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外出

ミシェル、護衛のケントと初めてのお使いへ行く。の巻。

揺れる馬車の中で、ミシェルはそわそわと自分の服装を整えたり、かと思えば窓にうつる自分の姿をじっと見たり、落ち着きがない。それを向かいの席で眺めていたケントの口許に笑みが浮かぶ。自分を見つめる視線に気付き、ミシェルは更に慌てた。


「どこか変なところでもありましたか?!」


「いいえ、いつものドレス姿もとても素敵ですが、我が家の使用人の制服も、ミシェルさん…いや、ミーナが着るとかわいらしく着こなせるんだなと思って。俺は髪の色と髪型くらいで、いつもとほとんど代わり映えないし」


「あ、ありがとうございますっ!ケント様、ではなく、ケールさんも、いつも素敵ですけど、今日はよりかっこいいと、思います…」


「ありがとう」


自分の言葉に恥ずかしくなり、俯きながらだんだんと小声になるミシェルに、ケントははにかみながら礼を言う。


ケント様の笑顔や眼差しがいつも以上に優しくて、何故だか直視できませんわ…。でも、普段は敬語を使っているケント様の「俺」という一人称が新鮮です。偽名とはいえ、さん付けで呼ぶのも照れますね。


ミシェルとケントは、グラハム家の執事見習いケールと侍女ミーナに変装していた。もちろん二人とも実在しない人物である。


ミシェルは、侍女の制服である深緑色の膝丈のワンピースにクリーム色のエプロンをつけ、髪型もすっきりまとめている。目付きの鋭さを緩和するため、度が入っていない丸眼鏡も着用済だ。

ケントは、いつもの仕事着である王宮事務官の制服から、執事が着る三つ揃えの黒のスーツに深緑色の蝶ネクタイ姿で、白い毛束が目立たないように編み込んだ。希少な黒髪は少し青色で染めている。


二人は互いの新鮮な格好に、車内で視線が合う度に恥ずかしそうに微笑み合う。


◇ ◆ ◇


そもそも何故二人して出掛けているかと言うと、事の始まりは1時間前まで遡る。

ミシェルが王女との通例お茶会のため王宮へ赴いたところ、突然ケントと共にお使いを頼まれたのだ。


何でもエミリーに火急の用事ができてしまい、2時間くらいで終わるのだが、せっかく来てくれたのにその間待たせるのも家へ帰すのも申し訳ない。それなら、今までほとんど街歩きをしたことのないミシェルにお使いを頼んで、自分の目や足で外の世界を経験するのもいいのではないか、という提案だった。貴族街ならば治安も悪くないし、密偵としての教育も受けているケントならば護衛としてぴったりだという。


逡巡するミシェルだったが、ケントの『ミシェルさんのことは、僕が必ず守ります』という言葉に勇気をもらい、承諾した。

その後、ルプーメによってグラハム家の侍女として変装を施してもらい、グラハム家の馬車で出掛けることとなった。用意周到な感じが否めないが、それを上回る初めてのお使いとの高揚感とケントとの外出の緊張感で、ミシェルの鼓動のリズムは早い。


◇ ◆ ◇


それにしても、ケント様のご実家の制服や馬車を使用することをグラハム伯爵はご存知なのでしょうか。グラハム夫人の名前で予約もしてあるようですし。


ミシェルがふとした疑問を口に出す前に、馬車がゆっくり止まった。


「ああ、着いたみたいだね。頼まれた品を頂いたら、その場で食べる客限定のパフェを食べていかない?エミリー様からも、感想を聞かせてほしいと言われているし」


「まあ、パフェですか!アリエルお姉様から聞いて、食べてみたかったんです。とても楽しみですわ」


「…じゃあ用事を手早く済ませて、早く食べようか」


「はいっ!」


先に下りたケントは、車内で無邪気に喜ぶミシェルに手を差し伸べた。そっと添えられた彼女の手は、小さくて柔らかかった。離したくない衝動にかられる。

顔馴染みの御者の微笑ましく見守る視線に気付き、ミシェルが安全に下りたことを確認すると、素知らぬ顔で指示を出した。


「1時間後に迎えに来てくれ」


カランカラン。


ケントが扉を開けると、ドアベルが澄んだ音を立てて店内に響いた。後に続いたミシェルは、静かな店内でデザートを食べる客たちを見たり、ショーケースの菓子に目を輝かせていたが、自分がグラハム家の侍女に扮していることを思い出し、キリッと顔と気合いを引き締める。


