愛音
「俺がいい餌なのはわかったけど、才華にはなにを見い出したんだ?」
話ついでに確認していく。これも気になることだ。
「ん。才華に魔女の資質があったから。」
!!
「へえ。すごいね。才華。」
「あ、そうなんだ。」
感心する千歳と大して気に留めていない才華。
「そうなの。」
「ま、この件はここまでにしてさっさと終わらせよう。」
「そうね。まだ買い物の途中だしね。」
「それじゃあ。さっそ」
「ちょい待て。待て待て。」
俺は立ち上がり流れを止める。あっさり流されていたが結構重要な話だよな。おいおいおい。
それなのに3人はあっさりこの件を終わらせた。俺がおかしいのか?
「どったの?」
「どうしたの?在人。」
「まだなにかある?」
慌てている俺とは異なり、3人は落ち着いている。
「いや、才華、その魔女の資質って今後に重要じゃないか?。千歳も聞いといてそれで納得して終わり?
イディも説明しなくていいのかよ。」
身振り手振りで大げさに説明する俺だが、3人は紅茶を口にしてこっちを見ている。けっこうしゃべったから、喉がかわいたんだよな。
「名前より心臓とか魂がおいしそうとか、この美貌を寄こせとか若さ寄こせとかじゃなかったからいいんじゃない。」
「まあ。聞きたいことは聞けたから。」
「まあ。今じゃなくても。」
「今じゃないってことは。また会いにくるってことかよ。」
正直歓迎できない。魔女なんだろう。・・・・・・ん?
「・・・・・・イナルタさんはそのことを言わなかったの?」
「そういえばそうだね。」
才華が頷く。人の特性を見抜くイナルタさん。それも魔女の力なのかな?その力をもつイナルタさんがこのことには気付くと思う。そもそも世界を壊せる力を持っていると教えてくれたのはイナルタさんだ。
・・・・それでか?魔女になることで才華はその力を持つことになるからか?なら俺の頭では納得だが。
「聞かなかったからじゃない?」
「ああ。そうかもね。」
千歳の言葉に納得した才華。
「えーと、話を戻すけど。魔女の資質があるってことは、魔力だけで生きて行けたり、長寿?不老?になって、髪が赤くなったりするわけ?」
「そうね。あと、名前が変わってることを認識できる可能性が高い。あくまで資質の深さ濃さ次第だから、気付かない場合もある。」
変化に気づいて行動できるのか。
「私も名前やら死ぬ可能性を食べたりできるようになるわけ?」
「それも資質次第。魔力と物以外のなにかを食べるのは魔女の中でもより少ない。そして、何を食べるかは資質と魔女に覚醒するときの状況しだい。」
「覚醒するとき?」
「魔女は自然になるものでも、ただ名乗ってなれるものでもない。魔力と魔力でも物でもない物を食べたときになるもの。」
?はい。わかりません。
「例えば、私が、魔力と千歳の在人への愛情を食べたら魔女になるってこと?」
「そうね。」
イディが頷くってことは人の気持ちとかも食べれるのか。本当に原理とかどうなっているのか?
