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16/19

幸福

前の更新からだいぶ空いてしまい、申し訳ありませんm(__)m

前回は、

ミシェル初めてのお使いwithケント→仕事中のミシェルの兄パトリックと遭遇→シスコンパトリックが逆上しケントを罵倒→ミシェルブチ切れ→失意のパトリックは上司にも叱られ退場

という流れでした(だいぶ荒い)

ミシェルの兄パトリックが同僚の近衛騎士たちに連れていかれた後、ケントとミシェルは近くの席に座った。

「マダムホワイト本店」のオーナーであるルシル・ホワイトが菓子と飲み物をテーブルへ置く。


「それでは、まず椿餅と緑茶からどうぞ。パフェはそのあとが良ろしいかと」


椿餅はミシェルの前世である道子の好物だった。餅米を粉にしたものに甘葛の汁を加えて、団子状にして椿の葉で包んだ、平安時代の貴族の貴重な菓子である。姉の女房の小夏が菓子作りの達人で、食の細い道子が食べやすいように、団子を一口大にして作ってくれた。落ち着いた楓と対照的に明るく活発な小夏に、道子は憧れと羨望を抱いていたこともあった。


「ありがとうございます… あら?」


「素朴な見た目だね。ミーナ、どうかした?」


「いえ…」


「私は奥におりますのて、ご用の際はこちらのベルを鳴らしてお呼びください」


銀色の小さなベルをテーブルに残し、にこやかにルシルが立ち去った。ミシェルは彼女の後ろ姿をじっと見つめていたが、ケントに促されて慌てて目線を外した。


店内は二人きり、とても静かだ。椿餅を初めて食べたケントは、そのほのかな甘味ともちもちとした不思議な歯応えに、思わず目を見開いた。ミシェルも見た目をまじまじと観察してから、口に運ぶ。とても美味しくて、とても懐かしい。

ミシェルには思うところがあったが、まずは意を決してケントに頭を下げる。


「あの、兄が失礼を働きまして、本当に申し訳ございませんでした!」


「私の方こそ、ミシェルさんにかばっていただいてしまって。王宮を出るときに、偉そうにあなたを守ると言ったのに情けない限りです」


苦笑いを浮かべ、緑茶を飲んだケントは元の敬語に戻った。ケントは伯爵家子息だが、主人であるエミリーの友達としてミシェルを扱うので、基本的に侍従としての立場を保つ。しかし、それが今のミシェルにはとても寂しく感じ、思わず口にしてしまう。


「…元の言葉遣いで話して頂けませんか? 敬語ではなくて。今日は普段のケント様を見れたように思えて、嬉しかったのです。さん付けも、しないで頂きたくて…」


「わかった。じゃあ、俺のことはケントと呼んでほしい。ミシェルは普段から敬語の話し方なんだろう?なら、呼び方くらいお互い同じにしようよ」


「えっ!ケントさん、では駄目ですか?」


「駄目。ミシェル、俺の名前、呼んで。ね?」


片手で頬杖をつきながら柔らかく微笑むケントに促され、ミシェルは顔を真っ赤にして俯く。恥ずかしさのあまりケントの顔が見られない。だから、彼が自分を蕩けるような甘い眼差しで見つめていることにも気が付かなかった。


「うぅ…ケ、ント?」


「慣れればもっと自然に呼べるようになるさ。 …ああ、エミリー様に何て言おうか…」


上目使いでチラリと見ると、ケントはとても嬉しそうだった。しかし、彼が呟いた後半の言葉が耳に残り、頭から水をかけられたような気持ちになった。ドキドキしていた胸の奥が段々と静まるのがわかる。思わずミシェルは低い声で聞いてしまった。


「以前も質問しましたが、ケント、は、本当にエミリー様にお心を寄せていらっしゃらないのですか?王国一の美貌をお持ちで、我が国を第一に考え、公平で偏見のない、とてもお強くて魅力的な方ですし…」


「ああ。多大な恩はあるけど、実年齢で言えば妹のような、精神年齢で言えば姉のような、どちらにせよ身内に近い感情しかないよ。それに、俺の好みではない」


「そう、ですか。では、どのような方が好みなのですか?」


「そうだな…おとなしいようで自分の意見をはっきり伝えることができ、細やかな気配りを忘れず、家族思いで、丁寧な手紙をくれる、艶やかな赤い髪に聡明そうなえんじ色の瞳の、美しくてかわいらしい方が好きだな」


「…随分と具体的ですが、そのような方がお近くにいらっしゃるとか」


ケントの好みの女性が近くにいることを暗示させる返答に、ミシェルは愕然としたが、聞かずにはいられない。ちなみに、彼の上げた女性像は、ショックを受けたミシェルの耳を通り抜けてしまい、聞き流してしまった。

泣き出しそうなミシェルを前に、ケントは横を向いて噴き出す。


「ふふっ!」


「な、何故お笑いになるのですか?!」


「いや失礼。どうして俺の好きな人がミシェル自身のことだと思わないのかなぁと不思議で、おかしくなってしまって」


「え? あの、私…?」


からかわれたと憤ったが、ケントの唐突な告白にミシェルは目を白黒させた。彼の真摯な表情と発した言葉を頭の中で反芻してやっと理解すると、今度こそ顔から火が出そうなくらい猛烈に恥ずかしくなった。両手で顔を覆いながら、ジワジワと幸せな気持ちが滲み出てくる。


本当に私? 私の好きな人が、私のことを好きになるなんて、奇跡でも起こったのかしら。もしかして夢?


