着信
表に出ないはずの黒歴史設定
Q べガラットさんは3股にいい印象を持ってないけど、良子さんたちはどう思っている?
今日の俺は才華の使用人の1人。
太鼓持ち 荷物もち ゴマすり 資料運び 機材運び お茶出し クッション 時間の確認
等々の雑用。雇い主様は、女性研究者と話しておられる。研究者、技術者としての才華は真面目な顔つきで、資料に目を通している。その前の研究者の前には複数の瓶。
その瓶はクルンさんの薬。妊娠と避妊用。精力増強などなど。女性研究者は才華からこの薬の再現を一任されているチームのリーダー。
「才馬さんからは普及するには5、6年くらいの予定で計画してるとのことです~」
のんびりした口調でしゃべる研究者 中野藍さん。
『この薬を最優先で再現して』と言われ、3か月。この世界の物資で異世界の薬の再現の目途はもうたっており、世間で運用させるまでの期間についても道筋ができている。
「秋元じいちゃんのほうは?」
秋本じいちゃんこと秋元陽介。この研究所の表のトップ(裏はもちろん才華だが、いなくても研究所が回るのは秋元のじいさんがいるからだ)で才華の科学者としての師匠。
才華いわく、アルキメデス、ダ・ヴィンチや、ガリレオ・ガリレイ、ニコラ・テスラ、トーマス・エジソン、木手英之進、阿笠博士、台場巽、岡部倫太郎、木原マサキ、ウリバタケセイヤ、テム・レイなどなどの発明家、科学者たちの発想と技術。そして秋本じいさんの教え。これらのおかげで異世界転送装置ができ、技術革新や特許を得ることができた。そうだ。
現在、秋元じいさんは特段研究をしているわけではない。どっちかというと研究者学者のありようについて、ここの研究者へアドバイスをしている。総合知、データのとり方と読み方。科学と常識のバランス、検証があるか、間違いを認める誠実さ、自省があるか。それらを持った学者の育成に力を入れている。そのためか、どちらかというと才馬さんとの行動が多くなっている。
「秋元所長からは、『本来の開発とは順番が逆とはいえ、試験期間はしっかりとるように』と言われてます~」
「ああ。兄貴もそう言っていたから、そこは念入りにね」
今回再現する薬を実際には使ったことあるのは俺たちだけ。とはいえ、それは1つだけでこの世界では未知数の薬。世間で使用するには試験を経て安全性、有効性を証明した後になる。
「わかっていますよ~」
「あ、これだけは運用試験前でも、数本私に頂戴ね」
指さしたのは避妊の薬。それを見て、俺、才華と見てほほ笑む藍さん。
「わかってますよ~」
「よっろしくね~。なに効果がなくても、私は困らないから」
ですか。
「そういってもらえると助かりますけど~、そもそもお二人ならこれ必要ないのでは~?」
ピンクのオーラを醸し出しながら質問をする藍さん。この研究所で俺の状況を知らない人はいない。そして、暖かく見守ることが身のためと皆理解している。
「私の義妹が独立するまでは~ということなんだよ。できる私は待つし、その間はその間で楽しむよ」
「そうなんですか~」
「だから、定期的にこっちには回してね。たくさんあって、私たちが困ることはないから」
「わかりました~」
最後までのんびりした藍さん。どのんびりした雰囲気だがここで働いているだけあって優秀。
そうじゃなきゃここにいることはない。人を見る目に長けた千佳さんに見つけられて、才華に認められないといられない。
名誉はいらんから研究したい、なにか作り上げたい。世間に迎合しない。最低限の常識と人間性。失敗、間違いを認める誠実さ。
などなどの要件から集められた人達の1人である。ここにいるには厳しい試験があるわけではない。ただただスカウトされるだけ。どんなに自称優秀だったり、テレビなどに出たくらいで入れるわけではない。コネもきかない。演技もきかない。
俺の目で見てもテレビや雑誌にでている学者たちのほとんどがここに入ることはない。秋本のじいさんと才華のやりとりから、それだけはわかる。
