手を薙ぎ払ってくる。才華はバックステップで回避。しかも数センチと思われる見切り。左手が才華の前を空振りしたところで、間髪入れず才華はゴーレムの左腕に右手を添える。才華はニィと小さく笑った気がした。その瞬間、ゴーレムの左腕に竜巻が起きる。竜巻が消えるとゴーレムの逞しかった左腕は岩の表皮一枚でつなっがっており、手の部分も親指を残しているだけの状態になっていた。ゴーレムはグガガガと悲鳴を上げる。ヒィ、痛いじゃあ、すまんよなアレ。
「うるさいわよ。」
ゴーレムの様子なんて知ったことなく才華は、ゴーレムの口部分になぎなたを突き刺す。そして、ピカッとゴーレムの口部分が光った。ゴーレムの口の中で雷の魔法を発動させたみたいだ。うーん、俺も口が痛い。あきらかに残酷だ。ヒイイ。
この2撃で、ゴーレムは前に倒れそうになる。が。
「まだ、早いわよ。」
ゴーレムの周囲には水の固まりが浮かび上がる。才華がなぎなたを抜くと同時にゴーレムの身体を水が切り刻む。あれだ、ウォーターカッターだ。イタイイタイ。才華の口元は笑っている。ゴーレムの全身に無数の切り口ができ、左腕はちぎれ落ちた。ゴーレムは声をあげることもできないみたいだ。ヒィーー。しかも間髪入れず、才華は傷口を凍りつかせたみたいだ。あれだと傷も治らないんだろう。
「頭。」
才華は飛び、ゴレームの頭部に右手を当てる。瞬、間ゴーレムの頭部は赤くなり、ドロッと溶けた。炎の魔法の応用なのかな。熱して溶かしたようだ。ヒィイイ。こえーよ。おいおい。
「ラスト。」
才華はゴーレムの前面に降り、息も絶え絶えのゴーレムのボディに触れる。そして、ゴーレムに背中の岩石が不規則に隆起し、ゴーレムの背中が爆発したようにめくれ上がった。なんだ?なにをした?
「大地を操る魔法をゴーレムの表皮で発動させたみたい。」
千歳が冷静に説明する。さいですか。ゴーレムはゆっくり前に傾いてきたのを確認した才華は後ろへ飛ぶ。ゴーレムはドスーンと倒れ砕ける。一方的に倒した。と言うより嬲り殺した。千歳はさも当然のように平然と見ている。俺の感覚がおかしいのか、俺がビビりすぎなのか。・・・これはシクに見せてはいけない。うん。教育によくない気がする。この考えは間違っているのか?誰か教えてくれ。
「ふー。見てくれたー。ざいとー。仇とったから。」
先ほどまでの禍々しさから一転、明るくノーテンキな雰囲気で手を振り笑顔な才華。あ、はい。いや、こえーよ。その切り替えも。とりあえず。俺は恐怖をださないように、ひきつった笑顔で右手を上げる。それよりゴーレムはまだいる。うしろうしろ。
だが、俺の懸念は杞憂に終わる。ゴーレムは恐怖で動けないようだ。ですよね。
「すぐ終わらすから待っててねー。」
才華は余裕の投げキッスをする。そして、ゴーレムの方へ向きを変える。