ケントがそっとミシェルの両手を取った。彼女の上気した泣きそうな顔が現れる。

ミシェルの小さな手を自分の手で包みながら、ケントは決意したように一息吸った。思わずミシェルも姿勢を正した。


「ずっと、この思いを口にしてはいけないと思っていたんだ。先程パトリックが話していたが、俺の過去のことは知何か聞いている?」


「アリエルお姉様から、ケント様が辛い過去を持っていると。まさか誘拐だなんて恐ろしいことが…」


「12年前、名門グラハム伯爵子息でありながら、使用人の手引きで連れ去られた過去を持ち、そのショックで由緒正しい黒髪に白髪が二束、さらに記憶力が異常に強くなった気味の悪い男。それが俺の世間の評価だ。家族やエミリー様、国王夫妻にはとても良くしてもらっているし、これから自分の実力で周りを黙らせていく自信はあるんだ。それでも、今も悪夢にうなされるときがあって」


苦しそうにケントは一度言葉を切った。手が微かに震えているのがわかり、彼の苦悩が垣間見える。


「更に、そんな俺がエミリー様の侍従として働くことへの反感や嫉妬、嫌がらせの悪い噂で縁談は皆無。遊び目当てか地位目当ての女共しか声をかけてこない。本来なら、名門ハウザー家令嬢である君の相手には、最も相応しくないんだ。ミシェルも、初めて親しく接した男性がたまたま俺だっただけで、勘違いしている可能性だって…」


「勘違いなどしておりません!私は、自分自身と向き合って、あなたに惹かれていることを確認したのです!忘れたい過去も含めて、今のあなただからこそ、好きになったのですわ!」


思わずケントの手を握り返し、言葉を遮ってしまった。ケントは困った顔で笑った。


「ああ、エミリー様にもこっぴどく叱られたよ。あの方は、俺が何だかんだと理由をつけて君を諦めようとしていることに気付いていた。勝手にミシェルから逃げようとするな、向かい合って振られたらそれまでだ、とね。目が覚める思いだった」


「エミリー様は、パトリックお兄様みたいにただ甘やかして籠の鳥にするわけではなく、アリエルお姉様と同じ姉のような存在ですわ。私の健やかな自立を促してくださると言いますか」


「うん、エミリー様はミシェルを妹みたいに思ってるみたいだね。かわいくてしょうがないって日頃から話してるし。かわいいという部分は俺も同感だけど、妹ではないな。君は俺にとって唯一の女性だから。改めて、誓わせてくれないか?そのために、今日この時間をもらえるように、エミリー様に直訴したんだ」


「は、はいっ」


ミシェルの両手を握りしめて、ケントは彼女に視線を合わせた。ミシェルの胸は否応なく高鳴る。


「俺は、ミシェルのことが好きだ。ずっと側にいて、君の笑顔を見ていたい。前世も含めて、君の全てを愛しく思っている。ミシェルを傷付けるものから守らせる権利を俺に与えてほしい。先程パトリックの前で「大切な人」と言ってくれて、どんなに救われたか。ありがとう、ミシェル」


「私も、出会ってからどんどんあなたを知っていって、そのたびに好きになっていました。これからは、ケント様の辛さや悲しみは私と分け合って半分に、喜びや幸せは共有して二人分にしていきましょう。お側に、いさせてください、ませ…」


もう我慢ができなかった。ミシェルの瞳からポロポロと涙がこぼれる。嬉しくて泣いたのは、前世を含めて初めてだ。


道子だったとき、病の苦しみに人知れず泣いたこと、恋心が芽生えそうになった僧侶が罪人で思うことすら叶わずに枕を濡らしたことも、昨日のように思い出される。


それらが、今、報われた。

ケントの手の温もりを感じながら、万感の思いを込めて微笑む。


ケントはミシェルの手をとって、自分の唇に寄せた。驚きのあまり、涙が引っ込む。


「ふあっ?! …あの、ケント様…?」


「だから、ケントだってば」


「ケント…あの、手を…」


ミシェルの困惑を楽しむかのように、ケントは艶然と微笑んだ。端正な顔立ちに花を添え、さまになりすぎている。ミシェルが手を引っ込めようとしていることに気付いたケントは、更に指先に何度もキスを落とした。真っ赤な顔で固まるミシェルに、ケントは悪びれもせず小首を傾げる。


「ごめんね?ミシェルの指が美味しそうだから、つい」


「…っ! そう、そうですわ! まだパフェを食べていないではないですかっ! そもそも、奥様へのお届け物がありますし、馬車も到着しますよっ! ね、ケールさんっ」


「そうだね、ミーナ。 …じゃあ続きは馬車の中で」


ケントは残念そうにミシェルの手をそっと離した。ようやく解放された両手をテーブルの下で握りしめ、ホッとしていたミシェルだったが、後半の言葉は耳元で囁かれたので、再び体を強ばらせることになった。彼の吐息が耳に触れたのだ。

くつくつと楽しげに笑うケントをつい恨めしそうに見てしまう。それでも、彼が嬉しそうだとミシェルも嬉しくなる。


顔を見合わせて微笑みあう若い恋人たちの姿に、扉の小窓からパフェを出すタイミングを見計らっていたオーナーのルシルは、優しい顔で呟いた。


「…まさか道子様のあんなに満ち足りた笑顔が見れる日が来るなんて。在子様や楓さんにも見せたかったですわ」


リン、リン。


ベルの涼やかな音が響いた。羞恥に耐えかねたミシェルが鳴らしたようである。


「さてと、道子様、じゃなくてミシェルさんの助け船になりましょうかね。ケントさんってヤンデレ属性だったかしら?顕徳院様のことでお伝えしたいことがあるけど、いくら前世とはいえ道子様の初恋の人ですから、嫉妬しそうですわね…。うーん、後で旦那様にも意見を伺いましょう」


ルシルは一人言を切り上げ、扉を開けて二人の元へ向かったのだった。

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