そんな狭くて鉄壁な嘆きの壁からの招きの手に引きずり込まれた研究者達を待っているもの。
潤沢な金銭。資材を完璧に用意する優秀スタッフ。凶悪な護衛。その全てが世界でも指折りレベル
これらのおかげで、存分にしたいことに集中できる。そのため、研究者もやる気と恩義から、成果をだす。
ウィンウィンな関係ができあがっている。だそうで。
「では失礼します~」
部屋から出ていく藍さん。
「ふう。所のほうはこれでいいね。在人~お茶飲もう~」
肩の力をぬき椅子にもたれ掛かる才華。
「へいへい」
良子さんに仕込まれて、赤点をなんとか脱した紅茶を出す。今出したのはダージリン。俺の財布じゃあ買うことはない値段のもの。
天城家に就職してから、使用人のすごさ、特に良子さんのすごさを認識した。紅茶の入れ方一つにしてもいろいろ教わった。そのため、なにもできないから、器用ド貧乏くらいにはなった気がする。
「うーん。在人にイレてもらえるというのは至福のひと時ねぇ」
味ではなく俺が淹れたことが大事ですか。悪い気がしないと言いたいところだが、言い方のニュアンスというか意味合いというかなにかがおかしいよな。
「まあ、今までのとりあえず出すから、淹れて出すくらいにはなったからな」
スーパーで売っているものを適当に淹れて出すよりは進歩しているのは確かだ。雀の涙ほどの差だろうがな。
「イれて出してもらえる関係になれて、私は幸せだよ」
この表情はなにを味わっているのやら。
「ですか」
スルースルー。突っ込んだら負けではないが、長くなる。才華には一息つけてもらわなければならない。
こうして、当たり障りのない話でティータイムを終え、才華は装置の開発へ。
装置は敷地内に建てられたちょっとしたドーム内の中。現状2号機はあと少しで完成。3号機の開発は転送に必要な核の部分はできている。
ぶっちゃけ、この建物や装置を動かすための部分の完成に時間がかかっていた。流石の才華も建物の設計案は作っても作成にまで手をだしていない。その代わりにバリバリ働いていたのが千葉のじいさん率いるチーム。こちらもこの手の大がかりな建築はなれもたもの。
1号機からの改修点。
ドア部分と操作部分の分離。ドア部分の移動。サイズダウン。リモコンの送受信の範囲拡大。ドア自体の防御機能超強化。量子コンピュータとの接続。
異世界での刺激によって、最高にハイ状態の才華は、あっという間に装置の改修にまでしていった。そして、秘密裏に量子コンピュータを作っていたことも含めて
『天才』
であることをこの世界でも実感してしまう。
この量子コンピュータが才華にとって装置作成のために第一歩だったらしい。
このコンピュータの完成中学1年時。これは秋本のじいさんが家庭教師についてから3年後くらい。思えばそれくらいから、才馬さんや才華の父親をはじめとする祖父母、曾祖父母を含めた天城家中枢の動きの激しさが増している。この量子コンピュータの存在は無関係ではないのかも。
今まで隠していた才華製量子コンピュータを教えてれたのは、より一層親密になったから。それと才華の本気度が伺える。
天城家はどでかい。裏から政治にも係わっているのも教えてもらった。そのことについてははうすうす感じていたが、確認することはしなかったし、教えるものでもないのだろう。いろいろ知らないほうが安全といえば安全か。この量子コンピュータの存在が世間に出回っていないことも意図的なんだろう。
その知ってはいけないことを知ってしまう領域へついに至ってしまった。これが天城家で働くということ、いや、公私で才華の隣にいることなんだろうか。
うん、深く考えるのはやめよう。
「よしっと」
どうやら一区切りついたようだ。正直見ているだけでは組み立てたり、プログラミングをしているしかわからないので、進捗状況は分からない。
「これなら明後日にでも組み立ては完成だね」
へえ。組み立て完成か。
「……マジで?」
あと少しで完成ってそんな完成度だったのか?
