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再訪

快晴の空の下、「マダムホワイト本店」の入口前で、オーナーのルシル・ホワイトは花壇の水やりをしていた。

蹄の音が近付いてきたので、ルシルは顔をあげる。店の前で止まった一頭立ての馬車から現れたのは、彼女も見知った人物であった。


「いらっしゃいませ、ケントさん。素顔を拝見するのは、あなたが幼い頃以来ですね」


ルシルがいたずらっぽく微笑むと、ケントは頭をかいた。今日は執事の三つ揃いの服でも王宮の仕事着でもなく、貴族の正装を身に付けている。

ホワイト公爵夫妻とケントの両親であるグラハム伯爵夫妻は旧知の仲なので、ルシルは彼と面識があった。融通がきくこともあって、ミシェルへ気持ちを伝える場にこの店を選んだのである。


「ルシルさん、こんにちは。先月以来ですね。その節はお騒がせして、ご迷惑をおかけしました」


「ケントさんは何も悪くありませんもの。あの後、主人と私のところへ近衛騎士団のお偉いさんとパトリックさんがいらっしゃって丁寧な謝罪を受けましたし、過ぎたことですわ。さあさ、どうぞ中へ。お連れ様がお待ちですよ」


「ありがとうございます!」


ルシルが店の扉を開くと、満面の笑みでケントが目当ての人物の元へ駆け寄った。


「ミシェル! 待たせてごめんよ」


「ケント!」


ケントは彼女の手をとって指先に唇を近付け、表情を緩めた。ミシェルは頬をほんのり染めながら、嬉しそうに声を弾ませる。もちろん彼女も、今日は本来の姿であるハウザー子爵令嬢として店に訪れていた。


「ああミシェル、愛しい君よ。こうして会える日をどんなに待ち焦がれていたか」


「まあ、ケントったら大袈裟ですわね。つい一昨日も、エミリーのお茶会でお会いしたではありませんか。それに、毎日手紙を交わしているというのに」


「こうやって君の美しい赤い髪に触れられて、かわいい瞳に見つめられながら話すことは、なかなかできないからね」


くすくす笑うミシェルの髪を一束すくい、キスを落としながらケントが余裕たっぷりに微笑んだ。真っ赤な顔で口をパクパクさせたミシェルは、助けを求めるように視線を迷わせると、一部始終を見ていたルシルが素知らぬ顔でケントに声をかけた。


「失礼ですがケントさん、これからあなたのご両親にミシェルさんを会わせる前に、彼女の緊張をほぐす目的でここを待ち合わせにされたのではありませんか? 老婆心ながら、逆効果な気がするのですが」


「そっ、そうですっ! ルシルさんの言うとおりですわ!」


「…やれやれ、ミシェルに親しい友人ができたことは喜ばしいことだけど、強力な味方も一気に増えてしまったのは少々厄介だな」


「ふふ、私たちは固い絆で結ばれておりますから。それでは予約通り、焼き菓子と紅茶のセットをご準備しますわね。少々お待ちくださいませ」


勢い込んで頷くミシェルと、嘆息しながら彼女の前の席に座るケント。

二人の年相応の表情をかわいらしいと思いながら、ルシルは微笑む。


晴れて恋人同士になったミシェルとケントは、周囲の人々に報告をした。


ミシェルの両親は突然のことに驚きながらも、娘が決めた相手なら問題ないと認めてくれた。二人とも、ケントの過去の事情や彼の有能ぶりを知っていたからだろう。もちろんアリエルも、ケントなら間違いないと喜んでくれた。


ちなみに重度のシスコンであるパトリックは、話を聞いた瞬間、気絶した。


期せずして荒療治となったが、これでパトリックも落ち着いてくれるのではないかと、両親もアリエルも期待している。


エミリーへは、恒例の王女のお茶会でミシェルとケント揃って報告した。同席していたルプーメと共に、二人ともとても喜んでくれた。だが、ケントのだだ漏れな愛情と、それに明らかに戸惑うミシェルを見て、エミリーは彼に釘を指すことを忘れなかった。


「実はね、ケントも乙女ゲーム「偏愛の檻」の隠れ攻略キャラなのよ。偏愛は重度のヤンデレ。ケントルートのあらすじは、ケントの過去を知っても態度を変えずにいるエミリーに傾倒していき、彼女に近付く者は全て排除し、自分だけが味方だと洗脳するの。私は、現実のケントがそんな重い愛情を押し付けるような愚かな男だと思っていないわ。ミシェルが少しずつ段階を踏んで二人の愛を育んでいきたいと考えていることも、ちゃんと気づいているものね?」


これが効果覿面だった。

ケントは過去の経験から、今まで幸福を享受することを自ら避けていた。しかしミシェルと出会い、素直に愛情を伝えられる素晴らしさに目覚め、やや暴走していたことにどこかで気付いていたのだろう。しっかりミシェルと話し合い、毎日の文通と、互いの両親に挨拶をしに行くことを決め、過剰なスキンシップは抑えるように努めた。


それでも、ケントが時折人目もはばからず愛情表現してくるときがあることに、ミシェルは気付いていた。


ルシルが店の奥へ消えたあと、テーブルに置いたケントの右手にミシェルがそっと触れた。一瞬ビクリと震えたケントは、すがるような視線でミシェルを見つめる。その目を優しく受け止め、彼女は口を開いた。


「一昨日は、ケントを置いてきぼりでエミリーやルプたちと話が盛り上がってしまい、申し訳ありませんでした。仲間外れな気持ちになったでしょう。内容が内容なので、手紙のような後に残るものにも書けなくて。直接謝りたかったのです。寂しい思いをさせて、ごめんなさい」


「…もしかして、両親への挨拶前に二人で会いたいと言ったのは、ミシェルの緊張をほぐすためではなくて、俺と話す機会を作るため? そんなにわかりやすく、拗ねてるようにみえた?」


情けない声を隠しもせず、ケントは問いかける。ミシェルは静かに微笑むだけで質問には答えず、明るく話題を切り替えた。


「ちゃんと説明しますわね。エミリーの特別なお茶会が開かれたことは話しましたわね?」


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