茶会・続
不思議そうな顔をしていたアリエルは、ケントに促されてミシェルの隣へ座る。
そのタイミングで侍女がワゴンで運んできて、テーブルに色とりどりたくさんのケーキを並べた。そこはやはりうら若き女子三人、華やかな声を上げて喜ぶ。
ミシェルはショートケーキとミルクティー、エミリーはモンブランとストレートティー、アリエルはカステラと緑茶を選んだ。
至福の表情で味わう中、アリエルが口を開く。
「ここへ戻る途中、仕事終わりのパトリックと出会いまして、ミシェルが来ているなら自分も同席したいと言い出したのです。エミリー様の許しもないのに無理だと言ったのですが、なかなか強情で。宰相からの用事はすぐに終わったのに、説得で疲れましたわ」
「噂には聞いていましたが、パトリックのミシェルさんに対する愛情はすごいですね」
「我が弟ながらお恥ずかしい限りです」
ケントが相槌を打つと、アリエルは肩をすくめた。ミシェルも日頃兄からの溺愛に少々閉口していたので、苦笑いを浮かべる。可愛がってもらうのは嬉しいが、束縛が激しいのだ。
「パトリックも、隠れ攻略キャラの一人だからね。偏愛は、重度のシスコン」
「隠れ攻略キャラ?」
「ミシェル、これからアリエルに全部話すけど、いいかしら?アリエルは非常に優秀だから、今後内密な仕事を与えたいと思っているの。それには素を見せておいたほうがわかりやすいから、事情を先に話しておきたいのよ」
「はい、構いません」
普段とは違うエミリーのさばけた態度と、真剣な面持ちで頷く妹を見て、アリエルは戸惑う。
エミリーは、前世を持っていること、この世界がゲームの舞台であること、そのあらすじ、ミシェルと出会った経緯、自分が次期女王として国を治めやすいように数年前から根回しをしていることなど、時にミシェルやケントに確認を取りながら、わかりやすく簡潔に話した。
アリエルは真剣に聞き入った。食べ終わった空の皿を何度もフォークでつつくくらいには、動揺していたが。
エミリーが話し終わり、目の前で侍女が皿を片付け、新しい紅茶を用意する様子を見ながら、アリエルは気の抜けた声を出した。
「驚きすぎて、どうしていいかわからないですわ。お二人も前世の記憶があるなんて」
「そりゃあ驚くわよね。ここがゲームの中で、前世の記憶があるなんて突然言われたって、理解できないのはよくわかるわ。でも、根回しに必要な資料を集めてもらったりしたいから、本当の私の正体は知っていてほしかった…って、待って。今、お二人もって言った?まさか、よね?」
「アリエルお姉様?」
「はい。私は明治の終わりに鎌倉で生まれました、仲原おりゑという女性の記憶を持っております。女学生の頃に女性の地位向上を目的とする会に所属していましたが、家の都合で勝手に華族子息との縁談を押し進められ、無理矢理脱会させられました。嫁いだ先は古くさい慣習だらけで、自由になりたい欲求が耐え難いものとなった矢先、戦争が始まり、その最中病に倒れて、気付いたらこの世界に」
まさかの告白に、扉の近くで待機するケントはおろか、エミリーもミシェルも言葉をなくす。
いち早く立ち直ったエミリーがカップを手に呟いた。
「明治時代は、私が前世生きていた時代より100年近く前、かな?高校の授業で習ったっけ。高貴な身分の華族と縁談できるくらいの家柄に生まれたなら、女性民権運動なんてはしたないと反対されるでしょうね。いつから思い出したの?」
「物心ついた頃から、ぼんやりとおりゑとしての記憶が残っておりました。はっきりと思い出したのは、妹が生まれて両親がミシェルと名付け、愛称をミィと決めたときです。かなりの衝撃でしたが、その場は何とか凌ぎ、しばらくおりゑの心と折り合いをつけるのに時間がかかりましたね」
「私が生まれたとき?」
「ええ、そうよ。前世の私には、みどりという名の娘がいたの。だけど、戦時中に被害が及ばないところへ娘を移したら、予期せぬ敵からの襲撃に巻き込まれ、行方知れずとなってしまって。その知らせで病が悪化したのは、余程堪えたからでしょうね。私は娘を「みぃ」と呼んでいたわ。この世界でミィが生まれたとき、ミィに相応しい人ができるまで今度こそ私が守り抜くと決めたのだけれど、それはやっぱりみどりのことを引きずっているのかもしれない。でも、あなたを妹として愛しているのは本当よ。幸せになってほしいと、心から願っているわ」
「アリエルお姉様…いつも、ありがとう、ございます」
隣に座るミシェルの手を握り、アリエルが愛しそうに微笑む。ミシェルは姉の思いに触れ、前世でも今世でも姉に守られていることを実感し、胸が詰まった。
兄とは違い、アリエルは普段は優しいが、時に厳しいこともあった。しかしそれは危険なことをしようとしたときなど理由があり、ミシェルは素直に謝れた。そしてよりいっそう姉を慕い、尊敬していたのである。前世の娘と重ねたいたのかもしれないが、それでもミシェル自身を見てくれていたことは、ちゃんとわかっていた。
感動的な二人の雰囲気をよそに、エミリーは昔の記憶を呼び起こし、おりゑは第二次世界大戦中に病に倒れ、その娘のみどりは疎開先で空襲にあったのだろうと見当をつけていた。