「私が才華の名前を食べたら、その可能性がなくなるかもしれないからね。だから食べる対象から外した。」
「イディは才華を魔女にしたいわけ?」
「魔女の数は少ないからね。大婆へのごますりね。」
千歳の質問にイディが答える。大婆?また登場人物が増えた。まあ、長老なポジションの人かな?俺は才華を見る。魔女の資質についてどう考えているのか。
「私は魔女になる気はないよ。」
「あら。あなたの性格なら喜んでなりそうなのに。」
俺もそう思う。もっとはしゃいだり、魔女への変身について熱く語りそうだが。
「興味はあるし。それはそれで楽しそうだけど。魔女という価値より大切なものがあってね。その価値は魔女になることで失うことになるんだよ。あ、魔女を軽く見てるわけじゃあないから。」
「へえ。魔女より大切なものってなんなのかしら。」
「在人と添い遂げること。」
まっすぐな瞳で俺を見つめ返す才華。
「在人のいない人生に意味はない。」
力強くイディにこたえる才華。
「私は明日、在人と入籍して、明後日には妊娠して、3人の子供に恵まれ、孫に愛され、80歳くらいで、在人に看取られるて決まっているんだから。」
「あら。そうなの。おめで」
「いや、そこはスルーしてください。」
才華の暴走発言を素直に受け止めたイディに突っ込む。
「どっちにしろ、在人や千歳がいない世界で1人のうのうと長生きするつもりはないよ。」
「そう。残念ね。ま、魔女にはなれるそれだけ覚えといて。」
「承知。」
「さて本題に戻りましょうか。」
紅茶を入れ直したイディ。
「じゃあ、千歳の新しい名前を決めてもらわないと。いい名前頼むよ、イディ。」
「うーん。そうね。」
少し考え込むイディ。
「・・・・イトネ。うん。イトネにしましょう。」
あっさり決まってしまった。なにか意味はあるんだろうけど。
「あ、あと漢字も決めないと。」
「そうね。漢字はつけてほしいわね。」
「・・・・・漢字?下に書かれたのがそうなのかしら。3人だけについてて不思議だったけど。へえ。漢字ねえ。」
まじまじと千歳を見て確認しているイディ。
「・・・・・魔女の目はそいうのも見えるのね。」
「死神の目みたいなものね。」
「その例えはわからないけど、そこから、味の予想もつくのよ。」
「で?どうするの?」
「え?」
イディが俺を見る。才華も千歳もだ。
「え?じゃないでしょ。『イトネ』の漢字。私は漢字なんて知らないんだから。早く。」
「俺が?」
「ええ。君が決めなさい。」
3人が俺に注目する。千歳は微笑んでいる。この状況になっても動じていない。俺をまっすぐ見ている。微笑んでいるのにあの顔を見れない。
「簡単に考えてくれればいいわ。名前がないよりはずっとまともな状況なんだから。」
「簡単って言うなよ。」
「在人が与えてくれる名前に私は文句を言わないわ。」
「えーっと。さ・・・・」
「私を頼らない。千歳の指定なんだから。」
才華に助け船を求めようと目線を送るが即断られる。
「考えたって、在人の頭じゃ限度があるでしょ。だから簡単にって千歳もいってるんだから。」
「思いつくままでいいんだから。ね。」
俺は考える。才華に言われるまでなく、字が思いつかない。この状況のせいでもあるだろう。イトネ。・・・イト・ネ。イ・トネ。イ・ト・ネ。
「愛に・・・・音で・・・・愛音。」
「愛音ね。うん。素敵ね。」
にっこりとした千歳。
「お。糸に根っことか思ったんだけど。」
「その字は真っ先に思いついて捨てた。そして、イトがこれしか思いつかなかった。」
糸、意図は名前に付けるのはちょっと違う気がした。
「どんな形は知らないけど、私が名をつけるときにその字は脳裏に浮かべときなさい。」
「わかったわ。」
千歳がうなずく。
「さて今度こそ、あなたの名前をもらうわ。」
イディは席から立ち上がり、千歳もその前に正対する。
「そうね。」
「もうそろそろシクを迎えにいかないといけないし、買い物も済んでいないしね。」
才華も立ち上がる。
「覚悟はよくて?」
「ええ。」
さっきから、とんとん拍子に話が進んでいくが、このまま見ているわけにはいかない。
「ちょい待て。待て待て。」
俺も立ち上がり、イディの前へ。
「ああ。もう。今度はなにかしら。」
俺がまた話を止めるからか、苛立ちを隠さないイディ。
「今更なんだけど、その名前を食うのをやめてくれ・・・なんて立場的に頼めないし、漢字まで決めてあれだけど。せめて、その食べる名前は俺のにしてくれ。頼む。もともと俺が原因なんだから、対価は俺が払う。」
やっぱり、俺を助けるために千歳が犠牲になる必要はない。
「断るわ。」
あっさり断るイディ。わかっていたけど、わかっているけど。
