歩き出す
3日後、シクは完全復活。それを祝うように今日の天気も快晴。
本人は母親の体に入ってたときの記憶と、自分の体を刺した記憶があり、そのことを怖がっていた。だが2人の説明により、夢だととりあえずは納得していた。
実際は、才華から夢のメカニズムと見た内容からの深層心理の説明をまくしたてられ、思考が停止。そこへ愛音の
「ライジーちゃんたちが心配してたよ。」
との話から、考えるのをやめただけ。夢のことより明日のこと。このことが一番の決め手だった。
「あ、ライジー、サウラ。シクだよ。やったー。」
「本当だ、治ったのね。」
「おお。」
塾まで送っていくと、シクを見つけたサウラたちがこちらに走ってくる。
「おはようございます。」
「ございます。」
「おはよう。3人とも。」
「はよー。3人の祈りがシクに届いたぜ。」
ライジーとサウラはブレーキを踏み俺たちに頭を下げる。微笑む愛音に親指を立てる才華。
「おはようっだにゃー。シクーーーー。うーん柔らかーい。」
「きゃっ。」
ルンカはいきおいそのままシクに抱き着き、頬をこすりあう。
「やったー。シクが元気になったー。」
「こら、ルンカ。シクが困ってる。」
ルンカを引き離そうとするライジー。
「完全復帰?」
そのやりとりを無視して、話を進めるサウラ。
「うん。心配かけてごめんなさい。」
「さびしかったぞー。」
「元気になって本当によかったわ。」
「復帰祝いしなきゃ。」
わいわい楽しんでいる4人。シクの年相応の笑顔を久々に見れた気がする。シクが死んで生き返るまでたった数日の出来事なのに、そう感じてしまう。
「ほらほら嬢ちゃんたち、塾始まっちゃうよ。」
「そうね。先生に怒られるわよ。」
「そうだった。じゃあいくね、ねーちゃんたち。」
「失礼します。」
「また。」
「行ってきます。」
お辞儀をして4人は塾の中へ。入口にいたイナルタさんもこっちに手を振っていた。
「さて、ナファフに行くか。」
「ええ。」
今日はこれから、シクの母親の埋葬。無論シクには内緒だ。シクには別の人物の埋葬だと言っている。
「アマちゃん、無理してなければいいけんだけど。」
「うーん。責任感強そうだからね。それで自分を潰すタイプにも見えるし。まあ。少なくとも身だしなみは整えてこいって念押しはしたからね。」
あれは念押しじゃない、脅しだ。と本人には言わないが。
槍ちゃんの仲間、戦士君ことドトーと、金髪ちゃんことルーパ。今日この2人はシクの母親と一緒に埋葬される。
2日前、母親の埋葬準備のため、ナファフにいったところ、落ち込んでいた槍ちゃんに出会った。2人をちゃんと埋葬したいのだが、そのお金を工面できなく困っていたのだ。
チームメイトが死んで、自身も心身ともに拭えない傷を負った槍ちゃん。それでも仲間の埋葬のために既に動き出していたことには正直驚いた。ガーゼットさんの話だと、似た状況だと立ち直れない登録者のほうが圧倒的に多いらしい。俺も無理と断言できる。
クエストでお金を稼ぐことはできるが、今現在の実力かつ1人で行えるものでの報酬ではほど遠い。なら、複数人のクエストに同行させてもらう手もあるが、クエストの失敗と自分以外全滅という事実が足かせとなり、同行を拒まれている。
偶然の再会であったが、そのことを聞いた才華が一緒に埋葬することでナファフに話をすすめ、そのお金は才華が払った。しきりに遠慮する槍ちゃんを無視して強引に話を進める状況であったが、愛音も才華を止めはしなかった。男1人に女2人だった槍ちゃんのチーム。思うところはあったのだろう。
クエストなり、お店で働かせてもらうなりして、お金を返すまではこの街に残ると槍ちゃんは言っていた。それで無理をしてないか2人は心配していたのだ。
ナファフに行くと見出しの整った槍ちゃんが待っていた。
「おはようございます。」
「はよー。ちゃんと見出しは整えてるね。」
「おはよう。アマちゃん。無理してない?」
「はい。本当にありがとうございます。」
「みなさん。おはようございます。準備はよろしいでしょうか?」
ザインさんが馬車とともに現れる。
「おーい。君たちのところのお嬢ちゃんは治ったのかい?」
後ろから、ニヒトさんの声が聞こえ、背筋がぞわっとする。2日前のときは出会わなかったのでほっとしていた自分がおり、俺の本能はニヒトさんにビビッている。
「はい。今日から塾に行ってます。」
「その件はご迷惑をおかけしました。」
2人が頭を下げる。俺は勘違いし暴走していたことになっているが、2人はふつうに看病していることになっていた。ここの扱いも腑に落ちない。
「そう。よかったわね。」
キッツイ印象のニヒトさんの顔が柔らかくなった。
「ではむかいますよ。みなさん。それではこちらをお願いします。ニヒトさん。」
相変わらず柔らかい物腰のザインさん。糸目のザインさんとニヒトさんが並ぶと、ニヒトさんの目つきがより悪く見える。言わないけど。言えないけど。
道中、才華の赤髪が風にゆれ、魅入ってしまう。魔女は赤髪。この世界の共通認識によって、出会う人出会う人に驚かれるが『魔女になった。』これだけで全て解決していた。幸いにもそれで距離をとったり、敵意を見せる人はいなかった。
魔女の件は現状ではこのまま。才華はいずれ、色はともかく魔女の力のオンオフをできるようにするつもりらしい。方法はわからんが考えはあるらしい。
赤髪自体は気にいっているようだが、色の変化について、良子さんたちにはどう説明するのだろうか。
絶対に魔女の件まで話は及ぶ。衝突は回避できないし、こっちも問いただされるので憂鬱ではある。
帰りたくないが、帰らなければならない。はあ。
トラブルもなく、シクの母親ときんぱ、・・・ルーパとドトーの埋葬は終わった。涙を流さずに凛としていたアマだったが、愛音が抱き寄せるとその胸で静かに泣いていた。その様子をみて、才華は俺に寄り添ってきた。
一日が終わり、ベッドで横になる。
埋葬も終え、シクも日常に戻ってきた。魔女の件はあるけど、明日から俺達もこの世界での日常に戻ることになるだろう。
ドンドン!!