「いらっしゃいませ!「マダムホワイト」へようこそ。予約のお客様のお名前は?」


店の奥から紺色のワンピースと白いエプロン姿の店員が現れ、丁寧にお辞儀をしてにっこり笑った。ミシェルの母であるレベッカと同い年くらいか。繊細で儚げなレベッカに比べて、若草色の髪を一本にまとめてとても溌剌とした印象の女性だった。


「グラハム家の使いの者で、私は執事見習いのケール、こちらは奥様専属の侍女ミーナです。奥様のマリア・グラハムで予約しております」


「ありがとうございます!承っております。椿餅4つ、よもぎ団子4本、みたらし団子4本、以上ですね」


「まあ!椿餅があるのですか!」


「ミーナ、知ってるのかい?」


「あ、急に申し訳ありません…あの、昔、家の者が作ってくれて、とても好きだったんです」


はしたなく声をあげてしまったミシェルは、頬を紅潮させ小声で途切れ途切れに呟く。ケントはすぐに彼女の前世のときの食べ物だと気付いた。


「…すみません、椿餅はこの4つ以外に売っていませんか?この後、ここでフルーツパフェを食べたいのですが、もし椿餅もあるなら一緒に頂けませんか?」


「かしこまりました。あと2つありますので、お持ちしますね。それではお取り置きのお菓子の用意をして参りますわ」


「ありがとうございます。久しぶりに食べられるな、ミーナ」


女性が笑みを深めて、再び店の奥へ消えた。

そっとミシェルの肩に手を置いたケントは、労るような笑みを浮かべている。ミシェルは、彼が自分の気持ちを正確に汲んでくれたことを理解した。


平安時代の道子の好物で、姉の女房だった小夏が折々に作ってくれた椿餅。それをまた食べられるなんて。道子の女房であった楓と、体調のよいときに他愛もない話をしながら食べたっけ。


「ケン…ケールさん…あの」


前世の懐かしさやケントの思いやりに胸が詰まったミシェルが感謝を伝えようと口を開いたとき、それまで店内にいた二人組のうち一人男性が立ち上がり、近付いてきた。


「どこの誰かと思ったら、僕のかわいいかわいい妹のミィじゃないか。その髪型や格好はどうしたんだい?どんな姿でも似合っているが、やはりいつものように髪をおろして僕が買ってあげた白いレースのリボンを結んだほうがもっとかわいいよ」


「パ、パトリックお兄様?!何故ここに…きゃあ!」


ミシェルの戸惑いは意に介さず、ケントの手を振り払い、パトリックは彼女を横抱きにした。燃えるような赤い髪を無造作に撫で付け、黙っていると冷徹に見えるほど整った顔立ちだが、今はミシェルへ特別に甘い笑顔を見せている。唖然とするケントの姿など目に入っていないようだ。


「全く、外を出歩いては危ないだろう。ミシェルは体も弱いのだし、無理はいけないよ」


「も、もう十分健康です!下ろしてくださ…」


「兄さんがあとでたくさん菓子を買って帰るから、今日は家へ戻ろう」


「パトリック、私たちはエミリー様の使いでここに来ています。それに、あなたの襟元のバッジは近衛騎士団のものですね?私服でもバッジを付けているときは、仕事中のはず。勝手に抜けては職務放棄でしょう」


ようやく立ち直ったケントは、冷静に指摘する。パトリックはケントの存在に今気付いたといった表情で、低い声を出した。


「…エミリー王女の侍従のケント様ですか?ああ、あなたには関係のないことです。家族の話なので。私は妹を送り届けるのでこれで失礼」


「そんな、いくら家族だからって、ミシェルさんの話も聞かずに一方的過ぎませんか。それに、そこに一緒に座っている女性は、近衛騎士団のダイアナ・スタンウェイでしょう?店の裏手にも一人見かけましたし、もしかしてこの店に…」


「だから、あなたには関係ないと言っているだろう!そうやって好奇心が過ぎるから、子供の頃に誘拐されてしまったんじゃないか?!無事に戻ってきたというが、輩に何をされたのか分かったもんじゃない。せっかくの王族縁の誇り高き黒髪に白い毛を混じらせてしまったグラハム一族の汚点が、王女に気に入られてるからって、うちの妹にまで近付かないでほしい!ミィだって迷惑している…」


パシッ!


