表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/19

記憶

ミシェル・ハウザー。ハウザー子爵家の次女。15歳。


成人になったばかりとは思えない冷たく妖艶な美貌、誰にも本性を明かさない謎めいた魅力、冷静ながら巧みな話術で老若男女を虜にする。伯父である有力貴族の権力を思うがままに操り、欲しいものは全て手に入れる。その欲望は、国の王女にも向けられた。純粋無垢な王女に親しい友として取り入り、彼女が慕う男性を片っ端から奪う。果ては王弟の妃として王族の地位に登り詰め、王女を無実の罪で幽閉に追い込む。


これが、エミリーから聞かされた、彼女のゲーム上の役割だった。


◇ ◆ ◇


「これも美味しいですわ!エミリー様のお好きな苺がたっぷり入っていますよ」


「うん、甘酸っぱくて最高ね!マダムホワイトの店のものは外れがないわ。あー、次はモンブラン、やっぱり柏餅にしようかな。ミシェルはどうする?」


たくさんのデザートを前に会話が弾むミシェルとエミリー。強引な主人によってミシェルの隣に座らせられたケントは内心苦笑する。


こうしてみると、二人ともただの女の子なんだよな。互いの命運を握る存在だったとはとても思えない。


今日はエミリー主催の定例お茶会だ。

この後仕事終わりのアリエルが、ミシェルを迎えに来た体で合流する。


お茶会も3回目を迎えると、ミシェルも最初の頃に比べて随分打ち解けたようだ。

監視目的も含めた友人付き合いだと最初にエミリーが打ち明けたことが、逆に二人の間に隠し事はないことを証明し、仲が深まる要因になったのにはケントにも想像できなかったが。


「ケント様、ダークチョコレートのムースなんていかがですか?ほんのりオレンジのリキュールが香り、甘さも控えめですよ。チョコレート、お好きですよね?」


「ええ、頂きます。ミシェルさん、ありがとうございます」


愛くるしい笑顔を向けるミシェルに、妖艶さやしたたかさはどこにも見えない。ふにゃりと笑うと冷たい印象がぐっとなくなる。これが演技ならば、相当な悪女だ。

ケントは礼を言って、表面が艶々とした漆黒のムースが乗った皿とスプーンを受けとる。甘いものは苦手だがチョコレートの菓子は好んで食べると書いたことを覚えてくれていたのか。ケントの冷えきった心に彼女の思いやりが触れ、じんわり暖かみを持つ。


ケントは、自分がミシェルに惹かれているのを自覚している。文通を始めた当初から引き込まれた。

文面から溢れる聡明さ、然り気無い気遣い、相手の喜ぶことを自然にできる素直さ、他にも魅力は数えきれない。

何より彼女の柔らかな笑顔は誰よりも眩しく、ケントの胸を甘く切なく締め付ける。


そんなとき、《あいつ》が不意にやってくる。


何故幸福になれると信じているんだ。お前など、俺など、そんな価値もないくせに。

お前ごときが、俺ごときが、想いを寄せるなんておこがましい。

お前は、俺は、あの記憶から逃れることなどできないのだ。

それを彼女にも強いるのか?彼女の不安に歪んだ顔に耐えられるのか?


《あいつ》、過去の自分は、容赦なくケントに冷や水を浴びせ、罵倒する。歪んだ笑顔から、呪詛の声を投げつける。


「ケント様?お口に合いませんでしたか?」


ミシェルの心配そうな声色に、ケントは顔をあげた。背筋に冷や汗が流れる。微笑を浮かべたまま何事もなくムースを食しているように見せていたはずなのに、何故か彼女には気もそぞろだと勘付かれてしまう。


参ったな、ミシェルさんには隠し事が出来ない。


「とても味わい深く、美味しいです。どんな材料を使っているのかと、気になって考えていていました」


内心苦笑しながらも、ケントは想いを込めた笑顔で彼女の燃えるような赤い瞳を見つめた。ごまかされたとミシェルは気付いたが、彼の熱い視線にそれ以上何も言えなかった。


「そう、ですか…。それなら良かったです」


「他にもオススメはありますか?」


「はいっ!これは、季節の果物をシャンパンのゼリーに閉じ込めたものです。これから暑くなりますので、爽やかな気分を先取りできますよ。ルプが教えてくれました」


「へえ、見た目も彩り豊かできれいですね」


これらの菓子を購入してきたエミリー付きの侍女の愛称を出しながら、新たなデザートを手にしたミシェルは頬をほんのり赤く染めた。


彼女も自分と同じ思いを抱いているのではないか。

少し前に気付いたケントは期待に胸を焦がしたが、すぐに否定した。

初めてちゃんと接した男性がたまたま自分だっただけで、勘違いしているに違いない。こんな男に気持ちを寄せるなんて時間の無駄だ。彼女のためにも、距離を置かなくては。


ミシェルは一番の大好物だというシュークリームに両手を添え、カプリと一口頬張りながら幸せそうに微笑む。ケントが見ていることに気付くと、慌ててシュークリームを皿に戻し、真っ赤な顔で恥ずかしそうに紅茶を飲んだ。