しかし口には出さず黙っていたのは、この世界の常識しか知らないケントと平安時代の道子の前世を持つミシェルに、前の世界の戦争の話をするのは危険だと思ったからである。アリエルも、だからこそ詳細は語らずに言葉を濁したのだろう。
前世の話自体は夢や創作話としていくらでもごまかしがきくが、恐るべき軍事力となる兵器の話などは、争いの種にしかならない。この部屋にいる誰かが軽々しく口にするとは考えていないが、言葉に出したら最後どこに耳があるのかわからないので、注意が必要だ。
エミリーはアマランス王国の次期女王候補として名高く、また本人もそのつもりで心構えをしている。前世の日本では失言で立場を追われる人々をニュースでよく見ていたので、口は災いの元と自分に言い聞かせていた。
時折ケント相手に言い争いもするが、ほとんどの場合言葉を選んでいる。ともすれば内に籠ってしまいがちの彼が、唯一本音で話せるのがエミリーだけなので、謂わばガス抜きのためだ。
彼女の頭の一部は常に冷静で、感情に流されず、公正さを保つ。
腹の内にある考えを欠片も顔に出さず、エミリーは穏やかに相槌を打った。
「それにしても、前世持ちが三人も集まるなんてね。他にもいそうな気がしてしょうがないわ。あ、もしかしたら、ホワイト公爵夫人もそうかも。今までにない画期的なお菓子だともてはやされているけど、どれも前世で見たことあるのばかりだし」
「たしかに、久しぶりにカステラを頂きましたわ。緑茶も、ホワイト公爵が遠い異国から輸入したと聞いてますし、夫人の入れ知恵があったのかもしれません。可能性は高いですね。私が気になったのは、今年近衛騎士に昇格したスタンウェイ伯爵令嬢末子のダイアナさんです。優秀な文官を輩出しているスタンウェイ家から初めての武闘派といいますか、とても凛々しいお嬢さんで、何となく戦国時代や江戸時代の武家出身のように感じました」
「あらミシェル、どうしたの?疲れた?」
ミシェルは新しい紅茶に口をつけず、ほぅっと一息吐いた。
心配したエミリーが尋ねると、慌てて首を振る。
「いえ、前世から今を思うと、健康に生まれて、優しい家族がいて、外の世界にも足を伸ばせて、こうして前世を持つ共通の方々と巡りあえて、とても恵まれているなと改めて思ったのです。末摘花の私は恋こそ諦めなければいけませんが、これ以上望むとバチが当たるというものですわ」
「ねえ、前にも聞こうと思っていたけど、どうしてミシェルはそんなに自分に自信がないの?末摘花って、源氏物語にも出てきたあまり見栄えのよろしくない女性のことでしょう?この前のパーティーでも話題を浚っていたのはあなたよ。男性に媚びない毅然とした態度、家族想いの優しさ、自らの話をしないミステリアスさ、何よりきれいすぎて高嶺の花に声はかけずらいって」
「エミリー様のおっしゃる通りだわ。昔から、ミシェルは自己評価がとても低くて不思議だったの」
エミリーの言葉に、パーティーのときに注目を集めていた理由を知ったが、それでもミシェルの顔は晴れない。
俯きがちに、ミシェルは小声で理由を話し出す。
「私のこの顔は、前世と瓜二つなのです。道子の姉は都でも指折りの美人で、艶やかな黒髪、ふっくらとした頬、きれいな肌、一重の切れ長の瞳は美しく、はなすじがすっと通っていて、小さなおちょぼ口がかわいらしかったのに比べ、私は病でやつれていたので、つり目はギョロギョロとただ大きいだけ、頬もこけ、見せられた容姿ではありませんでした。この世界では私の見た目はそこまでおかしくないようですが、儚げで美しいお姉様に似ていませんし、この年齢まで縁談の話もありませんし、パーティーでも誰も声をかけてくれませんし…」
「あーなるほど。平安美人とは対照的だったんだ。今の世界の美的感覚を持ちながら、自分の見た目は平安時代に引っ張られているのね。安心して、ミシェルは気後れするくらい美人だから。私とは違うタイプのかわいさね!」
「縁談のことは、パトリックのせいよ。私もつい最近知ったの。数年前からミシェルの美貌が噂になって、縁談の話が何件も舞い込んだんだけど、パットが「ミィは6歳のときに高熱で倒れたから体が弱いかもしれないし、もう少し家族だけで静かに過ごさせてあげようよ」と父様たちを説得して、断らせていたらしいわ。全く、私も成人までは縁談なんて早いとは思っていたけど、本人に確認もせずに勝手に話をつけてしまうなんて。パットのは完全に愛情を履き違えているのよ。おかげでミシェルは自信をつけ損なっちゃったじゃない!」
「お二人とも、ありがとうございます」
「何でお礼を言うの?本当のことよ。それにしても、パトリックはヤバいわ。ちょっとお仕置きが必要なヤバさだわ」
「ミシェルは私の自慢の妹だもの。エミリー様、その際にはぜひ私に協力させてくださいね」
兄のしたことは少々腹立たしいが、二人が心から自分を元気付けようと励ましてくれているのが伝わり、嬉しさが勝ったのだ。
自分の見た目は悪いものではないと、エミリー様もアリエルお姉様もおっしゃっていたし、次にパーティーの機会があれば頑張れそうですわ!
しかし、エミリーの提案に乗り気のアリエルが、早速計画を立てているのが気にかかる。二人の企む笑顔が怖い…。
お兄様、これで少しは懲りてくださいませ!