出発
パヴォロスへの出発日。部屋から3人の声が聞こえる。どうやら俺が最後のようだ。
「おそいぞー。ざ・・・・い・・・・と・」
部屋に入った俺を見た才華が固まる。マアカと愛音もだ。
「ザアイ、大丈夫・・・・・じゃないよね。」
異世界行きの恰好をしているマアカ。ちゃんと準備はしているね。
「頑張ったのね。」
愛音が優しく俺を抱きしめる。暖かい。柔らかい。優しさがある。涙がでる。うん。自画自賛だと思うけど俺、頑張った。もう疲弊がピークだ。体は悲鳴を上げている。うん。
「在人。この後の予定は?」
「ないです。」
マアカの参戦が決まったあの日、帰宅しようとした俺は良子さんに引止められる。
「ならついてきて。」
「あ、はい。」
「3人とも在人を預かるから。」
良子さんの唐突な発言。いい予感はしない。うん。
「な、ずる。」「わたしも」「ザアイがいくな」
「あなたたちは、自分たちのするべきことをしなさい。」
「「「はい。わかりました。」」」
なにか言おうとした3人は良子さんの言葉に背筋を伸ばした。俺からは良子さんの顔を見れなかったが、俺も反射的に背筋を伸ばしている。異世界で味わった恐怖とは別の恐怖を肌で感じている。
訳も分からずそのまま連れていかれた部屋にいたのは上衣が道着姿の千佳さん。
「お、来た来た。さ、在人もこれを着て。」
手渡されたのは道着。良子さんも道着を持って着替えにいった。
「えーっと?この状況は?」
「質問は良子が来てから。早く着替える。」
「あの。」
「き が え る。」
問答無用の千佳さんに押し負けて道着へと着替える。うーん。悪い予感が実感になる。
良子さんも着替え終わったところでカウントが1つ進む。
「在人。話を聞く限り3人ともやむを得ないとはいえ危ない橋を渡っているわよね。死なないのが不思議なくらいの橋を。」
本当は2度ほど死後世界は体験しているが、そこらへんは才華が上手く誤魔化している。
「まあ、実際は重症なのを魔法やら異世界アイテムやらでことなきを得てるのかもしれないけど。」
良子さん、おしい。もう1ランク上。
「私の可愛い妹2人に、マアカちゃん。いくら人に対して天と地と魔の実力差があったとしても在人が守られっぱなしにはいかいよね。」
ん?今なんて言ったんだ?分からないところはあるが言いたいことはわかる。
「もう理解していると思うけど、出発日まで泊まり込みであなたを鍛えます。行かないという選択肢がない以上、他にやれることはします。」
肩や首を回す良子さん。ですよね。泊まりこみ!?カウントがまた1つ進む。いや減ったというべきか?
「えーっと何をする感じで?」
「やることは簡単よ。譲二じいさんに教わったあれやこれ、私が教えた護身術。それらの復習。ただそれだけ。」
千佳さんも軽く跳躍を始める。カウントがまた1つ減る。
「忘れた動きを無理やり思い出させる。動かない体を無理やり動けるようにする。無理やりにでも体に染み込むまで行う。」
無理やりが3回聞こえた。無理やりが3回聞こえた。無理やりが3回聞こえた。
「先に言っとくけど、怪我ありきで考えているから。」
「え?どうゆう意味です?知佳さん?」
訓練数秒で終了する自身がある。
「あの世界の傷薬はこっちとは比べ物にならないのよね。あなたのリュックに入ってたわ。」
良子さんの手にはパヴォロスの傷薬。
「まあ、数が限られているから、節約はしないといけないわね。」
「つまり?」
「肋骨にひび、腕1本折れた、くらいなら我慢ね。実戦ってそういうものよね。」
薬を使う基準が知りたい。・・・・・・・ここは一旦逃走・・・・・心の準備タイムをとりに帰ろう。そうだ。夢にも伝えたり、服とかも用意しないと。
「あのー泊まり込みって。夢とか」
「思いつく心配点は全部解決してるし、新しくでてもその都度解決しておくから。」
流石良子さん。わかってるぅ。うう。
「どれくらいやる感じで?」
「男子三日会わざればって3人が思うくらい。精神と時の部屋って必要ないねって思うくらい。」
どういう意味?その部屋って1日で1年だけど、・・・・・つまり3日で1年分の修行?
「スパルタって楽ね。って思う新しい言葉ができるくらい。」
『リョウコ』っていえばいいんですか?良子さん?
「「さあ、やるわよ。」」
カウントが0になる。魔神と鬼神にエンカウントした。
「・・・・・・大丈夫。うん。休ませて。いや大丈夫。うん。そうあとで休めば。うん。」
「才華様。依頼の品はこちらに」
俺の後ろから良子さんが部屋に入ってくる。
「りょーこ。あんた、私の在人になにしたの。」
「お伝えしたとおり、少し手ほどきしただけですが?」
キーッと赤くなる才華に対して平然としている良子さん。うん。少しらしいね。2人とも終始余裕があったもんね。あれ?あの日々はスパルタって楽って思える内容なんだよね。それが少しってことは『リョウコ』よりハードなものが存在するってこと?
「それでこうなるかー。」
「思った以上に鈍っていたもので。」
飛びかかる才華をヒラリと躱す良子さん。
「そもそも。通常攻撃が科学的に正しい100マンホーン地獄のシンフォニーによるマップ兵器の私。通常攻撃が多重影分身イデオンソード二刀流魔法剣『マダンテ』乱れ撃ちの愛音。通常攻撃がオーヴァドライブ、シャドウサーバント超天元突破ギガドリルブレイクのマアカがいるんだよ。在人に手ほどきなんているか!」
自分たちを過大評価すぎないか?
