裏側
2話同時投稿の1話目です!
アマランス王国の貴族街のひっそりとした路地裏にある「マダムホワイト本店」。
重臣アーネスト・ホワイト公爵の妻であるルシル・ホワイトがオーナーを務める菓子屋である。最近、庶民街に低価格帯の菓子を売る二号店をオープンしたことでも有名だ。そちらも連日大盛況らしい。
本店はこじんまりとした店内で、持ち帰りだけではなくその場で食べられるように、テーブルとイスが用意されていた。それでも10組の客が入れば満員となる程度の広さだ。購入もイートインも完全予約制なので、店が混むことは滅多にないが。
そして、知る人ぞ知る特別室がこの店には存在した。
何でもここで話したことは絶対に外へ漏れないという、秘密のお茶会にはもってこいである。オーナーのルシルのお眼鏡に叶えば、貴族に仕える使用人にも貸し出されるようだ。
そんな特別室の扉に、「予約有り」のプレートがかかっている。中から聞こえてくるのは、鈴を転がしたような若い少女の声と、落ち着いた女性の声だった。
「はあ、なんて美味しいのかしら!焼きたてのパンケーキにバニラアイスの組み合わせが前世から大好きなの。一仕事終えたあとの甘いものって最高!生クリームからベリーのジャムやはちみつ、チョコレートシロップもあるから、たくさん食べ過ぎちゃうわね」
白を基調とした落ち着いた部屋の中で、エミリーが嬉々として二段重ねのパンケーキを口に頬張る。その向かいの席に座るルプーメも、同じくパンケーキを食しながら微笑みを浮かべ、相槌を打つ。本来侍女が主人と同じ席に座ることは決してないのだが、オーナーのルシルからこの部屋にいる間は身分は同等だと言われてしまい、エミリーも賛同したため、ルプーメも腰を下ろさざるをえなくなったのだ。
「あら、まだ最後の一人が残っているのでは?」
「それは今日中に決着がつくし、結果は目に見えているから終わったも同然よ。それにしても、ルプはもちろんフィルにも世話になったからこの秘密のお茶会に誘ったんだけど、仕事だからって断られちゃった」
「兄は甘いものよりお酒のほうが好きですから。それにしても、エミリー様の作戦の効果は想像以上でしたわね」
「ふふん。そうでしょう。ジョージ王子もダニエルもアルバートも、自分達の身勝手な行動で痛い目を見るってことが、やっとわかったと思うわ」
満足げに口許をナプキンで拭うエミリーは、黒い笑顔を浮かべる。
ミシェルと初めて会話を交わした、アマランス王国の王宮で開かれた、セラドン帝国第二王子主催の送別会。
その公のパーティーを私情で愛人探しとして利用した当の第二王子ジョージ。
知っていながら褒美目当てに協力したジョージ王子侍従のダニエルと、アマランス王国の宰相子息アルバート。
エミリーは、彼ら三人のことを忘れてはいなかった。
「セラドン帝国とは長年に渡り対等な友好条約の下、互いに親睦を深めて参りましたが、それでも二国間に私情を挟むのはありえないことですものね。エミリー様は常に我が国を第一にお考えですから、この事実に腹を据えかねるお気持ちは十分に分かります。また、表沙汰にしたくないという、国の安寧を思う国王陛下のお気持ちや民をむやみにまどわせたくないご配慮、お見事と存じますわ」
「お父様にバレると公にしないといけないし、そしたら国内外の王族や貴族たちから嘲られてなめられちゃうからね。今後私が跡を継いだときに面倒じゃない。どうやって三人に近付こうかと思っていたら、あちらからご機嫌伺いの手紙が届くなんて、渡りに舟だったわ」
彼ら三人は、人伝にエミリーがパーティーにお忍びで来ていたことを聞いたらしい。たしかに変装していたが、ケントは素顔のままだったし、滅多に華やかな場に現れない彼が一緒にいた令嬢の正体はと、話題になったそうだ。エミリーはそれも予期していた。ジョージ王子たちがそれを聞いてどのような反応をするか試したのである。
まず、それぞれからこちらを伺うようなアプローチが来たので、さらにエミリーは彼ら三人が抱える偏愛をゲームのあらすじ通りにつついてみた。
ジョージ王子が重度の女好きになったのは、初めて好きになった年上の従姉の男遊びが激しかったことを知ってしまったため。
ダニエルが重度の被虐趣味になったのは、恋心を寄せていた家庭教師からの折檻とその後の甘やかしが癖になったため。
アルバートが重度のナルシストになったのは、密かに慕っていた若い叔母を亡くし、その姿を自分に追い求めたため。
ゲームではもっと色んな要素が加わって偏愛が加速していくのだが、今回は割愛。
そして接近した結果、物語補正なのかわからないが、エミリーは三人から熱烈に慕われることとなった。
ちなみに、彼らがミシェルに近付いた形跡はなかったようだ。ルプーメが調査して判明している。やはり、ミシェル自身が彼らに興味がないためか。
さあて、これからが仕上げよ。上げて落とす。効果的に相手を懲らしめるには、一番効く手よねっ!
パーティーの日のアルバートとダニエルの話から、ジョージ王子は手を出してはいけない女性と関係を持ったという。調べたところその女性は、セラドン帝国の国王陛下直々に指名した、兄の王太子殿下の婚約者であった。彼女の父は陸軍総司令官で生粋の国王派であり王太子殿下の後援、ジョージ王子の後ろ楯となるダニエルの父の海軍司令官とは犬猿の仲。
「王太子の婚約者は、変装して偽名で近付いてきたジョージ王子に惚れてしまって、城に上がりたくないとごねているという報告から、すぐに案は浮かんだわ」
「まさか、エミリー様がその婚約者様と親しくなって、それをジョージ王子に伝えるとは」
「彼女の素性や聞いた話を事細かに話して、自分が手を出した女性だと気付かせてから、「王太子との縁談を断ってでも、一度しか会ったことのないお相手を忘れられずにいるなんて、なんて一途な方なんでしょう!わたくし、心を打たれましたの!ですから、わたくしはお友達のためにそのお相手を探してあげようと思うのです。わたくしの配下なら、3日もかからず見つけられますから」って言ってやったわ。そしたら、あの真っ青な顔!私のことを天真爛漫な純真な姫だと思っているからやりかねないって、余計に恐怖が増したみたい」
「ダニエル様の対応は、何もしないということでよろしかったのですか?」
「まあ、ダニエルはジョージ王子と一蓮托生だからね。二人していつ自分達が糾弾されるかビクビクしていればいいわ!」
本当にこの方は、敵と認識した相手には容赦ありませんわね。反面、懐に入った者には何があっても守りきるという覚悟もありますから、だから皆惹かれるのでしょう。
ルプーメは二枚目のパンケーキにはちみつをかけながら、美の女神も嫉妬するほど美しい笑顔なのにどこか悪役感が漂う自分の主人を頼もしく思った。