「在人、起きてるねー。」
「入るわ。」
「あいよ。」
ノックととも2人は部屋に入ってくる。
「あ、寝るつもりだなー。させんぞー。」
横わたっている俺を見て、才華がベッドに飛び込んでくる。
「夜なんだから寝るだろ。」
「そうだけど、今日はまだだめ。」
愛音もベッドに座る。まだ?
「で?要件は?」
「身に覚えてない?」
「・・・・・わかりません。」
「ん。私たちさ、まだ残ってるんだよね。」
「?なにが?」
「シクが死んだときの喪失感。」
「アマの惨劇。」
「テリカと死の恐怖。」
「殺した事実。」
「母親の中にいたシクの叫び声。」
「動くドトーとルーパの遺体。」
「目の前ではじけ飛ぶシク。」
「残った赤い血」
「シクが元気になるまで我慢してたけど、もう限界。」
「耐えれなくなったら、来いって在人、言ってたよね。」
2人とも、心の負担が限界にきていたのか。
「うん。」
確かに俺は言った。
「テリカに言った言葉も覚えてる。口だけじゃないとこを見せてくれるんでしょ。」
「薬の効果もあるしね。」
求める2人。アラクネルを倒したあの夜と同じ空気。反射的にドアのほうに目線をむけてしまう。
「シクには魔法使ってるの。」
「朝までぐっすりね。」
同じことを考えていた2人は妖艶な笑みを浮かべていた。用意周到なことで。
「いいの?俺で?」
「それ以外の選択はないよ。」
「在人にしかできないのよ。」
「いいの?その、傷の舐めあいみたいな感じで。」
なんか嫌な言い方になってしまったな。
「お。言うねえ。ちゃんと愛し合いたいってかい。」
小悪魔の笑みを浮かべる才華。この表情に見惚れてしまう。
「・・・・・・・・まあ。」
「愛してるから、在人を求めてるのよ。」
俺の手を取る愛音。この表情に見惚れてしまう。
「そういうこっと。」
才華はそのまま口づけでなにかを飲ませてきた。なんだ。ってか逆だよな。こういうのって。
「なにを。」
「クルンさんのお薬。使った以上はもったいないから効果を楽しもうね。効果はいずれわかるよ。」
「そういうのは・・・・」
「在人がしたかった?ならどうぞ。」
クルンさんの薬を俺の手にわたし、目をつぶる愛音。
「・・・・・もっと、雰囲気とか気にしないの?」
「こっから持っていくのよ。」
「そうね。」
薬は置いといて
「そっ。」
そのまま愛音に口づけして押し倒す。
一夜明けて、また日常が始まる。
関係が深まった後とはいえ、なにかが変わるわけでもなく変わらない日常が。
「いってきます。」
「「いってらしゃい。」」
シクを塾に送ったあと、今日はクエストへ。
「このごろ殺伐としていたから、のんびりできるクエストにしよう。いいよね、クロスティ。」
「ワン!!」
「俺達じゃなくクロスティへ相談かよ。」
「あ・・・・・・」
俺の質問に顔をそらす才華。え?・・・・・らしくないよ。
「この態度、酷くない。愛音。」
「え・・・・・その。エルージュもそれでいいって鳴いてるわ。」
愛音も目が合うと慌てて空中にエルージュを見上げる。えええええええ。
4人でいたときは普通だったのに、なんで?なんで?
「どったの?2人とも」
「・・・・・昨日、アンなことしたんだよ。」
「そうなると・・・・・ね。」
恥ずかしそうにする2人。・・・・・急に深くなりすぎたのかな。いやでも望んだ、臨んだのは俺を含めて3人。これでこうなるか?俺がおかしいのか?
「さっきまで、シクがいたときは普通だった気が。」
「シクに心配させるわけにはいかないでしょ。」
「そういうこと。」
目を合わせてくれない2人。たまにこっちをみるが直ぐに逸らす。
・・・・っく。なんて言えばいいんだ。
パシャッツ!まぶしっ!
「なーんてね。」
「ふふ。」
2人はスマートフォンの写真で俺を取っていた。
「やーい。騙されてやんの。ひひ。」
「ふふ。だめよ才華、そんなにからかっちゃ。」
あのなんとも言えない雰囲気が吹き飛び、いつも通り。そういつも通り。じゃじゃ馬扱い易いって思える暴れ馬の2人に戻っていた。
「あ、安心してる、いつも通りの私たちって認識しているね。」
「まあ。俺にとってはねえ。」
「ふっ。アンなことだってもう日常の一部。そう、アンなことだってもう日常の一部。私たちの関係が深く濃くでも不覚酷でも、なにかが変わるわけじゃない。」
「なぜ2回言うところがある。」
「ま、いつも通りの空気になったところで行こう。」
「そうね。」
才華が歩き出し、愛音が続く。旋回していたエルージュも進み、クロスティは俺を一瞥した後2人を追う。なんだクロスティその目と表情は。っく。まあいい。
「はいよ。」
風に揺れた赤と黒の髪を見て俺も歩き出す。変化はあったけど変わらなかった関係とともに。