「マジだよ」
「極端な話、明後日にでも異世界に行けるのか?」
「行こうと思えば行ける。でも、異世界との接続、リモコンとの繋がり、新機能のテストなどがあるからね。これの目的は異世界に行くことよりも異世界と私たちの世界の座標についてのデータ収集が目的!それを忘れちゃあいけないよ」
異世界と繋がり方の詳細把握。
異世界との繋がることを最優先で作成した試作1号機は結果的に俺たちの世界とパヴォロスを繋げた。これだけでも異次元の発明だが、固定式の1号機では他の世界につながることはない。
フレーム内で移動のできる試作2号機で様々な世界とつなげる。ここで集めたデータを元にあらゆる座標につながる試作3号機を作成。そして、パヴォロスと繋げる。これが最終目標。
現実にはないと誰もが思う異世界。けど実際にはあった。というよりあるのが普通なのかも。ただ、認識する手段がなかっただけで、行く手段がなかっただけで。
そして、異世界が1つだけではないのは、あの神の話から確定。数は数個では済まないだろう。
そこから、パヴォロスを見つける。現状、その位置についてを数値化などができていない。才華としても確証を得るにはデータが足りないらしい。
「それはわかってるて」
「ま、気分転換に散歩くらいならするかもね」
「ですかい」
「それができるように今日はもう少し頑張りますよ~」
「りょーかい。じゃあ、夕食は少し遅めで頼んでおくぜ」
会話を終えて才華の作業動作が速くなった。
2日後、装置の組み立ては終了。つまり試作2号機の完成。
「これで1つの段階に到達~。」
一歩進んだのは確かだし、嬉しいのはわかるが、なんだ、そのポーズは?
「やったわね」
「うわああああい」
愛音とマアカは笑顔で拍手している。
「それで、今後の予定は?」
「早速、明日から機能テスト! と言いたいところですが」
「ですが?」
首を傾げる愛音。
「私はこういうとき、ご褒美が欲しいタイプ。なので明日、在人とお泊りデートに行きたい。てか行く行くぞ。在人が「うん」と言うまで、求めるのをやめない」
ずいずいと俺に密着し、見上げてくる才華。言葉と雰囲気と表情のバランスが悪いと思うよ。
「ちょうど個展に行きたいと在人とも話していたから、ちょうどいいわね」
「四掛神|篤河のやつね。行きましょう、行きましょう」
愛音とマアカも行くことになっているが、才華の表情はそうゆう予定ではないようだ。だけど、俺が了承しないと、求め続けると言われた以上、なにかは言わんと。
「じゃあ、4人でいくかい」
「この欲張りさんめ~。私だけじゃ物足りないと申すか~」
才華がつっついてくる。
「4人で遊ぶのが最近なかったからだよ」
パヴォロスでの異世界生活は、俺たちの距離感を狂わしたのだ。学生時代は終えたが、そこにいるのが当たり前の関係になっている。
「そんなに私たちがいないと寂しいの?」
さびしいではない。
「あら?そうなの?」
便乗しない、愛音
「ザアイー」
飛びつくな、マアカ。
「へいへい。そうだよそうだよ」
「私ならいくらでもその寂しさを埋めてあげるのに。なんなら、今からで」
才華よ。そんな顔をするな。雰囲気をだすな。服を脱ぐ準備をするな。マアカよ便乗するな。愛音よ便乗するな。
「ここにあるのは精密機械だろ」
視線を装置の部品へ。
「なにほんのちょっと移動すれば」
「それで解決するぐらいでは済まないなあ」
「あら。ずいぶん激しいってことかしら」
「まあ、そうなりそうだから、今日は、な?」
この場では断っておく。明日は断れそうにないなあ。いや、別にいいんだけど。