「え…」


「お兄様、ケント様に謝罪してください。そして私を下ろして」


ミシェルが自分を抱えるパトリックの頬を思いきり平手打ちした。ケントがまたも唖然とし、パトリックは震える妹の燃えるような赤い瞳に浮かぶ怒りの色に驚く。


「どうしたミィ、そんな怖い声を出して…」


「早く!下ろしてください!本当に、お兄様には心底呆れました。常日頃から私のことを考えているとおっしゃっていましたが、全てご自分のためでしょう?!ケント様のことを何も知らないで、勝手なことばかり言って、酷い言葉で詰るなんて。私の大切な人をこれ以上傷つけたら、お兄様のこと、一生許しませんから!口もききません!」


「ミ、ミシェ…」


ミシェルの激高に気圧されたパトリックは、おろおろと彼女を床に立たせた。ミシェルはその足でケントの前へ立ち、パトリックと向かい合って睨み付ける。まるでケントをかばうかのような素振りに、パトリックは自分の妹を絶望した表情で見つめた。


そんな中、先程の女性が戻ってきた。何事かと戸惑う女性の後ろから、冷ややかな声が聞こえる。


「パット、お前は護衛の仕事中に何をしている」


「いえ、その…」


女性の陰から現れたのは、金の巻き毛に薄紫色の大きな瞳、小柄だがしなやかな筋肉を持つ体躯の、絶世の美少年だった。しかし、その顔に浮かぶのは酷薄な無表情だ。


スチュアート・マクナーニ25歳、宰相エリック・マクナーニの次男である。近衛騎士団に最年少の18歳で入団、実技も優秀だし、作戦を立てるのも天才的に上手く、常に冷静で噂に流されず、周りからの信頼も厚い。パトリックの方が1つだけ年が上だが、経験年数からスチュアートが上司であった。


腕を組んで仁王立ちの彼は、テーブル席にいた女性に視線を送る。


「ダイアナ、報告を」


「はっ!パトリックさんは、このお二人がやって来たときから様子がおかしく、お二人が仲睦まじくお話ししている間に突然割って入りました」


「…特にトラブルがあったわけではないな?」


「一切ありません」


ダイアナはその場で綺麗な敬礼をし、はきはきと答える。すらりと背が高く、 薄い青色の髪の毛を随分と短くしているので、美青年と見紛うばかりの美貌の持ち主だった。

彼女の言葉に一つ頷いたスチュアートは、パトリックに告げた。


「パトリック、申し開きはあるか?」


「…」


「お前の行動は上に伝える。先程エミリー王女から連絡があり、店から王宮へ戻るとのことだ。パット、お前も来るんだ。無事に送り届けるまでが、我らの任務だからな。ケント様、ミシェル嬢、ホワイト夫人、お騒がせ致しまして、大変申し訳ありませんでした。今回の謝罪は近日中に改めてさせていただきます。では失礼致しました」


「失礼致しました!」


言葉もなく項垂れたパトリックを引きずるようにして、スチュアートとダイアナは去っていった。スチュアートがホワイト夫人と名指して呼んだのは、あの溌剌とした女性のことだった。


嵐のような目の前の出来事のせいで固まっていたミシェルとケントに、オーナーのルシル・ホワイトが朗らかに話しかける。


「ミシェルさん、ケントさん、フルーツパフェと椿餅を用意致しましたよ!お好きなお席へどうぞ!」

さて、次話で一応の終わりです。

次々話で蛇足というか補足というか伏線を広い集めて、完結となります。

っていうか、ここで新しい登場人物を入れるなんて、それなんていうフラグよ…。

え?25歳の美少年と22歳の男装の麗人のお話?

いやいや…え?いやいや…ねえ?(独り言)

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