「はっきり言って、あなたの名前においしさを感じない。私はもともとその2人のおいしさにつられて君を助けた。もしその場に君1人なら私は見向きもしなかった。」
・・・・っつ。ですか。ここでも俺には価値がないのか。予感はしてたけど、分かってたけど。名前にすら価値がない。
「そこをなんとか。」
「しつこいわね。」
その言葉とともに俺は地面にひれ伏す。重力?なんかの魔法か?立ち上がれない。
「これはもう決定事項。君の意見は採用されない。それに張本人のチトセ、魔女の資質のあるサイカとは違い、君はこのことを覚えていられないんだから、そこまで気にしなくてもいいんじゃない。気づいたらもうチトセはイトネになっているのよ。」
必死で顔を見上げる。目に写るのは冷たい目線で俺を見下ろすイディ。それでいいって割り切れるわけないだろうが・・・・・この魔女が。俺も精一杯にらみつける。
「在人が悪いから、なにもしないけど、怪我だけはさせないでね。」
才華も助けてくれない。2人の中ではもう決定している流れなのか。抗うつもりもないのか。
「・・・・・千歳。」
「いいのよ。在人。」
千歳は平然としている。
「さっきの話だと変化は少ないといっても0じゃなあい。もしかしたら、千歳のおじさんやおばさん、千佳さんとの関係も変わってしまうんだろう。俺のはともかく、他にも才華や大学とかの友人関係も。」
俺のために千歳と千歳の人間関係を変化させるなんてできない。今からでもなにか方法を考えないと。
「どんなになっても私と在人の関係は変わらない。在人が離れていっても必死で食らいつていく。」
右手を伸ばし俺の頬を触れる千歳。その手からは優しさを感じるし暖かい。
「でも。」
「仮に私から離れていっても、才華がいるでしょう。」
少しだけ寂しそうな顔をする千歳。
「イナルタさんからイディの力について知ったときから、私もリスクは覚悟していた。才華もそうだよ。」
「それでいいわけ。」
困った表情を浮かべながら顔を横に振る千歳。
「これ以上なにか言われると決心が・・・・ね?。」
「女の決心を黙って見て届けなよ。」
周囲からは俺が駄々をこねているしか見えない。・・・・・・・・俺は。俺は。
「俺は二人の足を引っ張るしかできないのか。」
俺は立ち上がる力もわかない。無力感に覆われている。
「そう思うなら、あとでいろいろ返してね。」
「そうね。」
2人はいたずらぽっく笑った。既にいつも通りの笑みにしか見えなかった。
「話はいいわね。」
イディが改めて千歳のほうへ振り替える。
「いただきます。」
イディの口が開いて閉じた。
「あれ?俺なんで転んでるんだ?」
気づくと俺は転んでいた。才華と愛音はしゃがんで俺をのぞき込んでいる。
「大丈夫?」
「おーい。そんなことしてまで、私たちの下着が見たいのかい?ひひっ。いつでも見せてあげるのに。ほーれほーれ。」
心配している愛音とニヤつている才華。才華はスカートをヒラヒラさせている。
「うーん。そのために転んだ記憶はない。」
才華の言葉はスルー。そして、本当に転んだ瞬間の記憶がない。
「頭を打ったのかしら?痛みは?」
「・・・・ない。」
うん。痛みはない。ただ・・・・体がすごくだるい。なんか体全体を押さえつけられたような気がする。うん。それはない。今まで買い物しかしていない。才華がふざけて体におぶさってきたりも今日はない。・・・・才華をおぶってもここまでは疲れないか。
「ちょっと体がだくるなった。・・・・・のかな?」
「おー。これは私が腕を支えないといけないかな?ほれほれ。ちこう寄れ。」
才華が腕をとって立たせてくれる。そして、そのまま腕を組んで体を近寄せる。
「そうね。また転んだら大変よね。」
愛音も反対に腕を組んでくる。そして、いつも以上に体を寄せてくる。そんなに心配か?
「・・・いつも通りだけど、恥ずかしくないの?」
周囲の人はこっちを見ている。俺は恥ずかしい。
「「全然。」」
相変わらずの2人だ。
「・・・・・おいおい。みせつえだあああああああ。」
妬みをもって絡んできた酔っ払いの顔がつぶれ地面に倒れこんだ。
「本当はまっすぐ帰りたいところだけど、買い物とシクの迎えに行かないと。在人、ちょっとだけ我慢してね。」
「そうだね。それじゃあ、シクを迎えに行こう。」
2人が腕を引っ張り歩き出す。才華がおっさんを踏みつけたのはスルー。
「あれ?買い物先じゃなかった?」
そんな話をしてた気が・・・・・
「いんだよ、細けえ事は!」
「ふふ。そうね。それよりもシクね。」
2人はいつもと微妙に違う雰囲気を持って笑みを浮かべた。なんか気になるが、結局2人の笑みに流されてしまった。