「そうねえ、本番は明日よねえ。そのためには今から、準備が必要ね」
「気合を入れるのは止めないけど、今日やることをやってからな。あと目的を勘違いするなよ」
目的に向かってやるべきことはやろう。そこは大丈夫だと……大丈夫なはず。きっと装置自体の完成でうかれているんだろう。すくなくとも明後日には落ち着くはず。たぶん。
翌日、俺たち4人はデート。早速、個展へ。
「愛音はこの人のファンなの?」
「ファンってわけではないわね。マアカ。ただ何点か、引き寄せられるのがあるってところかしら」
「あー。それは分かる。ムラがあるっていうのか。差があるんだよね~」
「ですか、才華」
芸術のあーだこーだは分らんが、ボケーと見ることは嫌いや苦手ではない。才華たちも個展やらアニメ展は嫌いじゃあない。
だべりながら、美術館へ到着。『四掛神篤河』。パンフレットの写真だと、ただのおっさんにしか見えんが、作品は世界で評価されている。平日であっても客はいるいる。俺はなんとなく名前を聞いたことがある程度だが、世間では違うらしい。
1つ1つ作品を見ていく。まあ、俺はボケーとみているだけ。だが1つだけ気づいたことがある。
先ほど才華たちが言ってたように、目の引く作品がある。こんな俺でも気を引いてしまうものが。いや全部そうっちゃ、そうなんだけど、確かに差がある気がする。
才華たちも引き込まれるものとそうでないものでは見ている時間が違うのが分かる。他の客もそのように見える。
今見ている海を題材にしたものと、1つ前にある海を題材にしたもの。1つ前のほうが気になる。そっちのほうが惹かれる感じがする。
ムラがあるってのはこういうことなのだろうか。
まあ、いい時間を過ごせたとは思う。
「ザアイはどれが気になった?」
個展を見終えて、俺だけでは絶対に行かないオープンカフェで一休み。マアカに聞かれて、ふわっと脳裏に浮かんだのはアレだ。
「うーん。湖のやつかなあ。あれが一番好きかも。おっとどこら辺がとかは聞くなよ。言語化できるほど感性も語彙力もないからな」
どうと聞かれても困る。言葉にできないってやつだ。嘘です。言葉で現わせないだけです。
「ああ。アレね。私もそうね」
愛音は嬉しそうだ。
「私は少女の奴ね」
才華は、椅子に座っていた遠くを見つめる少女のか。
「私は、猫のね」
マアカは三毛猫3匹がじゃれあったもの。どれも俺が惹かれるほうのやつだな
「それにしても、実際に見ると差は大きかったわね」
腕を組んで不思議そうにするマアカ
「というと?」
「ザアイも気づいてるでしょう?惹かれるものとそうでないものがあるって」
「あ~、それはなんとなく」
「ムラがある。じゃあないね。私の目と経験上から別人と見た」
ピシャリと言い切った才華。確信があるように自信満々に。
「そんなわけないだろ、才華」
いくらなんでも、それはないだろう。波があるとかじゃなのいの?
「ふっ。そうかな?っと」
会話を遮ったのは、愛音のスマホの着信音。
「あら?良子さんから?」
良子さん?才華に連絡するなら直接するはず。流石に着信拒否にはしていない。なんだ?愛音も不思議そうにする。心あたりはないようだ。
「愛音です。どうしました、良子さん?え……事故……」
『事故』の言葉と同時に青ざめていく愛音。才華、マアカも空気が変わった。
「姉さんが……」
楽しいデートはここで終わった。そして、あの着信音は、日常の終わりを告げる鐘と言ってよいものだった。
A 天城家 結婚できない、子供できないくらいなら、これで良し
地陸家 愛音がよければ良し
あとは在人だしで済んでいる