今日の出来事は、記憶の棚の中で一番大切な思い出を入れる引き出しに閉まおう。そして辛いとき、悲しいときに、そっと取り出そう。


思い出で満足しなければならない。

彼女と共に生きたい、彼女を守りたいと思うのは、ケントにとってあまりにも高望みだから。


◇ ◆ ◇


お茶会が終わり、ケントがミシェルとアリエルを見送りに席を外し、部屋にはミルクティーを飲みながら寛ぐエミリーとテーブルいっぱいのお皿やカップを片付けるルプーメだけとなった。


「ねえルプ、さっきのケントの顔見た?ミシェルが何か話すたびに熱心に相づちを打って、蕩けるような笑顔まで出しちゃって」


「ええ、初めて拝見しました。エミリー様と言い合いをしているときのケント様の生き生きとした表情は何度もありますが、慈しむような愛しそうな、そんなお顔でミシェル様を見つめていらっしゃいましたわね」


「ミシェルも満更じゃないってことは、文通が盛り上がってることからわかるし、ケントと話しているときのあの子のかわいさったら!ということは両思いかぁ。いいわねぇ、青春よねぇ…って、いやいや!私もまだ若いんだから、これから素敵な人と恋に落ちるんだから!まあどちらにせよ、ミシェルから命を狙われなくて済むし、ケントルートも避けられたし」


しみじみしたり、ぐっと拳を握ったり、胸を撫で下ろしたり、忙しないエミリーの姿にルプーメは苦笑する。


「ミシェル様の兄パトリック様と同様、ケント様も隠れ攻略キャラなのですよね?記憶力のとても良い相談役サブキャラで、全ての登場人物と繋がりがあり、ヒロインにたくさん情報提供してくれるんでしたっけ?」


「そうなのよ!ミシェルやアリエル、ケント本人にも内緒だけどね。だってヤンデレルート一択よ?誘拐の過去を気にしないで侍従にしてくれたエミリーへ一途で歪んだ愛情を押し付け、エミリーに好意を寄せる人たちを調べあげて片っ端から闇に葬り、ハッピーエンドで軟禁、バッドエンドは心中よ?!怖すぎるわ!しかもケントルートでは、唯一ミシェルが邪魔してこないの。本能的に生き死にに関する性癖は避けたのかしら。最悪の結果を回避するために、二人をくっつけたわけでは決してないのだけど、何だかんだ上手くまとまったわね」


「そうしますと、先程のケント様の表情が気になりますわね。酷く辛そうな顔を一瞬されたように見えましたが…」


テーブルを布巾で拭きながら、ルプーメがふと呟く。彼女は会話をしながらも仕事は早く、大量の皿たちはワゴンの上にいつの間にかきれいに積み重なっていた。


「ルプも気付いた?あれは多分、ミシェルを諦めようとしてるわね。ケントは幸せになることを自分自身が強く否定しているから、ミシェルへの想いに蓋をして、徐々に彼女の前から姿を消そうとするでしょうね。もっと自分より相応しい相手がいるからって。それがどれだけ自分勝手か、ケントにはわからないだろうなぁ。これはケントと直接話して問い質さないと」


「ケント様は信念のお強い方ですから、説得は難航しそうですわね」


「まあ、そこは私の年の功でねじ伏せてやるわ。それとルプ、お片付けご苦労様。いつもありがとうね。今度マダムホワイトのお店で、あなたの好きなデザートを選んで他の侍女たちと分けて食べていいからね。あと、前から話していた前世で親友が淹れてくれた紅茶に入っていた甘い何か、あとちょっとで思い出しそうなの。他に試していないものがあったら教えてちょうだい」


「もったいないお言葉、ありがとうございます。飲み物の件も承りましたわ。それとエミリー様、こちら兄からの報告書です」


「ん?ああ、フィルに頼んでいた例の件ね。仕事が早くて助かるわ。…ふーん、なるほど。これは上手く使えそうな情報を仕入れてくれたわね。ルプ、フィルに礼を伝えておいて」


「承知致しました」


ルプーメの兄フィリップは、誘拐事件に巻き込まれたケントを救った人物で、現在は密偵をまとめる組織のサブリーダーに就任している。ルプーメ自身もエミリーが生まれた頃から付き従っていたので、彼女の前世の話もケントの過去も知っているし、密偵としてミシェルを探ったこともあるくらいだ。これからエミリーがやろうとしている計画にも協力している。


「これでネタは全て揃ったし。さてと、あの三人…いえ四人に目にものを見せてくれるわ!まずは誰にしようかしら…やることはたくさんあるのよね!」


渡された報告書をすぐに読み、ニヤリと笑うエミリーは、どうみても悪役そのもの、しかも悪の親玉的な大物だ。


ルプーメは主人のエミリーに、ラスボスになってますよと注意すべきか否か迷ったが、やることがたくさんあるのはこちらも同じである。

そのままお辞儀をしてワゴンを押して部屋から出ることを選んだ。

次話は、エミリーが悪い笑顔で話していたとある計画を実行します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