「だそうだけど、どう思う?」
「3人の使い場所が俺にはないので、酒場で待ってもらいます。」
星を壊し、銀河を壊す仲間をどこで使えと。俺達は世界や銀河やこの次元を救うわけじゃあないんだぜ。
「なにー。それはあれか、私たちじゃなくて良子や知佳義姉を連れていくきか。は!手ほどきと言って、2人におっぱいやおしりを顔に押し付けられたのか。」
才華は俺に飛びかかってくる。
「それはその・・・・」
「押し付けられたのは否定しないのね。」
「・・・・・ザアイ」
才華の言葉を真に受ける愛音とマアカ。
「だってよ。柔道、護身術やったんだから、寝技や組技あるんだぜ、抑えられたり、絞めれたり、極められたりしたから、触れる機会があるだろ。あっと思うと同時に激痛が走ったり、気絶したりしてたけど。」
ありのままの事実を話す。触感は感じたよ、刹那だけど。
「感謝こそされても批判される覚えはないのですが?」
「そうそう。良子の言う通り。あ、お見送りに来たよ~。」
才継君を抱いて千佳さんも部屋に入ってくる。千佳さんの登場で才華も冷静となる。
「なにをもって感謝されるんだよ。千佳義姉。」
「わずかだけど能力の底上げ。」
「つまり、ピンチで颯爽と駆けつけるヒーローになる可能性が上がった在人。ヒーローってカッコいいよね。なかなか見られない在人が見られると。」
3人がピクっと反応する。
「疲弊で頭が回っていない。筋肉痛で動きも悪い。」
「今なら、好き放題できるわね。」
輝いた目の3人が俺を見る。おいおい。
「今後も在人と手合わせする機会をつくったんだけど。」
「合法的にあんなとこやこんなとこを触れるわね。触れてもらえれるわね。」
良子さん?知佳さん?
「ま、まあ。在人のためってのは分かったよ。」
「・・・・・継続は大事ね。」
「私を実感してもらう必要はあるわね。」
3人が引き下がった。あっさり言いくるめられた。
装置が作動しドアを開ける。
「へえ。あっちが異世界かあ。」
感心して一連の流れを見ていた千佳さん。
「・・・・・千佳さんは異世界に興味とかないんですか?」
バイタリティあふれる千佳さんなら行くといってもおかしくないんだが。
「うーん。興味はあるし行ってみたいけど。旦那を放っておくことはできないからね。それに・・・」
やっぱり。興味はあるんだ。
「それに?」
愛音が続きを気にしている。
「私が行くなら良子と沙緒里と一緒になるわね。」
その言葉に装置を操作していた良子さんの口元は笑っていた。今の俺達4人みたいに才馬さん、千佳さん、良子さん、沙緒里さんの関係は深い。
「じゃあ、お土産よろしくー。あと良子の彼氏の件もねー。」
才継君の手を振る知佳さん。お土産と彼氏の件か、深く考えたことなかったな。
「努々浮かれることなく。」
良子さんは深くお辞儀をした後、ドアが閉まる。
「どこでもドアねえ。」
消えてゆくドアを見たマアカの感想。俺と一緒だ。
「さてと。行きますか。」
「あっちね。」
マアカはミタキの街のほうを指さす。
「その訳は?」
「あっちに人の気配。これが魔力なのかしら。」
ですか。そうですか。そうなりますか。魔力はやっぱりありますか。感じとれますか。
「不思議ね、ドアを潜ったとたんに感じるんだから。」
「ですか。」
「?どうしたの?ザアイその顔は?」
「ごめん。嫉妬してます。あと可愛いと思いました。」
予感はしてたけど、才能の差に。才能の差に。才能の差に。あと髪をなびかせながら街の方向を見るマアカに見惚れてました。
「はいはい。行くよー。」
才華の先導でこっちの我が家へ出発する。
「おかえりなさいで・・・・す。」
我が家につき、お出迎えをしてくれたシクは4人目の顔を見て固まった。人見知り?対して4人目のマアカは
「こ・・この子がシク。」
シクの可愛さに震えていた。この世界の説明途中で写真を見たはずなのに。
「そうなるね。」
「出会ってくれてありがとう。」
俺の回答と同時に固まっていたシクに抱き着くマアカ。
「あの。その。」
助けを求める目線を送るシク。
「お、私たちの助けを求めてる。いくよ。愛音。」
「ええ。」
目線の意図を理解した2人は直ぐさま行動に移す。
「きゃあああ。」
2人もシクに抱き着き、シクの叫びが響く。2人はシクの意図を無視した。この叫びにクロスティ、エルージュが駆けつけるが、いつものことと判断し、見てるだけ。
「シクー。」
「どうしたの。」
「事件のにおいだ。」
「どうしました、シクさん?」
ルンカ、ライジー、サウラ、アマが玄関に駆けてくる。このタイミングで才華、愛音は抱き着くのを離やめる。
「た、たすけ」
「シクを放せー」
「シクー。」
「お帰りなさい。」
シクの声を聞き、ルンカたち3人組は突撃する。3人組の突撃を察したマアカはシクを手放す。アマはどうせばいいかわからず戸惑っている。
「ぷはっ。」
「誰、このねーちゃん。」
「大丈夫?」
「でかい。」
マウンテンプレスから解放されたシクをルンカたちが囲んだ。
「「「隙あり!」」」
「「「「わあああ。」」」」
そこを狙っていた大人3人が子供4人に抱き着く。アマはどうせばいいか困っている。クロスティ達は定位置に戻っていく。
「おっほほい。ただいまー4人とも。」
「4人で楽しんでいたみたいね?」
「みんな可愛いねえ。」
5分ほど7人は1つにまとまっていた。